性能と堅牢性に優れるマルチプレクスADC、現代の産業用アプリケーションが抱える設計上の課題を解消

性能と堅牢性に優れるマルチプレクスADC、現代の産業用アプリケーションが抱える設計上の課題を解消

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Hakan Uenlue

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本稿では、アナログ・デバイセズが提供する新世代のマルチプレクスA/Dコンバータ(ADC)を紹介します。そのファミリ製品を採用すれば、より多くのチャンネル、より高度に統合されたシグナル・チェーン、柔軟性、堅牢性を得ることができます。そのため、複雑なシステム設計を簡素化することができます。また、先進的な工場や生産プラントで運用される現代的なオートメーションやプロセス制御に対応することが可能になります。

はじめに

現代の生産プラントで使用されるADCには、高い堅牢性、精度、再現性が求められます。そのためには、高性能のA/D変換部だけでなく、適切なアナログ・フロント・エンド(以下、AFE)を用意することが不可欠です。当然のことながら、様々なシステムやマシンにはそれぞれに差異が存在します。そのため、一般的には、PLC(Programmable Logic Controller)によって数多くのパラメータを対象とした複雑な制御が行われます。そうした制御処理を行うためには、アナログ入力モジュールを介して様々なセンサーや様々な信号を扱わなければなりません。圧力、流量、温度、重量などを対象とする多くのセンサーは、測定した物理量をアナログ値として出力します。それらのアナログ信号は、ADCによってデジタル・データに変換されます。適切なデジタル・データを得るためには、入力として精度と確度に優れる多くのアナログ信号が必要になります。A/D変換部で行われるのは、必要な処理の一部にすぎません。生産プラントでは、ノード、センサー、アナログ入力モジュール、PLCの間を相互に接続する必要があります。しかし、その環境は電気的なノイズやEMI(電磁干渉)といった妨害要因が多いことで知られています。つまり、産業分野のアプリケーションには、過酷な条件下で効果的に動作する堅牢なADCが必須だということです。

集積度/精度/柔軟性/堅牢性に優れるマルチプレクスADC

PLCは、システムを監視するために数多くのアナログ入力電圧を受け取る必要があります。つまり、多くのチャンネルを用意しなければなりません。

マルチプレクスADCは、そうした多数のチャンネルに対応可能な集積度の高いICです。例えば、アナログ・デバイセズの場合、11のシングルエンド入力、または6つの差動入力に対応可能なバッファ付きのADCを提供しています。それらのADCのシングルエンド入力/差動入力は、様々なセンサーに簡単に接続できます。また、それらのチャンネルのうちいくつかを低めの入力範囲に割り当てれば、外付けの検出抵抗を使用した電流測定にも利用できます。「AD411xファミリ」の一部の製品(最新のマルチプレクスADC)は、電流測定用の検出抵抗も内蔵しています。

アナログ・デバイセズのiPassives®技術を利用すれば、高精度、低ドリフトのマッチング抵抗から成る分圧器(1MΩと10MΩなど)などを実現できます。このような受動部品を内蔵するAFEでは、コストのかかる外付け部品を使用する必要がありません。そのため、ソリューションのフットプリント、重量、基板が占めるスペースを最小限に抑えることができます。つまり、より高密度で、より空間的に最適化されたソリューションを実装することが可能になります。

図1. 新世代のマルチプレクスADC。AD4116の内部ブロック図です。
図1. 新世代のマルチプレクスADC。AD4116の内部ブロック図です。

AD4116」は、アナログ・デバイセズの最新マルチプレクスADCを代表する製品です。以下、同ICを具体的な例として、マルチプレクスADCの製品群について解説していきます。AD4116の中核を成すのは、分解能が24ビットのシグマ・デルタ(ΣΔ)ADCです。低消費電力、低ノイズの製品であり、非常にインピーダンスの高いAFEを内蔵しています。図1に示したのは、この製品の内部ブロック図です。最大限の柔軟性が得られるようにするために、各入力は個別に構成できるようになっています。また、バッファをイネーブル/ディスエーブルに設定したり、ゲインとオフセットを補正したりすることも可能です。更に、フィルタの種類、出力データ・レート(ODR:Output Data Rate)、リファレンス源の選択も行えるようになっています。

AD4116では、電圧リファレンス源を柔軟に選択することができます。このことは設計作業の簡素化につながります。電圧リファレンス源としては、まず低ドリフト/2.5Vの内蔵リファレンスを使用できます。また、REF+とREF-の差動ピンを介して外付けのリファレンスを使用することも可能です。あるいは、アナログ電源(AVDD-AVSS)をリファレンスとして使用することもできます。外付けのリファレンスを選択した場合には、各リファレンス入力用のユニティ・ゲイン・バッファを使用できます。この高精度のバッファは真のレールtoレールを実現しています。入力インピーダンスの高いこれらのバッファにより、高インピーダンスの外部ソースをリファレンス入力に直接接続することができます。

