未来の工場の実現を目指す【Part 1】エッジ向けのAIを活用したセンサーの設計

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Figure 1

   

要約

産業分野のシステムに対し、より高度なインテリジェンスを追加するにはどうすればよいのでしょうか。そのためのアプローチはいくつか存在します。その1つが、アナログ/デジタルのコンポーネントを備えるセンサーに、エッジまたはクラウドで稼働する人工知能(AI:Artificial Intelligence )を組み合わせる方法です。センサーにおけるAIの活用方法については多様化が進んでいます。そのような背景もあり、センサーの設計者に対してはいくつかの競合する要件について十分に考慮することが求められます。例えば、意思決定に至るまでのレイテンシ、ネットワークの使用量、消費電力/バッテリ寿命、機械に適したAIのモデルなどについて検討しなければなりません。この連載では、モータの状態(健全性)を監視するために使用されるワイヤレス・センサーの設計について解説します。そのセンサーは、AIを搭載するインテリジェントなものとして実現します。このセンサーを設計する際には、エッジで稼働するA(I 以下、エッジAI)を利用しつつセンサーのバッテリ寿命を延ばす方策を考える必要があります。また、システムに関する知見の取得方法と意思決定の方法について改善を図らなければなりません。この連載では、これらの重要な要件について解説します。なお、本稿で紹介するセンサーは、エッジAIで用いられるアルゴリズムを利用してモータの異常な挙動を検出します。その結果をトリガとして機械の診断やメンテナンスを行うようにすれば、モータの動作寿命を延ばすことが可能になります。

モータの状態の監視

産業分野では、ロボットや回転機械(タービン、ファン、ポンプ、モータなど)を対象とした状態基準保全(CBM:Conditional Based Maintenance)が普及しつつあります。CBMでは、機械の健全性や性能に関するリアルタイムのデータを収集します。それにより、的を絞った予知保全や最適化された制御を実施することが可能になります。機械のライフ・サイクルの早い段階を対象として的を絞った予知保全を適用すれば、製造現場でダウンタイムが生じるリスクを抑えられます。また、信頼性が向上し、コストが大幅に削減され、生産性が高まります。産業用の機械を対象とするCBMでは、センサーで取得した様々なデータが利用されます。一般的な例としては、電圧、電流、振動、温度、オイルの品質、音響、磁気、プロセスにおける流量や圧力などのデータが挙げられます。これらの中で、群を抜いて広く利用されているのが振動の値です。振動の測定値は、不均衡やベアリングの不具合といった機械的な問題を最も確実に示すものであるからです。本稿では、ワイヤレスで振動を監視するためのプラットフォーム「Voyager 4(EV-CBM-VOYAGER4-1Z)」を紹介します。このプラットフォーム(評価用キット)は、堅牢性が高く消費電力が少ないという特徴を備えています。これを利用すれば、ワイヤレスのセンサー・ソリューションを機械(あるいはテスト用の環境)に迅速に配備することができます。Voyager 4は、エッジAIのアルゴリズムを実行することにより、モータの異常な挙動を検出します。その結果をトリガとして機械の診断とメンテナンスを行えば、モータの動作寿命を延ばすことが可能になります。本稿は、Voyager 4について解説する連載(全3回)のPart 1です。各パートでは、以下のような事柄について説明します。

  • Part 1:まずはVoyager 4の概要を説明します。その上で、同プラットフォームのアーキテクチャと主要な構成要素、ハードウェアの設計、消費電力のプロファイル、機械的な構造などについて解説します。
  • Part 2:ソフトウェア・アーキテクチャとAIのアルゴリズムの話題を取り上げます。Voyager 4向けのAIモデルを開発/配備するためのシステム・レベルのアプローチについて詳しく解説します。
  • Part 3:まず、AIのアルゴリズムの実用的な実装について説明します。その上で、Voyager 4によって検出が可能な様々な障害(不均衡、位置ずれ、ベアリングの欠陥など)について解説します。

