車室内向けのセンシング(Automotive In-Cabin Sensing)技術は、急速な進化を遂げています。センサーと高度なアルゴリズムを組み合わせることにより、様々なアプリケーションが開発されています。
車室内向けのセンシング技術の進化を促す主な要因は2つあります。
1つは、搭乗者の安全性を高めることを目的とした規制が設けられつつあることです。欧州では、Euro NCAPの規格とEC(欧州委員会)の規制により、2022年までにDMS(Driver Monitoring System)の搭載が義務づけられます。また、米国のNTSB(National Transportation Safety Board:国家運輸安全委員会)も半自律走行車へのDMSの適用を推奨しています。加えて、LKAS(lane keeping assist systems:車線維持支援システム)に関するUN R79の規格に適合するには、2021年の時点でHOD(Hands On/Off Detection)システムの搭載が必須になっています。更に、米国では、幼児の置き去りを検知するシステムの搭載が2022年までに義務づけられる予定です。こうした規制の整備に伴い、運転者と搭乗者(ドライバーと同乗者)を検出する機能は、L2+以上の運転支援プラットフォームにおいて標準機能になる見込みです。
車室内向けのセンシング技術の進化を促すもう1つの要因は、エモーション・センシングなどによって搭乗者の快適性を高めたいというニーズです。自動車メーカーは、そうした機能を他社品に対する差別化要因として捉えています。そのため、この種の機能に活用できる最先端のイノベーションを次々に導入していくと考えられます。
DMSで安全性を高め、死亡事故を削減
ETSC(European Transport Safety Council:欧州運輸安全協議会)は、EU諸国において、2019年の交通事故による死者数は人口100万人あたり51人だったと発表しています1。そのうちの95%は、運転手のミス、注意散漫、居眠り、ストレス、疲労などのヒューマン・エラーが原因で発生した事故によるものだったそうです。このような状況を受けて、ECは交通安全イニシアチブの主要なパッケージを発表しています2。同委員会は、「交通事故による死者数と重傷者数を2030年までに50%削減し、2050年までに『Vision Zero』を達成することを目標とする」と宣言しています。
DMSは、既に他のADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)をサポートしています。例えば、LKASはHODシステムと併用されることが一般的になっています。ここで、HODシステムは、運転者の手がハンドルに添えられていることを検出する機能を提供します。また、必要に応じ、運転者に車を制御するよう促します。更に、運転者の健康状態を検知し、問題があればそれに対処するための新機能を提供します。
上記の機能を実現するためには、バイタル・サイン・モニタリング(VSM:Vital Sign Monitoring)技術が利用されます。VSMは、心電図(ECG:Electrocardiography)や皮膚電気活動(EDA:Electrodermal Activity)などの情報の取得にも使われます。そうした技術を自動車に適用すれば、運転者の健康状態やストレスのレベルを検知することができます。それにより、潜在的な問題が表面化する前に対処することが可能になります。例えば、居眠りや疲労が原因で運転者が車両を制御できていない状態であったとします。VSMシステムによってそのような状態を検知したら、ADASによって車両を安全な状態(減速、緊急レーンへの移動、停止)に移行させるといったことが行えます。
快適性の向上にも貢献するDMS
