LIDARレシーバーで周辺光の影響をキャンセルする方法

はじめに

ToF(Time of Flight)方式のLIDAR(Light Detection and Ranging)システムでは、受信シグナル・チェーンに求められる高い感度を実現することが重要な課題になります。この種のシステムは、コリメートされたレーザ・パルス(平行光線)をスポット状に照射します。そのようなレーザ光源を使用することには、発散によって失われる光量を抑え、距離が離れていてもスポットのサイズを一定に保てるという長所があります。光は、物体に当たると様々な方向にはね返ります。これを散乱と呼びます。また、光源側に戻る反射光(リターン信号)の量は1/R2に比例します(Rは距離)。これは逆2乗の法則とも呼ばれています。物体までの距離が短い場合、その物体を検出するのはそれほど難しいことではありません。それに対し、距離が100mを超えるような条件下で物体を検出しようとすると難易度が大きく高まります。逆2乗の法則に従って損失が生じ、わずかな量になった反射光を検出するためには、高いゲインが必要になります。しかし、レシーバーのゲインを高く設定すると、周辺光の存在によってシグナル・チェーンに大きな影響が及びます。太陽は広範な波長域を持つ光源です。通常、LIDARシステムでは光の波長として900nmと1550nmを使用します。これらの波長の太陽光はレベルの低い自然な光だからです。ところが、遠方の物体を検出するためにレシーバーのゲインを高く設定すると、そのような周辺光であってもレシーバーが飽和する原因になる可能性があります。そうすると、システムは物体を検知できなくなり、実質的に使い物にならなくなってしまいます。本稿では、LIDARのレシーバーで周辺光の影響を軽減する方法を紹介します。

LIDARの基本

上述したように、LIDARではレーザを使って短いパルス光を照射します。このパルス光は、検出の対象となる物体に当たると反射し、光源側に反射光が戻ってきます。それに要する時間を、ディテクタを使って測定するというのがLIDARの基本的な仕組みです。つまり、光の速度とレーザ・パルスの往復時間がわかれば、距離を算出できるということです。一般に、レーザ・パルスの振幅が大きいほど、リターン信号も大きくなります。ただ、長距離に対応するLIDARでは眼の安全性を確保する必要があります。そのため、最新のLIDARシステムではレーザ光の強さが制限されます。図1に示すように、パルス波形の面積はエネルギーの量を表します。ピーク・パワーを高くした場合には、パルスの幅を狭くして、パルス波形の面積が眼の安全を守れるレベルを下回るようにしなければなりません。そのため、振幅の大きいレーザ・パルスを比較的狭い幅で実現するということが目標になります。現在のLIDARシステムでは5ナノ秒程度のパルス幅が使われていますが、その幅をより短くしようという動きがあります。また、LIDARについてはもう1つ考慮すべきことがあります。それは光の散乱です。通常、逆2乗の法則の問題には、アバランシェ・フォトダイオード(以下、APD)をベースとするディテクタを使用して高いゲインを得ることで対処します。シグナル・チェーンでは、トランスインピーダンス・アンプ(以下、TIA)がノイズ性能を制限する要因になるので、APDはシグナル・チェーンにとって有益な存在だと言えます。ディテクタでゲインを実現することにより、システムの入力換算ノイズを低減することができるからです。但し、APDにも限界はあります。ゲインを上げすぎるとブレークダウンが生じ、ノイズ性能が低下することに注意しなければなりません。

図1. レーザ・パルスのパワー
図1. レーザ・パルスのパワー 

LIDARの課題

他の技術と同様に、LIDARシステムにもトレードオフがあります。LIDARシステムの受信側のシグナル・チェーンは、幅が約5ナノ秒のレーザ・パルスのエッジを検出するために、十分に広い帯域幅を備えている必要があります。また、ディテクタの静電容量は、TIAの帯域幅を制限しないように小さく抑えなければなりません。静電容量を小さく抑えれば、APDのショット・ノイズも小さくなります。両者は比例関係にあるからです。実際のアプリケーションでは、感度、帯域幅、電力のバランスをとる必要があります。受信側のシグナル・チェーンに高いゲインを持たせると、もう1つの課題が生じます。高いゲインに応じて広いダイナミック・レンジが必要になるというものです。最新のAPDでは、300V近い電圧で逆バイアスをかけることにより、そうした大きなゲインを実現します。この問題は、反射率の高い物体がディテクタに非常に近接している場合に顕著になります。その大きな信号とAPDの比較的高いゲインが組み合わせられることにより、TIAに数百mAの電流が流れる可能性があるのです。通信分野で使用されるTIAの大半は、そのような電流に耐えられるようには設計されていません。次のサイクルのパルスに備えて妥当な時間内に回復することもできません。幸い、LIDAR用のTIAは、電流をシャントし、100ナノ秒未満で回復するためのクランプ機能を内蔵しています。電力については、デューティ・サイクルを設定することと未使用のチャンネルをシャットダウンすることによって対処します。以上の事柄を踏まえると、大きな問題は周辺光が原因で生じるDC電流であることがわかります。これを解決するのは容易ではありません。

