高精度のシステムにおいて、入力換算ノイズを算出する実用的な手法

概要

本稿では、高い精度が求められるシステムにおいて入力換算ノイズを算出するための新たな手法について説明します。また、その手法を利用可能なシミュレーション・ツールを紹介します。更に、算出した入力換算値から最大限の洞察を得るにはどうすればよいのかということについて解説を加えます。アナログ値の測定に用いるシグナル・チェーンを設計する際には、その構成要素となる各コンポーネントで生じる誤差やノイズの大きさを把握する必要があります。それらを合算した値を基にすれば、そのシステムで得られる最高性能を見積もることができます。各種の仕様は、パーセントを単位とする割合を使って表すことが多いでしょう。ただ、線形単位の仕様については、出力換算値または入力換算値で表すことが可能です。注意が必要なのは、入力換算値の計算は非常に複雑になりがちだということです。しかし、入力換算値を算出することができれば、システムの性能に関する重要な洞察を得ることが可能になります。

ノイズや誤差を入力換算値として表現する

まずは図1をご覧ください。これは、物理量を測定するために用いられる一般的なシステムを表しています。図中の各ブロックは、いずれも測定機能を実現するために必要なものです。それらは、複数のコンポーネントや段(ステージ)によって構成される可能性があります。センサーとA/Dコンバータ(ADC)の間には、いくつかのアナログ段が配置されることになるでしょう。それらは測定の対象とする信号に対するノイズ源や誤差源になる可能性があります。つまり、望ましくないアナログ信号成分が生成されるということです。ADCから出力されるデータには、本来の信号成分だけでなく、ノイズや誤差の合計値に相当する成分が含まれます。ただ、そうしたノイズや誤差は、キャリブレーションや補償といった各種の信号処理を適用することによって低減できる可能性があります。そうした処理では除去できなかった残りのノイズ/誤差は、本来の測定値に対して不確かさを与えることになります。測定用の装置では、正確度や精度が非常に重要です。それらについてシステムの仕様を規定する際には、不確かさに関する解析が非常に役に立ちます12

シグナル・チェーンで生じるノイズと誤差の影響は、最終的には出力値に反映されます。出力に現れるノイズや誤差を入力値に換算して表すことができれば、入力信号と直接比較することが可能になります。その結果、既知の信号の性質や要件に基づいて、全般的な測定性能に関する洞察が得られるようになります。例えば、トータルのノイズの入力換算値を算出すれば、ノイズと区別することが可能な入力信号の最小値が明らかになります。また、入力換算値については次のような考えも成り立ちます。通常、ADCから出力される測定データに対しては、測定の対象となる物理量の値を表すためにソフトウェアによるスケーリングが適用されます。スケーリングを適用する前のデータには、誤差とノイズが含まれています。スケーリング後の値においても、誤差とノイズの相対的な大きさに変化はありません。それらの誤差やノイズは、信号と共に入力されたと見なされてスケーリングされることになります。

ノイズの合算方法

ノイズの総計値を求めるには、各ノイズ源について、共通の場所を基準にするように換算を行ってから合算する必要があります。基準になる場所としては、シグナル・チェーン上のいくつものポイントを想定できるでしょう。とはいえ、システムの性能を明らかにしたい場合には、入力換算(RTI:Referred to Input)または出力換算(RTO:Referred to Output)でノイズの値を計算することになるはずです。その際には、回路のどの位置を入力/出力として扱うのか、あるいはどのような単位を使用するのかといった選択を行うことになります。例えば、入力される物理量が°Cを単位とする温度である場合、RTIノイズの単位としても°Cを使用することができます。あるいは、VやAなどの単位を使用して、シグナル・チェーンのRTIノイズを計算するといったことも可能です。同様に、RTOノイズについてもADCのLSB(またはそれに相当するV単位の値)を単位として定義することができます。あるいは、ADCの入力電圧に換算して扱うことも可能です。

入力換算のノイズ源(RTIノイズ源)は、入力に配置された仮想ノイズ源です。この仮想ノイズ源は、測定を行う際に現実のノイズ源と同じ量のノイズを生成します。各RTIノイズ源から生成されるノイズの値は、現実のノイズ源の値を入力からその位置までのゲインで割ることによって計算します。また、RTIノイズ源のノイズ・パワー・スペクトル密度を加算することによって、システム全体のノイズ・スペクトルを計算することが可能です。同様に、出力換算のノイズ源(RTOノイズ源)は、出力に配置された仮想ノイズ源だと考えることができます。RTOノイズについては、各ノイズ源の値に出力までのゲインを乗じてから、それらを合算することによって求めます。出力(と定義した位置)よりも下流にノイズ源が存在しなければ、RTOノイズの値は出力で測定されるノイズの値と一致します。

