信号歪み、非効率性、定在波に加えて、伝送ラインとその負荷のインピーダンス・ミスマッチングによって反射されたRFエネルギーも、パワー・アンプ(PA)などの信号源を損傷させる可能性があります。しかし、ログ・アンプとディレクショナル・カプラをベースとする回路を使用して最終的な定在波の電圧定在波比(VSWR)を検出すれば、過大なVSWR値からPAを保護することができます。
VSWRは、回路内のインピーダンス・ミスマッチの程度を表す値です。VSWRが大きいとRF回路に様々な問題が生じ、最悪の場合はRF/マイクロ波ハイパワー・アンプ(HPA)に、VSWR故障と呼ばれる恒久的な損傷が生じることがあります。このような致命的な損傷からHPAを保護することは極めて重要となります。本稿では、ディレクショナル・カプラと高性能RFログ・アンプを使用してVSWR状態を検出し、HPAをこのような故障から保護する方法を示します。この方法では、VSWRの検出/保護用回路のプロトタイプを設計し、テストしました。その結果、VSWR > 4:1で損傷するような特定のHPA設計が、ここで提案する保護回路を使用することによって、15:1を超えるVSWRにさらされた後でも機能することが確認されました。
伝送ラインに沿った電圧と電流は、特性インピーダンス(ZO)と呼ばれる特別な値に影響されます。伝送ラインを伝導するRFエネルギーには特性インピーダンスに等しい負荷が加わり、使用可能なすべての電力がこの負荷に供給されます。この負荷インピーダンスの変化をもたらすような何らかの不連続性(ミスマッチ)が伝送ライン沿いに存在すると、ライン上で電流と電圧の反射が起こって、定在波が形成されます。入射波と反射波は所により増幅あるいは減衰する形で干渉し合い、図1に示すように最大値(V)と最小値(V)が生じます。電圧定在波比(VSWR)はこのミスマッチの程度を表す値で、最大電圧と最小電圧の比(Vmax/Vmin)として定義されます。
インピーダンスが完全にマッチしている場合(VSWR = 1:1の場合)は理想的な電力伝送が実現しますが、ミスマッチが大きい場合(高VSWRの場合)は負荷に伝送される電力が小さくなります。高VSWRはシステムのあらゆる箇所に問題を発生させますが、この現象の影響を最も受けやすいのがアンテナの前に置かれたPAです。VSWRが大きいと、無線の動作範囲が狭くなったり伝送信号により受信セクションが飽和したりするほか、無線機が過熱するおそれがあります。より深刻な影響としては、トランスミッタが損傷し、燃焼などの致命的な故障メカニズムを通じて伝送ラインの誘電体を破損してしまう可能性もあります。高VSWRは、TV放送システムにシャドウイングを発生させることもあります。これは、アンテナによって反射された信号がパワー・アンプで再度反射されてから送信され、マルチパスに似た現象を引き起こすためです。
VSWRの検出
式1と図1は、反射係数が分かればVSWRを計算できることを示しています。
ここで、
Vi = 入射波、Vr = 反射波、Z0 = 特性インピーダンス、ZL= 負荷
図2は、ディレクショナル・カプラが電源と負荷の間に置かれ、入射波と反射波を分離してサンプリングするために使用される様子を示しています。式2に示すように、指向性が高い場合、反射波に対する入射波の比率は反射係数に等しくなります。したがって、ディレクショナル・カプラとディテクタの助けを借りて反射波と入射波を検出し、後処理を行って(反射波と入射波の割り算を行う)、反射係数を求めることができます。
ここで、
C = 結合係数、D = 指向性
θおよび φ = カプラを通じた未知の位相遅延
VC = カプラの結合ポート(ポートC)の電圧、入射波のサンプル
VD = カプラの反射ポート(ポートD)の電圧、反射波のサンプル
入射波と反射波のサンプリングと分離を行った後は、これらの信号の大きさを検出する必要がありますが、これにはデュアル・ディテクタが必要です。最良の検出方法を決めるには、測定精度と検出範囲を全温度にわたって検討します。
検出方法の精度は、VSWR測定の精度を決定します。入射波と反射波の検出に使用する出力の精度は、2つのチャンネル間の結合、特に2つのチャンネルが異なる電力レベルで動作しているときの結合によって低下します。これは、絶縁がディテクタ選択の主要な基準の1つであることを示唆しています。この絶縁基準は2つの面からなります。2つのRFチャンネル入力間の絶縁、および一方のRFチャンネル入力と他方のRFチャンネル出力との間の絶縁です。2つの入力間の絶縁はネットワーク・アナライザを使って容易に測定できますが、入出力間絶縁のほうがより重要です。入出力間絶縁は、一方のチャンネルの電力レベルを、他方のチャンネルの電力検出精度に(そのダイナミック・レンジ内の十分に低い電力レベルにおいて)1dBの影響が出始めるまで上げることによって測定します。この2つの電力レベルの差が入出力絶縁です。この差が最小となる電力レベルを両入力に設定して結合を減らすために、様々な値のカプラとアッテネータを使用することができます。PCボード上の結合も絶縁に影響します。RF入力を互いに絶縁するには、レイアウトに注意を払う必要があります。
入射信号の検出範囲はトランスミッタの出力範囲に等しくなりますが、インターフェース部分で反射されて逆方向に伝搬する信号の検出範囲は、これより広くなければなりません。反射電力レベルは、非常に小さい信号レベル(PAとアンテナ間のマッチングが良好な場合)から、入射信号の最大レベルと同程度の信号レベル(伝送ラインに断線や短絡がある場合)までの範囲に及ぶ可能性があるので、広いダイナミック・レンジのディテクタが必要です。