AC結合入力とDC結合入力

一見すると、上記の問題には簡単に対処できそうです。つまり、TIAへの入力をAC結合とし、DC成分を遮断すれば済むのではないかということです。しかしながら、このアプローチには多くの落とし穴があります。AC結合を採用すると、飽和状態からの回復時間が長くなり、システムの検出機能が失われてしまいます。近くの物体から振幅の大きい光が戻って来る際には、AC結合用のコンデンサが充電されます。ただ、TIAでは10kΩ~100kΩの帰還抵抗によって電流を制限しているので、AC結合用のコンデンサには少量の電流しか注入することができません。コンデンサの値によっては、RCの時定数が非常に大きくなり、回復には数百マイクロ秒の時間を要する可能性があります。100mの距離で物体を検出したい場合、通常、検出処理に割り当てられるのは2マイクロ秒程度です。更に遠方にある物体からの信号は失われてしまうので、数百マイクロ秒の回復時間というのは許容できません。TIAの入力をAC結合とした場合、もう1つの落とし穴にも注意が必要です。レーザ光源からパルスの照射を繰り返すレートが問題になるのです。AC結合でパルスを入力した場合、そのパルスはAC結合用のコンデンサで平均化されます。ディテクタの信号は単極性であり、同コンデンサはゆっくりと充電されます。それにより、同コンデンサにはDCオフセットが生じることになります。結果として、TIAにおいて直線性が得られる範囲が狭くなり、繰り返しのレートとリターン信号の振幅によってDCオフセットが変化します。AC結合入力のTIAに関する詳細な分析については、「LIDARシステムのTIAインターフェースを効果的に設計し最適化する方法」をご覧ください。一方、DC結合入力を採用すれば、上記のような微妙な差異や副次的な影響をすべて回避することができます。但し、その代償として複雑さが増します。DC結合に伴う電流をキャンセルするための効果的な方法は、クローズド・ループ回路を組み込んでTIAの入力に逆方向の電流を注入することです。

DC電流のキャンセル回路

図2に示したのは、アナログのクローズド・ループを実装してDC入力電流をキャンセルするための回路(以下、キャンセル回路)です。図中の誤差アンプは、TIAの出力をモニタし、入力に逆方向の電流を注入する役割を果たします。TIA用のリファレンスと出力を比較し、出力がそれと一致するようにサーボ制御を行います。誤差アンプのリファレンスとしては、2つの理由からTIA用のリファレンスを使用するのが最善です。1つ目の理由は出力のリファレンスとマッチさせるため、もう1つの理由はTIAの電源電圧変動除去比(PSRR)を確保するためです。また、誤差アンプの回路には、消費電力とコストを削減するために帯域幅の狭いアンプを使用する必要があります。高速のパルスが入力に結合して戻らないようにするためには、誤差アンプの入力部にローパス・フィルタを適用することが推奨されます。

