ジャイロ・センサーの機械的性能を決める最も重要なパラメータ

ジャイロ・センサーの機械的性能を決める最も重要なパラメータ

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Harvey Weinberg

概要

ジャイロ・センサーを使用する多くのアプリケーションでは、振動感度が最大の誤差要因になります。したがって、感度の性能が最も優れたジャイロ・センサー製品を選択しなければなりません。それ以外のパラメータについては、キャリブレーションを実施するか、複数のセンサーによる測定結果を平均化することによって容易に改善することができます。また、ジャイロ・センサー製品を選択する際に重視されることが多いバイアス安定性は、実際には誤差のバジェットに占める割合はさほど高くありません。

高性能のジャイロ・センサーを選択する際、データシートに記載された仕様のうちどこに注目するべきなのでしょうか。多くのシステム設計者は、最初にバイアス安定性を確認します。この仕様はジャイロ・センサーの分解能の限界を表します。そのため、ジャイロ・センサーの性能を判断する上での適切な材料であることに間違いはありません。しかし、現実のジャイロ・センサーでは複数の要因が原因となって様々な誤差が生じます。そのため、データシートに記載されている高いバイアス安定性が現実に発揮されることはほとんどありません。そのレベルの性能が得られるのは、実験室で評価を行うときだけだと言ってもよいでしょう。各種の誤差要因については、従来から補償の仕組みを適用することによって影響を最小限に抑えるということが行われてきました。本稿では、そうしたいくつかの補償の手法と、それに伴う制約について説明します。その上で、そうした対策に代わる有効な手段について解説します。その手段とは、機械的性能に基づいてジャイロ・センサーを選択し、必要に応じてバイアス安定性を改善するというものです。

環境誤差

多くのジャイロ・センサー製品は、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)をベースとして実現されています。低~中価格帯のあらゆる製品は、温度の変化に依存して性能が変動します。また、入力がゼロである場合でも、ある程度のヌル・バイアス誤差が発生します。加えて、スケール・ファクタ誤差も生じます。そのため、ジャイロ・センサーを使用する場合には、一般的に温度補償が行われます。通常、ジャイロ・センサー製品には、そのためだけに温度センサーが組み込まれています。そうした温度センサーの絶対精度は、温度補償においてはさほど重要ではありません。重要なのは、温度センサーの再現性です。また、その温度センサーはジャイロ・センサーの実際の温度と緊密に連動するか否かということに注目する必要があります。最近のジャイロ・センサーが備える温度センサーは、ほぼ問題なくそうした要件を満たしています。

温度補償を行うために適用できる手法はいくつも存在します。その例としては、多項式曲線近似や区分直線近似といった手法が挙げられます。ただ、適切な数の温度ポイントを記録し、十分に注意してキャリブレーションを行うのであれば、どの手法を適用するのかはさほど重要ではありません。例えば、各温度におけるソーク時間が不十分だとすると、そのことは多くの手法に共通する誤差要因になります。また、どの手法を適用するのか、どれだけ注意を払うのかといったことに関わらず、制約要因になり得る事柄も存在します。それが、温度ヒステリシスです。温度ヒステリシスとは、冷却サイクルと加熱サイクルを比較した場合に、特定の温度における出力が異なる値になってしまう現象のことです。

図1に示したのは、ジャイロ・センサー「ADXRS453」の温度ヒステリシスです。これは、温度補償を行っていない状態で、同センサーのヌル・バイアスの値を測定した結果です。測定時には、まず温度が25°Cから130°Cに上昇するまで加熱しました。その後、-45°Cまで冷却して再び25°Cまで加熱しました。加熱サイクルと冷却サイクルを比較すると、25°Cにおけるヌル・バイアスの値に小さな差(約0.2° /s)が生じています。これが温度ヒステリシスです。この誤差は、ジャイロ・センサーに電源が投入されているか否かに関わらず発生します。これを、補償によって取り除くことはできません。また、ヒステリシスの大きさは、適用する温度励起の大きさに比例します。つまり、ジャイロ・センサーに適用される温度範囲が広いほど、ヒステリシスの値は大きくなります。

図1. 温度ヒステリシスの例。ADXRS453について、温度補償を行わない状態でヌル・バイアスの値を取得しました。温度は-45℃~130℃の範囲で変化させています。

図1. 温度ヒステリシスの例。ADXRS453について、温度補償を行わない状態でヌル・バイアスの値を取得しました。温度は-45°C~130°Cの範囲で変化させています。

ヌル・バイアスについては、アプリケーションにおいて、電源の投入時にその値をリセットする(つまり、回転のない状態で電源を投入する)か、または現場でゼロにすることが可能であれば無視できます。そうしたことは行えないとすると、バイアス安定性に対する制約要因になる可能性があります。出荷時や保管時の条件を制御することはできないからです。

