GaNパワー半導体技術とモジュラー設計の進歩により、マイクロ波周波数におけるハイ・パワーの連続波(CW)アンプとパルス・アンプが実現可能となりつつあります。
窒化ガリウム(GaN)パワー半導体技術は、RF/マイクロ波電力増幅の性能レベルの向上に大きく寄与してきました。デバイスの寄生成分削減、ゲート長の短縮、高い動作電圧の使用などにより、GaNトランジスタにおいて出力電力密度の向上、広帯域化、DC/RF効率の改善などが実現されています。例えば、2014年までに、8kWのパルス出力電力を備えたGaNベースのXバンド・アンプが、導波管(TWT)デバイスやTWTアンプに代わるレーダー・システム・アプリケーション用として使用できることが実証されています。2016年までには、これらのソリッドステートGaNパワー・アンプの32kW版が登場するものと見込まれています。これらのアンプの登場を見越して、ハイ・パワーGaNアンプのいくつかの重要な特性と機能について検討してみます。
近年、GaNは無線周波数電子戦対策(Counter Radio-frequencyElectronic Warfare:CREW)アプリケーションに多用されるようになっており、数万個におよぶアンプが実際の使用に供されています。現在この技術は機上EW分野にも展開されており、RF/マイクロ波範囲の数オクターブにわたって数百ワットの出力電力を有するアンプの開発が進められています。これらの広帯域EWパワー・アンプのいくつかは、今年中に発売が予定されています。
更に研究が必要な分野としては、多くの防衛用通信システムに採用されているピーク対平均電力比(PAPR)の大きい波形における直線性の改善がありますが、このようなシステムにはCDL(Common Data Link)、WNW(Wideband Networking Waveform)、SRW(Soldier Radio Waveform)、広帯域SATCOM(SATellite COMmunication)などのアプリケーションが含まれます。アナログ・デバイセズにおける「Bits to RF」(ビットからRFまで)イニシアティブは、ベースバンド・シグナル・プロセッシング技術やGaNパワー・アンプ(PA)技術における強みを統合化するものです。この統合化により、プリディストーションやエンベロープ変調などの技術を使用することで、PAの直線性と効率の向上が実現されます。
過去数年間、ディスクリート品の電界効果トランジスタ(FET)とモノリシック・マイクロ波集積回路(MMIC)の両方を含むGaNベースのデバイスが発売され、ハイ・パワー・マイクロ波アンプ・システムに広く使われてきました。これらのデバイスは、複数のファウンドリやデバイス・メーカーから提供され、通常、100mmの炭化ケイ素(SiC)ウェーハを使って製造されます。GaN on Siプロセスも検討されていますが、Siは伝熱性と導電性に劣るので、高性能・高信頼性アプリケーションではコスト的な利点が相殺されてしまいます。これらのデバイスはゲート長が0.2µmと短いのが特徴で、ミリ波周波数帯での動作に対応しています。今日、数多くの高周波数アプリケーションや、コスト要求が極めて厳しいアプリケーションを除くすべての低周波数アプリケーションでは、大部分のガリウム・ヒ素(GaAs)半導体デバイスや横方向拡散金属酸化膜半導体(LDMOS)デバイスが、GaNベースのデバイスに置き換えられています。
GaNデバイスは、非常に高い動作電圧に対応していることと(GaAsの3~5倍)、単位FETゲート幅あたりの許容電流がGaAsの約2倍であることから、RFパワー・アンプの設計者の注目を集めています。これらの特性はPA設計者に重要な結果をもたらしますが、所定の出力電力レベルに対する負荷インピーダンスが大きい場合は、特に大きな意味を持ちます。従来のGaAsベースまたはLDMOSベースの設計では、標準的なシステム・インピーダンスである50Ωや75Ωに対して出力インピーダンスが極めて低いということがしばしばありました。デバイスのインピーダンスが低いと、実現可能な帯域幅が制限されます。つまり、増幅デバイスと負荷の間で必要なインピーダンス変換比が大きくなると、部品数が増えて挿入損失も大きくなります。GaNデバイスはインピーダンスが高いため、これらのデバイスの初期ユーザは、マッチングが取れていないテスト治具にデバイスを1つ取り付け、DCバイアスを加え、RF/マイクロ波テスト信号でデバイスを駆動するだけでも部分的な結果を得ることができる場合がありました。
