AN-2609: 双方向電流の発生方法

はじめに

電流ソース/シンクD/A コンバータ(IDAC)は、電子システムにおいて基盤となる部品であり、離散的なデジタル信号を連続的なアナログ信号に変換します。様々なIDAC 構成がありますが、大半は原則的に単方向で動作します。つまり、電流がDACから出力されます。しかし、アプリケーションによっては、正方向と負方向の両方で電流を処理する必要があり、そのため双方向電流コンバータの設計が求められる場合があります。このアプリケーション・ノートでは、低Ronのアナログ・スイッチを用いて双方向電流を発生する方法、単方向IDAC と双方向IDACの違い、更には、双方向電流が必須であるアプリケーションについて説明します。

ソースIDAC は、IDAC の構成に応じて、IDAC の出力端子からグラウンドなどのリファレンス電位へ、あるいは、それとは反対方向の、いずれか一方向に流れる出力電流を発生します。この設計は、オーディオ・システム、モータ・コントロール、センサー・ネットワークなどの単方向信号のみに依存するアプリケーションで効果的です。しかし、フォトニクス、双方向DCモータ・コントロール、マイクロマシン(MEMS)ミラーといった高度なシステムでは、双方向で電流を処理して最高の機能を実現するために駆動能力を強化する必要があります。このような場合、アナログ・スイッチを組み合わせた双方向電流IDACが重要な部品となります。こうしたデバイスは、双方向の電流を処理できるため、アプリケーションの必要に応じた電流ソーシングが可能であり、複雑な電流条件を持つアプリケーションに対し柔軟に対応できます。

システムの概要

図1. システムの接続図
図1. システムの接続図

動作原理

単方向信号および双方向信号


IDAC は、2 進数で表現されるデジタル信号をアナログの電流信号に変換するデバイスです。電流の方向性は、単方向か双方向かに関わらず、IDAC出力段のアーキテクチャによって決まります。これとは独立に、デジタル・コードと電流レベルの対応付けは、符号のないバイナリ・フォーマットまたは2 の補数などの符号付きフォーマットを使用できます。信号の2 つの分類について、以下に説明します。

  • 単方向信号。単方向信号は、方向を逆転することなく、単一の極性で流れる電流のことを指します。これは、デジタル入力値がゼロの場合、出力電流はゼロであることを意味します。デジタル入力値が増加すると、出力電流はこれに比例して増加しますが、図2 に示すように、常にリファレンス軸(グラウンド)の正側にのみ存在します。
  • 双方向信号。この場合、出力電流は、正極性と負極性の間を交互に切り替わります。デジタル入力の値がゼロの場合、出力電流はゼロではなく、負方向に最大限の値になります。デジタル入力の値の増減に伴う出力電流の範囲は、図3 に示すように、正の値からリファレンス・レベル(グラウンド)を横切り負の値までの間となります。

要するに、電流DAC が発生する単方向信号と双方向信号の違いは、出力に負の電流があるかないかです。単方向信号の電流は正方向のみであるのに対し、双方向信号の電流は正と負の間で変化します。

図2. 単方向電流(ソース)
図2. 単方向電流(ソース)
図3. 双方向電流(ソース)
図3. 双方向電流(ソース)

アナログ・デバイセズのIDAC 製品群の大半は、単方向出力電流のみを発生できます。以下のセクションでは、アナログ・デバイセズのIDAC を用いて双方向電流信号を発生するための回路実装について説明すると共に、使用可能な製品の最新ポートフォリオを示します。

回路コンセプト


システムの動作原理を図4 および図5 に示します。コントローラ、IDAC、クワッド単極単投(SPST)スイッチが、動作を実行するための主要デバイスです。

クワッドSPST スイッチは、4 個の独立したSPST スイッチを1つのパッケージに統合化したものであり、複数の電流経路を正確に制御できます。これは、双方向電流の流れを管理するシステムにとって重要なものです。コントローラは、これらのスイッチの切り替えを制御し電流方向を決定します。これに対し、IDAC は、出力波形を発生し安定化します。IDAC からの出力電流は、コントローラのデジタル入力によって直接アクティブ化されるNチャンネル拡散金属酸化膜半導体(NDMOS)を流れるため、外付けドライバは不要です。

この同期された動作によって、システムは、正の値と負の値の間の電流遷移を実効的に制御できるため、モータ・コントロール、信号発生、その他双方向電流管理を必要とするシステムといったアプリケーションにおいて、信頼できる性能を実現します。

