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Futuristic city skyline with 5G, cloud, and Wi-Fi network icons representing smart city connectivity
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5Gのエネルギー効率の向上、鍵を握るのはエッジAIとデジタル・プリディストーション

October 22, 2025

5Gは、高速でレイテンシが小さく、接続密度が高いという特徴を備えています。それにより、世界を変革するという大きな期待に応えました。Ericssonは、5Gのサービスの契約数が2020年代末までに67億件に達すると見込んでいます1。その一方で、5Gを利用することには、エネルギーの消費量が増大するという隠れた代償が伴います。5Gのネットワークでは、4Gのネットワークと比べてデータの伝送効率がはるかに高くなります。しかし、5Gによるデータの伝送量が増えることにより、電力の消費量は従来のネットワークを使用した場合の4倍から5倍に増加すると予想されています2

この課題を解決する上で注目すべきは、無線アクセス・ネットワーク(RAN:Radio Access Network)で消費される電力です。RANにおいて、電力の大部分はパワー・アンプ(PA:Power Amplifier)段で消費されます。PAについては、電力効率の向上、信号の歪みの低減、動作帯域幅の拡大、信号のより高速な変化への対応といった課題にバランス良く対処する必要があります。そのため、RANの開発者は現在、新たなレベルの柔軟性、インテリジェンス、リアルタイムの最適化を実現するための手段を求めています。つまり、RANの装置の適応性を高める必要があるということです。

上述したとおり、5Gについては、適応性が高くエネルギー効率に優れるシステムを実現しなければなりません。そうしたなか、技術者らは急速に進化するAIを活用した新たな機能に注目し始めています。AIをベースとする大規模言語モデルについては、日々多くのニュースを目にする状況にあります。その一方で、現実の世界では、複雑なアプリケーションにAIの分析力をリアルタイムに適用するということが試みられています。それにより、ローカルにおける意思決定を新たなレベルに引き上げることが期待されています。無線技術者らは、RANの消費電力を減らすためにAIを活用すべく様々な研究を実施しています。

AIの活用という動きは、モバイル事業者にとって絶好のタイミングで訪れたと言えます。McKinsey & Companyの調査によると、エネルギーの消費量が通信事業者の収益に及ぼす影響は、売上高の成長率を50%上回っているといいます3。また、Verizon Communications、T-Mobile、Bharti Airtelといった多くのモバイル通信事業者は、2050年までにネット・ゼロを達成する(温室効果ガスの排出量を実質的にゼロに抑える)という目標を掲げています。

 5Gの時代のネットワークでは、エネルギー効率の改善が、深刻化する重大な課題として位置づけられます。4Gのネットワークの時点で、エネルギーに関連するコストは既にネットワークの総所有コストの20%~25%を占めていました4。5Gへ移行すると、その比率は大幅に高まります。特に2G/3G/4Gのインフラ上の階層に高性能の5Gを配置する場合、シナリオによってはエネルギーに対する需要が最大140%も増大する可能性があります2

技術的な話題

5 Gの時代に消費電力を増大させる3つの要因5


M-MIMO
5Gの基地局では、64×64のM-MIMO(Massive Multiple-input, Multiple-output)が使われます。これは、従来の基地局と比べて最大16倍も大きくて明るい“電球”のようなものだと言えます。つまり、従来の2×2または4×4のMIMOと比較してより多くの電力が費やされます。実際、5Gの基地局には4Gの基地局と比べて3倍の電力が必要になります。


基地局数の増加
5Gの時代のネットワークでは、都市部において新たなマクロ・セル/スモール・セルを運用することで通信密度を高めます。基地局の数が増えることから、トータルの消費電力が増加します。


モバイル・データのトラフィックの増加
5Gでは、4Gと比較してビット当たりの電力効率が高くなります。それにもかかわらず、モバイル・データのトラフィックが最大50%増加すると消費電力の増加を招きます。この概念は「Bit drives Watt」という言葉で表されています。

通信事業者のエネルギー消費

3D stacked cube chart showing operator energy use

出典:Energy Consumption Breakdown(エネルギー消費量の内訳)、GSMA、2021年6



Other Operations Box  その他

Data Centers Box  データ・センター

Core Network Box  コア・ネットワーク

Radio Networks Box  無線ネットワーク

5Gが抱えるエネルギーの課題

5Gにおけるエネルギー消費の根底には、繊細なトレードオフが存在します。PAのエネルギー効率は、限界のレベルで駆動した場合に最も高くなります。しかし、その動作モードでは信号が歪んでしまい、規格に準拠する上での問題が生じたり、性能が低下したりすることがあります。この問題を回避するために、ほとんどのPAはバックオフ・モードで動作しています。つまり、効率を犠牲にすることで信号の忠実度を維持しています。

PAの非線形な動作は、メモリ効果によって更に複雑になります。PAの構成要素には、応答が遅く過去の入力を“記憶”しているコンポーネントが存在します。そのため、PAの非線形性は既に通過した信号の履歴に依存します。

これらの問題を解決するための手段が、デジタル・プリディストーション(DPD:Digital Predistortion)です。

DPDの仕組み

DPDでは、PAによって生じる通常の歪みと逆の方向に意図的に信号を歪ませます。例えば、衣服を製造する際には、洗濯した後に縮むことを見越して大きめに縫製されます。DPDでは、それと同じようなことが行われます。信号をあらかじめ調整しておき、PAを通過する際に歪みが互いに打ち消し合い、クリーンで精度の高い状態を維持した伝送が行われるようにするということです。

