パワー・エレクトロニクスの分野では、窒化ガリウム(GaN)や炭化ケイ素(SiC)を材料とするスイッチに注目が集まっています。SiC/GaNベースのパワー・スイッチの特性を活かせる分野としては、再生可能エネルギーを基に従来よりもはるかに大きな容量を達成する電力システムが考えられます。あるいは、急成長を遂げる電動自動車の分野もターゲットになるでしょう。SiC/GaNベースのスイッチは、そうした多くの市場において目覚ましい進化を促進する可能性を秘めています。それらのスイッチを採用すれば、電力密度、動作周波数、電圧、効率といった面で多大なメリットが得られるからです。その結果、よりコンパクトで費用対効果の高い電力アプリケーションを実現することが可能になります。但し、そうしたすべてのメリットを引き出すためには、スイッチを駆動するシステムの性能を大幅に高める必要があります。スイッチ中心の考え方から脱却し、完全なシステム・ソリューションを実現するにはどうすればよいのかという視点を持たなければなりません。例えば、そのソリューションには非常に堅牢な絶縁機能を備えた次世代の先進的なゲート・ドライバICが必要になるでしょう。また、そのICと共に使用するセンシング用のIC、電源コントローラ、集積度の高い組み込みプロセッサも用意しなければなりません。そのようなソリューションを設計することによって、マルチレベル、マルチステージの複雑なパワー・ループの管理を実現できるようになります。その結果、SiC/GaNベースの次世代パワー・コンバータがもたらすメリットを適切に活用できるようになるのです。
Stefano Gallinaro
アナログ・デバイセズ、 再生可能エネルギー担当 ストラテジック・マーケティング・マネージャ
多くのアプリケーションでは、パワー・コンバータの設計に変化が訪れています。パワー・スイッチとして、純粋なシリコン(Si)をベースとするIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)ではなく、SiCまたはGaNをベースとするMOSFETを採用する例が増えているのです。モータの駆動に用いるインバータの市場などでは、新しい技術を導入するまでに時間がかかります。それに対し、太陽光発電用のインバータや、電気自動車のトラクション・インバータ/チャージャなどの市場は、イノベーションを商用レベルで活用する絶好の場になります。
太陽光発電(PV:Photovoltaic)の市場は、今後5年の間に10%という非常に健全なCAGR(年平均成長率)で成長すると見込まれています。また、PVシステムの価格は20%低下すると予想されています。このような流れを支えているのは、PV用のインバータを構成する電子部品の技術的な進歩です。SiC/GaNベースのMOSFETは、パワー・スイッチの分野を代表する新たな技術です。そうした技術を活用すれば、スイッチング周波数を高め、よりサイズの小さいインダクタやコンデンサを使用できるようになります。但し、そのためには、より高精度かつ高速でエネルギー効率に優れるセンシングIC/制御IC/駆動ICが必要になります。電力事業者らは、30kW~100kWの電力を扱うために、1500VDCの電圧に対応可能なストリング・インバータを使用しています。その種のインバータは、事業者らを対象とするインバータの市場において、2021年までに90%以上のシェアを獲得するとされています。SiC/GaNをベースとする高密度のパワー・スイッチは、革新的なマルチレベルのトポロジで利用される可能性があります。上記のインバータは、そうした技術の活用に向けたベンチマークとしての役割を果たします。
電気自動車(EV:Electric Vehicle)や蓄電システム(ESS:Energy Storage System)は、新たな価値を生み出す革新的なアプリケーションです。それらは、非常に高い効率/電力密度/周波数を実現可能なSiCベースのパワー・コンバータに対する需要を喚起しています。オンボードのトラクション・モータ・ドライブには、小型化、軽量化、より優れた効率を達成するための高い電力密度が求められます。一方、オフボードの高速チャージャには、高電圧/大電力(最大2000VDC、150kW以上)に対応し、高い周波数を使用できる複雑なトポロジが必要になります。そうした条件に対応すれば、磁気部品や機械部品を含む全アセンブリのコストを削減できるからです。加えて、EVやESSなどの新たなアプリケーションは、マルチコアの革新的な制御用プロセッサの開発も促進しています。そうしたプロセッサを採用すれば、複雑な制御アルゴリズムを管理し、システムが双方向(ACのグリッドからDCの負荷への方向とその逆の方向)モードで動作する場合でも効率と安定性を保証することが可能になります。
