iMEMS®を採用した角速度検知用のジャイロスコープ

はじめに

ADXRS150」と「ADXRS300」は、アナログ・デバイセズ(ADI)が提供する新たなジャイロスコープ(以下、ジャイロ)です。ジャイロ技術を飛躍的に進歩させた製品であり、フルスケール・レンジはそれぞれ150°/s 、300°/sです。集積回路を搭載し、表面微細加工で実現された角速度センサーとして、世界で初めて商用化されました。同等の機能を備えるどのジャイロよりも小さく、消費電力が少ないうえに、衝撃や振動に対する耐性に優れています。両製品は、まさに画期的な発明だと言えるでしょう。このような製品は、ADIのiMEMS(Integrated Micro Elect ro Mechanical System)プロセスによってのみ実現可能です。iMEMSは、膨大な数の車載加速度センサーの製造に使われており、すでに十分な実績を積み上げています。

製品の概要

ジャイロは角速度を測定するために使われます。つまり、物体が回転する速さを測定するということです。

一 般に、回転はヨー、ピッチ、ロールの3軸のうちの1つを基準として測定されます。図1は、平らな面に設置されたジャイロのパッケージです。この場合、ヨー、ピッチ、ロールの各感度軸は、図に示したそれぞれの向きに対応します。1つの感度軸のみサポートするジャイロであっても、右側の図に示すように向きを変えて配置すれば、他の2軸の測定に使用することができます。ADXRS150とADXRS300はヨー軸に対応するジャイロ製品です。右の図では、そうしたヨー軸対応のジャイロを、ロール軸の測定が行えるように側面を下にして配置しているということです。

Figure 1
図1 . ジャイロの回転感度軸。ジャイロの設置状態に応じ、ヨー、ピッチ、ロールの3 つの軸のうちのいずれかが感度の主軸となる。ADXRS150とADXRS300はヨー軸に対応するジャイロだが、適切な向きで取り付けることにより、他の2 軸に対する回転を測定することができる。右側の図は、ヨー軸対応のジャイロをロールの測定に使用する場合の設置方法を表している。

ここでは、33 1/3rpm(Rotat ion per Minute)で回転する板の上に設置されたヨー軸対応のジャイロの例を考えます。この場合、ジャイロは360°×33 1/3r pmを60sで割った200°/sという一定の回転速度を計測します。具体的には、感度によって決まる角速度に比例した電圧を、1秒間、1°当たりのミリボルト数、つまりは「mV/ °/s」という単位で出力します。フルスケール電圧は、どれだけの角速度を測定できるのかを表します。この例の場合、回転板に設置されたジャイロは、少なくとも200°/sに対応するフルスケール電圧が必要だということになります。フルスケール・レンジは、使用可能な電圧振幅を感度で割った値になります。例えば、ADXRS300の場合、フルスケール電圧が1.5Vで、感度が5mV/°/sです。従って、同製品のフルスケール・レンジは300°/sとなります。ADXRS150のフルスケール・レンジは150°/sで、ADXRS300よりも低く抑えられています。その代わり、感度は12.5 mV/°/sとなっています。

ここで、現実的な用途を1つ紹介します。それは、自動車にジャイロを設置し、車両の回転速度を測定するというものです。仮に、車両が制御不能な状態に陥り、スピンを始めたとします。この場合、回転をジャイロによって検知し、差動ブレーキを作動させて制御下に引き戻すといったことが行えます。また、角速度を時間で積分することにより、角度位置の値を取得することも可能です。これは、GPSを利用したナビゲーション・システムにおいて、衛星からの信号が短時間途切れても継続性を維持するための機能を実現するうえで特に有用です。

コリオリの加速度

ADXRS150やADXRS300(以下、ADXRSジャイロ)は、コリオリの加速度を利用して角速度を測定します。ここでは、コリオリ効果の説明から始めます。図2のように、回転する舞台の中心近くに人が立っているとします。青色の矢印は、その長さによって、地面を基準としたこの人の相対速度を表しています。この人が舞台の外縁近くに移動すると、青色の矢印が長くなります。つまり、地面に対する相対速度が増加しているということです。動径速度に起因する接線速度の増加の割合のことを、コリオリの加速度と呼びます。フランスの数学者であるGaspard G. de Coriolis氏(1792~1843年)がこれを提唱しました。

角速度をΩ 、半径をrとすると、接線速度はΩrとなります。ここで半径rが速度vで変化するとしたら、Ωvの接線加速度が生じます。これはコリオリの加速度の半分に相当します。残りの半分は、動径速度の方向の変化による加速度です。従って、加速度の合計は2Ωvとなります(付録参照)。人の質量をMとすると、その加速度を生じさせるためには舞台が2MΩvの力を加える必要があります。人(質量体)はその反力(反作用の力)を受けます。