Voyager 4は設計作業を加速するプラットフォームとして機能します。それだけでなく、インテリジェントなシステムを設計する際に生じるトレードオフについて理解するためのものとしても活用できます。

ワイヤレス振動センサーの一般的な動作

産業分野の市場には、多種多様なワイヤレス・センサーが提供されています。それらは、一般的に非常に低いデューティ・サイクルで動作します。ユーザが設定した長いスリープ時間が経過したら、一度ウェイクアップして温度と振動を測定するといった具合です(図1)。測定が完了したら、その結果を無線でデータ収集装置に送信します。一般的なセンサーにおいて、バッテリの寿命の目安は5年ほどになります。5年というのは、24時間に1回から複数回、データを取得することを前提とした場合の値です。


Figure 1. Industrial wireless sensor typical operation. 図1. 産業用のワイヤレス・センサーの一般的な動作
図1. 産業用のワイヤレス・センサーの一般的な動作

図1に示したように、多くのセンサーは動作時間の90%以上をスリープ・モードで過ごします。Voyager 4もそれと同じように動作します。ただ、同プラットフォームには、AI対応のマイクロコントローラ「MAX78000」が実装されています。これを使用してエッジAIを実現し、それによって異常を検知します。Voyager 4では、この機能を活用することで無線の使用を制限します。つまり、センサーがウェイクアップしてデータを測定した結果、マイクロコントローラによってデータの異常が検出された場合だけユーザにデータを送信するということです。このような形でエッジAIを活用することにより、バッテリの寿命を少なくとも50%引き延ばすことが可能になります(詳細は後述)。

Voyager 4の動作原理

図2は、Voyager 4の動作原理を説明するためのものです。まず、振動のデータの収集には、MEMS(Micro Electro Mechanical System)加速度センサーである「ADXL382」を使用します。ADXL382は3軸に対応するデジタル出力の製品であり、帯域幅は8kHzです。Voyager 4では、未処理の振動データがパス[a]をたどって「MAX32666」に送信されます。MAX32666は、Bluetooth® Low Energy(BLE)に対応するマイクロコントローラです。未処理の振動データは、BLE(無線)またはUSBを介してユーザに送信することができます。それらのデータは、エッジAIのアルゴリズムのトレーニングに使用されます。そのトレーニングにはMAX78000のツールを使用できます。

 

Figure 2. A Voyager4 sensor operating principle. 図2. Voyager 4の動作原理
図2. Voyager 4の動作原理

 

MAX78000のツールを使用すれば、AIのモデルを合成し、それに対応するC言語のコードを生成することが可能です。エッジAIのアルゴリズムは、BLEを利用したOTA(Over-the-Air)のアップデートによってVoyager 4に送信されます。そのアルゴリズムのデータは、エッジAIに対応するハードウェア・アクセラレータを搭載したMAX78000によってメモリに保存されます。これがVoyager 4における最初のトレーニングのフェーズです。このフェーズが完了したら、ADXL382で取得したデータを、図2のパス[b]を介してMAX78000に引き渡すことができます。MAX78000に実装されるエッジAIのアルゴリズムは、受け取った振動データに基づいて、機械に不具合はあるか、それとも健全に動作しているのかという予測を行います。振動データに異常がなければ、BLEに対応するMAX32666の無線機能を使用する必要はありません。その場合、Voyager 4は図2のパス[d]をたどり、MEMS加速度センサーがスリープ・モードに戻ります。一方、振動データから異常の発生が予測される場合には、パス[c]をたどり、BLEを介して異常な振動に関するアラートがユーザに送信されます。以上がVoyager 4の動作原理の概要です。この連載のPart 2では、エッジAIの実装について更に詳しく説明する予定です。

