シグマ・デルタ型A/Dコンバータに関するチュートリアル

2003年01月31日
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要約

本稿では、シグマ・デルタ型のA/Dコンバータ(ΣΔ ADC)の変換動作に関する基礎理論について説明します。特に、オーバーサンプリング、ノイズ・シェーピング、デジタル・フィルタ(デシメーション・フィルタ)について詳しく解説します。また、高度な付加機能を備えるΣΔ ADCを使用すべきアプリケーションの例をいくつか紹介します。

今日のΣΔ ADCは、分解能が高く、集積度が高く、消費電力が少なく、低コストです。そのため、プロセス制御、高精度の温度測定、重量計といったアプリケーションに対する適切な選択肢となっています。しかし、多くの設計者は古くから使われている逐次比較レジスタ型のADC(SAR ADC)を選択しがちです。その理由の1つとしては、ΣΔ ADCについて深く理解していないことが挙げられるでしょう。

ΣΔ ADC(1ビットのADCとも呼ばれます)のアナログ側の回路はシンプルなものだと言えます。一方、デジタル側の回路はやや複雑です。つまり、デジタル側で高度な処理を行うことでアナログ回路の負担を軽減できるようになったとも言えます。また、このことがΣΔ ADCの製造コストが下がった理由にもなっています。デジタル側の回路では、フィルタリングの処理やデシメーションの処理を実行します。ΣΔ ADCの変換原理について学ぶ上では、オーバーサンプリング、ノイズ・シェーピング、デジタル・フィルタ(デシメーション・フィルタを含む)といった概念について十分に理解しなければなりません。

そこで、本稿ではまずこれらの概念について詳しく説明することにします。

オーバーサンプリング

まずは、一般的なマルチビットのADCについて考えてみましょう。入力信号としては正弦波を使用することとし、そのADCの周波数領域の伝達関数について検討します。ここでは、その入力信号は周波数Fsでサンプリングされると仮定しましょう。その場合、ナイキスト理論によれば、Fsの値は入力信号の最高周波数(帯域幅)の2倍以上でなければなりません。

ここで、図1をご覧ください。これは、そのADCのデジタル出力をFFTで処理した結果です。これを見ると、シングル・トーン(元の入力信号に相当)に加えて、DCからFs/2までにわたりランダムなノイズが生じていることがわかります。これらのノイズは量子化ノイズとして知られています。このような現象が生じる理由については、次のように考えるとよいでしょう。まず、ADCへの入力は連続信号であり、無限の数の状態をとり得ます。それに対し、デジタル出力は離散的な関数となります。つまり、両者がとり得る状態の数には差があり、その差はADCの分解能に依存します。ADCの分解能には上限があることから、アナログからデジタルへの変換が実施される際にいくらかの情報が失われます。その結果、いくらかの歪みが加わった信号に相当するデータが出力されます。この誤差の大きさはランダムなものですが、±LSBの範囲内に収まります。

図1. マルチビットのADCの出力をFFで処理Tした結果(その1)。サンプリング周波数はFsです。

図1. マルチビットのADCの出力をFFで処理Tした結果(その1)。サンプリング周波数はFsです。

基本波(元の入力信号に相当)の振幅を、各周波数に対応するノイズのRMS和で割ると、S/N比(Signal to Noise Ratio)が得られます。NビットのADCの場合、S/N比の理論値は6.02N + 1.76dBという式で決まります。従来のADCでは、S/N比(すなわち信号を再現する際の精度)を改善するためには、分解能(ビット数)を増やす必要がありました。

ここで、もう一度先ほどの例に戻ります。但し、今度はサンプリング周波数として、元のサンプリング周波数にオーバーサンプリング比kを乗じたkFsという値を用います。その場合、図2に示したFFT結果のようにノイズ・フロアが低下します。S/N比の値は先ほどの例と変わりませんが、ノイズのエネルギーがより広い周波数範囲に拡散された状態になっています。ΣΔ ADCでは、分解能が1ビットのADCを使用し、その後段にデジタル・フィルタを配置します。それによって、広い周波数に拡散されたノイズを効果的に減衰させます(図3)。つまり、ノイズの大半がデジタル・フィルタによって遮断され、RMSノイズの総和が低減されます。この処理により、ΣΔ ADCでは分解能の低いADCを使って広いダイナミック・レンジを実現できることになります。