SiC/GaNベースのパワー・スイッチを駆動するには、高い精度が得られるよう総合的に最適化されたIC製品群が必要です。つまり、図1に示すようなエコシステムが必要になります。各ICを設計する際には、スイッチ中心のアプローチではなく、より包括的なアプローチが必要です。新たなアプリケーションの動作周波数、効率、トポロジの複雑さに対応するには、クラス最高レベルの絶縁型ゲート・ドライバICを採用しなければなりません。そうした製品の例としては、アナログ・デバイセズの「ADuM4135」が挙げられます。それだけでなく、ハイエンドの絶縁型電源ICによって給電を行う必要もあります。そうしたICの一例が「LT3999」です。加えて、先進的なアナログ・フロント・エンドと安全機能を搭載するマルチコア・プロセッサ(例えば「ADSP-CM419F」)によって制御を行わなければなりません。更に、電圧用のセンシングICとしては、エネルギー効率の高い絶縁型シグマ・デルタ(ΣΔ)モジュレータ(例えば「AD7403」)を使用することで、コンパクトな設計を実現する必要があります。
SiベースのIGBTからSiCベースのMOSFETへの移行期には、混合的なトポロジについて検討する必要があります。例えば、高い周波数に対応するスイッチとしてSiCベースのMOSFETを使用し、低い周波数に対応するスイッチとしてSiベースのIGBTを使用するといった具合です。つまり、並列の構成や、SiベースのIGBTとSiCベースのMOSFETを組み合わせたマルチレベルの構成が利用されることになります。そのためには、要件の異なるスイッチを駆動することが可能な絶縁型のゲート・ドライバが必要です。通常、お客様は、1つのコンポーネントによって自社のすべてのアプリケーションの要件に対応したいと考えます。そうすれば、BOM(部品表)を簡素化してコストを削減することが可能になるからです。理論的には、マルチレベルのパワー・コンバータを使用することで、1500VDCを超える高い動作電圧(大容量のESS用の2000VDCなど)にも簡単に対応できます。しかし、実際には安全性を確保するために実装される絶縁バリアに深刻な課題がもたらされます。
ADuM4135は、実績のあるiCoupler®技術を適用して開発された絶縁型のゲート・ドライバICです(図2)。これを採用すれば、高いスイッチング周波数、高い電圧への対応が必要なアプリケーションにおいて数多くのメリットを得ることができます。同ICは、50ナノ秒未満の優れた伝搬遅延性能、5ナノ秒未満のチャンネル間マッチング、100kV/マイクロ秒を超えるコモンモード過渡耐圧(CMTI:Common Mode Transient Immunity)を達成しています。また、耐用期間を通して最大1500VDCの動作電圧に対応可能です。
単一のパッケージ(16ピンのワイドボディSOIC)によってこのような性能を提供できるので、SiC/GaNベースのMOSFETを駆動する用途に最適です(図3)。ADuM4135は、ミラー・クランプ回路を内蔵しています。シングルレールの電源を使用していてゲート電圧が2Vを下回った場合には、SiC/GaNベースのMOSFETやIGBTを確実にオフにします。また、ユニポーラ/バイポーラの2次電源を使用して動作させることも可能です。加えて、非飽和検出回路を内蔵していることから、スイッチの動作によって高電圧に対する短絡が生じることを避けられます。この非飽和保護の機能には、ノイズを低減する機能も盛り込まれています。例えば、最初にスイッチをオンにしたときに生じる電圧スパイクをマスクするために、スイッチングのイベントの発生後に300ナノ秒のマスキング時間を設けているといった具合です。更に、500μAの電流源を内蔵しているので、コンポーネントの数を削減できます。より高いノイズ耐性が必要な場合には、内蔵するブランキング・スイッチを利用して外付けの電流源を追加することも可能です。2次側のUVLO(Under Voltage Lock Out)の値は、一般的なIGBTの閾値を考慮して11Vに設定されています。アナログ・デバイセズのiCoupler技術では、チップスケールのトランスを使用します。それにより、IC内部の高電圧の領域と低電圧の領域の間で、制御情報を絶縁された状態でやり取りすることが可能になっています。ICの状態に関する情報は、専用の出力から読み出すことができます。2次側で障害が発生した場合には、1次側からの制御によって同ICのリセット処理が行われます。
純粋にSiC/GaNをベースとする、よりコンパクトなアプリケーションには、新たな絶縁型ゲート・ドライバ「ADuM4121」が適しています(図4、図5)。同ICもiCouplerをベースとするデジタル絶縁技術を採用しています。伝搬遅延は38ナノ秒という業界最小レベルの値です。また、非常に高いスイッチング周波数に対応しつつ、150kV/マイクロ秒という優れたCMTIを得ることができます。パッケージは8ピンのワイドボディSOICであり、5kVrmsの絶縁性能を備えています。