GaNデバイスはその動作特性と傑出した信頼性によって、高い信頼性が求められる宇宙アプリケーションへの採用も進みつつあります。これらのデバイスの供給元が提供する寿命テスト・データから予想される単品の平均故障時間(MTTF)は、ジャンクション温度が225℃以上の場合で100万時間を超えると見込まれています。この極めて高い信頼性は、主にGaNの高いバンドギャップ値によるものです(GaAsの1.4に対し、GaNは3.4)。このため、高い信頼性が求められるアプリケーションに非常に適しています。
ハイ・パワー・アプリケーションにおけるGaN普及の主な障害となっていたのは、製造コストが従来型のデバイスより高いことで、一般的にそのコストはGaAsベース・デバイスの2~3倍、Si LDMOSベース・デバイスの5~7倍でした。通常は、このことが、ワイヤレス・インフラストラクチャやコンスーマ用ハンドセットなどのコストに敏感なアプリケーションに使用する際の障害となっていました。既に述べた性能上の問題はありますが、GaN on Si基板プロセスは使用可能であり、これらのプロセスによって製造したデバイスは、このようなコストに敏感なアプリケーションに恐らく最も適していると思われます。GaNデバイスの製造においては直径150mm以上の大型ウェーハを使用する動きが見られ、GaNを製造するいくつかのファウンドリではこの製造法への移行が進んでいることから、近い将来には50%程度のコスト削減が実現すると予想されています。
現在展開されている天気予報用およびターゲット・アクイジション/識別用のレーダー・システムは、CバンドおよびXバンドの周波数で動作するTWTベースのパワー・アンプに依存しています。高い電源電圧(10kV~100kV)と温度で動作するアンプは、過度の衝撃や振動により損傷しやすい傾向にあります。これらの導波管ベースのアンプを使用する分野での信頼性は通常1200~1500時間で、これはメンテナンスとスペア・パーツに関するコストの増加を招きます。
これらのハイ・パワーTWTベース・アンプの代替用として、アナログ・デバイセズはGaN技術に基づき、8kWのソリッドステートXバンド・パワー・アンプを開発しました。この設計は革新的な多段構成コンバイナ手法を使用して、関係する256個のMMICのRF/マイクロ波出力電力を加算しています。各MMICはそれぞれ約35Wの出力電力を発生します。このような合成方法を採っているので、個々のMMICが故障した場合でも急激に性能が低下するようなことはありません。これはTWTアンプの場合と対照的で、TWTアンプは冗長性が低いことから壊滅的な障害を引き起こす傾向があります。これらのソリッドステートGaNパワー・アンプのRF/マイクロ波合成アーキテクチャでは、MMIC間に必要なアイソレーションとネットワーク全体のRF/マイクロ波挿入損失の間のバランスを十分に取る必要があります。
8kWアンプのトポロジはモジュラ型で、4個の2kWアンプ・アセンブリで構成されており、その出力電力は導波管構造を使って合成されます(図1)。このアンプは標準的な19インチ・ラック・エンクロージャに取り付けることができます。現行のアンプ設計(図2)は水冷で使用するように構成されていますが、空冷型のアンプも開発中です。水冷型8kW GaN PAの性能レベルの概要を表1に示します。
表1. 8kW PAの性能(代表値)
定格出力電力 | 8kW |
周波数範囲 | 8GHz ~ 11GHz |
立上がり/立下がり時間(最大) | 200ns |
パルス幅 | 0.05µs ~ 100µs |
デューティ・サイクル | 20% |
入出力VSWR | 1.50:1 |
帯域外スプリアス・ノイズ(最大) | –70.0dBc |
2次高調波(最大) | –40.0dBc |
RF入力コネクタ | SMA |
RF出力コネクタ | 導波路 |
これらのモジュラ型SSPA形式で設計された8kW SSPAを結合すれば、更に高いレベルの電力を発生させることができます。これらの8kW SSPAモジュールを3個組み合わせたアンプを開発して、同じ周波数範囲で24kWのピーク出力レベルを発生するユニットを実現するための作業が進められています。32kWまでの電力レベルを実現する他の構成も実現可能で、更に評価を進めるための検討が続けられています。