振動の除去

ジャイロ・センサーにおいては、回転速度だけが測定され、それ以外は何も測定されないという状態が理想です。しかし実際には、機械的な設計の非対称性や微細加工上の誤差によって、すべてのジャイロ・センサーは加速度に対していくらかの感度を示すことになります。加速度に対する感度の影響は様々な形で現れ、その度合いは設計ごとに異なります。通常、非常に顕著なものは、直線加速度に対する感度(g感度)と振動整流に対する感度(g2感度)の2つです。ほとんどのジャイロ・センサーは、地球の1gの重力場の中で運動/回転する状況において使用されます。そのため、多くの場合、加速度に対する感度が最も大きな誤差要因になります。

一般に、非常に安価なジャイロ・センサーは、極めてシンプルでコンパクトな機械的システムを採用して設計されています。つまり、振動の除去を目的とした最適化は行われていません。そうではなく、コストの低減を目指して最適化されているということです。そうした製品を使用する場合、振動によって大きな影響が現れる可能性があります。g感度が1000° /h/g(0.3° /s/g)を超える製品も珍しくはありません。この値は、高性能のジャイロ・センサーの10倍を上回るレベルです。そのような製品の採用を考えている場合、バイアス安定性の高いものを探してもあまり意味はありません。地球の重力場の中でジャイロ・センサーが少し回転するだけで、g感度とg2感度に起因する大きな誤差が発生するからです。一般に、そうした製品では、振動感度の仕様は規定されていません。おそらく実際の値は非常に大きいと考えられます。

より高性能のMEMSジャイロ・センサーであれば、感度ははるかに小さい値に抑えられています。表1に、代表的な製品のデータシートに記載された値をまとめました。このクラスの製品であれば、g感度は360° /h/g(0.1° /s/g)ほどです。なかには、60° /h/gを下回るものもあります。いずれも、非常に安価なジャイロ・センサー製品と比べるとはるかに優れた値です。ただ、最も感度が低いものでも、わずか150mg(傾斜角度にして8.6°)の加速度の変化によって、バイアス安定性の仕様の値を上回ってしまいます。

表1. 代表的なMEMSジャイロ・センサーの性能

メーカー 品番 g感度〔°/s/g〕 g2感度〔°/s/g2 バイアス安定性〔°/h〕
アナログ・デバイセズ ADXRS646
0.015
0.0001
8
Melexis MLX90609
0.1
記載なし
17
Silicon Sensing Systems
CRG20-01
0.1
0.005
5
村田製作所(VTI) SCR1100-D04 0.1
記載なし 2.1

g感度の補償は、外付けの加速度センサーを使用することで行われることがあります。そのために必要な加速度センサーがもともと存在するIMU(慣性計測ユニット)アプリケーションでは、ほとんどの場合、この方法が使われています。しかし、この方法は、いくつかの理由により、あらゆるアプリケーションでうまく機能するとは限りません。例えば、ジャイロ・センサーのg感度は、振動の周波数によって変化する傾向があります。ここで、図2をご覧ください。これは、Silicon Sensing Systems製のジャイロ・センサー「CRG20-01」が振動に対してどのように応答するのかを示したものです。ご覧のとおり、同製品のg感度は仕様の範囲内にあります(特定の周波数で生じているいくつかのスプリアスは、おそらく重要ではないので無視します)。しかし、DCから100Hzまでの範囲内で最大値と最小値には12倍もの差があります。そのため、単にDCにおけるg感度を測定するだけでは、適切なキャリブレーションは実現できません。この点には注意が必要です。実際、この製品に対する補償機構は非常に複雑なものになります。周波数によって感度を変化させなければならないからです。

図2. CRG20-01のg感度。周波数応答をプロットしています。

図2. CRG20-01のg感度。周波数応答をプロットしています。

一方、図3に示したのはアナログ・デバイセズの「ADXRS646」の周波数応答です。このグラフは、図2と類似の条件下で測定を行って取得しました。図2と図3を比較すると重要なポイントがわかります。それは、ジャイロ・センサー製品の中にはg感度の補償が容易なものとそうでないものが存在するということです。残念ながら、それについての情報がデータシートに記載されていることはまずありません。したがって、ユーザ自身が確認する必要があります。そのためには、かなりの労力を割かなければならないでしょう。しかも、予定外の作業に時間を費やす暇はないシステム設計時に、そのような評価を行わなければならなくなるケースが多いはずです。

