はじめに
エネルギー輸送については、100年以上にわたって技術的にはほとんど変化がなかったと言えるかもしれません。しかし、最近になって配電ネットワークの分野には劇的な変革が起きています。現在は、技術の進化によって世界中に新たな変化が訪れている状況にあります。そうしたなか、エネルギーの分野は、風力や太陽光といった再生可能エネルギーを利用する形で進化しています。ただ、それに伴って新たな課題が生じています。例えば、エネルギーを双方向に流さなければならなかったり、再生可能エネルギーを利用した発電に中断が生じたりといったことが挙げられます。また、配電の分野でも、送電線上のノイズの放射などが配電ネットワークの安定性に関する潜在的な問題につながるといった課題が生じています。送配電を担う事業者は、最終消費者に対して質の高いサービスを継続的かつ確実に提供することを目指しています。そのために、より高度な電力量計としてスマート・メータを導入し、配電ネットワークの診断をリアルタイムに行って障害を即座に検知できるようにしています。この技術は、電力会社と最終消費者に多くのメリットをもたらしています。本稿では、スマート・メータの基本と先進的なフィールド診断の手法について解説します。
スマート・メータの概要
電力量の測定に使用するスマート・メータは、配電ネットワークの基本的な要素です。同メータを利用すれば、電力の消費量を監視するだけでなく、供給電力の質に関するデータを収集することができます。例えば、無効電力量、全高調波歪み、高調波成分、電圧サージやトランジェントの発生、周波数の変化といった事象に関するデータです。これらは、配電ネットワークの状態を表す指標として利用できます。では、スマート・メータはどのように実現されているのでしょうか。
図1に、スマート・メータ(単相/三相)のブロック図を示しました。
このような構成によって、電圧と電流の測定値を基に電力品質を表す基本的な値が導出されます。電圧/電流の測定値は、電力量計向けに設計されたアナログ・フロント・エンド(AFE)によって処理されます。その結果はマイクロコントローラに引き渡されます。マイクロコントローラは、それらのデータをディスプレイに表示するための処理を行います。あるいは、リモートのシステムに送信するために通信用のノードにデータを引き渡す場合もあります。パワー・マネージメント・ユニットも、スマート・メータの構成要素の1つです。
電圧/電流の測定に使用するセンサー
スマート・メータでは、電流の測定が非常に重要な意味を持ちます。電圧の測定については、公称値からのずれは狭い範囲にとどまる可能性が高いと言えます。それに対し、電流のダイナミック・レンジは数mAから数百Aと非常に広くなります。その全範囲にわたって最大限の精度で測定が行えるようにしなければなりません。また、電圧の測定は、まれにトランスが使用されることもありますが、基本的にはシンプルな抵抗分圧器を使えば実施できます。一方、電流の測定には様々なセンサーが使用される可能性があります。一般的に使われるのは、シャント抵抗、変流器(CT:Current Transformer)、ロゴスキー・コイル、ホール・センサー(ホール効果センサー)の4つです。それぞれのセンサーには異なる長所と短所があります。例えば、米国の場合、スマート・メータではシャント抵抗がよく使用されています。そのメリットはコストの面にあり、現実的な選択だと言えます。その一方で、シャント抵抗はジュール熱による自己加熱という大きな欠点を抱えています。このことが理由で、値の大きな電流に対しては使用することができません。
CTの場合、最大電流についてシャント抵抗のような制約はありません。CTは、本質的に絶縁型のデバイスだからです。このことが、CTの大きなメリットになります。CTの形は環状(トロイド)であり、導体から成る1次巻線には測定の対象となる電流が流れます。2次巻線では、コアとして強磁性材料が使用されます。2次巻線の巻数によってトランスの巻数比が決まります。CTの欠点は、シャント抵抗よりもコストが高く、占有面積が大きくなることです。また、CTでは、強磁性体から成るコアが大きな制約要因になります。コアが飽和すると、スマート・メータの動作に深刻な影響が及ぶからです。飽和を引き起こす要因としては、AC電圧に含まれるDCオフセットや、大きなピーク電流、永久磁石などによって生成される外部磁場などが挙げられます。このような制約が存在することから、CTを使用するシステムにはシールドが必要になります。また、悪意を持つ消費者による改ざんを防ぐための保護機構なども必要になります。
ホール・センサーは、強度の高い電流の測定に使用できます。また、周波数応答に優れるという特徴も備えています。しかし、高温の環境下では、ドリフトによってそうした長所が制限されてしまいます。そのため、必要な精度を得るには、複数のポイントにおけるシステム・キャリブレーションが必要になります。
ロゴスキー・コイルは、測定対象の電流が流れる導体と磁気結合されるインダクタです。CTやホール・センサーと同様に、本質的に絶縁されているという長所を備えています。磁気結合は空芯を介して生じるので、強磁性体が抱える飽和の問題は発生しません。ただ、他のセンサーとは異なり、生成される信号が電流の導関数に比例するので、元の信号を復元するには積分器が必要になります。
広いダイナミック・レンジと高い直線性を実現し、非常に値の大きい電流を測定するには、安定した積分器を使用しなければなりません。また、ロゴスキー・コイルには、外部磁場の影響を特に受けやすいという性質があります。このことから、外部磁場を使った改ざんを防ぐための仕組みが必要になります。
次世代のスマート・メータに最適なmSure技術