また、AD4116をはじめとするマルチプレクスADCでは、クロック源として内蔵発振回路、外付け水晶発振器、外部クロックを使用できます。この柔軟性も設計プロセスの簡素化につながります。

マルチプレクスADCのアナログ部では、周辺回路からの電圧を受け取る入力部が堅牢性を左右します。AD4116を5Vの単一電源で動作させる場合、最大±20Vの入力範囲に対応できます(但し、入力電圧によっては精度の面でトレードオフが生じる可能性があります)。また、同ADCの絶対最大定格は±65Vなので、±20Vの入力電圧範囲を超える電圧が印加されても損傷することはありません。加えて、入力部には、TVS(Transient Voltage Suppressor)のような外付けの保護用デバイスを適用することもできます(図2)。それにより、絶対最大定格を超える電圧からADCを保護することが可能になります。なお、デジタル側のインターフェースでは、CRC(Cyclic Redundancy Check)のチェックサムによって堅牢性が強化されています。

図2の回路では、ADCの各入力部に抵抗とコンデンサ(RC)から成るローパス・フィルタを付加しています。これらは、エイリアスとノイズに対するフィルタリングを補助する役割を果たします。注目すべきは、それらローパス・フィルタの抵抗が、ADCの入力インピーダンスと直列に配置されていることです。このフィルタの抵抗は、内蔵分圧回路の分圧比に影響を及ぼすので、ゲイン誤差の要因になり得ます。しかし、このADCの入力インピーダンスは10MΩといった非常に高い値なので、分圧に起因する誤差は非常に小さくなります。例えば、ローパス・フィルタで180Ωの抵抗を使用する場合、誤差はわずか0.0018%ほどに収まります。また、この誤差は、システムのキャリブレーションを実施したり、ゲイン設定において調整を行ったりすることで除去することが可能です。システムのキャリブレーションには、AD4116が提供するキャリブレーション・モードを利用できます。AD4116は、内部ゼロスケール、内部フルスケール、システム・ゼロスケール、システム・フルスケールという4つのサブキャリブレーション・モードを備えています。

AD4116には、通常の動作モードとして、連続変換モード、連続読み出しモード、シングル変換モードが用意されています。限られた電力バジェットの中でシステムの消費電力を節約するためには、スタンバイ・モードやパワーダウン・モードも有効に活用するとよいでしょう。

その他の内蔵機能

AD4116は非常に集積度の高い製品です。特に、標準的なオートメーションのアプリケーションにおいてより高い柔軟性を発揮します。例えば、同ADCは4つのGPIO(General Purpose Input/Output)ピンを備えています。それらのうち2つをデジタル入力またはデジタル出力として構成し、残りの2つを単にデジタル出力(GPO)として構成するといったことが可能です。これらのGPIOまたはGPOピンは、外付けで追加するマルチプレクサの制御に使用できます。外付けのマルチプレクサを使用すれば、更にチャンネル数を増やすことが可能になります。もう1つの内蔵機能に、プログラマブルな遅延ブロックがあります。このブロックは、ADCがサンプルを取得する前に有効化することができます。それによる遅延を利用することで、外付けのマルチプレクサやアンプのセトリングが完了するまでの時間を確保することができます。AD4116は、デフォルトでは24ビットの分解能で変換を行います。これについては、制御ビットによって変換幅を16ビットに減らせるようになっています。併用するマイクロコントローラによっては、そのようにすることでデータの処理が容易になるでしょう。

AD4116が内蔵する温度センサーは、同ADCが動作している際の周囲温度の監視に使用できます。また、この温度センサーを診断の用途に利用することも可能です。あるいは、動作温度が変化した可能性があるため、アプリケーション回路のキャリブレーション・ルーチンを実行しなければならないことを示すインジケータとして使用することもできます。

図2. AD4116に外付けされる部品の例
図2. AD4116に外付けされる部品の例

まとめ

アナログ・デバイセズが提供する最新のマルチプレクスADCは非常に精度の高い製品です。システムへの適用が容易であり、性能や堅牢性に対する厳しいニーズにも対応できます。そのため、現代的な生産プラントや産業用アプリケーションに最適です。設計者に対してもより高い柔軟性が提供されるので、システム性能に関する要件をより迅速かつ容易に満たすことができます。