図4 では、スイッチの出力においてM1 がM2 に対し正となるリファレンスが取られており、S3 スイッチおよびS2 スイッチを有効化すると負荷に正の電流が流れます。これに対し、図5 では、同じリファレンス方向のM1 とM2 が取られており、S1 スイッチおよびS4 スイッチを有効化すると負荷に流れ込む電流が反対方向になって、負荷に負の電流を発生させます。

図4. 正の電流の流れ
図4. 正の電流の流れ
図5. 負の電流の流れ
図5. 負の電流の流れ

適切な動作を確保しIDAC の消費電流を最小限に抑えるには、負荷の電圧が最大になったときに電流源がコンプライアンス範囲に収まるよう、電源を調整する必要があります。抵抗が高すぎると、出力での電圧が電流源のコンプライアンス範囲を超えてしまう可能性があります。これを防ぐために、電源電圧(VDD)は、最大電流時の負荷での電圧降下および必要なヘッドルームに対応できるだけの値であることが必要です。この条件は次式で表されます。

数式 1

抵抗の最大値は、式1 をRLOAD について解くことで計算され、式2 のようになります。この計算では、電流源をコンプライアンス範囲に保つのに必要な最小ヘッドルームで定義される最大ドロップアウト電圧を知ることが重要です。ヘッドルームとは、PVDD とIDAC 出力電圧VOUT の差を指します。

数式 2

ここで、
RLOADは、IDAC が駆動できる最大負荷。
VDDは、出力電源電圧。
VDropOut は、電流源をコンプライアンス範囲に保つのに必要な最小ヘッドルーム。
IOUT は、選択されたDAC チャンネルにおいて負荷を通じて供給される出力電流。

例えば、LTC2672 を300mA の範囲で使用し、目標値がIOUT =200mA、VDD = 5V、VDropOut = 0.72V である場合、IOUT ピンの最大負荷抵抗は、RLOAD ≤ 21.4Ω であることが必要です。コンプライアンス条件、ヘッドルーム条件、実際の実施例の詳細については、アプリケーション・ノートAN-2010 を参照してください。

IDAC およびアナログ・スイッチのための電力分担のオプションと範囲


電源を再利用する利点の1 つは、サイズを小さくできる可能性があることです。それは、システムにノイズが混入する原因となり得る、低ドロップアウト電圧レギュレータ(LDO)またはDC/DC コンバータの追加の必要性を回避できるためです。図6および図7 に、アナログ・デバイセズのIDACおよびアナログ・スイッチの製品群から現在入手可能な部品を使用した配線図を示します。LTC2662、LTC2672、AD5770R などのIDAC 製品、および、ADG2412ADG6412 のようなスイッチは、柔軟な電源オプションを備えているため、優れた候補デバイスです。

図6. ユニポーラ電源
図6. ユニポーラ電源
図7. バイポーラ電源
図7. バイポーラ電源

複数の電源の組み合わせが実現でき、これによって、+33V~−15Vの範囲のバイポーラ電源が可能になります。表1 に、既存製品の様々な動作電源電圧を示します。

なお、IDAC の消費電力は、V−電源を用いることによって低減できることに注意してください。主な条件は、VCC が出力電源の安全動作範囲内にあることです。RLOAD = 10Ω の負荷およびIIDAC = 100mA の一定出力電流に対する消費電力の計算を行うことによって、異なる電源構成を用いた場合に著しい低減が得られることが分かります。例えば、AVEE = −2V でPVDD = 1.45Vの場合、チャンネルあたりのオンチップ消費電力は約45mW になりますが、同じ負荷でAVEE = 0V およびPVDD = 2.5V の場合は150mWです。

この改善は、以下に示す消費電力の式で説明できます。

数式 3

スイッチを流れることが可能な最大電流は、電源、チャンネル数、スイッチ温度に依存します。表2 に、電流量を温度の関数として示します。25ºC では、IDAC とスイッチを組み合わせることで、フルスケールが300mA の最大電流が可能です。温度が上昇するとこれは減少し、125ºC では最大で117mA になります。

表1. 動作電源電圧
Parameter IDACs Analog Switches
AD5770R LTC2662 LTC2672 ADG2412 ADG6412
VCC 2.85V to 5.5V N/A1
VDD 2.9V to VCC 2.85V to 33V 2.1V to VCC 4.5V to 16.5V 5V to 40V
VSS 0V to −3V 0V to −15.75V −5.5V to 0V −16.5V to 0V 0V to −22V

