資料ライブラリ
AN-1161: EMC 準拠のRS-485 通信回路
はじめに
実際の工業用/計測用(I&I)アプリケーションでは、RS-485 通信リンクを厳しい電磁環境下で使用しなければなりません。落雷、静電放電などの電磁現象によって大きな過渡電圧が生じると、通信ポートに損傷をもたらす可能性があります。これらのデータ通信ポートは、最終的な設置環境下で適正に機能するよう特定の電磁適合性(EMC)の規制を満たす必要があります。
これらの条件には静電放電、電気的高速過渡現象、サージという3 つの過渡耐圧規格が含まれます。EMC に対応する検討を製品設計工程の最終時点まで持ち越すと、予算オーバーやスケジュールの超過など、なんらかの不利益が生じます。EMC 問題の多くは単純でも明瞭でもないので、製品設計の最初の時点でよく検討する必要があります。
このアプリケーション・ノートでは、これらの過渡現象を個別に説明し、設計ソリューションを提供するとともに、RS-485 通信ポートに対して、3 種類のコストと保護レベルに対応した3 つのEMC 準拠ソリューションを示します。これらの各ソリューションを図1 に示します。
アナログ・デバイセズとボーンズ社はパートナー関係を構築しており、システムを考慮したソリューション製品の展開を目指しています。このために、両社は業界初となるEMC 規格に準拠したRS-485 インターフェースの設計ツールを共同で開発しています。
このツールは、IEC 61000-4-2 ESD、IEC 61000-4-4 EFT、およびIEC 61000-4-5 サージに対して、最高4 までの保護レベルを提供します。このため、設計者は必要な保護レベルや限られた予算に応じてこれらの設計ツールから選択することができます。この設計ツールを使用すれば、設計サイクルの最初の段階でEMC問題を考慮できるので、その問題に起因するプロジェクトの遅延やコストアップのリスクを軽減することが可能となります。
RS-485規格
工業用/計測用(I&I)アプリケーションは、複数のシステム間で、しかも多くの場合は長距離間でデータを送受信する必要があります。RS-485 バス規格は、I&I アプリケーションで最も広範囲に採用されている物理層バス・デザインの1 つです。RS-485 が用いられるアプリケーションとしては、プロセス制御回路、産業オートメーション、リモート端末、ビル・オートメーション(暖房、換気、空調(HVAC)など)、セキュリティ・システム、モーター制御、モーション制御などがあります。
I&I での通信アプリケーションに最適なRS-485 の主要機能を次に示します。
- 長距離回線—最長4,000 フィート
- 1 対のツイスト・ケーブルで双方向通信が可能
- 差動伝送によるノイズ耐性の強化とノイズ放出の削減
- 複数のドライバとレシーバを同じバスに接続可能
- 広い同相電圧範囲(−7~+12 V)により、ドライバとレシーバ間のグラウンド電位差を許容
- 数十 Mbps のデータ・レート(TIA/EIA-485-A 規格)
通信業界で最も広範囲に採用されている伝送線規格であるTIA/EIA-485-A は、RS-485 インターフェースの物理層を規定しており、通常、Profibus、Interbus、Modbus、BACnet のような高レベルのプロトコルと組み合わせて使用されています。このため、比較的長い距離で堅牢なデータ送信を行うことができます。
しかし、実際のアプリケーションでは落雷、電力誘導/直接接触、電源変動、誘導性スイッチング、静電放電から大きな過渡電圧が発生することによりRS-485 トランシーバが損傷を受けることがあります。設計者としてはその装置が理想的な条件下だけではなく「実世界」でも正常に機能するよう保証する必要があります。これらの設計が電気的に厳しい環境下でも有効に機能するように、さまざまな政府機関や団体がEMC 規制を実施しています。エンドユーザは、製品の設計がこれらの規制に準拠していれば上記の厳しい電磁環境下でも適正に機能するものと判断できます。
電磁適合性
EMC とは、電子システムが所定の電磁環境で過度の電磁妨害を引き起こすことなく十分に動作する能力を言います。電磁環境は放射エネルギーと誘導エネルギーという2 つの要素をもつので、EMC にはエミッション(放射)と感受性という2 つの側面があります。