Figure 2
図 2 . コリオリの加速度の例。回転する舞台上で外縁に向けて北方向に移動する人は、北向きを維持するために、西方向の速度成分( 青色の矢印) を増加させる必要がある。このとき必要な加速度をコリオリの加速度と呼ぶ。

ADXRSジャイロは、共振質量体によってコリオリ効果を利用します。共振質量体は、回転舞台を外縁ないしは中心方向に移動する人に似たもので、ポリシリコンを微細加工することで実現します。共振質量体は、1方向に沿ってのみ共振できるようにポリシリコンのフレームに固定されています。

Figure 3
図3. フレーム内に吊るされたシリコン製の共振質量体に対するコリオリ効果。橙色の矢印は、共振質量体の状態に基づいて構造に加わる力を表している。

図3に示すように、共振質量体が回転中に外縁方向に移動する場合、右方向に加速度が生じます。これにより、フレームには左方向の反力がかかります。一方、中心方向に移動する場合には、右方向に力がかかります。

コリオリの加速度を測定するために、共振質量体を含むフレームは、共振動作に対して90°の向きのばねによって基板に固定されています(図4)。この図には、コリオリの加速度を検知するためのフィンガも描かれています。これは、質量体からの力によって生じるフレームの変位を容量性の手法で検知するために使用されます(詳細は後述)。ばね定数をKとすると、反力による変位は2ΩvM/Kとなります。

Figure 4
図4. ジャイロの機械的構造

図5は、回転する舞台にジャイロを設置した様子を示したものです。共振質量体の動きとジャイロが取り付けられた表面の回転に伴い、質量体とフレームにはコリオリの加速度が生じます。質量体とフレームは、振動の動作と90°を成す方向に平行移動します。回転速度が増加すると、質量体の変位が増加し、それに応じた容量の変化に基づく信号も大きくなります。

検知軸が回転軸に平行であれば、回転する物体上に任意の角度でジャイロを取り付けることができます。上記の説明では、機能を直感的に理解できるように、ジャイロの配置を簡素化して示しました。

容量性の検知方法

図4、図5、図6に示すように、ADXRSジャイロでは、コリオリ効果に基づく共振質量体とフレームの変位を、共振器に取り付けられた容量性の検知用素子によって測定します。ここでいう検知用素子とは、指を組むような形で基板に取り付けられた2セットのシリコン製ビーム(梁)のことです。これらは、公称値の等しい2つのコンデンサを形成します。このような構造において、角速度による変位は差動容量を生成します。総容量をC、ビームの間隔をgとすると、差動容量は2ΩvMC/gKとなります。つまり、差動容量は角速度に比例します。この関係は、実使用時にもかなり正確に成立します。また、非線形性は0.1%未満に抑えられます。

ADXRSジャイロの電子回路は、最小16fm(1fmは10-15m)のビームの偏位を基に最小12×10-21F(12zF)の容量値の変化を検知することができます。これを実用的なデバイスで利用するには、アンプやフィルタを含む電子回路を機械式センサーと同じダイ上に形成する必要があります。差動信号は共振周波数で交互に切り替わり、相関(Correlation)によってノイズから抽出することができます。

Figure 5
図5. フレームと基板のそれぞれには、コリオリ効果を検知するためのフィンガが取り付けられている。フレームと共振質量体は、コリオリ効果に基づいて横方向に変位する。その変位の量が、フィンガ間の容量値の変化によって測定される。

ビームの表面にある個々の原子は、非常にランダムに動きます。そうした原子の変位より小さい変異でも、ビームの表面の平均位置として意味を持ちます。コンデンサの表面には約1012個の原子が存在します。それらの動きを統計的に平均化すると、不確実性は1/106に低下します。では、それを100倍向上することはできないのでしょうか。残念ながら、それはできません。なぜなら、空気の分子の影響によって構造が変化してしまうからです。同じように平均化を行っても、その影響ははるかに大きくなります。それなら、空気を排除すればよいのではないかと思われるかもしれません。しかし、このデバイスは真空中では動作しません。わずか4µgの非常に微細な薄膜を使用しており、幅がわずか1.7µmの屈曲部はシリコン基板上に吊るされているからです。この構造においては、空気を緩衝材とすることで衝撃による破損を防止しています。このような仕組みにより、榴弾砲から誘導砲弾が発射されたときの激しい衝撃にも耐えられることが実証されています。

Figure 6
図6 . 機械式センサーの外観。ADXRSジャイロは、周囲の環境からの衝撃と振動を排除するための差動検知を可能にする2 つの構造を備えている。

ADXRSジャイロの特徴

ADXRS150やADXRS300など、ADXRSジャイロの最大の特徴は、電子回路と機械素子が統合されていることです。これにより、実用的な性能レベルを満たしつつ、小型化と低コスト化を実現しています。図7に、ADXRSジャイロのダイの写真を示しました。