1 N/A は該当なしを意味します。

表2. 連続電流と出力電流
Parameter IDACs Analog Switches
AD5770R LTC2662 LTC2672 ADG2412 ADG6412
Temperature N/A1 25°C 85°C 125°C 25°C 85°C 125°C
Continuous Current (mA) 646 289 120 548 265 117
Output Current Per channel configurable up to 300mA N/A1 N/A1

1 N/A は該当なしを意味します。

様々なタイプの双方向波形の発生方法


IDACとアナログ・スイッチを組み合わせることで、様々な双方向波形を発生できます。双方向波形を発生するには、必要な波形の半周期がスイッチの起動と同期する必要があります。これにより、ユーザは、正弦波、方形波、鋸歯状波を発生できます。

IDACは、目的の波形の絶対値を単方向出力として生成します。波形がゼロと交差するとアナログ・スイッチが切り替わるため、電流方向が逆転して、負荷において完全な双方向波形を生成できます。

図8 にこの過程を示します。最初のグラフは、IDAC の出力で生成される波形です。これは正弦波の絶対値で、範囲が0mA~300mA、周波数が1kHz です。2 番目のグラフは、正弦半波の半分が1kHz の周期に達したときにスイッチを有効化する動作を表すものです。最後のグラフは、負荷で生成される双方向波形を示しています。負荷で正弦波を発生させるために周波数が半分の信号を用いているので、この波形はIDAC 出力信号の周期の2倍となっている点に注意が必要です。この関係は次式で表せます。

数式 4
図8. 双方向正弦波信号
図8. 双方向正弦波信号

同じ原理が方形波の発生にも当てはまります。この場合、IDACはDC 電流信号を発生しているため、方形波の周波数はアナログ・スイッチの切り替えに依存します。図9 に示すように、IDAC は、300mA の一定のフルスケール電流を発生します。スイッチング信号の周波数は2kHz であり、これによって、周波数がこの半分の値、つまり1kHz の方形波が負荷に生じます。

図9. 双方向方形波信号
図9. 双方向方形波信号

任意の波形を発生するには、その過程に影響を及ぼす、タイミングに関するいくつかの側面を考慮することが重要です。その1 つは、デッド・タイムという概念です。これは、2 つの汎用入出力(GPIO)ポートの状態をハイ状態からロー状態へ、あるいはその逆へ変更する間の時間間隔です。このデッド・タイムが必要なのは、電流が極性を反転する前にゼロに近付くことができるようにし、それによって、スイッチング時に短絡や電子部品への損傷が生じる可能性を防ぐためです。

波形発生過程に影響を与えるタイミング・パラメータは多様です。これらのパラメータを図10 に示すと共に、以下に説明します。

  • tdead。スイッチに依存したパラメータです。両方のGPIO が反対の状態に遷移する間の時間間隔です。つまり、一方がハイからローに遷移してから他方がローからハイに遷移するまでの時間間隔です。この時間間隔の間、どちらのポートも新しい状態で完全にアクティブになることはないため、両方のポートが同時にアクティブになるのを防止できます。
  • tsync。IDAC のセトリング・タイムに関連したパラメータであり、システムの同期に影響を与えます。
  • tupdate。スイッチが切り替わった後の最終的なIDAC 出力が切り替わるまでに要する時間とIDAC のセトリング・タイムを加えた時間です。
図10. タイミング図
図10. タイミング図

自己加熱


熱に関するパラメータを考慮することは不可欠です。システム全体の性能とデバイスの電流伝搬能力に直接影響するためです。過剰な発熱は、部品の効率と寿命の両方を損なう可能性があります。

システムが消費する電力は、IDACが供給する出力電流を含むいくつかの要因と密接に関連しています。この電流は、スイッチ内部のトランジスタを流れるため、極めて重要です。更に、アクティブなトランジスタの数(このアプリケーションでは2 個)も大きく影響します。電流がこれらのトランジスタを流れる際、内部抵抗と直面し、熱を発生します。温度は、デバイスが消費する電力の直接的なインジケータになります。

こうした要因を考慮すると、デバイスの電力は式5 を用いて計算できます。

数式 5

► ここで、
► Nchannelsは、スイッチにおけるアクティブなチャンネルの数。
► IIDACは、IDAC の合計出力電流。
► Ron は、端子D と端子S のオーミック抵抗。

−40ºC~+85ºC の温度範囲で発生し得る最大の熱は、式5 を用いて計算できます。ここで、IIDAC = 300mA、Ron = 0.85Ω(−40ºC~+85ºC)、Nchannels = 2(S1 およびS4 がオン、またはS2 およびS3がオン)です。.

