BMSの設計の簡素化を図る【Part 3】効率的なアクティブ・セル・バランシングを支えるアーキテクチャ
シリーズの関連記事を読む
要約
システム・レベルの回路を設計する際には、シンプルさと効率の2つを実現することが大きな目標になります。これらを達成/両立させるには、多くの場合、ハードウェアのアーキテクチャとソフトウェアのアルゴリズムについて同時に考慮する必要があります。そうしたシステム・レベルの機能の1つが、バッテリ管理(バッテリ・マネージメント)システム(以下、BMS)で使用されるアクティブ・セル・バランシング(以下、ACB)です。ACBの機能を実現する上で、ハードウェアについてはエネルギーの転送機能を実装するためのICやコンポーネントを慎重に選定しなければなりません。同時に、ACBの戦略に相当するものとして、バランシングのプロセスを制御するためのアルゴリズムを設計する必要があります。今回(本連載のPart 3)は、BMS向けの効率的なACB機能を実現するためのハードウェアのアーキテクチャについて詳しく説明します。
はじめに
前回までは、ACBの機能や役割について概念レベルで解説してきました。その内容を踏まえ、今回からはACBを実現するためのアーキテクチャとアルゴリズムについて説明していくことにします。ACBの機能は、合理的かつ効率的で評価と導入が容易なシステム・レベルのソリューションとして実現する必要があります。では、そのバックボーンになるハードウェア/ソフトウェアの設計においては、どのような配慮が必要になるのでしょうか。
今回は、ACBを実現するためのハードウェアに焦点を絞り、設計時に留意すべき事柄を明らかにします。それに向けて、1つのアーキテクチャを具体的な例として取り上げることにします。以下では、そのアーキテクチャをACBアーキテクチャと呼ぶことにします。ACBアーキテクチャは、スイッチのマトリックスに対応するメインのボード、フライバック電源を実装した2つのボード、BMSの制御用ボード、マイクロコントローラ・ユニット(MCU)の評価用ボード、isoSPI技術を採用した絶縁通信システムの評価用ボードで構成されています。以下、各ボードについて詳しく説明していきます。
スイッチのマトリックス用のボード
ACBの機能については、個々のセルの間とバッテリ・パックの間の両方で電荷を転送できるように設計する必要があります。本連載のPart 2で説明したとおり、より合理的かつ効率的なソリューションでは、マルチセルのバッテリ・パックに対して2つの独立したフライバック回路と2つのトランス(1つはセル間のバランシング用、もう1つはパック間のバランシング用)を実装します。また、ACB用の回路にはスイッチのマトリックスも実装する必要があります。その目的は、異なるセルを時分割で順次選択して接続できるようにすることです。
ACBアーキテクチャにおけるスイッチのマトリックスは、上記のコンセプトに基づいて構成してあります。具体的には、セルを選択するための16チャンネルのマトリックスを用意し、バランシングの対象となるセルに正確にアクセスできるようになっています。また、選択されたセルがフライバック回路に接続される際、電圧の極性を選択するための4つの極性スイッチも実装してあります。図1に示したのは、ACBアーキテクチャの概念図です。
ACBアーキテクチャでは、バッテリ・パックに含まれる複数のセルの間で1つのフライバック電源を時分割で共有します。それにより、セル間のバランシングを実現します。その際には、バッテリ・パックに含まれる16個のセルのうち1つをバランシングの対象として選択します。
フライバック電源は、集積度と効率の高い絶縁型のフライバック・コントローラ「LT8306」を使用して実現しています。このコントローラは、最小限の数の外付け部品しか必要としません。ACB用の回路で絶縁型のエネルギー転送を実施するための最適な製品だと言えるでしょう。バランシングされたバッテリ・パックからモジュールの電圧を直接供給することで、個々のセルの電圧が変動しても、動作中のデューティ・サイクルの変動を最小限に抑えることができます(表1)。つまり、ほぼ一定の電流による充放電が可能になります。言い換えれば、ハードウェアの性能が安定するということです。結果として、ACB用のアルゴリズムの開発/デバッグが大幅に簡素化されます。
バッテリ・パック内のN個のセルによって得られるモジュール電圧Vmoduleは、1つのセルの電圧を正確にN倍(N×Vcell)した値にはならない可能性があります。とはいえ、適切に構成され、正常に動作するACBを利用すれば、ほぼ一貫してVmodule≒N×Vcellの関係を維持できます。なお、セルを充放電している際のデューティ・サイクルは以下の式で表されます。
| Vcell (V) | デューティ・サイクル (セルの放電時) |
デューティ・サイクル (セルの充電時) |