DPDがどのように進化するのかは明らかです。つまり、AIを活用したよりスマートなDPDが生み出されるはずです。

技術的な話題

既存のDPDは、数学的なアプローチに依存しています。それは、ボルテラ級数をベースとした線形化手法によりPAの動作をモデル化するというものです。その種のモデルは、5Gの伝送においては指数関数的に複雑になります。結果として、より多くの演算用リソースやメモリが必要になり、チップの面積や消費電力が大幅に増加します。言い換えれば、DPDの効率と価値が損なわれるということです。


新たなパラダイム - 機械学習をベースとするDPD

DPDを実現するための新たな手法では、機械学習(ML:Machine Learning)を活用します。それにより、従来のDPDで使用されている柔軟性に乏しい数理モデルの置き換えを図ります。具体的には、信号の補正アルゴリズムを手作業で調整する代わりに、実際の波形データを使用してトレーニングされたニューラル・ネットワークを活用します。それにより、PAの非線形な動作を動的にモデル化して補正を実施します。その種のモデルは、バックプロパゲーションによって最適化し、既存のハードウェアに直接マッピングすることができます。

このようにして実現されるのがMLを活用したDPD(ML-DPD)です。

ML-DPDによってもたらされるメリットは革新的なものだと言えます。例えば、最適化にかかる時間を数日から数時間に短縮することができます。また、モデルの性能は信号に関する広範な条件の下で向上します。加えて、理論上のものではなく、実質的なものとして消費エネルギーの削減が果たされます。最も重要なのは、そのソリューションが適応性の高いものとして具現化されることです。つまり、ML-DPDを採用した場合、リアルタイムの状態に基づいて学習が行われ、ハードウェアや環境の変化に応じた進化が実現されるのです。

中期的なメモリ効果に対応可能なDPD

従来のDPDも、実質的な効果をもたらす技術であることは間違いありません。但し、その手法によって、新たな時代のセルラのより厳しいニーズに応えるのは容易ではありません。より多くのデータをより高速に処理するには、PAがより広い帯域幅で動作する必要があります。その場合、信号が急激に変化することになります。その結果、電気的な不安定さや歪みが生じてしまうかもしれません。また、FCC(Federal Communications Commission)が定めたエミッションの規格に反してしまうおそれもあります。

この課題に対処するために、研究者らは信号の動きをより深く理解するように努め、それに対応可能なニューラル・ネットワーク・ベースの新たなモデルを開発しました。

技術的な話題

サンプル・レート・システムとボルテラ級数をベースとするDPDモデルを組み合わせることで、MT-DPD(Medium-Term DPD)が開発されました。MT-DPDは、100ナノ秒から10マイクロ秒継続する、信号のメモリ効果によって生じる歪みを対象とするものです。初期の段階で行われたテストでは、歪みを大幅に低減できることが確認されました7。今後は、窒化ガリウム(GaN)デバイスの性能上の課題である電荷のトラッピングに対処することを目指して開発が進む可能性があります。

長期的なメモリ効果に対する解決策

現在のPAが抱える課題は、静的な歪みに対処することだけではありません。5Gにおける動的なトラフィックにより、特に効率の高いGaNベースのPAにおいて、電荷のトラッピングによる長期間のメモリ効果が深刻な問題として浮上することになります。AIを活用したアプローチであれば、そのような動作もモデル化できます。そうすれば、DPDの能力を活かせる場を新たな領域に拡張することが可能になります。

技術的な話題

多層ニューラル・ネットワークを利用すれば、瞬間的な非線形性、急速に変化する過渡的な現象、低速のドリフト効果による歪みを同時に補正することができます。つまり、より複雑な状況に適応することが可能になります。その結果、現実のシナリオにおいて、PAの効率をクラス最高のレベルに維持しつつ信号の忠実度を高められる統合型のシステムが実現されました7

モバイル事業者にエネルギー効率の高い未来をもたらすML-DPD

ML-DPDを活用すれば、基地局のエネルギー効率を高めたいという業界の真のニーズに対処できます。これは、モバイル通信事業者にとって不可欠なことです。モバイル通信事業者は、5Gのインフラに多額の投資を行いつつ、競争力を高めるためにコストの削減を図らなければならないからです。規格に準拠しつつ、最適な容量で信号を伝送できることは大きなメリットになります。その結果、ユーザは高速なモバイル・インターネットがもたらす体験を更に楽しめるようになります。

信号の最適化は、単なる技術的な懸念事項ではありません。その課題を解決することは、ビジネス上の必須の要件だと言えるでしょう。ML-DPDは、5Gにおける消費エネルギーの削減に向けた道筋を示してくれる技術です。

Diverse women overlaid with digital neural network patterns symbolizing AI and machine learning technology

参考資料

1 Mobility Report(モビリティ・レポート)、Ericsson、2024年11月
2 What Is 5G Energy Consumption?(5Gでは何が多くの電力を消費するのか?)、 VIAVI
3 The Growing Imperative of Energy Optimization for Telco Networks(通信ネットワークのエネルギー、最適化の重要性が高まる)、McKinsey、2024年
4 5G Energy Consumption: A Rapidly Changing Business Climate(5Gにおける消費電力 - ビジネス環境は急速に変化)、STL Partners、2021年
5 5G Era Mobile Network Cost Evolution(5Gの時代におけるモバイル・ネットワークのコストの変化)、GSMA、2019年
6 Energy Consumption Breakdown(エネルギー消費量の内訳)、GSMA、 2021年
7 ADI independent tests(アナログ・デバイセズ独自のテスト)