エミッションは、製品による電磁エネルギーの不要な生成を意味します。多くの場合、電磁的に適合する環境をつくるにはエミッションを制御することが重要です。
感受性とは、ほかの電子製品から放射または誘導された電磁エネルギーの影響(すなわち、電磁的影響)に耐える電子製品の能力です。過渡耐圧は感受性とは値の大きさが逆になり、感受性の高い機器は過渡耐圧が低い値を示します。
国際電気標準会議(IEC)は、すべての電気技術、電子技術およびその関連技術の国際規格を立案、公表を主導する世界的な組織です。1996 年以降、EU 向けまたはEU 内で販売される電子機器はすべて、IEC 61000-4-x 仕様に規定されているEMC レベルを満たしている必要があります。
IEC 61000 の仕様では、住宅、商業および軽工業環境での使用を目的とした電気、電子機器に適用するEMC耐性条件を規定しています。この一連の仕様には、データ通信線に関して電子設計者が考慮しなければならない以下の3 種類の高電圧過渡現象が含まれます。
- IEC 61000-4-2 静電放電(ESD)
- IEC 61000-4-4 電気的高速過渡現象(EFT)
- IEC 61000-4-5 耐サージ
本アプリケーション・ノートでは、これら3 つの主要なEMC 過渡現象に対するRS-485 ポートの保護レベルの強化を取り上げます。
これらの各仕様では、規定した現象に対する電子/電気機器の耐性を評価する試験方法を定義しています。以下のセクションに各試験の概要を示します。
静電放電(ESD)
ESD は、実質的な接触により引き起こされる、または電界によって誘導された電位の異なる2 つの物体間で静電荷が急激に移動する状況のことです。ESD は、短い時間で高電流が流れるという特性を有しています。
物体はさまざまなメカニズムによって帯電します。帯電は、他の帯電体に接触するだけで発生します。また、2 つの物体を互いに擦り合わせることによって静電気が生じる現象は摩擦帯電と呼ばれます。さらに、物体は誘導帯電によっても電荷を帯びます。この場合は、帯電体に物理的に接触しなくても物体が帯電体の電界内にあれば、帯電が発生します。
IEC 61000-4-2 試験の主な目的は、動作中に外部で発生するESDイベントに対するシステムの耐性を判定することです。IEC61000-4-2 では、接触放電とエアギャップ放電の2 つの結合方法による適合試験を規定しています。接触放電では、放電銃が被試験ユニットに直接接触するように配置されます。エアギャップ放電では、より高い試験電圧を使用しますが、被試験ユニットに直接接触させることはありません。
エア放電の試験中は、エアギャップでアーク放電が発生するまで放電銃の帯電電極を被試験ユニットのほうに近づけます。放電銃は被試験ユニットに直接接触しません。エア放電試験の結果や繰返し精度には、湿度、温度、気圧、距離、被試験ユニットへの接近速度など、影響を与える要素が数多くあります。この方法は実際のESD イベントに近い状況を再現できますが、繰り返しの再現性は劣ります。したがって、試験方法として好ましいのは接触放電によるものです。
IEC 61000-4-2 は、電流の波形とともに、さまざまな環境条件下の電圧試験レベルを規定しています。表1 に、環境と試験電圧の関係を示します。試験レベルは、最終製品の最も現実的な設置条件や環境条件を考慮して選択してください。
レベルは1 から4 の順でより厳しいものとなります。レベル1 と2 は、静電防止材を使用し制御された環境下に設置される製品を対象としたものです。レベル3 と4 は、より高電圧のESD イベントが生じやすい厳しい環境下に設置される製品が対象です。
図2 に、仕様に規定されている8 kV の接触放電電流波形を示します。主要な波形パラメータでは、1 ns 未満の高速立上がり時間や約60 ns の短いパルス幅に注意する必要があります。これは、総エネルギーが数十mJ のパルスに相当します。
試験は単一放電で行います。試験ポイントの正極性放電と負極性放電はそれぞれ10 回以上の放電とします。放電ごとの推奨間隔は1 秒です。