Figure 7
図7. ADXRSジャイロのダイ。機械式の角速度センサーとシグナル・コンディショニング用の電子回路が統合されている。

ADXRS150とADXRS300は、標準パッケージを採用しているため、ユーザによる製品の開発と製造を簡素化することができます。セラミック・パッケージ(32ピンのBGA)の寸法は7mm×7mm×3mmで、同等の性能を備える他のジャイロと比べて1/100以下の大きさです。このようにサイズが小さいだけではなく、消費電力も30mWと、同等の性能のジャイロよりもはるかに少なく抑えられています。小型で消費電力が少ないことから、玩具のロボット、スクーター、ナビゲーション機器といった民生分野の製品に最適です。

衝撃と振動に対する耐性

ジャイロを使用する際の最も重要な関心事は、周囲環境からの衝撃や振動が加わっても、ジャイロが角速度に対応する信号を正確かつ確実に出力できるかどうかです。具体的なアプリケーションの例としては、自動車の横転検知があります。つまり、車両が横転しているかどうかを知るためにジャイロを使用するということです。自動車は、カーブなどの要因による影響が衝撃となって横転することがあります。場合によっては、ジャイロが飽和するほどの衝撃が発生することもあります。仮に、ジャイロがその影響を排除できなかったら、エアバッグが展開しなくなってしまう可能性があります。逆に、路上の段差などによる衝撃や振動が回転に対応する信号として出力され、エアバッグが展開してしまうといった事態も考えられます。仮にそのようなことが起きれば、安全上の大きな問題となってしまいます。

図6と図7に示したADXRSジャイロは、最大1000gの衝撃の影響を除去できる新たな角速度の検知手法を採用しています。それは、2つの共振器によって信号を差動で検知し、角度の動きに無関係なコモン・モードの加速度を除去するというものです。この手法により、ADXRSジャイロは衝撃と振動に対して優れた耐性を示します。図6に示した2つの共振器は機械的に独立しており、逆位相で動作します。そのため、両者は同じ回転量を測定しますが、出力は逆向きになります。その結果、2つのセンサー信号の差が角速度の値として検出されます。このような手法により、両方のセンサーに影響を及ぼす回転以外の信号成分を打ち消します。なお、2つの共振器からの信号は、非常に感度の高いプリアンプの前段にあるハードワイヤードの回路で結合されます。従って、極端な加速度による過負荷が電子回路に到達することは、ほとんどありません。そのため、大きな衝撃を受けている間に角速度の出力を維持するためのシグナル・コンディショニングが可能になります。このような機構を実現するには、十分なマッチングが得られるよう、全く同一に製造された2つのセンサーが必要です。

まとめ

ADIは、iMEMSプロセスを使用することで、完全に集積化された角速度センサーを世界で初めて開発するという画期的な偉業を成し遂げました。集積化の実現は、信頼性、サイズ、価格の面での大きな進歩につながります。このようにして得られたのが、非常に幅広い用途に適用可能なジャイロです。従来は、そのような製品は実現できない、または手頃な価格での実現は不可能だと考えられていました。iMEMSで実現されたジャイロは、小型かつ低消費電力であることから、玩具、スクーター、可搬型の計測器など、電池で駆動する小型の民生用製品や産業用製品にメリットをもたらします。また、衝撃と振動に対する耐性に非常に優れているという点から、厳しい環境にさらされる自動車などの分野にも適してします。

今後の展開としては、iMEMSプロセスとジャイロの設計手法を活かし、さらに集積度を高めるということが考えられます。例えば、ADIが開発済みの2軸加速度センサーのように、複数軸のジャイロを製造できるようになるでしょう。さらには、加速度センサーとジャイロの両方を単一のダイに集積することも可能になります。そのようにして得られた慣性計測ユニット(IMU)により、小型車両でも安定化や自律走行が可能になるはずです。

付録

2次元における動作

複素平面における位置座標z=rεを考えます。これを時間tで微分すると、以下のように速度が求められます。

Equation 1

2つの項は、それぞれ動径成分と接線成分であり、後者は角速度によって生じます。これをもう一度微分すると、以下のように加速度が求められます。

Equation 2

この式において、第1項は動径直線加速度で、第4項は角加速度による接線成分です。最終項は、rを維持するために必要な向心加速度です。第2項と第3項は接線成分であり、コリオリ加速度の成分でもあります。両者は等しく、それぞれ動径速度の方向の変化と接線速度の大きさの変化に起因します。ここで、以下のように、角速度と動径速度が定数であるとします。

Equation 3

すると、次の式が成り立ちます。

Equation 4

ここで、角度成分iεは、θが正である場合にコリオリの加速度2Ωvが接線方向の成分であることを表します。一方、-εは、Ω2rの成分が中心方向(つまり向心方向)の成分であることを表します。

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John Geen

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David Krakauer

David Krakauer is marketing manager for Analog Devices’ iCoupler product line.