図2. マルチビットのADCの出力をFFTで処理した結果(その2)。サンプリング周波数はkFs

図2. マルチビットのADCの出力をFFTで処理した結果(その2)。サンプリング周波数はkFsです。

図3. デジタル・フィルタによるノイズの削減効果

図3. デジタル・フィルタによるノイズの削減効果

では、オーバーサンプリングとデジタル・フィルタを使用すれば、それだけでS/N比を十分なレベルまで改善することはできるのでしょうか。分解能が1ビットのADCのS/N比は、7.78dB(6.02 + 1.76)です。ここで、4倍のオーバーサンプリングを行うとS/N比は6dB増加します。これは、分解能を1ビット増やすことに相当します。同様に、1ビットのADCで24倍のオーバーサンプリングを行うと、分解能が4ビット分、向上します。ただ、同様のアプローチによって16ビットの分解能に相当する性能を達成するには、415倍のオーバーサンプリングを実施しなければなりません。これは現実的には不可能なことだと言えるでしょう。そこで、ΣΔ ADCでは、ノイズ・シェーピングという手法を併用することによってその限界を克服しています。ノイズ・シェーピングを適用すれば、4倍のオーバーサンプリングを行った場合のS/N比は6dBをはるかに上回るレベルまで改善されます。

ノイズ・シェーピング

ノイズ・シェーピングについて理解するために、まずは1次のΣΔモジュレータについて考えてみましょう。図4に示したのがそのブロック図です。ご覧のように、このΣΔモジュレータは、差電圧アンプ、積分器、コンパレータ、分解能が1ビットのD/Aコンバータ(DAC)を含むフィードバック・ループで構成されています。1ビットのDACは、単に差動アンプの反転入力を正または負のリファレンス電圧に接続するスイッチとして機能します。このフィードバック・ループの目的は、積分器の平均出力をコンパレータのリファレンス・レベル付近に維持することにあります。

図4. ΣΔモジュレータのブロック図

図4. ΣΔモジュレータのブロック図

このモジュレータが1を出力する密度は、入力信号に比例して変化します。入力信号が増大していく場合、コンパレータから出力される1の数が増加します。一方、入力信号が低下していく場合には、コンパレータから出力される1の数が減少します。積分器では、誤差となる電圧が加算されていきます。それにより、積分器は、入力信号に対してはローパス・フィルタ、量子化ノイズに対してはハイパス・フィルタとして振る舞います。その結果、量子化ノイズの大半はより高い周波数へと追いやられます(図5)。これがノイズ・シェーピングです。この処理を行ってもトータルのノイズ電力の量は変化しません。但し、その分布が大きく変化するということです。

図5. ΣΔモジュレータの積分器による効果

図5. ΣΔモジュレータの積分器による効果

ノイズ・シェーピングを実現するΣΔモジュレータの後段にデジタル・フィルタを配置すると、オーバーサンプリングだけを行う場合と比べてより多くのノイズを除去できます(図6)。この1次のモジュレータを使用する場合、サンプリング・レートが2倍になるごとにS/N比が9dB向上します。より高次のモジュレータを使用すれば、量子化ノイズを更に低減することが可能です。そのためには、ΣΔモジュレータに複数の積分段/加算段を設けてノイズ・シェーピングを実行するようにします。図7は、2次のΣΔモジュレータによる効果を表したものです。2次のモジュレータを使用すれば、サンプリング・レートが2倍になるごとにS/N比が15dB向上します。図8には、特定のS/N比を達成するために必要な条件についてまとめました。これを見れば、必要なΣΔモジュールの次数とオーバーサンプリング率を把握できます。

