概要
すべての自動車メーカーが、運転時や駐車時にドライバーを支援するため、ADASの改良に努めています。ADASの消費電力は、その進化と共に増大を続けています。したがって、低電流のスイッチング・レギュレータでは、増大を続けるこの消費電力条件を満たすことができなくなっています。本稿では、考えられるソリューションとして、2つの高電流モノリシックSilent Switcher®降圧レギュレータLT8638SとLT8648Sを提案し、両方のレギュレータのアプリケーション回路を示します。効率、温度、および妨害波試験の結果は、LT8638SとLT8648Sが、急速な進歩を遂げるADAS用として理想的な電源候補であることを実証しています。
はじめに
先進運転支援システム(ADAS)は、今日の自動車産業でますます注目される存在となっています。このシステムは、ドライバーと交通の安全性を向上させます。初期のADASは、1つのレーダー・センサーだけを使用するアダプティブ・クルーズ・コントロールのような、単一の自動ドライバー支援機能だけで構成されていました。現在の自動車には、自動非常パーキング、ブラインド・スポット・モニタリング、車両/歩行者警報および回避、車線逸脱警報および支援など、より多くのADAS機能が追加されています。ADASの進化は、これらの新型車がかつてないほど大量の電力を消費することを意味します。これは、センサーとカメラ、強力なリアルタイム・データの処理と計算、そして超高速通信の数が増えたことによります。例えば、2008年のMobileye EyeQなどの第一世代ADASシステム・オン・チップ(SoC)は、2W~3W程度の電力しか消費しませんでした。これに対し、NVIDIA® Xavier™のような新たにリリースされたADAS SoCは、その強力なデータ処理能力と計算能力によって20W~30W以上の電力を消費します。ADASの電源は12Vバッテリから供給されます。この電圧はまず5Vまたは3.3Vの中間電源レールに変換され、それから、SoCコア、インターフェース、周辺機器などで必要とされる様々な値の低電圧に変換されます。ADAS SoCの消費電力が増加するので、その条件を満たすために、中間レール・コンバータも10A以上の電流を出力できなければなりません。
高電流の中間電源を設計するための従来型ソリューションは、降圧コントローラを使用することです。しかし、この方法では外付けのMOSFETが必要なので、全体的なソリューション・サイズが大きくなります。したがって、自動車用ADASアプリケーションに共通する状況である限られた空間内へのコントローラ電源ソリューションの取り付けは、困難を伴います。車載用スイッチング電源に関するもう1つの問題は電磁妨害波です。電源設計者は、放射および伝導電磁妨害波に関する厳格な制限から生じる課題を解決する必要があり、これは自動車産業においては必須の条件です。消費電力が増大すると、これらの電磁妨害波の基準を満たすことはより難しくなります。アナログ・デバイセズでは、消費電力、サイズ、および電磁妨害波の制約を満たすために、2つの42V高電流モノリシックSilent Switcherレギュレータを開発しました。それがLT8638SとLT8648Sです。
LT8638Sを使ったコンパクトな10A/12Aピークの電源ソリューション
LT8638Sは42V、10Aの1チャンネル降圧レギュレータで、必要なすべての制御回路とMOSFETが4mm×5mmのパッケージに組み込まれています。出力電流は、短時間であれば12Aまで可能です。LT8638Sは、コンパクトな10A内部電源レールの理想的な候補です。図1に5V/10Aの代表的なLT8638S回路を示します。LT8638Sのスイッチング周波数は200kHz~3MHzの範囲で調整可能です。表1に、400kHzのLT8638S回路と、2MHzのLT8638S回路の主要部品のリストを示します。また、図2に、400kHz時と2MHz時のDC2929Aデモボード上でのLT8638Sの効率と温度上昇を示します。
スイッチング周波数 | 400kHz | 2MHz |
L1 | 3.3 µH (10 mm × 11.3 mm × 10 mm) |
0.56 μH (6.36 mm × 6.56 mm × 6.1 mm |
COUT | 47µF × 3 | 47µF × 1 |
Rt | 105kΩ | 16.9kΩ |
