目的
この記事では、ウィーン・ブリッジ発振器について2部構成で解説します。まず、同発振器について深く理解していただくために、その基礎理論や機能などについて詳しく説明します。続いて、回路シミュレーションを実施した上で、実際に回路を構築することを目標とします。今回(Part 1)は、同発振器の歴史と動作原理について解説します。次に、理想的な回路素子を用いたシミュレーションを実行します。Part 2では、実用的なウィーン・ブリッジ発振器について解析した上で、実際に回路を構築して性能を測定します。また、大幅に高い性能が得られる代替回路も構築し、その機能/性能を評価することにします 。
なお、本稿の内容に即したプリント回路基板の設計ファイルが用意されています。それを使用すれば、記事を読み進めながら自身で回路を構築することが可能です。
測定を含む実験全体のビデオ「A Low-Distortion Wien Bridge Oscillator You Can Build!(歪みの小さいウィーン・ブリッジ発振器を自作してみよう!)」も用意しています。ぜひ、そちらも参考にしてください。
背景
ウィーン・ブリッジ発振器は、エレクトロニクスの歴史上、重要な位置を占めています。HP(Hewlett Packard)は、最初の製品としてオーディオ用の信号発生器「Model 200A」を開発しました。これは、Bill Hewlett氏がスタンフォード大学で1939年に執筆した修士論文1に基づくものです。Model 200Aは、当時としては驚異的な仕様を誇る画期的な製品でした。例えば、オーディオ帯域のほとんどにおいて1%未満の歪み率を達成していました。また、標準的なライン電圧を基にして1Wの出力を生成することが可能でした。当初想定されていた同製品の主な用途は、電話機用のアンプや一般的なオーディオ回路のテストに使用するというものでした。ただ、この装置の最初期の用途としては1つ非常に有名なものが挙げられます。同製品はディズニーのアニメーション映画「ファンタジア」の制作に利用されたのです。スタンフォード大学は、HPの創業時にModel 200Aが設置されていたガレージのレプリカを展示しています。これは、シリコン・バレーにおける「ガレージ・スタートアップ」の文化の発祥を記念したものです。Bill Hewlett氏の独創的な修士論文1を読むと、回路に関する当時の理論や設計の様子を垣間見ることができます。ここでは、洞察に富んだ参考資料をもう1つ紹介しておきます。それは、アナログ・デバイセズが公開している「Application Note 43: Bridge Circuits(アプリケーション・ノート43:ブリッジ回路)」です。このアプリケーション・ノートには、付録Cとして「The Wien Bridge and Mr. Hewlett(ウィーン・ブリッジとHewlett氏)」というドキュメントが掲載されています。
ここで言う発振器とは、信号を入力しなくても周期的な信号波形を生成することが可能な回路のことです。この種の回路は、何らかの形の電子アンプ段と、周波数を選択可能なフィードバック回路を備えています。前者の電子アンプ段は、トランジスタ、オペアンプ、真空管などを使用して実現されます。一方、フィードバック回路は、抵抗、コンデンサ、インダクタなどの受動素子を組み合わせることによって構成されます。上記の一般論は、発振器の設計の多様性を表しています。実際、電子的(または電気的)な要素をベースとする発振器を構成する方法は数多く存在します。例えば、General Radioのオーディオ用発振器「Type 213-B」は、周波数を選択するための部品として機械式の音叉を使用していました。また、アンプ段としてはカーボン・マイクを採用していました2。実装の詳細がどのようなものなのかに依らず、発振を生じさせるためには、リニア回路が以下に示すバルクハウゼンの発振条件を満たしていなければなりません。
- ループ・ゲインの絶対値が1に等しい
- ループの位相シフトがゼロまたは2πの整数倍である
まずは上記の1つ目の要件について考えてみましょう。仮にループ・ゲインが1未満である場合には何が起きるのでしょうか。その場合、発振は継続することなく収束してしまいます。一方、ループ・ゲインが1より大きい場合には発振信号の振幅が増大し続けます。この状態は、永久に(シミュレーションでは可能)または何かが振幅を制限するまで(理想的には致命的な故障の結果としてではなく、穏やかな形で)続きます。最終的なアプリケーションが歪み(出力信号に基本周波数の整数倍の周波数成分が現れる)の影響をそれほど受けない場合、単純な方法によってゲインを制限することができます。例えば、アンプの出力を電源電圧の値でクリップさせるといった方法で構いません。しかし、アプリケーションに必要なのが純粋な正弦波である場合には、アンプのゲインを慎重に制御しなければなりません。
続いて、2つ目の要件について考えてみます。周波数に依存する必要な位相シフトを実現するためには、様々なフィードバック素子が使用されます。例えば、水晶、機械的な共振器、LC(インダクタ‐コンデンサ)回路などです。ウィーン・ブリッジは、Max Wien氏により1891年にホイートストン・ブリッジの拡張版として開発されました。ホイートストン・ブリッジは抵抗素子だけで構成され、抵抗値の測定などに使用されます。それに対し、ウィーン・ブリッジはコンデンサの値を測定するために使用することが可能です。実際、ウィーン・ブリッジは、当初は測定用の回路として設計されました。ただ、ウィーン・ブリッジには平衡状態において位相シフトがゼロになるという特徴があります。そのため、位相シフトがゼロのゲイン素子を組み合わせるとバルクハウゼンの発振条件が満たされます。