スマート・メータには、長期間にわたって正常に動作することが求められます。その連続稼働期間は10年以上に及ぶ可能性があります。安定性の高いICを採用して優れた設計を行うことで、そのような期間にわたって高いレベルの精度を維持することが可能になります。ただ、センサーの性能は、雷、電流スパイク、電圧トランジェントなどの環境的な事象の影響で永続的に変化してしまう可能性があります。そのような変化は、高度な診断システムを使用しなければ検出することができません。この課題の解決に向けて、アナログ・デバイセズはスマート・メータ用の新たな診断技術であるmSure®を開発しました。この技術を活用すれば、測定システムの状態をリアルタイムに確認し、環境要因の影響がセンサーに及ばないよう保護する機能を提供することができます。また、改ざんを検出するための診断機能を実現することも可能です。
図2は、mSureの動作原理を説明するためのものです。まず、図2(上)に示した標準的な電力量計について説明しておきます。このタイプの電力量計は、帰還パスのないオープンループ・システムとして動作します。センサーによって取得された電流/電圧の信号にはゲインが与えられ、デジタル・データへの変換が行われます。つまり、このシステムからはデジタル領域のデータが抽出されます。トータルの誤差には各コンポーネントが寄与します。最後にキャリブレーションによって初期誤差を補正することで、電力量計の精度が仕様の範囲内にあることが保証されます。
標準的な電力量計をフィールドに設置した後、その精度を確認するにはどうすればよいでしょうか。実は、電力量計を取り外して実験室で評価する以外に現実的な方法はありません。より非侵襲的な代替策は生産バッチの性能を検証することですが、それにはコストがかかります。一方、図2(下)は、mSureを適用したスマート・メータのブロック図です。こちらは、より複雑なクローズドループ・システムとして実現されています。それにより、フィールドにおいてリアルタイムに精度を検証することができます。このクローズドループ・システムは、センサーにリファレンスを供給するためのリファレンス・ブロックを備えています。同ブロックは、非常に高精度で安定したリファレンス信号を生成します。この信号は測定用のシグナル・チェーン全体を通過した後、検出ブロックで再取得されます。このような構成により、シグナル・チェーン全体をリアルタイムで監視し、ゲインやドリフトのような誤差を検出することが可能になります。それらの誤差は、連続的なキャリブレーションによって調整されます。また、mSureがもたらす非常に大きなメリットの1つは、不正行為を検出できることです。改ざんが行われる場合、ほとんどのケースでは測定用のシグナル・チェーンのゲインを改変するということが行われます。オープンループ・システムとは異なり、mSureでは、そうした改変を即座に検出することが可能です。
mSureは非侵襲性の技術であり、スマート・メータが通常の動作を行っているときに機能させられます。また、電力の測定結果として正確な値を得るために、測定値に対するmSureの寄与分を検出し、その値を差し引くブロックが設けられています。このような仕組みであることから、スマート・メータの精度はリファレンス・ブロックの精度に依存することになります。そのため、リファレンス・ブロックは、システムで使用されるセンサーよりも高い精度を達成するように設計されています。
mSureにおいて、自動キャリブレーション機能はいつでも作動させられます。キャリブレーション・データは、測定用シグナル・チェーンのゲインに基づいて生成されます。キャリブレーション用の高価な評価システムを使用することなく、このデータを高い精度で抽出することが可能です。スマート・メータを電源に接続すると、セルフキャリブレーションが始まります。負荷はあってもなくても構いません。
mSureを適用したスマート・メータの場合、フィールドに設置した後も、連続的に、あるいは設定した時間間隔で、その精度を確認することができます。精度にドリフトが生じた場合には、電力量の測定結果として正確な値が得られるようにキャリブレーション・データを修正することが可能です。現時点では、政府の規制により、標準的な電力量計のキャリブレーション・データをフィールドで変更することは許されていません。しかし、mSureを採用すれば、電力会社は必要に応じて即座にこの仕組みを導入することができます。より広範にわたってキャリブレーションの仕組みを導入すれば、電力量の差を正確に見積もれるようになるでしょう。
「ADE9153B」、「ADE9322B」は、mSure®を適用した電力量計ICです。次世代のスマート・メータに最適な製品であり、センサーの監視機能とセルフキャリブレーション機能を提供します。
「Energy Analytics Studio」によるクラウド・ベースの分析
mSureに関連するものとして、「Energy Analytics Studio(EAS)」も提供しています。EASは、mSureをサポートするクラウド・ベースの分析サービスです。各メータの状態を確認し(ヘルス・モニタリング)、最終的には電力会社の収益を保護することに貢献します。スマート・メータが備えるマイクロコントローラでは、mSure Managerというソフトウェアが実行されます。それにより、スマート・メータのパラメータに関連するデータの報告が行われます。報告の頻度はオペレータが指定することが可能です。mSure Managerを使用すれば、単一のメータはもちろん、特定の地域(何らかの異常気象の影響を受けた地域など)に配備されたすべてのメータ、特定の生産バッチに属するすべてのメータといった条件でそれぞれの状態を確認することができます。
まとめ
mSureは、フィールドにおけるスマート・メータのリアルタイム診断を可能にする革新的な技術です。また、EASと組み合わせることにより、メータの状態を遠隔で監視することもできます。障害が発生した場合の介入の必要性を低減したり、不正行為を防止したりすることも可能です。その結果、メータの平均耐用年数を延伸しつつ、最適なメータ管理によって損失を抑え、電力会社に経済的なメリットをもたらすことが可能になります。