産業用アプリケーション向けに、DACを使用して高精度の10V出力を生成する

産業用アプリケーション向けに、DACを使用して高精度の10V出力を生成する

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Brendan-Cronin

Brendan Cronin

回路の構成

産業用/計測用のシステムでは、多くの場合、複数種の電源が使用されます。最も一般的なのは、アナログ回路に15V、デジタル・ロジック回路に3 Vまたは5Vを給電するという形態です。多くの場合、そうしたアプリケーションでは、大きな外部負荷を10Vの振幅で駆動する必要があります。本稿では、そのようなアプリケーションに対応するために、D/Aコンバータ(DAC)を使用して 10Vの出力を生成する方法を紹介します。特に、DAC製品を選定する際に直面する様々なトレードオフについては詳しく説明することにします。更に、DACをベースとする出力回路の適切な構成を提案します。

多くの場合、産業用アプリケーションにはPLC(Programmable Logic Controller)、プロセス制御、モータ制御などを担うシステムが必要になります。そうしたアナログ出力システムでは、振幅が0V~10Vまたは10V以上、ユニポーラまたはバイポーラの電圧を出力できることが求められます。このニーズに対応可能なソリューションとしては、必要な出力電圧を直接生成するためにバイポーラ出力のDAC(以下、バイポーラDAC)を使用するというものが挙げられます。あるいは、低電圧、単電源(LVSS:Low Voltage Single-supply)で動作するDAC(以下、LVSS DAC)を使用し、その出力電圧を所望のレベルまで増幅するという方法も考えられるでしょう。いずれにせよ、アプリケーションにとって最適な手法を選択するには、出力に関する要件と、各ソリューションの主な長所と短所(制約)について理解しなければなりません。

上記のとおり、バイポーラDACを使用すれば必要な出力振幅を直接生成することができます。ただ、この種のDACにもいくつかの長所と短所があります。主な長所としては、以下のようなことが挙げられます。

  • 簡便性が得られる:バイポーラ DAC を採用した場合、基板の設計はそれほど複雑にはなりません。加えて、0V ~ 10V または 10V以上という出力レベルを、ハードウェアまたはソフトウェアの構成によって直接得ることが可能です。更に、多くのバイポーラ DAC は障害検出用の機能を備えているので、システム設計が容易になります。
  • 部品点数を抑えられる:オペアンプ、スイッチ、抵抗などのディスクリート部品は基本的に不要です。そのため、製造可能性と信頼性が高まります。DAC製品によっては、電圧リファレンスも内蔵しています。
  • システム誤差/総合未調整誤差を測定できる:DAC製品では、直線性、ノイズ、オフセット、ドリフトの仕様が保証されています。そのため、DAC 内の様々な誤差の値を用いることで、トータルのシステム誤差または総合未調整誤差(TUE:Total Unadjusted Error)を簡単に算出することが可能です。なお、TUEの値はデータシートに記載されていることもあります。
  • 誤差を補正できる:バイポーラ DAC 製品の中には、システムのオフセットとゲイン誤差をオンザフライで調整することを可能にするキャリブレーション機能を搭載しているものもあります。

一方、バイポーラDACには以下のような短所があります。

  • 柔軟性の面で制約がある:高電圧に対応できる内蔵アンプが、個々のアプリケーションに対して最適ではない可能性があります。一般に、出力用のアンプは特定の負荷とノイズの要件に対して最適化されています。データシートに記載されている電圧範囲がシステムの実際の負荷条件に合致していることもあるでしょうが、セトリング時間や消費電力といった他のパラメータがシステムの仕様を満たしていないかもしれません。
  • コストと基板面積がかさむ:通常、バイポーラ DACはジオメトリが大きめのプロセスを採用して設計されます。そのため、チップやパッケージのサイズが大きくなり、コストや実装面積に影響が及びます。

上述したように、産業用アプリケーションに必要な高電圧の出力振幅/出力範囲は、LVSS DACを使用することでも実現できます。その場合、LVSS DACに外付けのシグナル・コンディショニング回路を適用することになります。ただ、この方法にも検討すべき重要なトレードオフが存在します。まず、このようなディスクリートのソリューションは以下のようなメリットをもたらします。

  • 集積度が高い:LVSS DAC は、高速なロジック・インターフェースなど、様々な機能を集積しています。そのため、マイクロコントローラの能力を他のタスクに振り分けることが可能です。
  • 出力アンプの選択肢が多い:多くの出力電流を供給したり、大きな容量性負荷を駆動したりする必要がある場合、バイポーラ DAC が内蔵するアンプでは対応できない可能性があります。ディスクリートのソリューションであれば、アプリケーションに最も適したスタンドアロンのオペアンプを選択できます。
  • オーバーレンジ機能を容易に実装できる:例えば、公称範囲が 10V の場合に 10.8V の出力に対応するといったオーバーレンジ機能を実装できます。経時劣化したバルブの開閉などが必要なアプリケーションにおいて、より高い柔軟性が得られます。
  • コストを抑えられる:一般に、LVSS DAC はバイポーラ DAC よりも安価です。全般的に部品コストを抑えられます。
  • 基板面積の縮小:LVSS DAC は、低電圧のサブミクロン/ディープ・サブミクロン・プロセスで設計/製造され、小さなパッケージで提供されます。