図3. ADXRS646のg感度。ランダムな振動(15g rms、0.11g2/Hz)に対するg感度を測定することで周波数応答を取得しました(1600Hzでフィルタリングしています)。

図3. ADXRS646のg感度。ランダムな振動(15g rms、0.11g2/Hz)に対するg感度を測定することで周波数応答を取得しました(1600Hzでフィルタリングしています)。

もう1つ難題があります。それは、補償用の加速度センサーとジャイロ・センサーの位相応答をどのようにしてマッチングさせればよいのかというものです。位相応答が適切にマッチングしていない場合、高い周波数における振動誤差が非常に大きくなる可能性があります。このことから、もう1つの結論が導き出されます。すなわち、ほとんどのジャイロ・センサーでは、g感度の補償は低い周波数においてのみ有効だということです。

振動整流についての仕様が規定されていることはあまりないでしょう。おそらく、その理由は値があまりにも悪かったり、デバイスによって値が大きく異なったりするからです。あるいは、メーカーがこの仕様についての試験や規定を実施したくなかったということも考えられます(実際、その種の試験は実施が困難である可能性があります)。いずれにしても、振動整流を無視することはできません。加速度センサーによってそれを補償することはできないからです。加速度センサーの応答とは異なり、ジャイロ・センサーの出力誤差は整流されます。

では、g2感度を改善するにはどうすればよいのでしょうか。そのための最も一般的な方法は、図4に示すような機械的な防振マウントを追加することです。この図で例にとっているのは、パナソニックの車載ジャイロ・センサーです。中が見えるように、金属缶パッケージの一部を取り除いてあります。ジャイロ・センサーのアセンブリは、ゴム製の防振マウントによって金属缶から隔離されています。その防振マウントは、広い周波数範囲においてフラットな応答は示しません(低い周波数では特に性能が低下します)。また、温度や使用年数によって防振特性が変化するので、その設計は非常に難しくなります。実際、g感度と同様に、ジャイロ・センサーの振動整流応答は周波数に応じて変化する可能性があります。確かに、防振マウントを適切に設計すれば、狭帯域の振動を既知の周波数範囲内で減衰させることは可能です。しかし、そのような防振マウントは、広帯域の振動が生じるかもしれないあらゆるアプリケーションにおいて問題になります。

図4. 一般的な防振マウント

図4. 一般的な防振マウント

機械的な問題による不適切な挙動

多くのアプリケーションでは、問題につながる短期的なイベントが日常的に発生します。ジャイロ・センサーが破損することはないとしても、それによって大きな誤差が生じるというケースは少なくありません。以下、そうした問題の例をいくつか挙げます。

ジャイロ・センサーの中には、過度の角速度が入力されると、不適切な挙動を示すものがあります。図5に示したのは、規定範囲を約70%上回る角速度が入力された場合のCRG20-01の応答です。左側のグラフは、回転の角速度を0° /sから500° /sまで増加させ、その状態を維持した場合の結果です。一方。右側のグラフは、角速度を500° /sから0° /sまで減少させた場合の結果です。角速度の入力が規定の測定範囲を超えると、出力はレールtoレールの範囲で激しくスイングします。

図5. 500° /sの角速度を入力した場合のCRG20-01の応答

図5. 500° /sの角速度を入力した場合のCRG20-01の応答

また、数百g程度の小さな衝撃が加わると、「ロックアップ」を起こす製品も存在します。例として村田製作所のジャイロ・センサー「SCR1100-D04」の応答を図6に示しました。これは、250g、0.5ミリ秒の衝撃を加えた結果です。この衝撃は、5mmの鋼球を40cmの高さからプリント基板上の同センサーの隣に落下させることで発生させました。この衝撃によって、同センサーが破損することはありません。しかし、角速度の入力に対して応答を示さなくなります。この状態から復帰させるには、一度電源を切って再起動する必要があります。これは非常にまれな例だというわけではありません。いくつものジャイロ・センサー製品が似たような挙動を示します。検討の対象とするジャイロ・センサー製品が、そのアプリケーションにおける衝撃に耐えられるかどうかを事前に確認しておくべきでしょう。

図 6. 250 g、0.5 ms の衝撃に対する VTI SCR1100-D04 の応答

図6. 250g、0.5ミリ秒の衝撃に対するSCR1100-D04の応答

この種の誤差の影響が非常に大きいことは明らかです。したがって、アプリケーションでどのような過剰な条件が起こり得るか十分に検討し、ジャイロ・センサーがそれらの条件に耐えられるかどうかを確認する必要があります。