自動車の分野では、従来にも増して、運転者と搭乗者のユーザ・エクスペリエンスを高めることが重要になっています。それにより、ブランドの認知度と顧客のロイヤルティを高めるチャンスが得られるからです。消費者の期待はますます高まっており、自動車メーカーには優れたユーザ・エクスペリエンスを提供するための機能を追加することが求められています。また、ユーザ・エクスペリエンスについては、パーソナライズ機能や、直観的な操作を可能にする先進的なHMI(Human Machine Interface)といったコンセプトが主要な要素になりつつあります。自動車メーカーにとって、快適性を実現するために独自の機能を実装することは、自社のブランドの強化につながります。そうした機能の例としては、運転者の気分や精神状態に応じて温度を自動調整したり、周辺光を調整したりする機能が挙げられます。タッチフリーのHMIシステムが提供されれば、運転者はハンドルから手を放すことなく、各種の操作を行うことができます。音声を使って操作を行うシステムや、アイ・トラッキング技術を採用したより高精度なDMSによって、タッチ操作をベースとする従来のインターフェースとの差はより縮まっています。繰り返しになりますが、高度なユーザ・エクスペリエンスは、他社との差別化を図ったり、顧客のロイヤルティを高めたりするための重要な要素になっています。
アプリケーションの例
車室内向けのセンシング技術は、様々なアプリケーションで利用されます。図1にアプリケーションの例を示しました。
HODシステムなどを含む運転者の監視機能は、各種の規制に対応するために必須の要素です。この種の機能は、将来の自動車では標準装備になるはずです。
VSM機能は、運転者の健康状態、ストレスのレベル、健全性、適応性を監視するために使用されます。健康に対する意識の高い運転者だけでなく、高齢化が進む社会を見据えた新たな機能です。
生体認証は、座席やハンドルの位置、インフォテインメントに関する設定など、パーソナライズされたユーザ・エクスペリエンスを提供するために利用されます。それだけでなく、運転者の本人確認というセキュリティ機能にも活用されます。
安全性の向上を目的としたアプリケーションには、もう1つ重要なものがあります。それは搭乗者の検知です。搭乗者の人数と年齢を把握すれば、誰かが誤って車内に閉じ込められた際、直ちに運転者に通知することが可能です。取得したデータを緊急通報(eCall)システムと組み合わせれば、緊急対応要員は現場に到着する前に追加の情報を確認することができます。
先ほど触れた幼児の置き去りを検知する機能は、搭乗者を検知する技術の活用例です。この機能は、(一部の地域において)車両への搭載が義務づけられる予定です。
先進的なHMIとジェスチャ制御機能は、ユーザ・エクスペリエンスの向上に役立ちます(図2)。メインの制御エリアでボタンを探してそれを押すのではなく、ジェスチャによって操作を指示するのです。例えば、再生中の音楽を次の曲に変更するといった簡単な操作をジェスチャによって実現できます。
アプリケーションの実現方法
上述した各種のアプリケーションでは、異なる場所にセンサーを設置します(図3)。また、高めたいのは快適性なのか安全性なのかという目的にも違いがあります。したがって、単一のセンシング・ソリューションによってすべてのアプリケーションに対応するのは不可能です。そうではなく、複数の異なるセンシング・モダリティを組み合わせたセンサー・フュージョンが必要になります。それにより、例えば安全性の向上と快適性の向上の両方を実現するのです。様々な要件を満たして目標を達成するには、複数の技術の統合と連携が必要になります。
組み合わせるべき各種の技術
上述したように、各種のアプリケーションを実現するには、複数のセンシング技術を組み合わせる必要があります。以下では、どのようなセンシング技術が候補になるのか説明します。
ToF技術
ToF(Time of Flight)技術を利用したカメラを使えば、上述したいくつかのアプリケーションに対応できます。ToFカメラを利用することにより、画像のデータと奥行きのデータを取得することが可能になります。
ToFカメラをダッシュボードまたはルーフに設置すれば、DMSのアイ・トラッキングなどに利用することができます。高級車には、ToFカメラを使って実現された先進的なHMIやジェスチャ制御機能が既に採用されています。最適な配置位置はルーフ・コンソールです。ToFカメラは、幼児の存在だけでなく、その体の位置を検出するという目的にも適しています。なお、後部座席への見通し線を確保するには、図3において紫色で示したような位置にToFカメラを設置する必要があります。