Level/Class | Relative Humidity As Low as % | Antistatic Material | Synthetic Material | Contact Discharge Test Voltage (kV) | Air Discharge Test Voltage (kV) |
1 | 35 | X | 2 | 2 | |
2 | 10 | X | 4 | 4 | |
3 | 50 | X | 6 | 8 | |
4 | 10 | X | 8 | 15 |
電気的高速過渡現象(EFT)
電気的高速過渡現象の試験では、多くの超高速過渡インパルスを信号線に結合して、通信ポートに容量結合されている外部スイッチング回路の過渡現象を再現します。この現象には、リレー/スイッチ接点のバウンスや、誘導負荷や容量性負荷のスイッチングに起因する過渡現象も含まれます。これらはすべて工業環境でみられる一般的な現象です。IEC 61000-4-4 に規定されているEFT 試験では、この種のイベントに起因する干渉をシミュレートします。
図 3 に、EFT 50 Ω 負荷の波形を示します。EFT 波形は、出力インピーダンス50 Ω の信号発生器からのもので、50 Ω インピーダンス端の電圧を示しています。出力は、5 kHz の高電圧過渡現象の15 ms 間隔のバーストが300 ms 間隔で繰り返される波形で構成されています。各パルスは立上がり時間が5 ns、パルス幅が50 ns です(波形の立上がりエッジの50%の点と立下がりエッジの50%の点の間を測定)。EFT パルスはESD 過渡現象に似て、立上がり時間が速くパルス幅が短いという特性を備えています。単一パルスの全エネルギーは、ESD パルスの全エネルギーにほぼ相当します。データ・ポートに入力される電圧は最大で2 kV となります。
これらの高速バースト過渡現象は、容量性クランプを使って通信線に結合されます。EFT は、直接接触ではなくクランプにより通信線に容量結合されます。このため、EFT 発生器の低出力インピーダンスに起因する負荷は低減されます。クランプとケーブル間のカップリング容量はケーブルの直径、シールド、ケーブルの絶縁に左右されます。
IEC 61000-4-4 は、さまざまな環境条件下の電圧試験レベルを規定しています。表2 に、各試験レベルの試験電圧とパルス繰返しレートを示します。試験レベルは、最終製品の最も現実的な設置条件や環境条件を考慮して選択します。通常は5 kHz の繰返しレートが使用されていますが、このレートの選択は一般にエンドメーカーの仕様に依存します。
- レベル1 十分に保護された環境
- レベル2 保護された環境
- レベル3 典型的な工業環境
- レベル4 厳しい工業環境
Level | Data Port Test Voltages and Repetition Rates |
|
Voltage Peak (kV) | Repetition Rate (kHz) | |
1 | 0.25 | 5 or 100 |
2 | 0.5 | 5 or 100 |
3 | 1 | 5 or 100 |
4 | 2 | 5 or 100 |
サージ
サージ過渡現象は、スイッチングや雷の過渡現象による過電圧に起因します。スイッチングによる過渡現象は電源システムのスイッチング、給電システムの負荷変更、各種のシステム障害(設置先の接地システムにおけるアーク放電故障や短絡回路など)によって発生します。雷の過渡現象は、近くに落雷があって回路に高電圧/高電流が注入されると発生します。IEC 61000-4-5では、こういったサージに対する電気/電子機器の耐性を評価するために波形、試験方法、試験レベルを規定しています。
波形は、開回路電圧と短絡電流に基づく波形発生器の出力と規定されます。ここで、2 つの波形について説明します。10/700 μs の組み合わせ波形は対称通信回線(電話交換回線など)への接続を意図した通信ポートに対する試験に使用されます。1.2/50 μs コンビネーション波形はほかのすべての場合(短距離信号接続など)で使用されます。RS-485 ポートの場合は、1.2/50 μs 波形が主に使用されます。波形発生器は実効出力インピーダンスが2 Ω です。このため、サージ過渡現象の電流は高い値を示します。
