概要
従来型の 3 相電力量計では、カレント・トランス(CT)を用いて、相電流と中性電流を検出します。CT の 1つの利点は、数百ボルトで動作する電力線と、通常は中性線に接続される電力量計のグラウンドとの間に、固有絶縁を形成できることです。CTは、直線性に優れており、巻数比と負荷抵抗の調整によって広範囲の電流測定ができる柔軟性を有しています。しかし、CTにも、電力量計で使用するには欠点がいくつかあります。第 1に、CTの磁性コアは外部直流磁界によって飽和する可能性があります。現在では、非常に強力な希土類直流磁石が一般家庭でも容易に入手できるため、電力量計が改ざんされやすくなっています。第 2 に、電力線上に直流電流を生成する分散型太陽光発電用の直接接続インバータなどの電力用電子機器によっても、CTが飽和する可能性があります。製造業者は、遮蔽や直流耐性 CT の使用によって、この 2 つの影響を抑制できますが、これはコスト増を招きます。また、直流耐性 CT の場合には、永久磁石を用いた電力量計の改ざんが可能と指摘する製造業者もいます。第 3に、CT は、電力線電流の周波数に依存する測定位相遅延を生じます。電力線電流の基本波成分にのみ注目する場合、この遅延の補償は比較的容易にできます。しかし、高調波成分の測定はますます重要になってきており、基本波と全ての高調波を合わせた成分の遅延を補償することは非常に困難です。
他の電流センサーは、ロゴスキー・コイルやホール・センサーなどの di/dt センサーを含め、3 相電力量計アプリケーションにはあまり使用されていません。これらは一部のアプリケーションでは利点がありますが、それぞれに課題があります。例えば、ロゴスキー・コイルは、直線性に優れており、非常に大きな電流を検出できますが、製造の難易度が高く、正確な低電流測定に必要な良好なノイズ耐性の実現が困難になる可能性があります。改ざんの観点からすると、それらは交流磁界の影響も受けやすくなります。ホール・センサーは、温度に対するオフセットのアクティブな補償が必要になり、また、本質的に磁界の影響を受けやすい性質を持っています。
シャントと 3 相電力量計測
単相電力量計でシャント抵抗を使用すると、コスト、磁気耐性、サイズの面でメリットがあるため、近年その利用が急増しています。多くの場合、これらの単相電力量計は電力線電圧を基準にしているため、追加の絶縁は不要になります。3 相電力量計では、各シャントと電力量計のコアとの間に絶縁バリアを設けるという課題に対処しなければなりません。発熱も問題点の 1つとなり、一般的に、シャントの使用は最大電流が 120A以下の電力量計に制限されます。
まず、3 相システムのうち、A 相とその負荷について考えてみましょう。シャントを用いて相電流を検出するとします(図 1)。
これはまさに単相電力量計の構成であり、シャントは電力線上に配置され、分圧器は相線と中性線間の電圧を検出します。シャントと分圧器の両端の電圧は、A/D コンバータ(ADC)が検出します。グラウンドはシャントの極で、分圧器と共有されます。単相電力量計はほとんどが住宅用であり、最大電流は一般に 120A未満です。この制限と低コストのお陰で、シャントは単相電力量計測で最もよく使用される電流センサーとなっています。
この方式を 3 つの相全てに適用すると、各 ADC にはそれぞれのグラウンドがあります(図 2)。
これら全てを管理するマイクロ・コントローラ(MCU)は中性線と同じ電位に置かれるため、ADC と MCU 間の通信を機能させるには、データ・チャンネルを分離する必要があります。そのため、全ての ADC にはそれぞれ個別の絶縁型電源が必要になります(図 3)。
この電力量計アーキテクチャは既に使用されており、2 チャンネル ADC は、フォトカプラまたはチップスケール・トランスを用いて、絶縁バリアを越えて MCUに情報をシリアル送信します。絶縁型電源は、チップスケール・トランスを使用するスタンドアロンのコンポーネント、つまり絶縁型 DC/DC コンバータを使用して構築されます。