Voyager 4のハードウェア・システムと消費電力

図3は、Voyager 4のハードウェア・システムの概要を示したものです。図中のADXL382は、3軸に対応するMEMS加速度センサーです。測定帯域幅は、8kHz、測定レンジは±15g、±30g、±60gの中から選択できます。この製品は、ノイズ密度が低く、消費電力が少ないという特徴を備えています。「ADG1634」はCMOSベースのSPDTスイッチです。このスイッチは、ADXL382で取得した未処理の振動データを、BLE対応の無線機能を備えるMAX32666またはAI対応のMAX78000に転送するために使用されます。このSPDTスイッチの制御はMAX32666によって行われます。MAX32666には、複数のペリフェラルが有線で接続されています。代表的なペリフェラルは、バッテリの電流を監視する残量ゲージIC「MAX17262」、超低消費電力のMEMS加速度センサー「ADXL367」です。ADXL367は大きな振動(衝撃などのイベント)が生じた際にそれを検出し、ディープ・スリープ・モードのMAX32666をウェイクアップします。モーション起動のウェークアップ・モードにおけるADXL367の消費電流はわずか180nAです。「FT234XD-R」は、FTDI(Future Technology Devices International)製のブリッジICです。この製品は、USBからUART(Universal Asynchronous Receiver/Transmitter)への変換処理を担います。MAX32666はFT234XD-Rを利用することで、USBまたはBLEを介してADXL382で取得した未処理のデータをホストに向けてストリーミングすることができます。

 

Figure 3. A Voyager4 hardware system. 図3. Voyager 4のハードウェア・システム
図3. Voyager 4のハードウェア・システム

図3に示したように、Voyager 4ではパワー・マネージメントIC(PMIC)として「MAX20335」を使用しています。このPMICは、自己消費電流が極めて少ない降圧レギュレータを2つ搭載しています(図4)。また、同じく自己消費電流が極めて少ないLDO(低ドロップアウト)レギュレータも3つ内蔵しています。各レギュレータの出力電圧の値はI2Cを介してプログラムすることができます(デフォルトの値が事前に設定されています)。それだけでなく、各出力電圧は個別にイネーブルまたはディスエーブルに設定することが可能です。Voyager 4では、様々な動作モードに応じ、BLEに対応するMAX32666がPMICの個々の出力電圧をイネーブルまたはディスエーブルに設定します。

Figure 4. The MAX20335 PMIC. 図4. MAX20335のブロック図
図4. MAX20335のブロック図

Voyager 4の様々な動作モードとPMICの出力の関係を表1にまとめました。

表1. Voyager 4の各動作モードに対するMAX20335の設定
Voyager 4の動作モード LDO1の出力 LDO2の出力 LDO3の出力 B1OUT、B2OUT
ディープ・スリープ 1 0 0 0
トレーニング 1 0 1 0
ノーマル/AI 1 0 1 1
ペリフェラル 1 1 1 1
*1は MAX20335の出力がオン、0は 同出力がオフであることを表す

表2は、Voyager 4の各動作モードにおけるMAX32666とMAX78000の各機能の状態(アクティブか非アクティブか)を示したものです。例えば、トレーニング・モードでは、MAX32666がBLEのネットワークにおいて自身の存在をアドバタイズします。続いて、ネットワーク・マネージャとの間でBLEによる接続を確立します。その後、Voyager 4はユーザのPC上でAIのアルゴリズムをトレーニングするために、BLEのネットワークを介してADXL382の未処理のデータをストリーミングします。

表2. Voyager 4の各動作モードにおけるMAX32666/MAX78000の各機能の状態
Voyager 4の動作モード BLEのアドバタイズ BLEの接続 BLEのデータ・ストリーミング AIの推論 ディープ・スリープ
ディープ・スリープ 0 0 0 0 1
トレーニング 1 1 1 0 1
ノーマル/AI 0 0 0 1 1
ペリフェラル 0 0 0 0 1
*1は 機能がアクティブ、0は 機能が非アクティブであることを表す

ストリーミングを終えたら、Voyager 4はディープ・スリープ・モードに戻ります。ノーマル/AIモードのデフォルトの設定では、BLEのアドバタイズ、接続、ストリーミングの各機能がディスエーブルになります。また、MAX78000は定期的にウェイクアップし、AIによる推論を実行します。異常が検出されなければVoyager 4はディープ・スリープ・モードに戻ります。