図4 に、1.2/50 μs のサージ過渡波形を示します。ESD とEFT とは立上がり時間、パルス幅、エネルギー・レベルが似ていますが、サージ・パルスの立上がり時間は1.25 μs で、パルス幅は50 μsです。サージ・パルスのエネルギーは、ESD パルスやEFT パルスのエネルギーより3~4 桁大きなレベルになる可能性があります。したがって、サージ過渡現象は、EMC 過渡現象の中で最も厳しい規定レベルと考えられます。ESD とEFT には類似性があるので、同様の回路保護設計で対応が可能な場合もありますが、サージはエネルギーが大きいため個別に対応する必要があります。このことは、これら3 つのすべての過渡現象に対してデータ・ポートの耐性を向上させる保護回路を、費用効果の高い方法で開発する際の、大きな問題の1 つとなります。
図5 に、半二重RS-485 デバイスのカップリング回路を示します。抵抗はサージ過渡現象を通信回線に結合します。抵抗の並列和は合計すると40 Ω です。半二重デバイスの場合、各抵抗は80 Ω です。
Level | Open-Circuit Test Voltage |
1 | 0.5 kV |
2 | 1 kV |
3 | 2 kV |
4 | 4 kV |
X | Special |
IEC 61000-4-5 に規定されている試験レベルを表3 に示します。レベルX は他のレベルの上、下、または中間に位置します。これは一般に製品の標準仕様の中で規定されます。試験レベルは、設置条件に従って選択する必要があります。仕様には6 つの設置クラスが規定されています。
- クラス0(十分に保護された電気的環境)
- クラス1(部分的に保護された電気的環境)
- クラス2(短い配線のケーブルでも十分に分離された電気的環境)
- クラス3(電源ケーブルと信号ケーブルが並列に配線された電気的環境)
- クラス4(相互接続ケーブルが電源ケーブルに沿って屋外ケーブルとして配線され、かつケーブルが電子回路と電気回路の両方に使用される電気的環境)
- クラス5(非人口密集地域の通信線および架空電力線に接続された電子装置に対する電気的環境)
- クラスX(製品仕様に規定されている特殊な状況)
クラス0 は、これに関連するサージ過渡現象の処置はありません。クラス5 は、最も厳しい過渡現象ストレス・レベルです。
設置クラスと各クラスのサージ電圧を表4 に示します。表4 は、対称線と非対称線のライン-グラウンド結合それぞれに関して各クラスの試験電圧を示しています。最終的なクラスを把握しておくことは、製品に想定される耐性レベルを実現する上で重要な意味を持ちます。
Installation Class | Unsymetrical Lines Test levels | Symetrical Lines Test Levels |
0 | NA | NA |
1 | 0.5 kV | 0.5 kV |
2 | 1 kV | 1 kV |
3 | 2 kV | 2 kV |
4 | 4 kV | 2 kV |
5 | 4 kV | 4 kV |
サージ試験中には、5 つの正のパルスと5 つの負のパルスがデータ・ポートに印加されます。この場合の各パルス間の最大の時間間隔は1 分です。規定に従い、試験中のデバイスは通常動作状態にある必要があります。
合否基準
過渡現象を被試験システムに適用した結果は、4 つの合否基準に分類されます。以下に、合否基準を示します。ここには、各基準とRS 485 トランシーバとの関係を例示しています。
- 通常性能:過渡現象の適用中または適用後にビット・エラーは発生しません。
- オペレータを必要としない一時的な機能喪失または一時的な性能低下:過渡現象の適用中または適用後の限られた時間内にビット・エラーが発生する可能性があります。
- オペレータを必要とする一時的な機能喪失または一時的な性能低下:パワーオン・リセット後に除去できるラッチアップ・イベントが発生することがあります。この場合、デバイスの致命的な損傷や劣化はありません。
- 装置が回復不能な損傷を受けたために機能を喪失:デバイスは試験に不合格です。
