

Signals+ ニュースレター登録
Signals+はコネクティビティ、デジタルヘルス、モビリティ、スマートインダストリーに関する最新情報をお届けします。
ありがとうございます。ご登録のメールアドレスにお送りしたメールを確認し、ニュースレター登録を完了させてください。
世界中の人々の生活に影響を与える、画期的なテクノロジーに関する最新情報をタイムリーにお届けします。
閉じるIDUN TechnologiesがインイヤーEEGで実現する、先進的な脳波記録
最近の研究により、次のような事実が明らかになりました。それは、「世界の3人に1人は睡眠時無呼吸症候群を患っているのにもかかわらず、そのうち80%の人は診察/診断を受けないままでいる」というものです1。また、別の神経学的な研究によれば「精神的な作業負荷が大きかったり、疲労がたまっていたりすると、ストレスに関連する変化が身体に生じ、集中力と反応速度が著しく低下する」といいます2。
こうした脳の健康/健全性(health and well-being)に関する課題を解決したいという思いを基盤とし、IDUN Technologiesとアナログ・デバイセズは連携を図ることにしました。それによって開発されたのが、イヤホン(earbud)型の脳波計(以下、インイヤーEEG)を用いるハードウェア/ソフトウェア・プラットフォーム「IDUN Guardian」です。このプラットフォームでは、IDUN Technologiesが特許を取得済みの電極技術「DRYODE™」を活用しています。また、生体電位信号の測定には、アナログ・デバイセズのアナログ・フロント・エンドICを使用しています。そのようにして実現されたIDUN Guardianを使用することで、脳波の信号を取得/記録することができます。更に、そのデータを基にして実用的な洞察を生成することが可能になります。
IDUN Guardianは、身体に装着するタイプの民生用ソリューションです。但し、このソリューションは過去に類を見ないものだと言えます。なぜなら、睡眠と生産性の追跡(トラッキング)機能を、ウェアラブル型でも腕時計型でもないヒアラブル型のデバイスによって実現しているからです。IDUN Guardianの用途の1つとしてはハンズフリーで機器を制御する機能が想定できます。これを実現できれば、身体に障害のある人に対して大きなメリットを提供できる可能性があります。

「アナログ・デバイセズは、イヤホン型脳波計が大きな可能性を秘めていることを早くから認識していました。IDUN Technologiesとアナログ・デバイセズの協業が連携したことにより、IDUN Guardianはマス・マーケットへの展開が可能なプラットフォームに変貌しました。特に、アナログ・デバイセズのアナログ・フロント・エンドICを採用したことで、プラットフォームの大幅な小型化を図りつつ、消費電力を削減することができました。その結果、IDUN GuardianはニッチなBCI(Brain-Computer Interface:脳とコンピュータをつなぐインターフェース)アプリケーションから、拡張性に富んだ民生製品向けのプラットフォームへと飛躍的に進化したのです。」Simon Bachmann氏
CEO | IDUN Technologies
本事例の概要
顧客企業の概要
IDUN Technologiesはスイスのニューロ技術企業(IDUNは「イードゥーン」と発音)。2017年にSéverine Gisin氏とSimon Bachmann氏によって設立された。インイヤーEEGを用いて脳波を測定し、その活動状況を分析するプラットフォーム(IDUN Guardian)を展開している。IDUN Guardianでは、ハードウェア、データ、アルゴリズム、パーソナライゼーションの融合を図る。そうすれば、脳に関するデータをより身近なものとして活用しやすくなる。それにより、IDUN Technologiesは共感に満ちたデジタルの世界を構築することを目指している。目標
ニューロ技術を活用し、民生向けのヒアラブル機器を具現化する。想定される用途としては、睡眠の状態の監視、認識能力の追跡、ハンズフリーの機器制御、補聴器の改善、BCIなどがある。これらの用途に向けた主流の技術となるようなヒアラブル機器を実現する。課題
安定した信号品質を得るために電極の配置を最適化する。また、長時間にわたって使用できるようユーザにとっての快適さを確保する。加えて、電気的なノイズを発生させないオーディオ機能を実現する。更に、極めて小さなフットプリントで脳波のデータを収集できるようにSWaP(サイズ、重量、消費電力)の低減を図る。ソリューション
アナログ・デバイセズの先進的なアナログ・フロント・エンドIC、バイオセンサー技術、オーディオ機能を活用する。それらにより、低消費電力かつ小型で信頼性の高い民生用途向けのイヤホン型脳波計を開発する。その結果、認知的な作業負荷の監視から、没入型エクスペリエンスの提供まで、広範な用途に適したインイヤーEEGが実現される。
脳波の検出と記録脳波記録向けのデバイスは、頭皮または耳に装着した電極を使用して脳波を取得し、脳の活動を記録します。それらの電極が検出するのは微小な神経信号です。それを増幅して解析することで、脳の機能に関する洞察が得られるようにします。つまり、神経系の健康/健全性を監視することが可能になります。 |
将来の健康に関する洞察をもたらすインイヤーEEG
IDUN Guardianは、IDUN Technologiesが特許を取得したDRYODEという“乾式”の電極技術を採用しています。そのため、煩わしいジェルやスカル・キャップを使用することなく、脳波の検出/記録を実現可能です。つまり、脳波計による監視を自宅でも快適に実施できるということです。また、生体認証、信号の周波数帯域の分類、歯の食いしばりや眼球運動の検出といった機能も提供できます。