数式 6

アナログ・スイッチの熱抵抗をθJA とすると、合計の発熱は式7を用いて定まります。

数式 7

以下の計算は、25ºC でのオン抵抗Ron を0.5Ω として、室温で行います。このRonの値には温度依存性があります。そのため、室温から外れると全体的な熱性能に影響する可能性があります。

数式 8
数式 9

チャージ・インジェクションおよびクロスオーバ歪み


チャージ・インジェクションは、アナログ・スイッチがオンまたはオフになるときに、少量の電流がアナログ・スイッチの制御端子から信号端子にリークするまたは注入される現象を指します。この現象は、高感度の回路において信号の精度と完全性に影響する可能性があります。チャージ・インジェクションの発生は、主として、アナログ・スイッチに存在する寄生容量が原因です。スイッチがオンまたはオフになる際、この容量が充電または放電され、少量の電流が信号回路を流れます。この電流が信号レベルを変え、測定精度または回路動作に影響するおそれがあります。

クロスオーバ歪みが生じるのは、スイッチが2 つの状態(オープンおよびクローズなど)の間で切り替わり、2 つの信号チャンネルの間、または1 つの信号チャンネルとリファレンス(コモン)端子の間で、短時間の部分的な接続が生じる場合です。この部分的な接続は、出力信号に時間ベースの歪みや振幅の歪みが生じる原因となります。クロスオーバ歪みは、アナログ・スイッチの設計および実際の構造に内在する不完全さに起因するものです。スイッチは、オン時には2 点間が完全に接続され、オフ時には無接続になるよう設計されていますが、必ず、接続が部分的に確立される非常に短い時間があります。この間に、わずかな電流がチャンネルの間、または信号端子とコモン端子の間を流れ、信号の歪みを引き起こす可能性があります。

方向性電流の切り替わりの間には、負荷はフローティング状態です。負荷には、スイッチングによる歪みとチャージ・インジェクションの影響があります。このファクタは、グリッチのある曲線の下の積分値として計算できます(式10)。図18 および図19 は、GPIO の切り替え時に発生するグリッチの例を示すものです。

数式 10

実験室での結果

以下のセクションでは、SDP-K1 コントローラ、ADG2412 アナログ・スイッチ、LTC2662 IDAC を用いて得られた結果を示します。結果は、正確なデータ表示を確保するため、オシロスコープで取得しました。SDP-K1 コントローラは、SPI コマンドを送信してIDAC を設定し、半周期波形を発生させます。この他、GPIO を同期させて、ADG2412 内のH ブリッジ構成の内部トランジスタを起動し、負荷の方向のスイッチングを可能にします。

抵抗性負荷試験の結果のセクションおよび誘導性負荷試験の結果のセクションに示す波形を発生させるため、様々なタイプの双方向波形の発生方法のセクションで説明した動作原理に従いました。図11 に、方向転換の間のGPIO1 およびGPIO2 の信号を示します。この間に200ns のデッド・タイムで0mA の交差が生じています。これに対し、図12 および図13 に、IDAC 出力での波形を直接示します。

図11. GPIO 間のデッド・タイム
図11. GPIO 間のデッド・タイム
図12. 単方向IDAC によって生成された正弦波の絶対値
図12. 単方向IDAC によって生成された正弦波の絶対値
図13. 単方向IDAC によって生成された三角波の絶対値
図13. 単方向IDAC によって生成された三角波の絶対値

抵抗性負荷試験の結果


図14 および図15 に、負荷に発生する双方向の正弦波形および三角波形を示します。この試験は、1.5Ω の負荷、200mA の電流スパン範囲、200ns のデッド・タイムの条件で行われています。最小デッド・タイムは、スイッチの電源によって異なる点に注意してください。この試験では、5V 電源に対しデッド・タイムは200ns です。どちらの図も、異なる波形が負荷において双方向電流を駆動し、その電流値は正負両方向に最大±200mA であることを示しています。

図14. 抵抗性負荷での双方向正弦波出力電流
図14. 抵抗性負荷での双方向正弦波出力電流
図15. 抵抗性負荷での双方向三角波出力電流
図15. 抵抗性負荷での双方向三角波出力電流

誘導性負荷試験の結果


図16 および図17 に、220μH の誘導性負荷に発生する双方向の正弦波形および三角波形を示します。この試験は、50mA の電流スパン範囲と200ns のデッド・タイムの条件で行われています。図は、誘導性負荷によって双方向電流が可能であり、その電流値は正負両方向に最大±50mA で振動していることを示しています。