画像検出技術は大きな進化を遂げています。ToF技術はその代表的な例です。ToFカメラは、フォーム・ファクタが小さく、ダイナミック・レンジが広く、直射日光の下で利用できるという特徴を備えています。そのため、深度(デプス)検出のための最適な手段だと言えます。ToF技術を使えば、高い分解能で距離を測定でき、中程度の分解能で輝度の画像(周辺光に左右されない2次元のアクティブ輝度画像)を取得できます。これもToFならではの特徴の1つです。アナログ・デバイセズのToFセンサーは、市場で最高レベルの分解能(1メガピクセル)を備えています。そのため、視野の広いカメラを実現できます。2Dのカメラを使用することでも、多くのビジョン・アプリケーションを実現できます。しかし、深度にも対応した3Dの情報があれば、更に高い堅牢性が得られます。このことは、快適性を目的としたアプリケーションにおいては、より良いユーザ・エクスペリエンスを提供することにつながります。また、安全性を目的としたアプリケーションでは、主要な差別化要因になり得ます。
様々なユース・ケースに対応するためには、複数のカメラを車内に設置する必要があります。それらのカメラは、深さの計測誤差を低減するために干渉をキャンセルする機能を備えていなければなりません。このような課題は、システム・レベルで解決する必要があります。アナログ・デバイセズは、ハードウェアとソフトウェアをスマートに組み合わせることで、このようなニーズに対応すべく取り組みを行っています。
生体認証に対しても、ToFは非常にセキュアなソリューションとなります。他の実装で既に実証されているように、あざむくのが非常に難しいシステムを構築できます。
ToFに関連するものとして、アナログ・デバイセズはToF対応のイメージング・デバイス「ADSD3100」、レーザ・ドライバ「ADSD3000」、DC/DCレギュレータ「ADP5071」などを製品化しています。
C2B技術
アナログ・デバイセズは、車載向けのカメラ・リンク技術としてC2B™(Car Camera Bus)を提供しています。これを利用することにより、2Dのイメージング・デバイスや3DのToFカメラなど、各種のカメラを接続することが可能になります。C2Bでは、車内外に設置されたカメラからの最大2メガピクセルのデータと共に制御用の情報を伝送できます。このような機能を実現できる低コストのソリューションです。
インピーダンスの検出
アナログ・デバイセズは、VSM向けに複数のソリューションを提供しています。ソフトウェア・パートナーと密に連携し、心拍変動やストレスなどに関する機能に対応する包括的なシステム・ソリューションを構築しています。例えば「AD5941W」は、HODとEDAの測定(インピーダンスの検出)に対応するICソリューションです。
インピーダンスの検出は、堅牢性と信頼性を備えたソリューションです。ハンドルに手が添えられているか否かということだけでなく、ハンドルが適切に握られているかどうかという重要な事柄も検知できます。また、ハンドル上の手の位置を検知することも可能です。更に、EDAの情報を活用すれば、運転者のストレスのレベルも検出できます。
アナログ・デバイセズは、複数の業界において、インピーダンスの検出技術に取り組んできました。そのような経験を通して、この技術に関する深い専門知識を蓄積しました。現在市場に投入されている自動車の中には、HODを実現するために高精度なインピーダンス・コンバータ「AD5933」を使用しているものがあります。なお、AD5941Wはそれ単体で、HODが対象とする複数の領域をサポートします。
心電図の記録
アナログ・デバイセズは、2つのコンポーネントだけで構成された完全なVSMソリューションを提供しています。これは、インピーダンス検出用のコンポーネントに、心電図の記録に使用する高精度アンプ「AD8232W」を組み合わせたものです。ECGとEDAのデータを取得することにより、運転者の健康状態を監視することができます。ECGは、生体認証アプリケーションにも利用可能です。
まとめ
自動車の業界では、運転者と搭乗者の安全性を高めるために、車室内向けのセンシング技術を活用した先進的なアプリケーションが開発されています。一方、消費者は、ユーザ・エクスペリエンスとパーソナライズによる快適性を高めてくれるイノベーションに大きな期待を寄せています。L2+/L3に対応する高精度かつ堅牢な運転支援ソリューションには、センサー・フュージョンが不可欠です。アナログ・デバイセズは、ハードウェアとソフトウェア・アルゴリズムの開発パートナーで構成されるエコシステムにおいて、ToF向けのアルゴリズム(ジェスチャ制御、アイ・トラッキングなど)やVSM機能(ECGの解析など)の開発に取り組んでいます。それにより、この市場で求められるセンシング機能を提供可能な確固たる体制を築いています。
詳細については、analog.com/jp/automotiveをご覧ください。