Aは最も好ましく、Dは許容不可となります。回復不能な損傷は、システム・ダウンタイムの発生や修理/交換の費用が発生します。基幹システムの場合は、過渡現象の発生時もエラーなしに動作する必要があるので、基準B とCも許容不可となります。
保護の原理
EMC 問題を防ぐ方法には次の3 つがあります。
- 過渡現象を発生源で抑止する
- カップリング経路を可能な限り無効化する
- デバイスに対する過渡現象の影響を抑える
過渡現象の発生源を除去できない場合はよくあります。たとえば、落雷がどこで発生するかは制御できません。また多くの場合、最終製品を設置するときにメーカーがカップリングの可能性を低減することはできません。製品のEMC 適合性を実現するには、メーカーがデータ・ポートに保護回路を適宜追加して製品に対する過渡現象の影響を抑える必要があります。
過渡現象に対応した保護回路を設計するときは、以下の点を考慮してください。
- 過渡現象がもたらす損傷を防止または制限し、性能への影響を最小限に抑えてシステムが通常動作に復帰できるようにする。
- 保護の実現方法は、現場のシステムが影響を受ける電圧レベルや過渡電圧の種類に対して、十分に対応できる堅牢なものとする。
- 過渡現象の時間の長さは重要な要素である。長引くことにより、加熱効果によって特定の保護回路が故障する可能性がある。
- 通常動作条件下では、保護回路がシステム動作に干渉してはならない。
- オーバーストレス時に保護回路が故障すると、システムを保護することはできない。
過渡現象に対応した保護方法には2 つの主要タイプがあります。ピーク電流を制限するには過電流保護回路を使用し、ピーク電圧を制限するには過電圧保護回路を使用します。市販の過電流/過電圧保護の技術/部品は多岐にわたりますが、それぞれ利点と欠点があります。システム用の保護回路を開発する場合は、一般に過電圧保護と過電流保護の両方のデバイスを使用する必要があります。
図6 に、保護回路の代表的な設計を示します。この設計の特徴は、一次保護回路と二次保護回路を備えていることです。一次保護回路では過渡現象エネルギーの一部をシステムから逸らします。この回路は、一般にシステムと環境の間のインターフェース部分にあります。過渡現象をグラウンドに逸らせば、大部分のエネルギーを除去することができます。
二次保護回路の機能は、一次機能の対応から漏れた過渡電圧や過渡電流からシステムのさまざまなパーツを保護します。この機能は、通常、保護するシステムのパーツをより考慮したものとなります。二次保護回路は、上記の残留過渡現象からシステムを保護して、敏感なパーツが正常に動作するように最適化されます。この仕様で重要なのは、一次と二次の両方の設計がシステム入/出力と連携して一体的に機能し、保護回路へのストレスを最小限に抑えるという点です。
これらの設計では、一般に一次と二次の保護デバイス間に非線形の過電流保護デバイスや抵抗などの調整素子を配置します。
RS-485の過渡現象抑制回路
EMC 過渡現象イベントは時間とともに変動するので、動的性能や、保護対象デバイスの入/出力段と保護部品の動的特性をマッチングすることがEMC 設計の成功要因となります。部品のデータシートに記載されているのは一般にDC データのみですが、動的なブレークダウンとI/V 特性はDC 値と大きく異なることもあるため、そのデータにはあまり価値がありません。回路がEMC基準を満たすためには、慎重な設計や特性評価、それに保護部品や保護対象デバイスの入/出力段の動的性能の理解が必要となります。
このアプリケーション・ノートには、完全に特性評価された3 種類のEMC 準拠ソリューションを示しています。各ソリューションは、独立した外部の機関であるEMCコンプライアンス・テストハウスで認証されており、それぞれのソリューションがアナログ・デバイセズのADM3485E に、コスト/保護レベルに応じたEMC 保護を提供します。このADM3485E は高度なESD 保護回路を備えた3.3 V RS-485 トランシーバです。各ソリューションでは、このデバイスと、ボーンズ社製外部回路保護部品を使用しています。このボーンズ社製外部回路保護部品は、過渡電圧サプレッサ(CDSOT23-SM712)、過渡現象遮断ユニット(TBU-CA065-200-WH)、サイリスタ・サージ・プロテクタ(TISP4240M3BJR-S)、ガス放電管(2038-15-SM-RPLF)で構成されます。
