マルチ・セルの大容量バッテリは、さまざまな電源から電力を受け 取るハンドヘルド機器や産業用計測器でますます使われるようになっています。バッテリの動作時間を最大限に延ばし、さまざまな種類の電源をサポートするには、入力電圧源の電圧が出力電圧より高い、低い、または等しい場合でも、多電源システム内の電圧レギュレータが一定の出力電圧を維持できる必要があります。これは2つの異なるパワー・コンバータと2つのコントローラICを組み合わせることで実現できます。より優れた解決策は、1つの昇降圧DC/DCコンバータを使用することです。これにより、ハンドヘルド機器ではきわめて重要な特性である、より小型、より簡素で、より効率的な設計を実現できます。
LTC3111は、2.5V~15Vの入出力電圧範囲と1.5Aの出力電流能力を備えたモノリシック昇降圧コンバータです。このデバイスは、シングル・セルまたはマルチ・セルのリチウムイオン電池、鉛蓄電池、コンデンサ・バンク、USB ケーブル、ACアダプタなどのさまざまな電源からの変換が可能です。
LTC3111は、その広い動作電圧範囲の他に、リニアテクノロジー独自の低ノイズ昇降圧PWM制御アーキテクチャを特長にしており、 昇圧動作と降圧動作の間の境界を越えるとき に発生することがあるジッタやEMIを効果的に除去します。これにより、システム内でのノイズに敏感なデータ変換回路やRF回路に対 して、高価なフィルタリングや遮蔽を行う必要性が低くなるか不要になります。選択可能な Burst Mode®動作により、パワー・コンバータの静止電流がかなり減少するので、 バッテリ駆動機器がアイドル状態のときは動作時間が長くなります。
高精度の動作しきい値により、コンバータのオンしきい値電圧を厳密に設定できます。内蔵のフォルト保護機能には、電流制限、サーマル・シャットダウン、および短絡保護があり、これによって過酷な環境でも堅牢な動作を実 現します。部品のサイズが重要なアプリケー ションでは、デフォルトのスイッチング周波数800kHzを最大1.5MHzまで同期させること ができます。
図1に示すLTC3111ベースのコンバータは、12V出力で18Wの電力を発生できます。このソリューションの実装面積は180mm2未満で、コントローラ・ベースの昇降圧コンバータより小型であり、同様な電力レベルでは、複雑なデュアル・インダクタSEPICコンバータの設計よりはるかに効率が高くなります。主な外付け部品は、入力と出力のフィルタ・コンデンサおよびパワー・インダクタに限られます。 LTC3111は、熱特性が改善された16ピン4mm×3mm DFNパッケージまたは16ピンMSOPパッケージで供給されます。
1セル、2セル、および3セルのリチウムイオン・バッテリによる高精度の動作しきい値
LTC3111のRUNピンは、デジタル選択を介してコンバータをイネーブル/ディスエーブルする目的か、ユーザーがプログラム可能な高精度低電圧ロックアウト(UVLO)しきい値を設定する目的に使用することができます。後者の場合は、VINとグランドの間に抵抗分割器を使用します。LTC3111の1.2V(全温度範囲で±5%精度)のRUNしきい値により、コンバータのターンオンしきい値電圧をカスタマイズすることができます。いったんイネーブルすると、RUNピンに120mVのヒステリシスが生じるので、電力変換をディスエーブルするには、その前に電源の入力電圧が10%低下することが必要です。
1セル、2セル、または3セルのリチウムイオン・セル・バッテリが電源である場合、高精度のRUNピンしきい値を使用してLTC3111コンバータをオン/オフするアプリケーション回路を図2に示します。1セルの場合、Rは267kで、LTC3111のRUNピンを構成して、入力電圧が3.3Vより高くなるとオンになり、入力電圧が3V未満に低下するとオフになるようにします。
図2の表に示すように、この方法はRの値を 変更することにより2セルまたは3セルの直列 電池設計に適用することができます。1セルの場合、上昇速度が低いVINに対する出力電圧の応答を図3に示します。1セル構成での VOUTは、入力電圧が3.3Vに達するとオンになり、3Vでオフになります。同様に、このプロットは、2セルの場合および3セルの場合に合 わせて調整できます。ここで、ターンオン/ターンオフしきい値は、それぞれ6.6V/6Vおよび 9.9V/9Vです。高精度のRUN機能は、コンデンサ・バンク、鉛蓄電池、NiCd電池など、最小入力動作電圧に対して動作を制限する必要がある電源にも適用できます。