図2に、シンプルなシグナル・チェーンの例を示しました。ご覧のように、非反転型のゲイン段とローパス・フィルタで構成されています。図中に示したのが、RTIノイズとRTOノイズのモデルです。

Figure 1. A generic measurement block diagram. 図1. 測定に使用される一般的なシステム
図1. 測定に使用される一般的なシステム
Figure 2. An example of RTI and RTO. 図2. シグナル・チェーンとRTI/RTOノイズの関係
図2. シグナル・チェーンとRTI/RTOノイズの関係

信号は入力から出力へと伝搬するので、RTIの値とRTOの値の間には不均衡があります。RTOノイズは、シグナル・チェーン全体を伝搬した後のノイズを表します。その値は、測定の結果得られるトータルのノイズと一致します。一方、RTIノイズは、シグナル・チェーンの上流の段のノイズを表します。つまり、RTIノイズについては、下流の段による帯域制限が適用されていません。シグナル・チェーンの下流の段で除去される帯域外ノイズは、最終的には測定値に影響を及ぼしません。しかし、RTIノイズのスペクトルを確認すれば、帯域外のノイズが存在するはずです。これは、技術的に見て問題だというわけではありませんし、RTIノイズに問題があるということでもありません。シグナル・チェーンのゲインと周波数の関係を表すグラフに従って、周波数に応じたゲインをRTIノイズに乗じれば、情報を一切損なうことなくRTOノイズの値を得ることができます。但し、RTIノイズの値を計算する目的は、ノイズと入力信号を直接比較できるようにすることです。RTIノイズの従来の定義に従うと、帯域外ノイズが含まれている(測定には影響は及びません)ことから、トータルの積分ノイズと入力信号を簡単に比較することはできません。

エンジニアリング領域の多くの洞察をもたらす新たな定義

RTOノイズはシグナル・チェーン全体を考慮に入れたものなので、出力信号と直接比較することができます。問題は、入力信号と簡単に比較できるような形でRTIノイズを定義することはできないのかということです。これについては、測定結果であるデータの実際の使用方法を反映することで対応できます。先述したように、入力される物理量と対応づけるために、出力データにはソフトウェアによってスケーリングが適用されます。それと同じスケーリングをRTOノイズに適用すればよいのです。どちらについても、同じように入力を基準として計算を実施する必要があります。つまり、出力ノイズを信号に対するゲインで割ればよいということです。

次に問題になるのは、信号に対するゲイン(信号ゲイン)はどのように定義すればよいのかということです。DC結合であるのかAC結合であるのかにかかわらず、従来型の多くの線形回路で信号に適用されるゲインは、設計上はその回路が対象とする帯域幅において一定の値に設定されます。以下では、その帯域幅を信号帯域と呼ぶことにします。信号帯域内の信号には、取得する必要のある貴重な情報が含まれます。回路の-3dB帯域幅は、信号帯域の両端における信号のダイナミック誤差を防ぐために、信号帯域よりも広くなるように設計されます。この条件を満たしつつ、-3dB帯域幅は可能な限りノイズを低減できるように設定されます。

信号ゲインを信号帯域内のゲインとして定義し、その一定の値を使用してRTOノイズをRTIノイズに変換すれば、得られたRTIノイズはより有意義なものになります。図3は、2つのモデルの違いについて説明したものです。この新たなモデルにおいて、RTIノイズは信号の測定に影響を与えるノイズを表しています。また、帯域外ノイズのロールオフについても考慮されています。図4にいくつかのシミュレーション結果を示しました。これらは、2つのモデルによるRTIノイズの違いを表しています。

入力ノイズの曲線は、低い周波数領域では同等です。しかし、ゲインがロールオフし始めた時点で違いが現れます。従来のモデルによるRTIノイズでは、積分によってトータルのノイズを求めることはできませんでした。一方、仮想RTIノイズ(新たなモデルに基づくRTIノイズ)については積分が可能です。信号ゲインは、積分ノイズとノイズ・スペクトル密度を算出する際、仮想RTIノイズとRTOノイズの間の変換に使用することができます。

信号ゲインが信号帯域内で一定でない場合には、信号帯域を調整するか、または回路を変更することによって帯域幅を広げるとよいでしょう。それにより、信号帯域の端にある信号の質が低下するのを防ぐことができます。そのような対応が図れない場合、信号帯域内の公称ゲインを使用すれば、一般的なケースとソフトウェアの変換因子に対応できる可能性が高いと言えます。但し、信号帯域の端における誤差とS/N比の値が目標の範囲内にあることを必ず確認してください。

