トランシーバーICで簡素化される基地局用レシーバーの設計、2Gから5Gまでの全方式に対応する革新的な製品が鍵に

移動通信システムの基地局については、レシーバーの設計が非常に難易度の高い作業になることがあります。ミキサー、低ノイズ・アンプ(LNA)、A/Dコンバータ(ADC)など、レシーバーで使われる標準的なコンポーネントは、年月と共に著しく進化しました。しかし、アーキテクチャにはあまり大きな変化はありません。アーキテクチャの選択肢が限られていることから、基地局の設計者は、市場において製品の差別化を図るのが難しいという状況にありました。ただ、コンポーネントの最近の進化により、基地局用レシーバーの設計で最も難しい部分について、一部の制約が大幅に緩和されました。特に、最新のトランシーバーICを使用することで、新たな基地局アーキテクチャが実現されるようになりました。そうしたアーキテクチャは、基地局の設計者に対し、基地局製品を差別化するための更なる選択肢と手段をもたらします。

本稿で取り上げるトランシーバーICファミリは、6GHz以下のチューニング範囲の全域をカバーします。業界で初めて、2Gから5Gまでで使われてきた既存の全セルラー規格に対応可能であることを最大の特徴とします。これらのトランシーバーICを採用することにより、基地局の設計者は、すべての周波数帯と出力に対応する単一の小型無線システムを設計することが可能になります。

ここでは、まず基地局のクラスについて簡単に触れておきます。標準化団体である3GPP(3rd Generation Partnership Project)は、基地局のクラスを複数定義しています。それらのクラスは様々な名称で呼ばれています。大まかに言うと、最大のエリア・カバレッジとユーザ数に対応するのが、最も大きな基地局であるワイド・エリア基地局(WA-BS)です。出力は最も大きく、レシーバーの感度も最大です。以下、基地局の規模が小さくなるほど、出力は小さくなり、レシーバーの感度に対する要件も緩和されます。

表1. 基地局の規模の分類
GSM以外の基地局 GSMの基地局
エリア・カバレッジ、ユーザ数、出力、感度が最大 マクロまたはワイド・エリア ノーマル
中規模 マイクロ
エリア・カバレッジは小さく、ユーザは少なく、出力は小さく、感度の要件も緩い ローカル・エリアまたはスモール・セル ピコ

加えて3GPPは、複数の変調方式も定義しています。変調方式は、事実上、GSM(Global System for Mobile Communications)以外とGSMベースのものに分類されます。前者には、LTEやCDMA(Code Division Multiple Access)の変調方式が含まれます。後者については、特にマルチキャリアGSM(MC-GSM)が含まれている点が重要です。両者を比較すると、GSMの方が、RF/アナログ性能の面で要件が厳しくなります。また、よりスループットの高い無線が一般的になるに従い、シングルキャリアのGSMではなく、MC-GSMの方が標準的になりました。一般に、MC-GSMの性能に対応する基地局の無線フロント・エンドは、GSM以外の方式の性能にも対応できます。したがって、MC-GSMをサポートしている通信事業者は、ビジネス・チャンスに対してより柔軟に対応可能だということになります。

従来、基地局はディスクリートのコンポーネントによって構成されていました。今日のトランシーバーICを使えば、多くのディスクリート・コンポーネントを置き換えることができ、システムにメリットをもたらすことができるとアナログ・デバイセズは考えています。ここでは、基地局用レシーバーの設計上の課題について整理しておきましょう。

従来、ワイド・エリア基地局またはマクロ基地局のレシーバーの設計は、最も難しく、最もコストのかかる作業でした。そのため、基地局用レシーバーの設計は、今も昔も無線通信ネットワークの要だと言えます。では、何がそれほど難しいのでしょうか。一言で言えば、その答えは感度です。