Voyager 4の特徴の1つは平均消費電力が少ないことです。平均消費電力は、ディープ・スリープ、トレーニング、ノーマル/AIの各モードにおいてイベントが発生する間隔(時間軸で見たイベントの発生頻度)によって決まります。

図5に各モードと平均消費電力の関係を示しました。Voyager 4には、お客様が評価を行う際に利用可能な複数のコンポーネント(LEDやプルアップ抵抗)が含まれています。図5に示したように、ディープ・スリープのモードでは、それらのコンポーネントによってLDO1OUTの電源レールで約0.3mWの電力が消費されます。

Voyager 4がトレーニング・モードで動作する際には、BLEの機能がアクティブになります。アドバタイズ、接続、データ転送の処理を1時間に1回実行する場合、消費電力は0.65mWを超えます。AIモードで動作する際には、センサーがアクティブになる頻度が1時間に1回の場合でも消費電力は0.3mWに近くなります。図5から、BLEを介して未処理のデータを転送する必要がなければ、Voyager 4の消費電力は最大で50%削減されることがわかります。

ここで、Voyager 4の消費電力が約0.3mWだと仮定します。その場合のバッテリの寿命はどのようになるでしょうか。まず、1500mAhのバッテリを1個使用する場合、その寿命は最長で2年間になります。その種のバッテリの例としては、再充電が可能なバッテリ・パック「ASR00073」(TinyCircuits製)が挙げられます。一方、標準的な2.6Ahの単3形電池を2個使用した場合、その寿命は7年以上になります。その種のバッテリの例としては、Saft製の「LS14500」が挙げられます。LS14500は、ベース電流が少なく、周期的なパルスに対応できることを特徴とします。そのため、長期間(5年~20年、もしくはそれ以上)にわたって使用されるアプリケーションに最適です。

Figure 5. Average power consumption as a function of time between events. 図5. イベントの間隔(時間)の関数として表した平均消費電力
図5. イベントの間隔(時間)の関数として表した平均消費電力

Voyager 4の機械設計

図6は、Voyager 4の筐体と機械的アセンブリの概要を示したものです。その直径は46mmで、高さの最小値は77mmとなっています。そのベースには、モータの筐体にねじ付きスタッド(または接着剤)で取り付けられるようM6のネジ穴が設けられています。また、アルミ製のベースに加え、壁のハウジングやABS樹脂製の蓋が用意されています。この蓋はBLEによるデータ伝送に向けて、アンテナ・シールドを低減します。BLEに対応するマイクロコントローラとエッジAIに対応するマイクロコントローラは1つのプリント回路基板に実装します。その基板は垂直に配置されており、バッテリと共にスタンドオフに取り付けられています。MEMS加速度センサーと電源を実装するプリント回路基板は、ベースにおいて監視の対象となる振動源に近い場所に配置されています。

Figure 6. A Voyager4 sensor enclosure, mechanical assembly. 図6. Voyager 4の筐体と機械的アセンブリ
図6. Voyager 4の筐体と機械的アセンブリ

機械構造のモーダル解析

MEMS加速度センサー用の機械的な筐体を適切に設計するのは非常に重要なことです。そうすれば、監視の対象になるアセット(モータなど)から質の高い振動データを確実に取得し、CBMを有効に機能させることができます。機械的な筐体を適切に設計するためには、モーダル解析について理解する必要があります。

モーダル解析とは何か、なぜ重要なのか?

モーダル解析は、振動に対する構造物の特性を把握するために使用されます。同解析を実施すれば、構造物の固有振動数やノーマル・モード(相対変形)の値が得られます。それらの値を求めることの最大の目的は共振を防ぐことです。共振は、設計した構造物(筐体)の固有振動数が振動荷重の振動数とほぼ一致する場合に生じます。筐体の固有振動数は、MEMSセンサーで測定する振動荷重の振動数よりも高くなければなりません。Voyager 4の場合、X/Y/Z軸の3dB帯域幅は8kHzです。したがって、このセンサーの筐体は、8kHzよりも低い振動によって大きな共振が生じることがないように設計しなければなりません。