各ソリューションの特性評価により、以下の点が保証されます。すなわち、保護部品の動的I/V 性能によってADM3485E RS-485バス・ピンの動的I/V 特性が保護されます。この場合、ADM3485Eの入/出力段と外部保護部品との連携によって過渡現象イベントに対する保護が行われます。
保護回路構成1
EFT とESD の過渡現象はエネルギー・レベルが似ていますが、サージ波形はエネルギー・レベルが3~4 桁大きくなります。ESDやEFT に対する保護は似た方法で行いますが、エネルギー・レベルの高いサージに対する保護はもっと複雑なソリューションを必要とします。ここに示す最初のソリューションは、レベル4までのESD/EFT 保護とレベル2 のサージ保護を提供します。このアプリケーション・ノートに示すサージ試験ではすべて1.2/50μs 波形を使用します。
このソリューションは、2 個の双方向TVS ダイオードで構成されるBourns CDSOT23-SM712 過渡電圧サプレッサ(TVS)を使用しています(図7)。表5 に、ESD、EFT、およびサージ過渡現象に対する保護電圧レベルを示します。
ESD (-4-2) |
EFT (-4-4) |
Surge (-4-5) |
|||
Level | Voltage (Contact/Air) | Level | Voltage | Level | Voltage |
4 | 8 kV/15 kV | 4 | 2 kV | 2 | 1 kV |
TVS はシリコン・ベースのデバイスであり、通常動作条件下では高インピーダンスでグラウンドに接続されています。この場合、短絡回路が理想です。保護を実現するには、過渡現象による過電圧を電圧制限値にクランプする必要があります。これは、PN 接合アバランシェ・ブレークダウンの低インピーダンスで行います。大きな過渡電圧が発生すると、TVS のブレークダウン電圧よりTVS は保護対象デバイスのブレークダウン電圧より小さな所定のレベルに過渡電圧をクランプします。過渡電圧は瞬時(< 1 ns)にクランプされ、過渡電流は保護対象デバイスを逸れてグラウンドに流れます。
TVS のブレークダウン電圧は、保護対象となるピンの通常動作範囲外の電圧値であることが重要です。図8 に示すように、CDSOT23-SM712 独自の特性は、トランシーバの同相電圧範囲+12~–7 V にマッチングする+13.3 V と–7.5 V の非対称ブレークダウン電圧を備えていることであり、これによって最適な保護機能を提供するとともにADM3485E RS-485 トランシーバの過電圧ストレスを最小限に抑えることができます。
保護回路構成2
前述したソリューションはレベル4 までのESD/EFT 保護を提供しますが、サージに対してはレベル2 のみとなります。サージ保護レベルを高める場合は、保護回路が複雑になります。ここに示す保護回路構成2 は、レベル4 までのサージ保護を提供します。
CDSOT23-SM712 は、RS-485 データ・ポート専用に設計されています。次の2 つのソリューションはCDSOT23-SM712 をベースに高レベルの回路保護機能を提供します。このソリューションでは、CDSOT23-SM712 は二次保護、TISP4240M3BJR-S は一次保護をそれぞれ提供します。
一 次 お よ び 二次保護デバイス間の調整と過電流保護は、TBU-CA065-200-WHを使って行います。表6 に、ESD/EFT/サージ過渡現象に対するソリューションの保護電圧レベルを示します。また、図9 にはソリューション全体を示します。
ESD (-4-2) |
EFT (-4-4) |
Surge (-4-5) |
|||
Level | Voltage (Contact/Air) | Level | Voltage | Level | Voltage |
4 | 8 kV/15 kV | 4 | 2 kV | 4 | 4 kV |