基地局のレシーバーは、特定の条件下で、必要な感度を達成しなければなりません。ここで言う感度とは、携帯端末からの弱い信号を、基地局のレシーバーがどの程度復調できるのかということを示す性能指数です。基地局が、どれだけ離れた位置にある携帯端末との接続を維持しつつ信号を受信できるかを表す能力だと考えてもよいでしょう。感度は、外部からの干渉が全くない状態のスタティック感度と、干渉がある場合のダイナミック感度の2つに分類できます。

まずは、スタティック感度について考えてみます。エンジニアリング分野では、感度は、システムのノイズ指数(NF:NoiseFigure)によって決まるとされています。NFが小さいほど感度は高くなります。システムのレベルで所望のNFが得られるようにゲインを高めることで、所望の感度が得られます。ゲインを得るには、LNAという高価なコンポーネントが必要になります。高いゲインを求めるほど、LNAのコストと消費電力は増大します。

一方のダイナミック感度には、残念ながらトレードオフがあります。ダイナミック感度は、干渉によってスタティック感度よりも低くなる可能性があります。干渉とは、レシーバーに現れる望ましくない信号のことです。外界からの信号や、レシーバー自身によって意図せず生成された相互変調積などの信号も含まれます。システムがどれだけ適切に干渉に対処できるかを表す指標が直線性です。

干渉が存在する場合、苦労して達成したシステムの感度が低下してしまいます。ゲインが高いほど、このトレードオフは深刻です。一般に、ゲインが高いほど、直線性は低下するからです。つまり、ゲインを高くしすぎると、直線性が低下し、強い干渉の下での感度の低下につながるということです。

無線通信ネットワークは、その性能が携帯端末側ではなく基地局側に依存するように設計されます。例えば、ワイド・エリア基地局の設計は、広いエリアをカバーしつつ、高い感度を達成するように行われます。また、セルのエッジにあって送信信号が最も弱くなる携帯端末にも対応できるように、最大のスタティック感度を備えるようにします。その一方で、信号が干渉を受けたり遮断されたりするような条件下においても、ワイド・エリア基地局のレシーバーのダイナミック感度は良好に保たなければなりません。レシーバーは、基地局に近い携帯端末からの強い信号によって干渉が生じる場合でも、別の携帯端末からの弱い信号に対して良好な性能を示す必要があります。

図1は、ディスクリートのコンポーネントで構成したレシーバーのシグナル・チェーンを簡略化して示したものです。ここで、LNA、ミキサー、可変ゲイン・アンプ(VGA)の部分は、RFフロント・エンドと呼ばれます。RFフロント・エンドのNFは1.8dB、ADCのNFは29dBです。図1のシステムの性能は、RFフロント・エンドのゲインをX軸とし、システムの感度をY軸とするグラフを使うことで評価できます。

図1. ディスクリート・コンポーネントで構成したレシーバーのシグナル・チェーン

図1. ディスクリート・コンポーネントで構成したレシーバーのシグナル・チェーン

次に示すのは、トランシーバーICを使用した受信シグナル・チェーンの簡略図です。図2のシグナル・チェーンは、ディスクリート構成のシグナル・チェーンよりも構成要素の数が少ないことがわかります。また、このトランシーバーICは、2つのトランスミッタと2つのレシーバーをチップ上に集積しています。一見シンプルな集積構造の中に、洗練された設計のレシーバーが実装されており、12dBのNFが標準的に達成されます。後で示すグラフで、図2のシステムにより良好な感度が得られることをご確認ください。

図2. トランシーバーICを使用して構成したレシーバーのシグナル・チェーン

図2. トランシーバーICを使用して構成したレシーバーのシグナル・チェーン

図3は、上記2つの方法で実装したRFフロント・エンドのゲインとスタティック感度の関係を示したものです。ワイド・エリア基地局は、最も厳しい感度の要件をぎりぎり満たすかどうかというレベルで動作します。一方、スモール・セルについては、感度のグラフの傾きが大きくなりますが、それでも小さなマージンを保って規格を満たすレベルで動作します。トランシーバーICを使用した構成では、ワイド・エリア基地局とスモール・セルの両方に対し、RFフロント・エンドにおけるゲインをはるかに低く抑えた状態で所望の感度を達成することができます。