図6. ノイズ・シェーピングの実施後に得られるデジタル・フィルタの効果

図6. ノイズ・シェーピングの実施後に得られるデジタル・フィルタの効果

図7. 2次のΣΔモジュレータによる効果。複数の積分段/加算段を使用して回路を構成すれば、より高次の変調によって量子化ノイズを更に低減できます。

図7. 2次のΣΔモジュレータによる効果。複数の積分段/加算段を使用して回路を構成すれば、より高次の変調によって量子化ノイズを更に低減できます。

図8. 特定のS/N比を達成するための条件。必要なΣΔモジュレータの次数とオーバーサンプリング率を示しています。

図8. 特定のS/N比を達成するための条件。必要なΣΔモジュレータの次数とオーバーサンプリング率を示しています。

デシメーション・フィルタとデジタル・フィルタ

ΣΔモジュレータの出力は、1ビットのデータ・ストリームです。そのデータ・レートは、オーバーサンプリング周波数に相当します。同周波数はMHz単位の値に達する可能性があります。そのデータ・ストリームは複数の機能を備えるデジタル・フィルタによって処理されます(図9)。その機能の1つは、デシメーション・フィルタと呼ばれています。デシメーション・フィルタでは、モジュレータの出力データ・ストリームから情報を抽出し、より扱いやすい値までデータ・レートを低減します。また、ここまでに説明したように、デジタル・フィルタではノイズを低減するための機能(ローパス機能)も実行します。ΣΔ ADCに適用されるデジタル・フィルタは、1ビットのデータ・ストリームを平均化し、ADCの分解能を改善し、帯域外の量子化ノイズを除去する役割を果たします。その結果、信号の帯域幅、セトリング・タイム、阻止帯域減衰量が決まります。

図9. ΣΔモジュレータとデジタル・フィルタ/デシメーション・フィルタの関係

図9. ΣΔモジュレータとデジタル・フィルタ/デシメーション・フィルタの関係

ΣΔ ADCに適用されるデジタル・フィルタにおいて、ローパス機能の実現に広く用いられているのはsinc3のトポロジです(図10)。この種のフィルタの最大の長所は、その応答にノッチが存在することです。例えば、ライン周波数にノッチが位置するように設計すれば、まさにその周波数成分を除去することができます。ノッチの位置は、出力データ・レート(データワード周期の逆数)に直接関連します。sinc3フィルタの場合、データワードの3周期以内にセトリングします。ノッチの周波数が60Hz(データ・レートが60Hz)の場合、セトリング・タイムは3/60〔Hz〕 = 50〔ミリ秒〕です。より低い分解能とより高速なセトリング・タイムが必要なアプリケーションを設計する際には、「MAX1400」ファミリの採用を検討してください。この製品ファミリでは、フィルタの種類を選択できる(sinc1またはsinc3)ようになっています。

図10. sinc3フィルタのローパス特性

図10. sinc3フィルタのローパス特性

sinc1フィルタのセトリング・タイムは、1データワードです。上記の例であれば、1/60〔Hz〕 = 16.7〔ミリ秒〕という値になります。出力用のデジタル・フィルタによって帯域幅が減少するので、出力データ・レートが元のサンプリング・レートより低くても、ナイキスト基準を満たすことができます。出力データ・レートは、一部の入力サンプルを残し、それ以外のサンプルを破棄することで下げられます。この処理は、係数Mのデシメーション(Mはデシメーション比)として知られています。出力データ・レートが信号帯域幅の2倍よりも大きいという条件を満たせば、Mとしては任意の整数値を設定することが可能です(図11)。つまり、入力がfsでサンプリングされていれば、情報を失うことなく、フィルタを通過後の出力データ・レートをfs/Mに下げられるということです。

図11. デシメーションの効果。この処理を行っても情報は全く失われません。

図11. デシメーションの効果。この処理を行っても情報は全く失われません。

高度な周辺機能を備えるΣΔ ADC

今日のΣΔ 型ADCは集積度が高く、最小限の外付け部品を使用することで振幅の小さい信号に対応することができます。例えば、「MAX1402」は非常に多くの機能を備えていることから、SoC(System on Chip)製品だと見なされることもあります(図12)。データ・レートが480SPSの場合で16ビット、4800SPSの場合で12ビットの精度を達成できます。また、自己消費電流が少ない点も特徴の1つです(動作モードで250μA、パワーダウン・モードで2μA)。

図12. MAX1402のブロック図

図12. MAX1402のブロック図

MAX1402のシグナル・チェーンは、様々な要素で構成されています。入力側から見ていくと、まず3系統の完全差動信号または5つの疑似差動信号を管理するよう設定できる柔軟性の高い入力用マルチプレクサを備えています。また、2つのチョッパ・アンプやPGA(ゲインを1~128に設定可能)も内蔵しています。更に、システムのオフセットを除去するために使用する分解能の低いDACや、2次のΣΔモジュレータが実装されています。これらの回路を通過後、1ビットのデータ・ストリームは内蔵デジタル・フィルタによってフィルタリングされます。このデジタル・フィルタは、sinc1またはsinc3のフィルタとして構成可能です。このADCによる変換結果は、3線式のシリアル・インターフェースを介して出力されます。具体的にはSPI(Serial Peripheral Interface)、QSPIと互換性のあるインターフェースを使用できるようになっています。