対数の減算は除算と同じなので、信号の除算の複雑な計算が容易になります。これが、VSWR検出にログ・アンプを使用する重要な理由の1つです。ログ・アンプを使ってVSWRを測定する場合は、温度やプロセス変動に対する良好なマッチングを実現するために、両方のディテクタを同じチップ上に置く必要があります。また、ログ・アンプは他のタイプのディテクタより広いダイナミック・レンジを有しています。上記のすべてのことは、ダイナミック・レンジが広く温度誤差の小さいデュアル・ログ・アンプを使用するのがVSWRアプリケーションに最適な検出方法であることを示しています。
差出力に加えて個々のログ・アンプ出力を使用できることが望まれます。これは、ほとんどのRF設計者が、この情報を使用して送信セクションの出力を同時に決定するためです。ADL5519は、個々のチャンネル出力と2つのチャンネルの差出力を併せ持つデュアル・ログ・ディテクタの好例です。図3に示すように、ADL5519は低周波数から8GHzまで54dBのダイナミック・レンジを備えており、温度ドリフトは±0.5dB未満で、入射波と反射波を検出しながら同時に出力を制御するための理想的なソリューションとなっています。図4と5に示すように、優れた入力/入力、入力/出力チャンネル絶縁仕様(>30dB)を備えたADL5519は、デュアルRFチャンネル・システムに最適です。個別のログ出力が不要な場合は、AD8302を使用することができます。
アンプを損傷させるおそれのある高VSWRからアンプを保護する方法は数多くあります。一般に、高VSWRの状態は高出力時に致命的な損傷を招くおそれがあるので、出力を下げることでアンプを安全な動作状態にすることを保護回路の目的とする必要があります。VSWR検出方法はアンプのアーキテクチャには無関係ですが、アーキテクチャの出力制御方法はアンプの保護メカニズムの選択に影響を与えます。
アンプの出力が外部ピンによって制御される場合は、VSWRイベントが予め設定したリファレンス・レベルを超えた時点で、容易に出力を下げることができます。ここで提案する保護方法ではこのリファレンス・レベルを変更できるので、VSWR保護を複数の異なるPAアーキテクチャにまで広げることができます。
VSWR保護プロトタイプの結果
このVSWR保護メカニズムは、ミスマッチの大きいGSM PAを保護するために使用されます。反射係数の検出にはディレクショナル・カプラとデュアル・ディテクタを使用します。VSWRが安全限界を超えると保護回路が起動し、その出力制御ピンの電圧を調整することによってアンプの出力を下げます。
図6に示すVSWR検出回路は、ディレクショナル・カプラ、デュアル・ログ・ディテクタ、およびクランプ回路で構成されています。HPAと負荷の間にあるディレクショナル・カプラは入射波と反射のサンプルを結合ポートと反射ポートに結合し、結合されたサンプルはADL5519やAD8302のようなデュアル・ログ・ディテクタへ送られます。結合信号と反射信号をディテクタの検出範囲内に置くために、900MHzで30dBの結合係数と15dB超の指向性を持つディレクショナル・カプラが使われています。
ディレクショナル・カプラの反射ポートからの電力(PD)はVSWRに比例し、ディテクタの入力チャンネルの1つに送られます。一方、結合ポートからの電力(PC)はVSWRと無関係で、これは他の入力チャンネルへ送られます。式3に示すように、デュアル・ログ・ディテクタは、これら2つの信号の対数減算を計算し、反射信号と結合信号の比率(反射係数に等しい)に比例する差出力VDIFFを求めます。これらの式は、高い指向性(>40dB)を持つカプラに適用されます。指向性が低い場合、測定したVDIFF出力はVSWRの位相の関数となります。VSWRの位相を気にすることなくVSWR = 1.5とVSWR = 3.0を区別するのに必要な指向性は、15dBであるとされています。
ここで、
VDIFFはデュアル・ログ・アンプ・ディテクタの差出力(V)
VSLPはログ・アンプ・ディテクタのスロープ(mV/dB)
PINTはVOUTとPINの関係を示す曲線のX軸インターセプト(dBm)(図4参照)
VLVLは一定のコモンモード電圧レベル(V)
ZINはディテクタの入力インピーダンス
ログ・ディタクタの差出力(VDIFF)が予め定められた電圧レベル(VREF)だけ上昇し、高VSWR状態を示すと、オペアンプベースのクランプ回路が起動します。高VSWR状態が検出されると、HPAは出力制御電圧ポート(VAPC)を使用して出力を下げ、安全動作モードになります。VREFのレベルを決定するにあたっては、PAのPOUTとVAPCの関係を考慮する必要があります。この動作モデルでは、VSWR > 1.5:1でクランプ回路が起動するようにVREF レベルが設定されています。
図7に示すGSM PAは、900MHz、POUT = 34.5dBmでVSWR > 4:1となると、回復不能な損傷を受けます。これらの条件を使って行ったディテクタ回路の実験的テストにおいて、同様のGSM PAは、図8に示すようにVSWR > 15:1の条件に置かれた後でも正常に機能しました。これらの結果は、この装置が厳しいミスマッチ条件下でもパワー・アンプを保護できることを示しています。