一方、LVSS DACをベースとするディスクリートのソリューションには、以下のような短所があります。

  • 設計時間が長くなる:基板設計の最適化とエンドポイントの調整回路の設計を行うために多くの時間が必要になります。
  • 追加の誤差源について考慮する必要がある:このことから、トータルの誤差や TUE の計算の難易度がより高くなります。
  • ディスクリート部品の数が増える:このことから、製造可能性と信頼性が低下します。
  • 低電圧の電源が必要になる:アプリケーションにおいて、5V または 3V の電源を用意しなければなりません。

上述したように、産業用のアプリケーション向けに10Vの電圧信号を高い精度で生成するためには、様々な事柄について検討しなければなりません。出力負荷の要件と、システムで許容できるトータルの誤差について十分に理解しておく必要があることは明白です。また、基板面積とコストは、最適なソリューションを選択するにあたって重要な要件になります。大きな容量性の負荷(1µF程度)を駆動しなければならないアプリケーションでは、ノイズの抑制とセトリング時間(20Vの範囲で10秒未満)の短縮も必要です。そのため、ディスクリートのソリューションがほぼ間違いなく最適な手法になります。バイポーラDACは、柔軟性の面ではディスクリートのソリューションに太刀打ちできません。しかし、簡素であることと、TUEの計算が容易であることから、産業用/計測用の広範なアプリケーションにおいて魅力的な選択肢になります。

以下では、10Vの出力を高い精度で得るための2つの方法について詳細に説明します。上述したとおり、1つの方法は両電源のバイポーラDACを使用するというものです。もう1つは、LVSS DACに外付けのシグナル・コンディショニング回路を適用する方法です。

両電源のバイポーラDACを使用する方法

バイポーラ DACを使用する場合、図 1に示すようなシステムを構築することになります。ご覧のように、高精度のバイポーラDACに加え、リファレンス、リファレンス用のバッファ、オフセット/ゲインの調整用回路、出力アンプを使用しています。従来、16ビットのアプリケーションに適した高精度の電圧リファレンスをIC化するのは容易ではないと考えられていました。しかし、プロセスの改善と最新の設計手法により、現在では優れたドリフト性能と熱性能を備えた電圧リファレンスを設計し、ICとして実現することが可能になっています。一般的なバイポーラDACは、サーマル・シャットダウン、短絡保護、パワーアップ/パワーダウンなどの条件下における出力制御といった障害対応機能を備えています。そのため、同DACを採用した場合のシステム設計は容易です。バイポーラDACは、デジタル・コードを基に、リファレンスを基準とする電圧出力を生成します。バイポーラDACの伝達関数は、オフセットと振幅(ゲイン)の調整用回路を使うことにより補正することが可能です。

図 1. バイポーラ DAC ( AD5 764 ) の機能ブロック図

図 1. バイポーラ DAC ( AD5764 )の機能ブロック図

AD5764の概要

ここでは、代表的なバイポーラDACとして「AD5764」を例にとります。この製品は、分解能が16ビット、電源電圧が12V~15V、シリアル入力、電圧出力のクワッド品です。フルスケールの出力範囲は10V(公称値)であり、出力アンプ、リファレンス用のバッファ、アナログ・デバイセズ独自のパワーアップ/パワーダウン用の制御回路を内蔵しています。また、アナログ方式の温度センサーに対応すると共に、チャンネルごとにオフセットとゲインを調整するためのデジタル・レジスタを搭載しています。AD5764の製造プロセスは、アナログ・デバイセズ独自のiCMOS®です。このプロセスでは、高電圧に対応する相補型のバイポーラ・トランジスタとサブミクロン・レベルのCMOSトランジスタを組み合わせることが可能になっています。

LVSS DACと外付けのシグナル・コンディショニング回路を使用する方法

図2をご覧ください。これは、産業用アプリケーション向けに、LVSS DACを使用して10Vの出力範囲を実現する方法を示したものです。ディスクリートのソリューションであり、LVSS DAC、リファレンス、オフセットの調整用回路、リファレンス用のバッファ、出力アンプの5つのブロックで構成されています。