標準的な電圧で動作する1セル、2セル、および3セルのリチウムイオン電池設計の効率曲線を図4に示します。3種類すべてのバッテリ電圧に関して、90%より高いピーク効率を実現しています。入力電圧が6V未満である場合は、5V出力での最大負荷電流能力が低下することに注意してください。LTC3111のデータ シートには、PWMモードおよび Burst Mode 動作での最大出力電流能力と入力電圧の特性を示す性能曲線がいくつかの出力電圧について示されており、特定の入力電圧範囲にわたって負荷をサポートできるかどうかの判断に役立ちます。
複数の入力電圧源
LTC3111は動作電圧範囲が広いので、複数の入力電圧源から機器の電源を供給するのが簡単です。2つの入力電圧源のうち電圧の高い方をLTC4412 PowerPathコントローラ(SOT-23パッケージ)が選択するアプリケーションを図5に示します。LTC4412は、選択されたPチャネルMOSFET両端の順方向電 圧20mVを維持して、損失を最小限に抑えます。この回路で、 LTC4412は、LTC3111の入力を7.2Vのリチウムイオン・バッテリまたは12VのACアダプタのうち電圧が高い方に切り替えます。
2つの入力電圧源に基づいた、効率と3.3V出力の負荷電流の曲線を、図6に示します。 89%を超えるピーク効率を達成しています。 標準的なスリープ電流が49µAの選択可能なBurst Mode動作により、高効率の負荷電流範囲が2桁にわたっています。
LTC3111はループ利得変動を最小限に抑える回路を内蔵しているので、入力トランジェント応答が向上しています。図7に示すように、22µFの出力コンデンサを使用し、降圧動作での負荷が1Aの場合、VOUTのレギュレーションは、20µsの立ち上がり遷移時および立ち下がり遷移時に50mV(つまり1.5%)以内に抑 えられます。
LTC3111を使用した可変出力電圧
モータ制御、照明、電源余裕度テストなどのアプリケーションでは、LTC3111を可変電圧電源として使用できます。これを実現する方法は複数あります。1つの方法を図8に示します。これは、FBピンと制御電圧(VCONTROL)の間に加算抵抗を追加する方法です。
出力電圧設定値は次式を使用して計算できます。
ここで、R1はVOUTとFBの間に接続した抵抗、 R2はFBとグランドの間に接続した抵抗、およびR3はFBとVCONTROLの間に接続した抵抗です。
100Hzで動作する0V~1.2Vの傾斜制御信号の出力電圧応答を図9に示します。対応する出力電圧振幅は10V~2.5Vなので、VCONTROLからVOUTまでの反転利得は6.2になります。低ノイズのPWM制御により、低歪みで高品質の入力信号を複製できます。
LTC3111を可変出力電圧レギュレータとして使用する場合、VOUT > VINのとき(つまり、デバイスが昇圧モードのとき)は、LTC3111 の最大負荷電流能力が低下します。図10に示すように、最大出力電流能力は実質的にコンバータの昇圧比だけ低下します。
例えば、VOUT = 2VINのときの出力電流能力は、VOUT = VINのときの能力の約半分です。 上記の応用例では、固定の500mA負荷が出力に加わりますが、このデバイスはすべての出力電圧で電流を供給できます。コンバータの安定性を保証するため、このアプリケーションでの補償値はVIN = 5VとVOUT = 10Vの最も高い昇圧比で決まります。
まとめ
LTC3111は、広い入力/出力電圧範囲が必要なさまざまなアプリケーションで低ノイズ昇降圧変換を実現します。LTC3111は、重い負荷電流を効率的にサポートする能力を備えているので、電力が必要なデバイスに最適です。 ソリューション・サイズと変換効率は、90mΩの内部NチャネルMOSFETスイッチと、熱特性が改善されたパッケージの恩恵を受けています。静止電流の少ないBurst Mode動作により、高い効率の負荷電流範囲が数桁にわたっているので、多くのバッテリ駆動アプリケーションで動作時間を長くすることができます。