Rc | 9.31kΩ | 13.7kΩ |
Cc | 820pF | 220pF |
CPL | 33pF | 10pF |
LT8638Sの400kHz回路と2MHz回路を比較すると、400kHz時のインダクタのフットプリントは2MHz時のインダクタの2.5倍で、400kHz時の出力コンデンサは2MHzの出力コンデンサの3倍です。したがって、サイズとコストに関する要求が厳しいアプリケーションでは、2MHzのスイッチング周波数が有利です。電源設計エンジニアによる2MHzの周波数使用を妨げる大きな問題は、効率と熱性能です。スイッチング周波数が高いと、スイッチング損失が非常に大きくなる可能性があるからです。LT8638Sは、図3に示すように、高速の切替わりエッジを使ってスイッチング損失を最小限に抑えることにより、これらの問題を緩和します。図2に示すLT8638Sの温度上昇は、スイッチング周波数2MHz、出力電力50Wで60ºCに過ぎません。2MHz時と400kHz時の効率の差は、負荷10Aで1.5%以内です。
高速の切替わりエッジは高スイッチング周波数における効率については良い結果をもたらしますが、電磁妨害波が増えるおそれがあります。LT8638SはSilent Switcherアーキテクチャを採用しており、高速のエッジを使用しながら、はるかに小さいソリューション・サイズでEMIを大幅に減らすことができます。超低EMIの2MHz LT8638S回路を図4に示します。最良のEMI性能を実現するには、SYNC/MODEピンをINTVCCピンに接続することにより、レギュレータがスペクトラム拡散モードで動作するようにします。図5は、CISPR 25標準に定めるテスト・セットアップで測定した図4の回路で発生する、LT8638Sの電磁妨害波です。赤い線はCISPR 25クラス5の制限値を示しています。これは、自動車産業界で最も厳しい妨害波仕様です。LT8638Sは、図4に示すように入力フィルタの構成部品を非常に少ない数に抑えながら、CISPR 25クラス5の厳しいピーク制限と平均制限を満たすことができます。
LT8648Sを使用した高電流モノリシック電源ソリューション
複雑なADASには、複数のSoCと数個のカメラおよびセンサーが必要です。例えば、ハンズフリーADASには、複数の大消費電力チップと最大11個のカメラが含まれる可能性があります。LT8648SはLT8638Sよりも高い電流を出力することができ、このような複雑なADASに必要とされる中間電源レールに適しています。42V 15Aのモノリシック降圧レギュレータとして、LT8648Sの出力電流と電力レベルは、外部MOSFETを使用する電源コントローラ・ソリューションに近い値を示します。その電流能力は、複数のLT8648Sを並列にすることによって更に拡張可能です。
図6は、2個のLT8648Sデバイスを並列にした3.3V/25A、2MHzの回路です。これら2つのLT8648Sレギュレータは、共通の入力と出力を備えています。EN/UVピンとSSピンを接続して、2つのレギュレータが同じスルー・レートで同時に起動するようにします。LT8648Sは、エラー・アンプ出力電圧VCと負荷電流を相互に関連付けるピーク電流モード制御を使用します。VCピンとFBピンを接続すれば、回路を追加することなく、並列に接続されたこれら2つのLT8648Sの間で良好な電流バランシングを実現できます。U1 LT8648SのCLKOUTピンは、U2 LT8648SのSYNC/MODEピンに接続します。この接続により、2つのLT8648Sレギュレータが180ºの位相シフトで同期されます。
図6に示す回路の効率と温度上昇を図7に示します。U1とU2の温度はほとんど同じで、これは、この並列アプリケーションにおける電流バランシングが良好であることを示しています。高いスイッチング周波数と外部補償によって、高速の過渡応答が実現されます。図6に示す回路の過渡応答を図8に示します。
まとめ
本稿では、2つの42VモノリシックSilent Switcherレギュレータ、LT8638SとLT8648Sを紹介しています。その高い効率と極めて少ない電磁妨害波は、過酷なオートモーティブ・アプリケーション環境における熱とEMIに関する問題を緩和します。MOSFETを内蔵したLT8638SとLT8648Sは、急速に拡大する車載ADASに必要とされる高電流中間電源用に、小さいソリューション・サイズを実現します。