図 2. ±10V のアナログ出力を生成するためのディスクリートのソリューション。LVSS DAC を使用して構成しています。

図 2. ±10V のアナログ出力を生成するためのディスクリートのソリューション。LVSS DAC を使用して構成しています。

LVSS DACは、リファレンスを基準としてデジタル・コードに対応する電圧出力を生成します。オフセットの調整用回路は、ユニポーラのDACの伝達関数においてオフセットを調整する役割を果たします。その結果としてバイポーラの出力が生成されます。この回路によって、0Vのエンドポイントのキャリブレーションを実現できます。リファレンス用のバッファは、オフセットの調整用回路とリファレンスを負荷から分離する役割を果たします(このバッファの出力は複数のDACで共有できます)。出力アンプは、オフセットの調整結果を反映した状態で出力振幅を所望のレベルまで高めるためのゲインを実現します。また、大きな容量性負荷を電源レールのレベルまで駆動する能力を提供します。

図3の回路は、16ビットのLVSS DAC「AD5062」から出力される高精度の信号を増幅し、10Vの振幅を実現します。DACからの0V~2.5Vの出力は、オペアンプU3の非反転入力端子に入力されます。この入力の非反転ゲインは(1 + R2/R1)で決まり、この例では8になります。同オペアンプの反転入力端子から上流をたどると、リファレンスと抵抗分圧回路U6によって生成される1.429Vにつながっていることがわかります。この入力の反転ゲインは(-R2/R1)で決まり、この例では-7になります。以上のことから、DACにゼロのコード(0000h)を入力した場合、この回路の出力は次のようになることがわかります。

数式 1
図 3. 10V のアナログ出力を高い精度で生成する回路

図 3. 10V のアナログ出力を高い精度で生成する回路

一方、 DAC にフルスケールのコード( FFFFh )を入力した場合、出力は次のようになります。

数式 2

任意の入力コードに対する出力電圧は次のように一般化することができます。

数式 3

ここで Dは、 16 ビットの DAC に入力するコードに対応する 10 進数の値です( 0~65535 )。また、VREF = 2.5V、 R1 = R、 R2 = 7R です。システムのゼロ・オフセット誤差の調整には、不揮発性メモリを備えるデジタル・ポテンショメータを使用するとよいでしょう。そうすれば電源をオフにしてもオフセットの値を保持できます。 U7、 U6、 R3 で構成される回路については、 0V において必要な調整範囲を提供できるように実装することが可能です。 +5V、 5 V、 +10V、 10.8V ( この場合、オーバーレンジ対応が必要になる可能性があります)など、アナログ出力モジュール( PLC など)に必要なその他の出力範囲も簡単に実現することが可能です。

この例では、次のような製品を使用して回路を構成しました。まず、 U1 としては 2.5V のリファレンスIC「 ADR421 」を使用しています。高精度、低ノイズの製品であり、3ppm/°Cのドリフト性能が得られます。パッケージは MSOP です。U2 として使用しているAD5062は、16 ビットの分解能、 5V/3V の電源電圧で動作します。シリアル入力に対応する nano DAC製品であり、積分非直線性( INL )は最大 1LSB です。パッケージとしては SOT-23 を採用しています。 U3、U5 としては高精度のオペアンプ「 OP1177 」を使用しています。これは 15V の電源電圧で動作する製品であり、パッケージは MSOP です。U4 と U6 は高精度の抵抗回路で、 ESD (静電気放電)に対する保護も提供します。 U7 としては、不揮発性メモリを備えるデジタル・ポテンショメータ「 AD5259 」を使用しています。この製品タップ数は 256 で、パッケージは MSOP です。

AD5062の概要

AD5062 は単調増加性を保証しており、微分非直線性( DNL )も INL も最大 1LSB です。ユニポーラ出力の最大オフセット誤差は 50 µV、最大ゲイン誤差は 0.02% です。高速シリアル・インターフェースは、最高 30MHzのクロック・レートをサポートします。パッケージは小型の SOT-23 です。

まとめ

産業用/計測用のアプリケーションでは、様々なプロセスに対応して正確な計測/制御を行う必要があります。そのために、高精度の DAC が必要になるケースが増えています。また、そうしたアプリケーションでは、柔軟性と信頼性を高めつつ、数多くの機能を提供する DAC が求められています。しかも、コストと基板面積を削減できるものでなければなりません。 IC のメーカーは、そうした課題の解決に向けて取り組みを進めています。それにより、現在/将来の設計における要件を満たすことが可能な数多くの製品を提供しています。

本稿で示したとおり、高精度のアプリケーションを実現するためのコンポーネントには様々な選択肢があります。また、それぞれの製品には長所と短所があります。より精度の高いシステムの実現に向けては、最適なコンポーネントを選択するための考察/検討を慎重に行う必要があります。

本稿で紹介した製品の詳細については、 www.analog.com/jp/DAC をご覧ください。