理想的には、全ての相電流と相電圧は同時にサンプリングする必要があります。これにより、それらの瞬時値を用いて包括的な 3 相解析を行うことができます。しかし、各相の ADC での示度は、ADC の同期がとれないため、他の相から完全に独立しています。これは、このアーキテクチャの最初の制限事項です。カレント・トランスまたはロゴスキー・コイルを使用する電力量計は、全ての相電流と相電圧を同時に読み取る計測アナログ・フロント・エンド(AFE)を使用できるため、そのような問題は生じません。
このアーキテクチャのもう 1 つの問題は、コンポーネント数が多くなることで、MCU が 1 つ、ADC が 3 つ、マルチチャンネル・データ・アイソレータが 3 つ、電源が 4 つあります。CT を使用する電力量計では、回路基板に搭載されているのは通常、MCU が 1 つ、計測 AFE が 1 つ、電源が 1 つであるため、このような問題はありません。
では、シャントの利点を有しながら、このアーキテクチャのコンポーネント数が最少(すなわち、MCU が 1 つ、電源が 1 つ、ADC が 3 つ)で、全ての相電流と相電圧を同時にサンプリングする電力量計を作るには、どうしたらよいでしょうか。
絶縁型 ADC アーキテクチャ
この課題に対する答えは、少なくとも 2 つの ADC、1 つの絶縁型 DC/DC コンバータ、データ・アイソレーションを統合し、異なるチップの属する ADC が同時にデータをサンプリングできる技術を有するチップを作製することです(図 4)。MCU の電源VDD が、このチップにも電力供給します。チップスケール・トランス技術を用いた絶縁型 DC/DC コンバータは、ADC の第 1 段の絶縁型電源になります。1 つの ADC がシャントの両端の電圧を検知し、別の ADC が、分圧器を用いて相線と中性線間の電圧を検知します。シャントの片方の極により特定されるグラウンドは、チップの絶縁側のグラウンドです。ADC はシグマ・デルタ・コンバータであり、その第 1 段のみがチップの絶縁側に配置されます。第 1 段から出たビット・ストリームは、個別のデータ通信チャンネルを構成するチップスケール・トランスを通過します。ビットはチップの非絶縁側で受信され、フィルタリングされ、24 ビット・ワード形式に変換され、SPI シリアル・ポートで供給されます。
チップスケール・トランス技術は、この新しい ADC アーキテクチャに対し最も重要な貢献をしています。アナログ・デバイセズが特許を保有するデジタル・アイソレータ iCoupler®は、フォトカプラよりも信頼性が高く、サイズが小さく、消費電力が少なく、通信速度が速く、タイミング精度が高いという特長があります。しかし、これだけでは不十分です。絶縁型シグマ・デルタ・モジュレータは、フォトカプラかチップスケール・トランスのいずれかを用いた製品が、長い間市販されてきました。チップスケール・トランス技術による最も重要な貢献は、ADC、デジタル・ブロック、絶縁型データ・チャンネルを、同一の表面実装の薄型パッケージ内に一体化できる、姉妹版の絶縁型DC/DC コンバータ isoPower®です。
チップスケール・トランスのコアは空気であるため、デジタル・アイソレータ iCoupler と絶縁型 DC/DC コンバータ isoPowerは、永久磁石の影響を全く受けず、電力量計のこの部分は、直流磁気式改ざんに対して高い耐性が得られます。このトランスは、交流磁界に対しても高い耐性があります。コイルの領域は非常に小さいため、isoPower のコイルの性能に影響を与えるためには、2.8T の 10kHz 磁界を発生させる必要があります。言い換えると、チップスケール・トランスの性能に影響を与えるためには、69kA の 10kHz 電流をワイヤに流し、そのワイヤをチップから 5mm の距離に置く必要があります。
情報は、周波数が非常に高い PWM パルスを用いて、絶縁バリアを越えて伝達されます。これによって、回路基板内を伝搬する高周波電流が生成され、エッジ放射と双極子放射が生じます。絶縁型 DC/DCコンバータの負荷は、シグマ・デルタ ADCの第 1段のみで構成されており、その大きさは既知のものです。つまり、コイルは既知の負荷に対して設計されるため、一般にDC/DC コンバータと関連する放射は減少し、4 層回路基板の必要性は低減します。電力量計の製造業者は、このアーキテクチャを持つ IC を使用する場合、2 層回路基板を使用し、要件となる CISPR 22 クラス B 規格に合格することができます。