ちなみに、1891年の時点で、ウィーン・ブリッジをベースとした発振器を構成するのは不可能であったか、極めて困難であったと考えられます。なぜなら、リニアな電子ゲイン素子が存在しなかったからです。オーディオン管が発明されたのは1906年のことです。
発振器において、ウィーン・ブリッジをフィードバック用の要素として使用すると、以下のようなメリットが得られます。
- 回路がシンプル
- 歪みが小さい
- 以下のいずれかの方法によって周波数を容易に調整できる
- 可変抵抗器
- 可変コンデンサ
ゲインと位相シフトの要件を満たせる目算が立てば、次に必要なステップはループ・ゲインを正確に1にすることです。共振が発生した際、ウィーン・ブリッジのリアクティブ・アームによる減衰率は1/3になります。そのため、アンプのゲインは3でなければなりません。図1に示す回路は、この原理に即したものです。この回路は、1.0kHzの信号を出力するシンプルなウィーン・ブリッジ発振器として機能します。
図1の回路では、白熱電球によってゲインの制御を実現します(Bill Hewlett氏が考案した構成と同様)。白熱電球の抵抗値は、消費電力に依存して増加します。大まかな経験則として、高温時の抵抗値は、低温時の抵抗値の約10倍になります。図中の#327ランプの場合、印加する電圧は28V、電流値は40mAです。高温時の抵抗値は約700Ωで、低温時の抵抗値は約70Ωとなります。これは、いくつかの電球の実際の測定値と同等だと言えます。非反転ゲインの値を3にするには、ランプの抵抗値をフィードバック抵抗の値の1/2(つまり約215Ω)に設定する必要があります。
回路が発振した状態になると、振幅は以下のように制御されるということを直感的に理解できるはずです。
- ゲインが3よりわずかに低くなると、ランプの温度が下がります。その結果、ランプの抵抗値が低下し、ゲインが高まります。
- ゲインが3より高くなると、ランプの温度が上昇します。それにより、抵抗値が増大し、ゲインが低下します。
最終的に、ゲインは発振を維持するために必要な3に非常に近い値に落ち着きます。その結果、振幅が安定します。つまり実用的な発振器が得られるということです。
理想的な素子を用いたシミュレーション
現実の部品を使用する際には、その不完全さに対応しなければなりません。その前に、「LTspice®」によって、概念レベルの回路図をいくつか作成してシミュレーションを実行してみるとよいでしょう。それにより、理想的な世界がどのようなものなのかを把握することができます。それだけでなく、現実の部品を扱うための準備も整います。本稿の内容に即したLTspiceのファイルは、「Wien Bridge Active Learning Exercise LTspice files(アクティブ・ラーニング向けのウィーン・ブリッジのLTspiceファイル)」からダウンロードすることができます。
ホイートストン・ブリッジのシミュレーション
まずはホイートストン・ブリッジを対象としてブリッジ回路全般の動作を確認してみましょう。LTspiceでwheatstone_bridge.ascというファイルを開き、シミュレーションを実行してください。すると、図2のような出力が得られるはずです。
このブリッジ回路は、最初は不平衡な状態にあり、ゼロではない小さな電圧がVcdに現れます。ユニティ・ゲインの電圧制御電圧源を使用するのは、2つのノード間の電位差を測定するための便利な方法であり、その結果はシミュレーション結果として取得/表示できます。ここで、抵抗R3に様々な値を設定し、シミュレーションを実行してみてください。同抵抗の値を10kΩにすると、ブリッジ回路が平衡な状態になって出力がゼロになるはずです。続いて、抵抗R1、R2の値を1kΩまで下げてみてください。それにより、出力電圧に影響が現れるか否かを確認しましょう。
ウィーン・ブリッジのACシミュレーション
続いて、周波数に依存する素子を含むウィーン・ブリッジの動作について検討しましょう。LTspiceでbasic_wein_bridge.ascというシミュレーション用のファイルを開きます(図3)。このシミュレーションでは、100Hzから10kHzまでのACスイープを実行します。その結果は図4のようになります。DCブリッジ電源はかなり明確な出力を生成することに注意してください。初期の過渡的な現象が生じた後、ノードCはグラウンドの電位に落ち着きます。また、ノードDの電圧は電源電圧の1/3になります。シミュレーションの実行結果においては、ブリッジのリアクティブ・アームの出力であるノードCに注目してください。応答は緩やかな山のような状態になり、2kHzよりわずかに低い周波数でピークに達していることがわかります。次にノードVcdに注目します。すると、応答に極めて急峻なヌル(ゼロ点)が存在することがわかります。このシミュレーションにより、1.59kHzという正確な共振周波数を容易に見いだすことができます。
ウィーン・ブリッジ発振器のシミュレーション