| 4.2 | 0.5022 | 0.5172 |
| 4.1 | 0.5023 | 0.5176 |
| 4.0 | 0.5023 | 0.5181 |
| 3.9 | 0.5024 | 0.5185 |
| 3.8 | 0.5025 | 0.5190 |
| 3.7 | 0.5025 | 0.5195 |
| 3.6 | 0.5026 | 0.5200 |
| 3.5 | 0.5027 | 0.5205 |
| 3.4 | 0.5027 | 0.5211 |
| 3.3 | 0.5028 | 0.5217 |
| 3.2 | 0.5029 | 0.5224 |
| 3.1 | 0.5030 | 0.5231 |
| 3.0 | 0.5031 | 0.5238 |
[ デューティ・サイクル(セルの放電時)] = (Vcell × N + VF)× NPS/(Vcell + (Vcell × N + VF) × NPS)
[ デューティ・サイクル(セルの充電時)] = (Vcell + VF) ×NSP/(Vcell × N + (Vcell + VF) × NSP)
NPS = 1:N; NSP = N:1; VF = 0.3V
フライバック回路の設計とシミュレーション
ACBアーキテクチャでは、セル間のエネルギー転送を実現するために絶縁型のフライバック電源を使用します。その回路は、LT8306、トランス(Würth Elektronikの「749119533」)、その他の受動部品を組み合わせることで構成しています。
ACBアーキテクチャで使用しているフライバック回路については、「LTspice®」によってシミュレーションを実施できます。図2、図3は、LTspice上で作成した回路図とそのシミュレーション結果です。これらの図は、設計した回路により、個々のセルに対して意図したとおりの双方向の充放電(バランシング)が行われることを明確に表しています。
昇圧コンバータと同期整流
ACBアーキテクチャでは、以下のような動作が実現されます。
- セル側において、LT8306にはレギュレートされた7Vの電源を供給します。1個のリチウム・イオン・セルの最大電圧は4.2Vです。また、ACBアーキテクチャの推奨動作範囲は3.0V~4.2Vです。そのため、7Vの電源電圧は昇圧コンバータ「ADP1612」を用いてセルの電圧を昇圧することで生成しています。このICは、電力効率とコスト効率に優れる製品です。そのため、ACB回路において、LT8306が最適に動作するレベルまでセルの電圧を昇圧する用途に適しています。
- バランシングのためにセルを充電している際、フライバック電源の出力は単一のセルの電圧と一致します。このように電圧が低く、充電電流が比較的多いという条件下でフリーホイール・ダイオードを使用すると、多くの損失が生じ、過度の発熱に至ります。その状態は、セルの電圧が低下するにつれて深刻化します。そこで、ACBアーキテクチャでは、LT8306と2次側同期整流器ドライバ「LT8309」を組み合わせています。それにより、特に低電圧/大電流の条件における熱ストレスを最小限に抑えつつ、非常に効率の高い変換パスを実現しています。
上記のように構成したフライバック電源の回路図は、図4(下)のようになります。ご覧のように、ADP1612(昇圧コンバータ)とLT8309(同期整流器ドライバ)を組み合わせています。図4(上)に、そのシミュレーション結果を示しました。
フィードバック回路の設計について考慮すべき事柄
ACBアーキテクチャでLT8306を使用する場合、フィードバック回路の設計が重要になります。通常、セルからフライバック回路の入力までの経路に存在するトータルの抵抗RROUTEは無視できません。この抵抗は、セルの内部抵抗、バスバーの抵抗、ハーネスの配線の抵抗、コネクタの抵抗、ヒューズの抵抗、プリント回路基板の配線パターンの抵抗、直列接続された6つのMOSFETのオン抵抗RDS(ON)などから成ります。
RROUTEの値は、選択した部品、ハーネスの品質、組み立て後の実際の状態などにより、数十mΩから数百mΩの範囲で大きく変動する可能性があります。通常、正確な値を得るには現場で実際に測定を実施しなければなりません。一方、平均充電電流(ICHARGE)は数Aに達することがあります。両者を乗じると、RROUTEによる電圧降下は数十mVから数百mVに及ぶ可能性があることがわかります。セルを充電する際、2次側のLT8306は比較的高いスイッチング周波数(Fsw)で動作します。その場合、セルからフライバック回路の入力部までの大きな配線抵抗(RROUTE)と大きな入力コンデンサ(CINPUT)によって決まる時定数(τ = RROUTE×CINPUT)が重要になります。このτがフライバック電源のスイッチング周期(Tsw = 1/Fsw)を超え、更には2次側のLT8306のオフ時間(Toff)も超えたとします。その場合、LT8306の誤差アンプが2次電圧をサンプル&ホールドするまでに、RROUTEの電圧降下はまだ0Vには達していません。