固有振動数とモード形状

Ansysが製品化しているシミュレーション・ツールの場合、モーダル解析の機能がプラグインとして提供されています。それを使用すれば、形状、選択した材料、機械的アセンブリがセンサーの筐体の周波数応答に及ぼす影響を把握することができます。センサーの筐体の質量、剛性、固有振動数の間には相互関係があります。

質量行列[M]、剛性行列[K]、角振動数ωi、モード形状{φi}の関係は以下の式で表されます。Ansysなどのツールでは、上の式が有限要素法(FEM:Finite Element Method)のプログラムで使用されます。固有振動数 fiは、ωi/2πで算出できます。モード形状{φi}によって、特定の固有振動数における材料の相対変形のパターンが得られます。

数式 1.

自由度が1のシステムの場合、振動数は以下のような簡単な式で表せます。

数式 2.

この式は、設計についての評価を実施する際に役立つ簡単で直感的な手段になります。センサーの筐体の高さを低くすると、剛性は高まり、質量は減少します。そのため、固有振動数は高くなります。また、筐体の高さを大きくとると、剛性は低下し、質量は増加します。そのため、固有振動数は低くなります。但し、ほとんどの設計では自由度が複数の値になります。場合によっては自由度の数が数百に達することもあります。そのため、式(1)を手計算で解こうとすると多大な時間を要します。それに対し、FEMのプログラムを使用すれば短時間で結果を得ることができます。

式(1)、式(2)とシミュレーション・ツールを活用し、材料を慎重に選択することで、目標とする周波数応答を満たす筐体を確実に設計することができます。モーダル解析の詳細については「モーダル解析を活用し、振動センサー用の優れた筐体を設計する」をご覧ください。

モード刺激係数

モード刺激係数(MPF:Mode Participation Factor)は、設計においてどのモードと固有振動数が最も重要であるのかを判断するために使用されます。モード形状{φi}、質量行列[M]、励振方向ベクトルDを使用すると、MPFは以下の式で表すことができます。

数式 3.

なお、刺激係数の2乗は有効質量です。

MPFと有効質量を使用すれば、各モードにおいて各方向に運動する質量の評価を実施できます。ある方向の値が大きいということは、そのモードにおいては振動などの力によってその方向に励振されるということを意味します。

構造物上のすべての点は、同一の振動数(グローバル変数)で振動します。ただ、各点における振動の振幅(またはモード形状)は同一ではありません。モーダル解析の結果を解釈するためには、このことを理解しておくことが重要です。例えば、振動数が18kHzである場合には機械的筐体の底部よりも上部の方が大きな影響を受ける可能性があります。

Voyager 4のシミュレーションと実測評価

ここでは、シミュレーション・ツールによってVoyager 4のモーダル解析を実施した結果を紹介します。シミュレーションの条件として、筐体の底部と胴体部分には3003のアルミ合金、蓋にはABS-PC樹脂を使用すると仮定しました。

表3に示したのが、モーダル解析のシミュレーション結果です。計14種のモードに対応する周波数でMPFの値がどのようになるのかを示しました。X/Y/Z方向のMPFを示すと共に、最も強いモードを水色の網掛けで強調表示しています。このようなシミュレーション結果を利用すれば、比較的強いモードにおける変形位置を調べることができます。

表3. モーダル解析のシミュレーション結果
質量の寄与(正規化)
モードの番号 周波数〔Hz〕 X方向 Y方向 Z方向
1 3546.60 0.19095 2.67E-05 0.003805
2 3550.40 0.0036033 3.34E-05 0.19221
3 3895.80 1.09E-05 0.043253 3.70E-05
4 5486.10 0.00030529 3.70E-07 5.50E-05
5 5509.80 9.22E-05 3.56E-06 0.00033943
6 7183.10 0.019295 6.04E-07 0.022231
7 7247.70 0.058405 0.00011845 0.11528
8 7299.80 0.084243 3.27E-07 0.034089
9 7936.30 0.064918 1.70E-05 0.02292
10 7950.10 0.03031 3.29E-06 0.06365
11 10344 2.07E-05 4.03E-05 1.42E-05
12 10423 9.02E-06 0.00037979 1.69E-05
13 10973 3.00E-06 6.27E-06 3.14E-06
14 11033 1.66E-08 0.0014244 1.89E-07