LTspiceによるRTI値の計算

LTspice®は、高い汎用性と精度を備える回路シミュレータです。同ツールは、ノイズのシミュレーションにおいても非常に有用です。ノイズのシミュレーション用のコマンドを使って入力ソースと出力ノードを指定すると、デフォルトで出力ノイズ(RTO)の解析結果が表示されます。LTspiceでは、RTIの従来の定義に従い、指定された入力ソースに対して換算した入力ノイズを計算することができます。しかし、図4に示したように、従来のモデルでRTIノイズを積分しても意味のある結果は得られません。図5は、その代替となる手法を示したものです。LTspice上で、仮想RTIノイズの値が得られるように出力に段を追加しています。シミュレーションの実行後、プロットを選択し、「Plot Settings」の「Add Trace」を使って入力ノイズをプロットに追加すると共にV(inoise)を選択します。その結果、入力ノイズがプロットに追加されます。その曲線の形状は出力ノイズの形状と一致します。つまり、回路全体の周波数応答が考慮されていることがわかります。グラフにおいて、「V(inoise)」というラベルが付加されたトレースの上で<Ctrl>キーを押しながら左クリックすると、積分結果であるトータルのRTIノイズが表示されます。

Figure 3. A modified RTI model. 図3. 新たなRTIのモデル
図3. 新たなRTIのモデル
Figure 4. Noise simulation results for both RTI methods. 図4. 2つのモデルに対応するRTIノイズのシミュレーション結果
図4. 2つのモデルに対応するRTIノイズのシミュレーション結果
Figure 5. LTspice circuit for simulating virtual RTI noise. 図5. LTspiceによって仮想RTIノイズの値を取得するための回路
図5. LTspiceによって仮想RTIノイズの値を取得するための回路

シグナル・チェーンのノイズの解析に役立つウェブ・ベースのツール

アナログ・デバイセズは、ウェブ・ベースのツール・スイート「ADI Precision Studio」を開発しています。その中には「Signal Chain Noise Tool」というツールが含まれています。同ツールは、トータルのノイズを求めるための積分や仮想RTIノイズを求めるための演算など、シグナル・チェーンのレベルでノイズの計算を実行できるように設計されています。同ツールを使用すれば、構築したシグナル・チェーン(またはサンプルの回路)を対象とし、センサーからADCまでのトータルのノイズやAC性能を計算することができます。同ツールのシミュレーション・モデルは、データシートに掲載されたすべてのノイズ曲線(実測値)を使用して実験レベルの正確な結果を出力します。このようなツールを利用すれば、設計時間を短縮できるというメリットが得られます。例えば、回路の変更に伴いノイズ性能に及ぶ影響について、瞬時にフィードバックを得るといったことが可能です。そのため、設計の繰り返し作業を迅速に行うことができます。完成したシグナル・チェーンの設計データをLTspiceにエクスポートすれば、任意のシミュレーションを実行することも可能です。

Figure 6. Signal Chain Noise Tool in ADI Precision Studio. 図6. Signal Chain Noise Toolの実行画面。同ツールはADI Precision Studioに含まれています。
図6. Signal Chain Noise Toolの実行画面。同ツールはADI Precision Studioに含まれています。

まとめ

RTI値の計算は、測定用のシステムの性能を推定するための貴重な手段です。この手法は、設計の最適化を図ったり、システムの仕様を理解したりする際に役立ちます。本稿では、一般的な測定用システムのアーキテクチャに基づく仮想RTIノイズの計算方法を紹介しました。この方法は、従来の方法を改変したものです。これを利用すれば、従来の方法に基づく場合と比べて、エンジニアリング領域の多くの洞察が得られる可能性があります。この解析手法は、LTspiceやSignal Chain Noise Toolなどのシミュレーション・ツールでも利用できるようになっています。

参考資料

1 NIST/SEMATECH e-Handbook of Statistical Methods(統計学的手法に関するeハンドブック)、NIST、2012年4月

2GUM: Guide to the Expression of Uncertainty in Measurement(GUM:測定における不確かさについて表現する方法)」BIPM、2008年

著者

Scott Hunt

Scott Hunt

Scott Huntは、アナログ・デバイセズのスタッフ・エンジニアです。産業用プラットフォーム/技術グループで、高精度設計ツールに関する業務に携わっています。2011年に、高精度アンプを担当するプロダクト・アプリケーション・エンジニアとして入社。2016年からはシステム・アプリケーション・エンジニアとして科学用計測器を担当しました。2022年に高精度ウェブ・ツール・グループに異動してからは、プロダクトの定義に携わっています。レンセラー工科大学で電気/コンピュータ・システム工学の学士号を取得しました。