IDUN Guardianのチャンネルは脳波記録向けに最適化されています。例えば、脳波の信号や皮膚接触インピーダンスをクリーンかつ高い精度で取得するためのフィルタを内蔵しています。そのため、ストレスの監視アプリケーションなどにおいて貴重な洞察を得ることができます。また、安全を確保するための機能として、ペースメーカを検出する機能や感電を防止する機能も備えています。加えて、脳波記録によって睡眠の段階を判定することで、睡眠の状態を高い精度で詳細に把握したり、音声変調(音響刺激)を実施したりすることが可能になります。
IDUN Guardianでは、1つのチャンネルによって脳電図(Electroencephalography)、筋電図(Electromyography)、眼電図(Electrooculography)を追跡します。これは、睡眠障害の診断に使用される包括的な睡眠検査手法である睡眠ポリグラフィ(Polysomnography)で行われることに似ています。
スマート・ウォッチとは異なり、IDUN Guardianを使用すれば、高い信頼性で睡眠の追跡を行ったり、認知的な洞察の生成や介入(例えば、音響刺激など)を実施したりすることができます。取得したデータはBluetooth Low Energy(BLE)を介してIDUN Guardianのソフトウェアに転送され、分析が実行されます。小型かつ低消費電力なので、身体に装着して健康/健全性を監視するという目的に対して理想的なデバイスだと言えます。


「IDUN Technologiesとアナログ・デバイセズの連携により、民生向けニューロ技術のブレークスルーが果たされました。日常的に使われるイヤホンに最先端のバイオセンサーを組み込むことで、臨床ではなく、日常生活の中で脳波を検出することが可能になります。このインイヤーEEG により、将来の民生製品の新たな基準が確立されたと言えるでしょう。」Matthew Tyler
プロダクト・ライン・マネージメント/民生分野担当マネージング・ディレクタ | Analog Devices
より良い成果を得るためのパートナーシップ
IDUN Technologiesとアナログ・デバイセズのパートナーシップは野心的なものですが、ヒューマニティを重視している点に特徴があります。このパートナーシップは、小型化、電力効率の飛躍的な向上に加え、神経科学を身体装着型の民生用デバイスにシームレスに適用する上で重要な役割を担いました。その結果、エンターテインメント、生産性、個人の健康の面で、より良いエクスペリエンスを得られるようにするための大きなブレークスルーが果たされました。
IDUN TechnologiesでCEO(最高経営責任者)を務めるSimon Bachmann氏は、「アナログ・デバイセズと協業したことにより、単なる技術サポートを上回るレベルの協力を得ることができました。それにより、当社はこの新興分野で有利なスタートを切れました。実際、大手メーカーに当社の技術に関心を持ってもらうための足がかりが得られました。また、『CES』のような世界的な舞台で当社のインイヤーEEGを披露することができました」と述べています。
ExG信号の取得に伴う課題、それを解消するためのバランス
ここで言うExG信号とは、脳電図、筋電図、眼電図、心電図(Electrocardiography)といった電気生理学的な信号のことです。身体の特定部位を監視する上では、ExG信号の観測が不可欠です。しかし、ExG信号の振幅はμVのレベルであることが多く、その性質上、検出は容易ではありません。それらの信号を高い精度で測定するためには、感度の高い計測機能、ノイズの低減機能、高精度のシグナル・コンディショニング機能が必要です。また、高度な工学的技術だけでなく、生理学的な知見が求められます。
IDUN Guardianでは、アナログ・フロント・エンドICとしてアナログ・デバイセズの「MAX30011」を採用しています。このクワッド・チャンネルのICは、生体電位と生体インピーダンスの測定機能を備えています。入力換算ノイズを最小限に抑えるために同ICを低ノイズ・モードで動作させた場合、消費電力がやや増加します。それと引き換えに、信号の明瞭度を最大限に高め、高精度の生体電位測定を実施することが可能になります。
インイヤーEEGによる分析で、日々の健康を維持
睡眠の監視
- 手首に装着するタイプのデバイスを使用する場合と比べて、睡眠の段階に関するより精度の高い洞察が得られます。
- 音声変調によって睡眠の改善を図ることが可能です。