誤差のバジェットの計算

先述したとおり、ほとんどのジャイロ・センサーは、動きや振動が存在する状況下で使用されます。表1では、代表的なジャイロ・センサー製品を取り上げました。それらを様々なアプリケーションで使用する場合、標準的な誤差のバジェットはどのようになるのでしょうか。表1に示した数値を使用して算出した結果を、表2に示しました(振動整流の仕様が規定されていないものについては安全サイドに見積もった値を使いました)。これは、補償機構を適用していない場合の結果です。また、表3には、振動性能が5倍向上する(5倍にするのは容易ではありません)ように、g感度の補償機構を追加した場合の結果を示しました。やはり、多くの場合、振動感度は誤差に対してバイアス安定性よりもはるかに大きな影響を及ぼします。

表2. 各種の振動によって生じる誤差の推定値(その1)。補償を行わない場合の値です(単位は° /s)。

メーカー 品番 ランニング(2g: ピーク)
ヘリコプター(0.4g: 振動)
船上(0.5g: 傾き) 建設機器(50g: ピーク)
アナログ・デバイセズ
ADXRS646
4 22 5 36
Melexis MLX90609
35
150
38 1080
Silicon Sensing Systems
CRG20-01
32
147
37 630
村田製作所(VTI) SCR1100-D04 35 150 38 1080

表3. 各種の振動によって生じる誤差の推定値(その2)。振動性能が5倍に改善するよう、g感度の補償機構を適用した場合の値です(単位は° /s)。

メーカー 品番 ランニング(2g: ピーク)
ヘリコプター(0.4g: 振動)
船上(0.5g: 傾き) 建設機器(50g: ピーク)
アナログ・デバイセズ
ADXRS646
1 4 1 14
Melexis MLX90609
12
35
9 936
Silicon Sensing Systems CRG20-01
9
32
8 486
村田製作所(VTI) SCR1100-D04 12 35 9 936

新たな選択肢

バイアス安定性は、誤差のバジェットに占める割合が比較的小さい要素です。そのため、最も大きな誤差要因を最小限に抑えたジャイロ・センサー製品を選択する方が理にかなっています。そして、多くのアプリケーションにおいて最大の誤差要因になるのは振動感度です。ただ、選択したジャイロ・センサーのノイズを更に低減したい場合や、バイアス安定性を更に高くしたいといったケースもあり得るはずです。そのような場合には、平均化の手法を適用するとよいでしょう。

設計に起因する環境誤差や振動誤差とは異なり、ほとんどのジャイロ・センサーにおけるバイアス安定性の誤差は、ノイズと同様の性質を持ちます。つまり、個々のデバイス間には相関関係は存在しません。したがって、バイアス安定性の値は、複数のデバイスの平均をとることによって改善することが可能です。n個のデバイスを対象として平均化を実施すれば、√nの改善が期待できます。同様に、広帯域のノイズも、複数のデバイスを対象として平均化を実施することで改善することが可能になります。

まとめ

従来、バイアス安定性はジャイロ・センサーにおいて最も重要な仕様だと考えられていました。しかし、実際には振動感度の方が、性能により深刻な影響を及ぼす原因になることが多いはずです。他のパラメータは、キャリブレーションを行うか、複数のセンサーを対象として平均化を行うことによって容易に改善できます。したがって、ジャイロ・センサー製品を選択する際には、振動除去の能力に注目するべきです。

【付録】振動による誤差の計算

任意のアプリケーションにおいて、振動による誤差の値を計算するには、ある程度把握しておかなければならないことがあります。それは、予想される加速度の大きさや、その大きさの加速度がどのような頻度で発生するのかということです。表2と表3に示したアプリケーションについては、以下のように分析できます。

  • 通常、ランニングではピーク値が2gの加速度が時間範囲の  約4%にわたって発生します。
  • ヘリコプターの振動はほぼ一定です。ほとんどのヘリコプターの 仕様では、デューティ・サイクルが100%、大きさが0.4gの 広帯域の振動に対する耐久性が求められます。
  • 荒天下の船舶(特に小型船)では、±30°の傾きが生じる可能性 があります(±0.5gの加速度が発生します)。デューティ・ サイクルは20%だと想定することができます。
  • グレーダやホイール・ローダなどの建設機器では、そのブレード やバケットが岩に当たるたびに、持続時間が短く、gの値が 大きい(50g)衝撃が発生します。デューティ・サイクルは 一般的には1%程度です。

振動による誤差を計算するには、g感度とg2感度について考慮する必要があります。例えば、ヘリコプターの場合は、以下のように計算することになります。

数式1

g感度が加速度センサーによって補償される場合には、g感度の値のみを補償係数の分だけ小さくします。

本稿で紹介した製品

品番 説明
ADXRS646
高い安定性/ノイズ性能と振動除去機能を備えるヨー・レート・ジャイロ・センサー