MAX1402は、オフセットとゲインのキャリブレーションに使用するための完全な差動入力チャンネルを2つ備えています。加えて、マッチングのとれた2つの励起電流源も内蔵しています。これらはトランスデューサを励起するためのものであり、電流値は200μAに設定されています。そのため、3線式/4線式のRTD(Resistance Temperature Detector:測温抵抗体)アプリケーションに適しています。更には、2つのバーンアウト電流源も内蔵しています。これらは、選択されたトランスデューサが正常であるか否かをテストするために使用できます。MAX1402は、シリアル・インターフェースを介して、動作モードを選択するための8つの内蔵レジスタにアクセスすることでプログラムすることができます。加えて、SCAN制御ビットをセットすると、同ICは入力チャンネルからの信号をオンデマンドまたは連続的に取得することが可能になります。各入力チャンネルの変換結果には3ビットのチャンネルIDが付与され、それによって識別できるようになっています。

図13は、MAX1402の適切な入力電圧範囲を示したものです。入力電圧範囲は、U/B ビット、VREF、PGA、DACの設定によって定義されます。DACのコードが「0000」の場合、オフセットの補正は行われません。例えば、VREFが2.5Vの場合は、DACのコードを「1110」、PGAを「000」、U/B ビットを「0」に設定することにより、0V~5Vのフルスケールに対応することができます。

図13. MAX1402の入力電圧範囲

図13. MAX1402の入力電圧範囲

測定用の補正処理としては、2つのキャリブレーション・チャンネル(CALOFFとCALGAIN)を使用することができます。その際には、CALOFFの入力をグラウンドに接続し、CALGAINの入力はリファレンス電圧に接続します。これらのチャンネルの測定値の平均値は、[電圧] = {VREF×([コード] - [CALOFFのコード]}/{([CALGAINのコード] - [CALOFFのコード])×[PGAのゲイン]}という補間用の式で使用されます。

高機能のΣΔ ADCを使用すべきアプリケーション

ここからは、MAX1402のような高機能のΣΔ ADCを使用すべきアプリケーションの例をいくつか紹介することにします。

冷接点補償を適用した熱電対による温度測定

図14に示したのは、冷接点補償を適用した熱電対を使用して温度の測定を行うアプリケーションの例です。この回路では、熱電対のリード線に加わるノイズを除去するために、フロント・エンドに大きなデカップリング・コンデンサを付加できるバッファ付きモードでMAX1402を動作させます。このモードではコモンモード範囲が狭くなるので、リファレンス電圧(2.5V)でAIN2(入力)をバイアスする必要があります。熱電対による温度測定では、熱電対のプローブを測定器に接続することによって生成される熱電電位(thermoelectric potential)の問題が生じます。正確な結果を得るためには、この電位によって生じる誤差(温度に依存)を、温度の測定結果から差し引く必要があります。

図14. 冷接点補償を適用した熱電対による温度の測定方法

図14. 冷接点補償を適用した熱電対による温度の測定方法

このシステムで測定される電圧は、α(T1 - Tref)と表すことができます。ここで、αは熱電対のゼーベック定数、T1は測定した温度、Trefは接点ブロックの温度です。ゼーベック係数を補償するには、ダイオードによって生成された温度に依存する電圧の一部を(熱電対の出力に)加えます。あるいは、接点ブロックの温度を取得してソフトウェアで補償用の計算を行うことでも対応可能です。後者の方法を使用する場合、pn接合の温度は、200μAの内部電流源によってバイアスされた差動入力チャンネル(AIN3とAIN4)によって測定します。


熱電対を使用する高精度のデータ・アクイジション・システム


MAX11200/MAX11210」は、MAX1402に似た製品ですが、24ビットの分解能を備えています。そのため、要件が厳しく高い性能が求められるアプリケーションに適しています。図15は、高い精度を実現可能なデータ・アクイジション・システムのブロック図です。この例では、24ビットのΣΔ ADCであるMAX11200の評価用キットを利用しています。この構成により、熱電対を使用した温度の測定を実施可能です。図中のR1としてPt1000(1000Ωの「PTS1206」)を使用することで、冷接点温度(絶対温度)の測定を行います。冷接点温度は ±0.30℃という高い精度(またはより高い精度)で測定することが可能です。