図16. 誘導性負荷での双方向正弦波出力電流
図16. 誘導性負荷での双方向正弦波出力電流
図17. 誘導性負荷での双方向三角波出力電流
図17. 誘導性負荷での双方向三角波出力電流

チャージ・インジェクションおよびクロスオーバ歪みの結果


図18 は、電流方向が変わる領域(0mA付近)の拡大図です。この試験では、デッド・タイムを200ns に設定し、IDAC とアナログ・スイッチのどちらも5.5V で給電されています。出力電流には短時間のピークが3 つ検出されており、それぞれの継続時間はわずか数ナノ秒です。最初のピークは、S1 スイッチとS4 スイッチの切断によるものです。次の負のピークは、スイッチング遷移の間に負荷がフローティング状態のままになっていることによる寄生効果です。このときに唯一使用できるのは、プローブのインピーダンスを通じた経路のみです。最後の3 番目のピークは、S3 スイッチとS2 スイッチが完全にオンになると発生します。チャージ・インジェクションは、式10 を用いて計算でき、結果は0.6nC という値になります。

図18. 200ns のデッド・タイムでの極性変化の間に生成されるグリッチ(コード0 付近)
図18. 200ns のデッド・タイムでの極性変化の間に生成されるグリッチ(コード0 付近)

図19 に、同じ電源条件(IDAC およびアナログ・スイッチのどちらにも5.5V)でデッド・タイムを800ns に増加した場合のチャージ・インジェクションを示します。デッド・タイムをこの値に延長した場合、チャージ・インジェクションの計算値は4.79nC です。

図19. 800ns のデッド・タイムでの極性変化の間に生成されるグリッチ(コード0 付近)
図19. 800ns のデッド・タイムでの極性変化の間に生成されるグリッチ(コード0 付近)

これらの結果を分析すると、チャージ・インジェクション(QNJ)は、デッド・タイムと電源電圧の両方に影響されることが分かります。電源電圧を下げ、デッド・タイムを短くすると、チャージ・インジェクションは低減します。

クロスオーバ歪みを視覚化するために、1.5Ω と33Ω の異なる負荷に対しスパン範囲100mA 以内の方形波を発生させました。どちらもデッド・タイムは200ns のままです。クロスオーバ歪みを観測するために、0mAの交差ポイントの拡大図を図20 および図21 に示します。電流方向を変えるためのマルチプレックス・スイッチングの間に、負荷がフローティング状態となり、負荷に対するマルチプレックス・スイッチングによる、歪みおよびチャージ・インジェクションの影響があることが分かります。これらの結果より、抵抗が高いほどノード間の放電時間が長くなり、抵抗が低いほど遷移が滑らかになると結論できます。

図20. クロスオーバ歪み、RLOAD = 1.5Ω
図20. クロスオーバ歪み、RLOAD = 1.5Ω
図21. クロスオーバ歪み、RLOAD = 33Ω
図21. クロスオーバ歪み、RLOAD = 33Ω

まとめ

このアプリケーション・ノートでは、SDP-K1 コントローラ、ADG2412 アナログ・スイッチ、LTC2662 IDAC を活用し、電流およびタイミングが正確に制御された双方向波形を発生するシステムの能力を検証しました。実験室での結果は、抵抗性負荷と誘導性負荷の双方に対し、システムが高い信頼性で動作し、様々な電流範囲およびデッド・タイムにわたり正確な波形を安定した性能で発生できることを示しています。

負荷インジェクション分析は、電源電圧、デッド・タイム、関連する負荷の間の関係を浮き彫りにし、歪みを最小限に抑えるためにこれらのパラメータを最適化する重要性を明確に示しています。更に、クロスオーバ歪みおよびスイッチングの動的特性を分析し、その結果は、H ブリッジとデッド・タイムを注意深く設定することで遷移時の好ましくない影響を軽減できることを示しています。

全体のまとめとして、この技術資料で示した洞察は、双方向負荷における高精度の電流制御を必要とするシステムの設計に対し、確固たる基盤を提供するものと言えます。この知見は、モータ・コントロール、パワー・エレクトロニクス、信号発生など、フィールドにおける同様のアプリケーションの設計および最適化のガイドになり得ます。

著者

Juan Garcia

Juan Garcia

Juan Garcia is an applications engineer with 4 years of experience in the industry. He received his degree in Telecommunications Engineering from the University of Cantabria in Santander and completed his Master's degree in Valencia. Currently, Juan works in the Precision Converter Group focusing on digital-to-analog converters. He is based in the Analog Devices office in Valencia, Spain.