図2. DC電流のキャンセル回路
図2. DC電流のキャンセル回路

図3に示したのは、アナログ・デバイセズのTIA「LTC6560」用に設計したキャンセル回路です。同ICの出力は、入力電流がない場合には1V DC(公称値)になります。したがって、この電圧にリファレンスの値をマッチさせるためには抵抗分圧器が必要です。それにより、リファレンスの公称値である1.5Vを分圧し、1Vの出力にマッチさせます。抵抗R1とコンデンサC1は、カットオフ周波数が約10.6kHzのローパス・フィルタ(LPF)を形成しています。これにより、誤差アンプからLTC6560に印加されるノイズの量を最小限に抑えます。このLPFは、このループのドミナント・ポールになり、帯域幅の要件に応じて調整することが可能です。シンプルな積分型の誤差アンプ回路を使用することで、LTC6560の出力が1Vになるようにサーボ制御します。1Vというのは、LTC6560に入力電流が流れていない場合の公称出力電圧であることに注意してください。20kΩの抵抗R2は、オペアンプ「LT6015」の出力電圧を電流に変換する役割を果たします。この抵抗の値とLT6015の最大出力振幅をベースとすることで、同アンプの出力振幅に応じて最大電流が決まるようになります。LT6015は、レールtoレールのオペアンプではありません。そのため、キャンセルできるDC電流の最大値は、LT6015の最大振幅とLTC6560の入力における自己バイアス電圧(公称1.5V)の差によって制限されます。その値は約3Vなので、キャンセルできるDC電流の最大値は150µAとなります。

図3. DC電流のキャンセル回路。LTC6560用に構成しました。
図3. DC電流のキャンセル回路。LTC6560用に構成しました。

図4に示したのは、図3の回路をLTspice®によってシミュレーションするために用意した回路です。シミュレーション結果は図5のようになります。なお、このシミュレーションでは、積分型の誤差アンプのリファレンスを設定するために電圧源V2を使用しています。その目的は、シミュレーションの開始電圧をデタミニスティックに設定できるようにすることです。

このキャンセル回路は、4チャンネルのTIA「LTC6561」にも適用することができます。図6に示すように、4つの出力抵抗を使用して各チャンネルに電流を注入することで、LT6015を3つ節約できることになります。注意すべき点は、この構成ではチャンネル間に結合が生じる可能性があるパスができることです。とはいえ、40kΩの抵抗によってチャンネル間の分離に及ぶ影響は最小限に抑えられます。また、誤差アンプはチャンネル間で大幅に変更することはできません。そのため、各チャンネルのDC入力電流が非常に近い値になるようにする必要があります。この回路は、すべての光チャンネルが互いに近接しているシステムに対して有用です。

図4. LTspiceによるシミュレーション用の回路
図4. LTspiceによるシミュレーション用の回路
図5. 図4の回路のシミュレーション結果。入出力波形を示しています。
図5. 図4の回路のシミュレーション結果。入出力波形を示しています。
図6. LTC6561用のキャンセル回路
図6. LTC6561用のキャンセル回路
図7. キャンセル回路の実験用ボード(LB2953A)

実測による確認

ここまでに説明した内容を実証するために、性能を検証するための実験用ボードを製作しました(図7)。これを使って性能を確認したところ、このDC電流のキャンセル回路では、ボードの配線や部品の寄生要素による影響が支配的であることがわかりました。100kHzから200MHzまでの範囲を対象とした積分ノイズは、キャンセル回路がない場合には64nA rmsでした。一方、キャンセル回路を追加すると、同ノイズが66nA rmsに増加しました。図8に示したのが、キャンセル回路がある場合とない場合の入力換算ノイズ密度の測定結果です。この回路からAPDを取り除き、TIAの容量性負荷が存在しない場合のノイズ・フロアを求めました。その結果、積分ノイズは、キャンセル回路がない場合には59nA rms、キャンセル回路がある場合には60nA rmsになりました。但し、この回路はディテクタと共に使用することになるので、回路の性能は容量成分が存在する状態で評価する必要があります。

図8. 入力換算ノイズ密度の測定結果
図8. 入力換算ノイズ密度の測定結果

まとめ

LTC6560、LTC6561の入力をAC結合で構成すると、いくつかの課題が生じる可能性があります。実際、回路の性能に及ぶ影響を最小限に抑えてAC結合を適用できるケースは限られています。最新のLIDARシステムでは、システムの性能を最大限に発揮するために、本稿で紹介したDC電流のキャンセル回路を使用するとよいでしょう。そうすれば、回路のノイズ性能に影響を与えることなく、回復時間の面で最高の性能を得ることができます。この性能とトレードオフの関係にあるのは、レイアウトの複雑さと積分型の誤差アンプによる消費電力の増加です。

Noe Quintero

Noe Quintero

2015年からアプリケーション・エンジニアとしてアナログ・デバイセズに勤務。2019年にアナログ設計エンジニアとなる。サンノゼ州立大学で電気工学の学士号を取得。専門はシグナル・チェーン・ソリューション。