図3. ディスクリート構成のレシーバーとトランシーバーICベースのレシーバーの感度の比較

図3. ディスクリート構成のレシーバーとトランシーバーICベースのレシーバーの感度の比較

では、ダイナミック感度についてはどのようになるでしょうか。トランシーバーICを使用してワイド・エリア基地局を設計する場合、RFフロント・エンドでゲインを与えた領域におけるダイナミック感度は、ディスクリート構成の設計の場合よりもはるかに高くなります。消費電力が一定であるなら、通常はRFフロント・エンドのゲインが低いほど、直線性が高くなるからです。一般的に高いゲインが適用されるディスクリート構成の設計では、RFフロント・エンドによって直線性がほぼ決まります。トランシーバーICを使用する設計では、干渉による感度の低下が、ディスクリート構成の設計と比べてかなり抑えられます。

システムは、干渉があまりに大きい場合には、その干渉に耐えられるレベルまでゲインを下げ、干渉が小さくなればゲインを上げるように設計されます。これを、自動ゲイン制御(AGC:Automatic Gain Control)と呼びます。ただ、ゲインを下げれば感度も低下します。干渉に耐えられるならば、ゲインをできるだけ高くして感度を最大限にすることが、一般的には最善の策になります。AGCに関する詳細説明については、別の機会に譲ります。

本稿で紹介したトランシーバーICには、大きな特徴が2つあります。1つはNFが優れていること、もう1つは干渉に対する耐性が高いことです。シグナル・チェーンにトランシーバーICを適用すれば、フロント・エンドのゲインを低く抑えた状態で所望のスタティック感度を達成できます。また、干渉レベルが抑えられるので、より高いダイナミック感度が得られます。LNAが必要な場合であっても、より安価で消費電力の少ない製品を使用可能です。このような特徴を活用すれば、システムにおける他の設計上のトレードオフにおいても、これまでとは異なる選択が行えます。

今日では、ワイド・エリア基地局とスモール・セルの各設計に応じて構成が可能なトランシーバーICが市場に提供されています。アナログ・デバイセズは、MC-GSMに対応可能なレベルの性能を備え、ワイド・エリア基地局に最適な「ADRV9009」と「ADRV9008」を提供することにより、先陣を切ってこの新しいアプローチを推進しています。また、「AD9371」ファミリでは、GSM以外の規格(CDMAやLTE)に対応可能な性能と帯域幅を備えつつ、消費電力を最適化した選択肢を提供しています。

本稿では、トランシーバーICを使用したレシーバー設計の全体像のうち、ほんの一部を取り上げたに過ぎません。感度については、続編となる記事で更に詳しく説明する予定です。基地局用レシーバーの設計上の課題としては、AGCのアルゴリズム、チャンネル推定、イコライゼーションのアルゴリズムといった事柄も挙げられます。レシーバー・システムに関する理解を深め、設計プロセスの簡素化を実現していただけるようにすることを目的として、本稿の続編となる一連の技術記事を公開していく予定です。

Kenny Man

Kenny Man

Kenny Manは、通信装置メーカーや半導体メーカーで、高速計測器や無線基地局のシステム、システム・アプリケーション、無線インフラのシステム・アーキテクチャなどに関する設計業務を25年にわたって担当してきました。現在は製品エンジニアリングを担当しており、通信インフラの構成要素の改良に取り組んでいます。趣味は、ハイキング、スキー、読書(歴史に関する本)です。

Jon Lanford

Jon Lanford

Jon Lanfordは、アナログ・デバイセズのトランシーバー製品グループ(グリーンズボロ)でシステム/ファームウェアの検証部門を担当するマネージャです。2003年にノースカロライナ州立大学で電気工学の修士課程を修了した後、アナログ・デバイセズに入社しました。これまでに、GSPSレベルのパイプライン型ADCの設計やキャリブレーション・アルゴリズムの設計、トランシーバーのテスト開発などを担当した経験があります。