したがって、τが大きい場合、この電圧降下の影響をLT8306の帰還抵抗回路に関する計算に組み込む必要があります。この電圧降下は、モジュール全体の電圧と比べれば小さいと言えます。しかし、個々のセルの電圧との比較で言えば、大きな影響を及ぼす要因になります。
上述した理由から、LT8306を用いてバッテリの充電回路を設計する際には、帰還抵抗の計算において上記の電圧降下を考慮に入れることが不可欠です。データシートには、帰還抵抗の値を計算するためのものとして以下の式が示されているはずです。
それに対し、電圧降下を考慮した式は以下のようになります。
ここで、各定数/変数の意味は以下のとおりです。
RFB:帰還抵抗
VOUT:出力電圧
VF:出力ダイオードの順方向電圧
NPS:トランスの1次側対2次側の実効巻数比
VROUTE:RROUTEによる電圧降下
このような調整を適用することにより、特にセルの充電電流が多い状況でも電圧を高い精度でレギュレートし、安定した動作を得ることができます。
パック間のACBを実現するための設計
パック間のバランシングについても、LTspiceによるシミュレーションと実験による検証を実施しました。その動作は、セル間のバランシング動作とよく似ています。そこで、ここではシミュレーション用の回路図と主要な結果だけを示すことにします(図5)。
電圧をベースとするパック間のバランシング戦略について考えてみましょう。その場合、バッテリ・モジュール間のバランシング用の電流経路がバッテリ・パックのメインの端子(V+とV-)を通らないようにすることが重要です。この措置により、バッテリ・パック全体の電圧の測定(V+とV-の間の電圧を直接測定するか、セル1からセル16までの個々のセルの電圧を測定して合算する)に及ぶ影響を回避できます。
図6は、様々な配線方法がバッテリ・パックの電圧の測定精度に及ぼす影響について説明したものです。一方、図7はバッテリ・パック間のバランシングに推奨される接続方式を表しています。
BMSの制御用ボード
ACBは、基本的にBMSに依存する機能です。より具体的には、BMSが備えるセル・モニタが提供する機能に依存します。ACBアーキテクチャにおいて、セル・モニタは以下のような重要な役割を担います。
- 各セルのリアルタイムの状態監視:電圧、温度に加え、過電圧保護/低電圧保護の制限値などを追跡します。
- 断線の検出と診断:システム全体の安全性と信頼性を確保します。
- バランシング用のスイッチの制御:I2Cのマスタとして機能し、MCUからisoSPIを介して受信したバランシング用のコマンドを解釈します。次に、その内容をI/OエクスパンダICに伝達すると共に、必要に応じて読み出し/書き込みの処理を管理します。
- バランシングの状態の管理:I2Cを介し、オンボードのEEPROMに対して動作に関するデータの読み出し/書き込みを行います。
- デイジーチェーンの通信:デイジーチェーン構成によるデータの転送を円滑に進め、必要なMCUの数を最小限に抑えます。
上記の機能は、ACB回路で利用されるセル・モニタの機能の一部に過ぎません。ただ、その役割の重要性はご理解いただけるでしょう。
ACBアーキテクチャでは、BMSの制御用ユニットにおいて「ADBMS6830B」を利用しています。これは、マルチセルのバッテリ・スタックを対象としたセル・モニタです。直列に接続された最大16個のセルの測定に対応できます。しかも、全温度範囲にわたり、寿命期間の総測定誤差(TME:Total Measurement Error)を2mV未満に抑えられます。これにより、ACBを適用したバッテリ・パックが備える16個のセルの電圧を対象として、高精度かつリアルタイムの監視を実施できます。
ADBMS6830Bの入力測定範囲は-2V~5.5Vです。そのため、NMC(ニッケル・マンガン・コバルト)を使用した高電圧のリチウム・イオン・セルやLiFePO4を使用した低電圧のリチウム・イオン・セルなど、多様な化学組成のセルに対応できます。つまり、ADBMS6830Bは様々な種類のバッテリに対して柔軟に適用することが可能です。また、同ICでは、2つの独立したA/Dコンバータによってすべてのセルの電圧を同時かつ冗長的にサンプリングできます。それにより、ACBのアルゴリズムを効果的に機能させるために必要な、精度と信頼性に優れる電圧のデータが得られます。
MCUの評価用ボード
ACBアーキテクチャでは、メインの制御用ユニットにおいて「MAX32670」を利用しています。この製品は、消費電力が極めて少なく、コスト効率と信頼性に優れる32ビットのMCUです。複雑なセンサーや制御タスクに必要な処理能力を備えているので、産業アプリケーションやIoT(Internet of Things)アプリケーションに最適です。以下、特に断りのない限り、MCUという表現はすべてMAX32670のことを指すものとします。