保護回路上に過渡現象が生じると、TVS がブレークダウンし、グラウンドへの低インピーダンス経路を提供してデバイスを保護します。電圧と電流が大きい場合は、TVS を保護して、そこに流れる電流を制限する必要があります。これは、アクティブ高速過電流保護素子である過渡現象遮断ユニット(TBU)を使って行います。この設計におけるTBU はBourns TBU-CA065-200-WHです。
TBU は、電流をグラウンドにシャントせずにそれを遮断します。これは直列部品として、インターフェース上の電圧ではなくデバイスを通る電流に反応します。TBU は、プリセット電流制限値や耐高電圧能力を備えた高速過電流保護部品です。過渡現象イベントによって過電流が発生し、TVS がブレークダウンすると、TBU 内の電流はデバイスで設定されている電流制限レベルまで上昇します。この時点で、TBU は1 μs もかからずに被保護回路をサージから遮断します。
過渡現象が残存していればTBU は保護遮断状態を維持するので、被保護回路を流れる電流はごくわずか(<1 mA)となります。通常動作条件下では、TBU は低インピーダンスを示すので、通常回路動作への影響は最小限に抑えられます。遮断モードでは、過渡現象エネルギーを遮断するためにインピーダンスが非常に高くなります。過渡現象イベントが終わると、TBU は自動的に低インピーダンス状態にリセットされ、システムは通常動作を再開できるようになります。
すべての過電流保護技術と同様、TBU は最大ブレークダウン電圧を備えているので、一次保護デバイスは電圧をクランプし、過渡現象エネルギーをグラウンドに流す必要があります。これは、一般に完全統合サージ・プロテクタ(TISP)など、ソリッドステート・サイリスタやガス放電管といった技術を使って行われます。TISP は一次保護デバイスとして動作します。このデバイスは、事前に定義した保護電圧の超過が検出されると、グラウンドへの低インピーダンス・クローバー経路を提供し、システムとその他の保護デバイスから大部分の過渡現象エネルギーを逸らします。
TISP は非直線的な電圧・電流特性を備え、過電圧によって生じる電流を逸らします。TISP はサイリスタとしての特性を備えており、高電圧領域と低電圧領域間の切換え動作によって生じる不連続な電圧・電流特性を示します。図10 は、デバイスの電圧・電流特性を表したものです。TISP デバイスが低電圧状態に切り換わる(グラウンドへの低インピーダンス経路を提供して過渡現象エネルギーをシャントする)前には、アバランシェ・ブレークダウン領域によりクランプ動作が発生します。
過電圧の制限時には、保護回路が短期間だけ高電圧にさらされます。この期間にTISP デバイスはブレークダウン領域に入り、そのあとに低電圧保護オンの状態になります。TBU は、この高電圧に起因する高電流から下流側回路を保護します。分流電流が臨界値を下回ると、TISP デバイスは自動的にリセットされ、通常のシステム動作が再開されます。
前述したように、3 つの部品はすべてシステム入/出力と連携して高い電圧/電流の過渡現象からシステムを保護するために一体的に機能します。
保護回路構成3
サージに4 を超える保護レベルが必要になる場合も少なくありません。図11 に示す保護回路構成は、最大6 kV のサージ過渡電圧からRS-485 ポートを保護します。この保護回路構成は、保護回路構成2 と同じように動作します。ただし、この回路ではTISPの代わりにガス放電管(GDT)を使ってTBU を保護し、TBU は二次保護デバイスTVS を保護します。GDT は、前述の保護回路構成2 に示したTISP の場合より高い過電圧/過電流ストレスに対する保護機能を提供します。この保護回路構成のGDT は、Bourns 2038-15-SM-RPLF です。TISP は定格が220 A で、GDT の定格は1 導体当たり5 kA となります。表7 に、この設計で提供する保護レベルの要約を示します。
ESD (-4-2) |
EFT (-4-4) |
Surge (-4-5) |
|||
Level | Voltage (Contact/Air) | Level | Voltage | Level | Voltage |
4 | 8 kV/15 kV | 4 | 2 kV | X | 6 kV |