現在アナログ・デバイセズは、同様にGaN技術に基づいて、現行モジュールの2倍のRF/マイクロ波出力電力を実現する先進的なパワー・モジュールを開発しています。このモジュールは、過酷な環境下でも使用できるようにハーメチック・シール・モジュールとして設計されています。これは、(現行アプローチと比較して)挿入損失の小さい次世代の合成構造を併用することによって、RF/マイクロ波周波数において75kW~100kWに近いレベルまでパルス出力電力を拡大するものです。これらの先進的なハイ・パワーSSPAは、故障モニタリング、組み込みテスト(BIT)機能、リモート診断テスト、アンプに電源を供給するMMICデバイス用の高速リアルタイム・バイアス制御回路の制御などを実現する、制御およびプロセッサ機能を内蔵しています。
これらのGaNベースのソリッドステート・パワー・アンプは、広い瞬時帯域幅と高い出力電力レベルのアンプに対する産業界のニーズに対応します。システムによっては、チャンネル化アンプや複数のアンプを使用し、それぞれに必要な役割の一部を受け持たせて、その結果をマルチプレクサへ送ることによってこれらの要求に応えようとしています。しかしこれはコストの増加を招き、マルチプレクサの周波数クロスオーバー部分にカバレージ・ギャップを発生させる結果となります。より効果的なソリューションは、電力レベルを上げて広い周波数範囲を連続的にカバーすることです。これは、これまでVHFからLバンドまでの周波数と2GHz~18GHzの周波数をカバーする2つのGaNベース・アンプを使って行われてきました。
VHFからSバンドまでの周波数用として、アナログ・デバイセズは、豊富な機能を備え、115MHz~2000MHzの範囲で50Wの電力を出力できる超小型のマルチ・オクターブ・アンプを開発しました。このアンプは、0dBmの公称入力信号を加えた場合、その全周波数範囲にわたって46dBm(代表値40W)の出力電力レベルを実現します。
寸法7.3×3.6×1.4インチのコンパクトなハウジングにパッケージされたこのアンプは、熱および電流過負荷防止用のBIT機能、テレメトリ・レポーティング、内蔵DC/DCコンバータを備えており、26VDC~30VDCの入力電源で妥協のないRF性能を実現します。アンプの外観を図3に、代表的測定性能データとして出力電力の周波数特性を図4に示します。
広帯域アプリケーションに対応するために、アナログ・デバイセズは、2GHz~18GHzの全周波数範囲を通じて50Wの連続波(CW)出力電力を発揮するGaNアンプも開発しました。このアンプは市販されている10WのGaN MMICを使用し、広帯域の低損失合成回路によって出力電力成分を合計します。この同じ2GHz~18GHzの帯域幅で複数のアンプを順番に合成し、200Wに達する出力電力を生成します。ドライバ・アンプ・チェーンもGaN能動デバイスがベースです。アンプは48VDCで動作し、良好なパルス再現性と短い立上がり/立下がり時間でのパルス動作を実現する内部電圧レギュレータと高速スイッチング回路を備えています。このアンプの仕様を表2に示します。図5はアンプの外観、図6はアンプの出力電力を2GHz~18GHzの周波数の関数として示したグラフです。
表2. 広帯域SSPAの性能(代表値)
出力電力 | 50W |
周波数範囲 | 2~18GHz |
デューティ・サイクル | 100% |
入出力VSWR | 1.50:1 |
帯域外スプリアス・ノイズ(最大) | –70.0dBc |
ゲイン安定性 | 2.5dB |
RF入力コネクタ | SMA |
RF出力コネクタ | タイプN |
この50Wアンプは、2GHz~18GHzの帯域をカバーするアンプ・ファミリの1つです。アナログ・デバイセズは、出力電力12Wのコンパクトな卓上型アンプ(図7)と出力電力100Wのラック取り付け型アンプ(図8)も開発しました。他に、周波数範囲2GHz~6GHzおよび6GHz~18GHzのアンプも開発中です。また、これらの広帯域アンプの出力電力を現在のレベルから200W以上の電力レベルに向上させる作業にも取り組んでいます。これらの高い出力電力レベルを実現するために、アナログ・デバイセズは出力電力を向上させたモジュールと、現行の電力合成器より合成効率を大幅に改善して損失を抑制した広帯域RF電力合成器を開発中です。
以上、GaNベースのソリッドステート・アンプで実現可能な性能レベルの例をいくつか示しました。多くのGaN半導体ベンダがウェーハ・サイズの大型化に動いており、ウェーハあたりの収量を向上すべく努力を続けていることから、これらのアンプの単価は将来的に下がることが期待されます。ゲート長の短縮に伴い、ミリ波周波数で操作するシステムにはより多くのGaNデバイスが使われるようになり、GaNベースのSSPAではより高い周波数での動作が可能になるでしょう。GaNの性能向上とコスト削減の現在の傾向が、ここしばらく続くことは明らかです。