ACBアーキテクチャでは、制御を担う主なソフトウェアとして以下の2つを使用します。
- ホスト側の制御:PC上で動作するACB用のGUI(Graphical User Interface)
- 組み込み制御:MCU上で実行されるファームウェア
MCUはUART(Universal Asynchronous Receiver/Transmitter)を介してホストのGUIと通信します。また、BMSとのインターフェースにはSPI(Serial Peripheral Interface)を使用します。ACBアーキテクチャでは、電気的な絶縁を実現しつつ通信の堅牢性を高めるために、isoSPIに対応するモジュールを使用しています。MCUは、バランシングのプロセスにおけるタイミング、状態の制御、I/O機能の管理を担います。そのために、タイマーやGPIO(General-Purpose Input/Output)といった内蔵ペリフェラルも活用します。
ACBアーキテクチャでは、MCU用のカスタムのボードを設計するのではなく、評価用ボード「MAX32670EVKIT」を利用しています。そのため、ソフトウェア開発キット(SDK:Software Development Kit)を使用して、ファームウェアとドライバのコードの作成/デバッグを実施できました。また、それらのコードをMCU上のフラッシュ・メモリに保存し、ACB用のGUIと併用しながら検証を実施することが可能になりました。その結果、開発を迅速に進めることができました。つまり、初期の段階でMCU用のカスタムのボードを用意することなく、システムの全機能を検証できたということです。
isoSPI技術を適用した絶縁通信システムの評価用ボード
ACBアーキテクチャでは「DC2792B」を使用しています。これは、isoSPIに対応する絶縁型の通信インターフェース「LTC6820」の評価用ボードです。それにより、MCUとセル・モニタの間で円滑に通信を実行できました。LTC6820を使用すれば、電気的に絶縁された2つのデバイスの間で、1本のツイストペア・ケーブルによって双方向のSPI通信を実施することが可能になります。
LTC6820は、MCUの4線式SPIの信号をisoSPIに対応する2線式のパルス信号に変換します。その信号はセル・モニタに送信されます。また、LTC6820はセル・モニタから受信したisoSPIの信号を標準的な4線式SPIの信号にデコードし、MCUに転送します。
LTC6820の絶縁機能は、ACB回路に必須のものではありません。しかし、高電圧の領域と低電圧の領域を電気的に絶縁すれば、システムの信頼性と安全性が大幅に向上します。その結果、バッテリ・パック、BMSの制御用回路、MCUが保護されます。それだけでなく、高電圧がもたらすリスクが最小限に抑えられ、システム開発者やエンドユーザの安全性が向上します。これらの理由から、本稿ではACB向けのアーキテクチャにLTC6820を適用することを強く推奨します。.
バランシングの際のSOCを計算する
ACBアーキテクチャでは、セルのバランシングのプロセスにおいて、ほぼ一定の電流によって充放電を実行できます。そのため、バランシング時の充電状態(SOC:State of Charge)の推定/監視の方法を大幅に簡素化することが可能です。バランシングのプロセス全体を通して電流がほぼ一定のレベルに維持されることから、通常は、バランシングの継続時間、バランシングの状態(充電または放電)、事前に測定されたバランシング電流という3つの主要なパラメータを追跡するだけで済みます。これらのパラメータを使用することで、SOCのおおよその値を推定できます。そのため、専用のクーロン・カウンタICは不要です。
実際には、バランシングの最中にSOCの値を高い精度で算出しなければならないアプリケーションも存在します。その場合、クーロン・カウンタICを使用することで最も正確な結果を得ることができます。
ACBアーキテクチャの物理的な実装
図8~図11は、ACBアーキテクチャの外観を示したものです。16セルのバッテリ・パックにACBを適用するためのハードウェア構成が見てとれます。
まとめ
本稿では、合理的かつ効率的なACBアーキテクチャの設計について説明しました。特に重視したのは、このソリューションを実現するための主要なIC/ボードの統合方法についてです。各コンポーネントは、シンプルでありながら効果的なACB回路を構築するために慎重に選定しました。
次回(Part 4)は、BMS向けの効率的なACBソリューションを支えるアルゴリズムの設計について詳しく解説します。