パーソナライズされた補聴器
- 従来の補聴器とは異なり、騒がしい環境(立食形式のパーティなど)においても、ユーザが聴き取りたい情報を効果的に取得できます3。

BCI
- 運動障害を持つ人がハンズフリーで機器を制御できるようになります。また、VR(Virtual Reality:仮想現実)、ロボット、スマート環境の進化に貢献します。
- BCIによる直観的な制御をサポートします。耳介周辺で行う脳波記録と頭皮で行う脳波記録を整合させた音声想起や、家電製品のリアルタイム制御を実現できるようにします4。

集中力と作業負荷
- 航空、外科、教育といった分野で認知的な作業負荷をリアルタイムで監視することにより、能力や安全性を高めることができます。
- 運転者、操縦者、産業分野の作業者の安静、集中、眠気といった状態の識別を可能にします。
- 適応型のシステムを実際に使用する人の疲労、注意力の低下、眠気を検出することができます4。

メンタル・ヘルスと健全性
- リアルタイムのフィードバックまたは瞑想誘導により、ストレス、不安、気分のパターンを検出します。
- マインドフルネスのアプリと組み合わせることにより、感情をより良好にコントロールできるようになります。

スカル・キャップを使用する脳波計に対するIDUN Guardianの優位性
一般に、診察室や実験室で脳波の神経学的な検査を行う際には、導電性のジェルを塗布した“湿式”の電極を使用するタイトなスカル・キャップを使用する必要があります。なぜなら、皮膚インピーダンスを低減し、信号品質を改善する必要があるからです。その結果、複数の電極部位によって脳全体を対象とした脳波記録を実現することが可能になります。一方、インイヤーEEGを用いるIDUN Guardianでは、“乾式”の電極(特許を取得済みのDRYODE)を使用します。そのため、ジェルを使うことなくインピーダンスを低減し、高品位のデータを取得することが可能です。利便性の高いイヤホン型のデバイスを使用するので、長時間にわたって装着しても快適な状態を維持することができます。

人に関する洞察を引き出すインイヤーEEG

技術に関しては、よく「革新的」という言葉が使われます。とはいえ、それは言葉の乱用に過ぎず、実際の技術は期待されるレベルに達していないケースが少なくありません。それに対し、IDUN Guardianは革新的という言葉がふさわしいものだと言えます。なぜなら、IDUN Guardianはイヤホン型のデバイスによって脳波を検出/記録し、睡眠や生産性の追跡を可能にする初の民生用ヒアラブル機器であるからです。
アナログ・デバイセズとIDUN Technologiesの連携により生まれたIDUN Guardianを活用すれば、健康/健全性をもたらす革新的なアプリケーションを実現するための洞察を解き放つことができます。その対象範囲は、睡眠や認知能力の改善、補聴器の強化、BCIによる集中力の追跡や操舵制御、アルツハイマー病やてんかんの早期発見など多岐にわたります。
参考資料
1 「The Global Sleep Crisis.(世界的な睡眠の危機)」ResMed’s 2024 Sleep Survey
2 Neda Mahdavi、Leili Tapak、Ebrahim Darvishi、Amin Doosti-Irani、Masoud Shafiee Motlagh「Unraveling the Interplay Between Mental Workload, Occupational Fatigue, Physiological Responses, and Cognitive Performance in Office Workers(オフィス・ワーカーの精神的作業負荷/職業的疲労/生理的反応/認知能力の相互作用を解明する)」Scientific Reports、2024年
3 Mike Thornton、Danilo Mandic、Tobias Reichenbach「Comparison of Linear and Nonlinear Methods for Decoding Selective Attention to Speech from Ear-EEG Recordings(耳介脳波の記録から音声への選択的注意をデコードするための線形手法と非線形手法の比較)」arXiv、2024年
4 Netiwit Kaongoen、Jaehoon Choi、Sungho Jo「Speech-Imagery-Based Brain-Computer Interface System Using Ear-EEG(耳介脳波を使用する音声想起ベースの脳‐コンピュータ・インターフェース・システム)」Journal of Neural Engineering、2021年