モード1とモード2は似ており、図7に示すようにABS-PC製の蓋に影響が及びます。

Figure 7. Mode 1, deformation in the lid, far away from the rigid sensor base. 図7. モード1による蓋の変形。変形が生じている位置は、センサー用の剛性の高いベースからは遠く離れています。
図7. モード1による蓋の変形。変形が生じている位置は、センサー用の剛性の高いベースからは遠く離れています。

モード1の変形位置は、ベースに配置されるセンサーの基板からは遠く離れています。そのため、この小さな共振は、MEMS加速度センサー(ADXL382)による測定に影響を及ぼすことはないと考えられます。

表3を見ると、モード7では約7.25kHzにおけるZ(垂直)軸の値が強調表示されています。同モードに対応する図8の結果を見ると、筐体の垂直な壁にいくらかの顕著な影響が及ぶことがわかります。しかし、モード7でもベースには大きな影響は現れていません。

Figure 8. Mode 7, at 7.25 kHz, with some appreciable effects on the enclosure aluminium wall. 図8. モード7による壁の変形。7.25kHzにおいて、筐体のアルミ製の壁に顕著な影響が生じることがわかります。
図8. モード7による壁の変形。7.25kHzにおいて、筐体のアルミ製の壁に顕著な影響が生じることがわかります。

このモーダル解析のシミュレーション結果からは、筐体のベースに配置されたADXL382の基板に顕著な影響を及ぼすモードは存在しないと考えられます。言い換えれば、対象となる8kHzの3dB帯域幅において、大きな機械的共振は発生しないはずだということです。

このシミュレーション結果の検証を行うために、実測評価も実施しました。その評価では、Voyager 4をモーダル・シェーカに配置し、ピーク値が0.25gの振動を印加しました。そして、振動の周波数は0kHz~8kHzの範囲で掃引しました。図9に示したのが、それによって得られたVoyager 4の周波数応答です。ご覧のように、加速度は8kHzまでの範囲で±1.5dB以内に収まっていることがわかります。

Figure 9. Voyager4 sensor frequency response. 図9. Voyager 4の周波数応答(実測結果)
図9. Voyager 4の周波数応答(実測結果)

まとめ

ワイヤレス・センサーを設計する際には、ノードにおける意思決定の方法を改善しつつ、バッテリの寿命を延ばせるようにしなければなりません。本稿で説明したように、そのための手段としては、AI用のハードウェア・アクセラレータを搭載する組み込みマイクロコントローラを利用する方法が有効です。そうすれば、エッジAIを活用しつつ、バッテリの寿命を少なくとも50%引き延ばすことができます。また、本稿では、振動センサーの筐体を対象としたモーダル解析についても解説しました。同解析を実施することにより、センサーの開発サイクルを加速することが可能になります。また、監視の対象となるアセットから質の良い振動データを確実に取得することができます。

英語版技術記事はこちらよりご覧いただけます。

著者について

Richard Anslow
Richard Anslowは、アナログ・デバイセズのシニア・マネージャです。産業用オートメーション・ビジネス・ユニットでソフトウェア・システム設計エンジニアリングの分野を担当。専門は状態基準保全、モータ制御、産業用通信を対象とする設計技術です。アイルランドのリムリック大学で工学分野の学士号と修士号を取得。パデュー大学でAIと機械学習を対象とした大学院の課程も修了しています。
Danail Baylov
Danail Baylovは、アナログ・デバイセズのスタッフ・エンジニアです。産業用オートメーション・ビジネス・ユニット(アイルランド リムリック)でソフトウェア設計を担当。専門分野は、産業用の有線/無線通信、産業用イーサネット、通信プロトコルです。ブルガリアのソフィア工科大学で工学分野の学士号と修士号を取得しています。

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