図15. 熱電対を使用して高精度で温度を測定するデータ・アクイジション・システム

図15. 熱電対を使用して高精度で温度を測定するデータ・アクイジション・システム

このシステムにおいて、MAX11200のGPIO(General Purpose Input/Output)は高精度のマルチプレクサ「MAX4782」を制御するために使用します。MAX4782は、熱電対と白金抵抗温度検出器(PRTD:Platinum RTD)であるR1(Pt1000)のうちいずれかを選択します。この方法であれば、ADCを1つ使用するだけで、熱電対またはPRTDによる温度測定を動的に実施できます。また、この設計ではシステムの精度を高めることが可能であり、キャリブレーションの要件が緩和されます。

3線式/4線式のRTD向けの構成

プロセス制御では厳しい要件に基づいて温度を測定する必要があります。そのため、白金をベースとするRTDを使用することが求められます。その種のRTDは、優れた精度と互換性を備えているからです。PRTD100の場合、抵抗値は0℃で100Ω、266℃で200Ωとなります。このRTDの感度は非常に低く(ΔR/ΔT = 100Ω/266℃)、200μAの励起電流を印加することにより、0℃において20mV、266℃において40mVの電圧が生成されます。MAX1402であれば、これらのレベルのアナログ入力信号を直接処理できます。

測定の精度は、配線の抵抗に起因する誤差の影響を受ける可能性があります。RTDがADCの近くに配置されている場合であれば、旧来の2線式の構成を使用できます。しかし、両者が離れた場所に配置されている場合には、配線の抵抗がRTDのインピーダンスに加わることによって大きな誤差が生じる可能性があります。そのため、両者の場所が離れている場合には、3線式または4線式の構成を使用しなければなりません。

先述したように、MAX1402はマッチングのとれた2つの電流源(200μA)を備えています。これらを利用すれば、3線式/4線式のRTDを使用するシステムの誤差を補償することが可能になります。図16に、3線式のRTDを採用する場合の例を示しました。2つの電流源から抵抗RL1、RL2に流れる電流により、AIN1とAIN2の差動電圧にはリード線の抵抗の影響が及ばないことが保証されます。ただ、この保証が得られるのは、両方のリード線の材質が同じで長さが等しく(RL1 = RL2)、電流源の温度係数が厳密にマッチングしている場合(MAX1402の温度係数は5ppm/℃)のみです。

図16. 3線式のRTDを使用するアプリケーション

図16. 3線式のRTDを使用するアプリケーション

4線式のRTDを使用する構成であれば、リード線の抵抗による誤差は生じません(図17)。AIN1とAIN2に接続された測定用のリード線には電流が流れないからです。電流源OUT1はRTD用の励起電流を供給します。一方、電流源OUT2の電流はリファレンス電圧を生成するために使用されます。このレシオメトリックな構成では、(RTD用の電流源の温度ドリフトに起因する)RTDの温度係数誤差が、リファレンス電圧の変化によって補償されます。

図17. 4線式のRTDを使用するアプリケーション

図17. 4線式のRTDを使用するアプリケーション

PRTDで温度を測定する高精度のデータ・アクイジション・システム

MAX11200とPRTDを組み合わせれば、非常に高精度の温度測定システムを構築できます。また、広い温度範囲と様々な抵抗値のRTDに対応可能です。一般的なPRTDの抵抗値としては、100Ω(PRTD100)、500Ω(PRTD500)、1000Ω(PRTD1000)が挙げられます。表1は、PRTD100とPRTD1000の差動出力電圧の範囲についてまとめたものです。右側に示した一連の式により、MAX11200によって得られるノイズフリー・コードを計算できます。

表1. 図18で使用しているADCの温度測定範囲
TC (°C) VRT (mV) VRT (mV) [ノイズフリー・コード] = (VMAX - VMIN)/[入力換算ノイズ]
[ノイズフリー・コード] = 82.46mV/2.86μVp-p
[ノイズフリー・コード] = 28822
[温度(精度)] = 210℃/28.82K
[温度(精度)] = 0.007℃ 
  PRTD100 PRTD1000
-55 28.4 84.6
0 36.1 107.1
20 38.9 115.2
155 57.1 167.0
210 28.75 82.46

PRTDを使用するアプリケーションにおいて、出力信号範囲が約82mVであることに注意してください。MAX11200の入力換算ノイズは10SPSにおいてわずか570nVです。このような極めて小さい値なので、このアプリケーションでは210℃の範囲で0.007℃というノイズフリー分解能が得られます。

図18. 高精度のデータ・アクイジション・システムのブロック図。MAX11200をベースとしています。シンプルなキャリブレーションの機能とコンピュータ処理によってリニアライザーションを実現する機能を備えています。