続いて、ウィーン・ブリッジ発振器のシミュレーションを実行します。つまり、ブリッジの出力を増幅し、それを入力にフィードバックします。ここではwien_bridge_vcvs_gain.ascというシミュレーション・ファイルを開いてください(図5)。この回路は、実際に構成することはできません。ゲイン段として本質的に理想的なものを使用しているからです。つまり、入力インピーダンスは無限大、出力インピーダンスはゼロで、オフセットもゲイン誤差も生じません。これにより、理想的な条件下での回路の動作を把握することが可能です。そうすれば、バルクハウゼンの発振条件を直感的に理解できるだけでなく、先述したいくつかの事柄について検証できるはずです。
ここでV1を無視すると、このシミュレーションの開始時点ではすべての電圧がOVであることに注目してください。何もしなければ永久に0Vのままであり、他の状態に移行する理由はありません。そこで、このシミュレーションではV1を使用しています。つまり、シミュレーションの開始時にV1によってステップ状の電圧をゲイン段に供給します。それにより、回路の動作を開始させるということです。その後、V1は徐々に低下して0Vに戻ります。つまり、回路の動作にそれ以上の影響を与えることはありません。シミュレーションを実行して出力ノードを観測すると、図6のような結果が得られるはずです。ご覧のように、図5の回路は数ミリ秒にわたって発振します。しかし、その振幅は指数関数的に減衰して最終的にはゼロになります。これは、ゲインを理想的な値よりも1%低く設定しているからです。誤差が1%の抵抗を使用して実際にアンプ回路を構成した場合、その誤差が不運にもゲインが低くなる方向に現れていると、図6のような結果になると予想されます。
次に、E2の値を2.997に設定します。つまり、理想的な値よりも約0.1%低い値に設定するということです。すると、発振はより長く継続しますが、やはり減衰していきます(図7)。
先述したように、発振を維持するにはゲインを正確に3に設定しなければなりません。そこで、ゲインを3.0に設定してシミュレーションを実行すると、図8のような結果が得られます。
想定どおり、250ミリ秒のシミュレーション時間の全体にわたり安定した振幅が得られていることに注目してください。但し、この動作はあくまでも理論上のものです。現実の回路や現実のアンプのモデルを使用して現実的なシミュレーションを実行した場合には、このような結果は得られません。実際には、オープンループ・ゲインは有限であり、入力インピーダンスも有限です。また、オフセットをはじめとする不完全性が伴います。そのため、ゲインは必ず3よりわずかに大きくなったり小さくなったりします。
シミュレーションでは、現実には起こり得ない状況をモデル化できます。そのことを示すためにゲインを3.03に設定してみましょう。これは、ゲインが理想値よりも1%高い状態に相当します。誤差が1%の抵抗を使用してアンプ回路を構成した場合、その誤差が不運にもゲインが高くなる方向に現れるとこのような状況になります。シミュレーションを実行すると、図9のような結果が得られます。
出力振幅は250ミリ秒後に800TVに達しており、終わりが見えません。図9のシミュレーションは、バルクハウゼンの発振条件に関する直感を養うために用意しました。つまり、現実の回路に基づいたものではありません。実際に、±5Vの電源電圧で動作するオペアンプを使用して回路を構成し、ゲインを3.03に設定したとします。その場合、発振出力は振幅が5Vに達するまで増大し、その後はクリップされます。つまり、波形が歪んだ状態になります。
Part 2では、実用的な発振器のシミュレーションを実施します。その上で、実際に回路を構成して機能/性能を確認します。
問題1
本稿で示したシミュレーションは、発振器の出力振幅に焦点を絞ったものでした。理想的な条件(ゲインが3.0)において、出力に歪みは現れるのでしょうか。つまり、完全な正弦波とは異なる波形が生成されるのでしょうか。
問題2
図5と同等の回路を、現実のオペアンプを使用して構成したとします。非反転アンプのゲインとしては3.0を目標とします。実際のゲインが3.0よりも少し高かった場合、どのような結果になりますか。シミュレーション上では、出力は±15TVまで増大するのでしょうか(LTspice上で必要な条件を設定し、オペアンプには必ず適切な電源電圧を印加してください)。
答えはStudentZoneで確認できます。
参考資料
1 Bill Hewlett「A New Type Resistance-Capacity Oscillator(新型の抵抗‐容量発振器)」(修士論文)、kennethkuhn.com、2020年5月
2 Charles E. Worthen「A Tuning-Fork Audio Oscillator( 音叉式のオーディオ用発振器)」The General Radio Experimenter、1930年4月
U.S. Patent 2,268,872: Variable Frequency Oscillation Generator(可変周波数発振器)
「Using Lamps for Stabilizing Oscillators(ランプを使用して発振器の安定化を図る)」Tronola、2011年10月
Wien_Bridge_Oscillator(ウィーン・ブリッジ発振器)、Wikipedia
Jim Williams「Thank You, Bill Hewlett(Bill Hewlettさん、ありがとう)」EDN、2001年2月
Jim Williams、Guy Hoover「Application Note 132: Fidelity Testing for A-D Converters(アプリケーション・ノート132:A/Dコンバータの忠実度のテスト)」Linear Technology、2011年2月