主に一次保護デバイスとして使用されるGDT は、過電圧過渡現象に対する保護を行うためにグラウンドへの低インピーダンス経路を提供します。過渡電圧がGDT スパークオーバ電圧に達すると、GDT は高インピーダンス・オフ状態からアーク・モードに移行します。アーク・モードでは、GDT は仮想短絡となり、グラウンドへのクローバー電流経路を提供して保護対象デバイスから過渡電流を逸らします。
図 12 に、GDT の代表的な特性を示します。GDT にかかる電圧が増大すると、管内のガスがそこで発生した電荷によってイオン化し始めます。このようにして生じたものをグロー領域と呼びます。この領域では、電流の増大によってアバランシェ効果が生じ、GDT は仮想短絡状態に遷移して、電流がデバイスを通過できるようになります。短絡イベント中にデバイス両端で生じた電圧はアーク電圧と呼ばれます。グロー領域とアーク領域間の遷移時間は、デバイスの物理特性に大きく依存します。
結論
このアプリケーション・ノートには、過渡耐圧の処理に関わる3 つのIEC 規格を示しています。実際の産業用アプリケーションでは、この種の過渡現象にさらされるRS-485 通信ポートは損傷を受ける可能性があります。製品の設計サイクルでEMC 問題が遅れてみつかると、費用のかさむ設計変更を迫られ、スケジュール超過に陥ることがよくあります。したがって、EMC 問題は設計サイクルの後ろの段階ではなく始めに検討する必要があります。この問題に取り掛かるのが遅すぎると、必要なEMC 性能達成が困難になります。
RS-485回路のEMC適合ソリューションの設計における重要課題は、外部保護部品の動的性能をRS-485 デバイスの入/出力構造の動的性能にマッチングさせることです。
ここでは、RS-485 通信ポートの3 種のEMC準拠ソリューションについて説明し、必要な保護のレベルに応じた設計オプションを示しました。EVAL-CN0313-SDPZ は業界初となるEMC 準拠のRS-485 設計ツールであり、ESD、EFT、サージに対するレベル4までの保護レベルを提供します。各保護回路構成で得られる保護レベルの要約を表8 に示します。
これらの設計ツールはシステム・レベルで必要な精査や認定評価の代わりにはなりませんが、設計サイクルの開始時点でEMC 問題に起因するプロジェクト遅延のリスクを軽減でき、設計時間や市場投入までの期間を短縮することができます。詳細については、www.analog.com/RS485emc をご覧ください。
Protection Scheme |
ESD (-4-2) |
EFT(-4-4) |
Surge (-4-5) |
|||
Level | Voltage (Contact/Air) | Level | Voltage | Level | Voltage | |
1. TVS | 4 | 8 kV/15 kV | 4 | 2 kV | 2 | 1 kV |
2. TVS/TBU/TISP | 4 | 8 kV/15 kV | 4 | 2 kV | 4 | 4 kV |
3. TVS/TBU/GDT | 4 | 8 kV/15 kV | 4 | 2 kV | X | 6 kV |
参考資料
このセクションには、インターフェース/アイソレーション製品に関する情報を記載しています(アナログ・デバイセズのウェブサイトを参照)。
本書で言及した部品、および技術文書「First Principles」ならびに「Bourns Telecom Protection Guide」については、ボーンズ社のウェブサイトをご覧ください。
ADM3485E データシート、アナログ・デバイセズ
電磁適合性(EMC)第4-2 部:試験および測定技術—静電放電イミュニティ試験(IEC 61000-4-2:2008 (Ed.2.0))
電磁適合性(EMC)第4-4 部:試験および測定技術—電気的高速過渡現象/バースト・イミュニティ試験(IEC 61000-4-4:2012(Ed3.0))
電磁適合性(EMC)第4-5 部:試験および測定技術—サージ・イミュニティ試験(IEC 61000-4-5:2005 (Ed2.0))
EVAL-CN0313-SDPZ www.analog.com/RS485emc
Marais, Hein「RS-485/RS-422 回路の実装ガイド」アプリケーション・ノートAN-960、アナログ・デバイセズ