図18. 高精度のデータ・アクイジション・システムのブロック図。MAX11200をベースとしています。シンプルなキャリブレーションの機能とコンピュータ処理によってリニアライザーションを実現する機能を備えています。

図18に示したように、MAX11200のGPIO1ピンはキャリブレーション用のスイッチであるリレーを制御するための出力として使用しています。それにより、固定の抵抗RCALまたはPRTDのうちどちらかが選択されます。このような汎用性を持たせることによってシステムの精度が向上します。また、必要な計算はRAとRTの初期値の算出だけに抑えられます。

4~20mAの電流ループ向けのスマート・トランスミッタ

旧来、4~20mAの電流ループで使用するトランスミッタでは、フィールドに設置されたデバイスによって圧力や温度などの物理的なパラメータの値を測定し、その値に比例する電流を(4~20mAの範囲で)生成していました。4~20mAの電流ループは、測定する信号がノイズの影響を受けず、リモートから供給された電圧によって電力を得ることができる長所を備えています。ただ、業界の要望に応える形で、4~20mAのアプリケーション向けに第2世代のトランスミッタ(スマート・トランスミッタ)が開発されました。このスマート・トランスミッタでは、マイクロプロセッサとADCを使用し、リモートで信号のコンディショニングを実施します。

この種のスマート・トランスミッタでは、ゲインとオフセットを正規化することが可能です。また、アナログ値をデジタル・データに変換し、マイクロプロセッサによって演算アルゴリズムによる処理を実行することができます。その結果を再びアナログ信号に変換し直し、ループを介して標準的な電流を送信します。それにより、RTDや熱電対といったセンサーのリニアライザーションを実現できます(図19)。その後、4~20mAに対応する第3世代品として、更にインテリジェントなスマート・トランスミッタも開発されました。この第3世代品は、第2世代のスマート・トランスミッタに、4~20mAの信号とデジタル通信の信号をツイスト・ペア・ケーブルで共有する機能を追加したものです。この通信チャンネルを使うことにより、制御信号や診断に関連する信号を送信することができます。このようなシステムには、MAX1402のような低消費電力の製品が適しています。同ICの消費電流はわずか250μAなので、トランスミッタの他の回路にかなりの電力を振り分けられることになります。

図19. 4~20mAに対応するスマート・トランスミッタ

図19. 4~20mAに対応するスマート・トランスミッタ

スマート・トランスミッタでは、通信プロトコルとしてHART(Highway Addressable Remote Transducer)を使用します。HARTは、電話回線の通信規格であるBell 202に基づくものであり、FSK(Frequency Shift Keying)の原理を採用しています。デジタル信号は、それぞれ1と0に対応する2つの周波数(1200Hzと2200Hz)によって表現されます。アナログ信号とデジタル信号の通信を同時に行うために、これらの周波数の正弦波はDCアナログ信号ケーブル(DC analog-signal cable)上で重畳されます(図20)。FSKの信号の平均値は常にゼロなので、4~20mAのアナログ信号に影響が及ぶことはありません。デジタル信号の通信に伴う応答時間は短いので、アナログ信号を中断することなく1秒間に約2~3回、データを更新することができます。なお、通信を実行するためには、最小で23Ωのループ・インピーダンスが必要になります。

図20. アナログ信号とデジタル信号を同時に通信する方法

図20. アナログ信号とデジタル信号を同時に通信する方法

まとめ

集積度の高いコンディショニング・システムが登場する以前、プロセス制御には、シグナル・コンディショニングと信号処理を実行するために複数の独立したICが使われていました。本稿で紹介した高機能のΣΔ ADCを採用すれば、それらのICを置き換えることができます。すなわち、アプリケーションの性能に関する最も厳しい要件に対応しつつ、実装面積と電源に関する要件を最小限に抑えられます(多くのアプリケーションでは3Vまたは5Vの単電源しか必要になりません)。単電源の動作は、バッテリ駆動のポータブル・システムに特に適しています。また、部品点数を削減できればシステムの信頼性が向上します。

著者について

Franco Contadini
Franco Contadiniは、アナログ・デバイセズのフィールド・アプリケーション・エンジニアです。35年以上にわたってエレクトロニクス業界に従事。基板の設計とASICの設計を10年間経験した後、フィールド・アプリケーション・エンジニアとなりました。産業、通信、医療の各分野のお客様を対象とし、パワー・マネージメントやバッテリ管理(バッテリ・マネージメント)、シグナル・チェーン、暗号化システム、マイクロコントローラなどのサポートを行ってい...

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