MCU とのインターフェースをできるだけシンプルなものにするために、チップのデジタル・ブロックは、第 1 段から来るビット・ストリームのフィルタリングを実行し、シンプルなスレーブ SPI シリアル・ポートを通して 24 ビット ADC 出力を生成します。電力量計は、各相に絶縁型 ADC が 1 つあるため、コヒーレントな ADC 出力を得るという課題が残っています。ADC の第 1 段は、それらが同じクロックで動作する場合、全ての相でまさに同時にサンプリングできます。これは、図 4 の CLKIN 信号がMCUから生成される場合、容易に実現されます。別の方法は、1 つの水晶発振器を使用して 1 つのチップ用のクロックを作り、バッファされた CLKOUT 信号を用いて他の全ての絶縁型ADC のクロックを計測することです。全ての絶縁型 ADC は、それらの ADC 出力をまさに同時に生成するように制御されます。これにより、電力量計は、電流検出にシャントを用いて、正確で包括的な 3 相解析が実行できます。
図 5 に、3 つの絶縁型 ADC を用いた 3 相電力量計を示します。この電力量計では、MCUと絶縁型 ADCに電力供給する電源は 1つだけです。MCU は、SPI インターフェースを用いて、各 IC から ADC 出力を読み込みます。
上記の説明は、外部 MCUを用いた計測計算の実行を前提としています。計測を含めたソリューションを望む電力量計の製造業者に対しては、図 6 に示すように、全ての計測計算を実行するIC に絶縁型 ADC を結合することが可能です。
このアーキテクチャをベースとした新製品
このアーキテクチャは、アナログ・デバイセズの新しい製品ファミリ、ADE7913、ADE7912、ADE7933、ADE7932 に適用済みです。図 7 に ADE7913 のブロック図を示します。これは図 4 に非常に類似していますが、温度センサーと多重化された補助電圧を検出する ADC チャンネルが追加されています。補助電圧は、遮断器の両端の電圧を示すことができ、温度センサーは、シャントの温度変化の補正に使用できます。ADE7912 は、補助電圧を計測する機能がなく、温度センサーがあるモデルです。
ADE7933 と ADE7932 は、SPI インターフェースの代わりにビット・ストリーム・インターフェースを使用したもので、それ以外は、それぞれ ADE7913 と ADE7912 の特性を備えています。これらは、図6に示した絶縁型ADCです。図中の計測用 ICは、ADE7978 として製品化されています。
まとめ
新しい絶縁型 ADC アーキテクチャを提案しました。これに包含されている絶縁型 DC/DC コンバータ isoPower は、MCU 電源を用いて、マルチ・チャンネルのシグマ・デルタ ADC の第 1 段に絶縁バリアを越えて電力供給します。ADC から出力されるビット・ストリームは、データ・アイソレータ iCoupler を通過し、デジタル・ブロックで受信されます。このブロックはそれらをフィルタリングし、シンプルな SPI インターフェースを用いて読み取ることができる 24 ビット ADC 出力を生成します。1 つ目の ADC は、シャントを通過する電流の測定が可能、2 つ目のADC は、分圧器を用いて相線と中性線間の電圧の測定が可能、3 つ目の ADC は、補助電圧または温度センサーの測定が可能です。これにより、シャントを用いた 3 相電力量計が実現し、直流または交流磁界に対する完全な耐性と、位相シフトのない電流検出を確保し、システム全体のコストを削減しました。小型化の実現により、回路基板が非常に小さくなり、組み立てる部品数が大幅に削減されます。内蔵のチップスケール・トランスisoPower は、放射妨害波を最小化するよう、既知の ADC 負荷に合わせて設計されています。また、2 層回路基板を用いて、CISPR 22 クラス B 規格に合格するための試験を実施済みです。
もちろん、シャントを用いた電流検知は、電力量計測に限定されるものではありません。電力品質の監視、太陽光発電インバータ、プロセス監視、保護デバイスなど、あらゆる領域で、この新しい ADC アーキテクチャの利点を活用できます。