絶縁型のゲート・ドライバを高速トポロジで使用する場合、その性能レベルを維持するためには適切に給電を行う必要があります。アナログ・デバイセズの「LT8304/LT8304-1」は、モノリシック/マイクロパワーの絶縁型フライバック・コンバータです。1次側のフライバック波形から絶縁出力電圧を直接サンプリングすることにより、3次巻線やアイソレータを使うことなくレギュレーションを実現します。出力電圧は、2個の外付け抵抗によってプログラムします(1つの温度補償用抵抗もオプションで使用可)。境界モードの動作を利用すれば、優れた負荷レギュレーションを提供する小型の磁気ソリューションを実現できます。Burst Mode 動作は、負荷が軽い場合の効率を高く維持しつつ、出力電圧のリップルを最小限に抑えます。また、150V/2Aに対応するDMOSのパワー・スイッチに加え、高電圧に対応するあらゆる回路と制御ロジック回路を内蔵しています。パッケージは熱強化型の8ピンSOです。LT8304/LT8304-1は3V~100Vの入力電圧で動作し、最大24Wの絶縁出力を提供します。
LT3999 は、高い電圧、高いスイッチング周波数に対応するモノリシック型のDC/DCトランス・ドライバです。実装面積を小さく抑えつつ、絶縁された電力を供給することができます。1MHzの最高スイッチング周波数、外部同期機能、2.7V~36Vの広い入力電圧範囲、高調波の安定化/制御に対応します。同ICは、高速ゲート・ドライバ用の絶縁型電源として最先端のレベルの性能を達成しています。パッケージは、露出パッドを備える10ピンのMSOPまたは3mm×3mmのDFNです(図6)。
一般に、システム制御ユニットはマイクロコントローラ、DSP、FPGAを組み合わせて実現されます。そのユニットは、複数の高速制御ループを並列に実行する能力を備えているだけでなく、安全を確保するための機能を実現できるものでなければなりません。また、多数の独立したPWM(Pulse Width Modulation)出力、A/Dコンバータ(ADC)、I/Oを備えている必要もあります。更には、冗長性を提供できるものでなければなりません。ADSP-CM419Fは、ミックスド・シグナルに対応するデュアルコア・プロセッサです。これを採用すれば、複数種のスイッチによってマルチレベルの電力変換を行う大電力/高密度の並列システムを管理することができます。
ADSP-CM419Fは、プロセッサ・コアとして、最高240MHzで動作する浮動小数点ユニットを備えたARM® Cortex®-M4を採用しています。また、最高100MHzで動作するARM Cortex-M0も搭載しています。デュアルコアの構成なので、安全性を確保するための冗長性をシングルチップで実現できます。メインのコアであるARM Cortex-M4には、ECC(Error Check and Correction)機能を備える160kBのSRAMと1MBのフラッシュ・メモリ、パワー・コンバータの制御向けに最適化されたアクセラレータ/ペリフェラル(24系統の独立したPWM出力を含む)、アナログ・モジュール(16ビットの逐次比較型ADCが2個)、14ビットのM0 ADCが1個、12ビットのD/Aコンバータが1個を組み合わせてあります。ADSP-CM419Fは単電源で動作する製品であり、内蔵する電圧レギュレータと外付けのパス・トランジスタを使用することで内部電源を生成します。パッケージは210ボールのBGAです(図8)。
高速動作に対応するパワー・コンバータには、電圧を高速、高精度に検出する機能が不可欠です。高性能の2次ΣΔ変調器であるAD7403をセンシング用のICとして使用すれば、アナログ入力信号をシングルビットの高速データストリーム(最高20MHz)に変換することができます。同ICは、高速CMOS技術とモノリシック・トランス技術(iCoupler技術)を組み合わせて実現されています。パッケージは8ピンのワイドボディSOICです。電源電圧は5Vで、最大±250mVの差動入力信号に対応します。同ICの出力信号を適切なデジタル・フィルタで再構成すれば、78.1kSPSのデータ・レート、88dBのS/N比を達成することができます。
アナログ・デバイセズは、お客様が高い性能/信頼性/市場競争力を備える次世代のパワー・コンバータを設計できるようにしたいと考えています。そのために、ICの評価用としてだけでなく、完全なシステムの構成要素としても使用できるハードウェア/ソフトウェア設計用のプラットフォームを開発することにしました。現在、それらのプラットフォームは戦略顧客向けに提供されています。各プラットフォームは、最先端の技術を駆使してSiC/GaNベースの次世代パワー・コンバータを実現するためのエコシステムに組み込まれています。プラットフォームの一例としては、高電圧/大電流に対応するSiCパワー・モジュール用の絶縁型ゲート・ドライバのボードが挙げられます。また、AC/DCの双方向に対応する完全なコンバータなども提供されています。このプラットフォームでは、ADSP-CM419F用のソフトウェアによってSiC/GaNベースのパワー・スイッチを適切に制御します。