セトリング・タイムの概要、測定方法
今回のテーマは、オペアンプのセトリング・タイムです。その基本的な概念と測定方法を説明します。
目的
オペアンプに限らず、シグナル・チェーンにおいては、各コンポーネントのセトリング・タイムについて押さえておく必要があります。図1は、セトリング・タイムの定義について示したものです。何らかのコンポートにステップ状に変化する信号を入力したとします。その出力として、図1のような応答が得られるとしましょう。セトリング・タイムとは、出力が最終的な値を中心とする所定の誤差の範囲内に到達し、その範囲内にとどまるまでに要する時間のことです。入力パルス(ステップ状の信号)がその振幅の50%の値に達したときを起点として測定されます。以下、セトリング・タイムに関する詳細をまとめます。
- 一般に、誤差の範囲は所望の最終出力値に対する百分率で定義されます(1%、0.5%、0.1% など)。
- 通常、セトリング・タイムは非線形です。0.01%の範囲内にセトリングするまでの時間が、0.1% の範囲内にセトリングするまでの時間の30 倍になるといったことも起こり得ます。
- ICのメーカーは、オペアンプの性能が良好に見えるように誤差の範囲を選択する傾向にあります。
例えば、D/Aコンバータ(DAC)の場合、許容可能な誤差の値について共通認識となる基準値が存在します。つまり、±1LSBというのが1つの基準値です。それとは異なり、オペアンプのセトリング・タイムについては、そのような値は存在しません。したがって、ステップ信号の振幅(1V、5V、10Vなど)をはじめ、定義に使用する値や、適切な誤差範囲を必要に応じて選択しなければなりません。また、誤差範囲はオペアンプの性能に依存します。その値は製品によって異なるため、複数の製品を比較検討するのは、往々にして困難な作業になります。オペアンプのセトリング・タイムは、単極RCシステムのように単純に決まるわけではありません。いくつもの異なる時定数が関与する可能性があるからです。具体的な例としては、誘電体分離(DI:Dielectrically Isolated)プロセスを採用した初期のオペアンプ製品が挙げられます。当時のオペアンプは、フルスケールの1%までは非常に速くセトリングしていました。しかし、0.1%にセトリングするのはほぼ不可能でした。同様に、非常に高精度なオペアンプのなかには、0.025%までなら数マイクロ秒でセトリングするものの、0.001%以下の値にセトリングするまでには、熱効果の影響で数十ミリ秒かかるものがあります。
熱効果については、もう1つ注意すべきことがあります。熱効果は、短期的なセトリング・タイムと長期的なセトリング・タイムに大きな違いをもたらす可能性があるのです。短期的なセトリング・タイムは、一般的にはナノ秒単位で測定されます。一方、長期的なセトリング・タイムは、マイクロ秒またはミリ秒単位で測定されます。多くのACアプリケーションでは、長期的なセトリング・タイムはあまり重要ではありません。それに対し、DC信号を対象とするデータ・アクイジション・システムでは、短期的なセトリング・タイムとは全く異なる時間軸での測定が必要になります。
セトリング・タイムの測定
高速なセトリング・タイムを高い精度で測定するのは非常に困難です。理由の1つは、高速、高精度、低ノイズで振幅が変動しないパルスを生成するには、細心の注意が必要になるからです。また、多くのオシロスコープでは、入力を高感度のレンジに設定すると、そのフロント・エンド部が大振幅のステップ電圧によってオーバードライブされてしまいます。これも理由の1つです。
準備するもの
- アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000」
- ソルダーレス・ブレッドボードとジャンパ線のキット
- 抵抗:10kΩ(2個)
- ポテンショメータ:10kΩ(1個)
- ショットキー・ダイオード(2個。アナログ・パーツ・キット「ADALP2000」に含まれている一般的なシリコン・ダイオード「1N914」も使用できますが、ショットキー・ダイオードを使う場合と同等の効果は得られません)
- オペアンプ:「OP27」(1 個)、「OP37」(1 個)、「OP97」(1個。セトリングが遅い)
- コンデンサ:0.1μF(2個。電源 VpとVnのデカップリングに使用)
説明
図2に示したのが、オペアンプのセトリング・タイムの測定に使用する回路です。ブレッドボード上では図3のように構成します。オペアンプの7番ピンには5V(Vp)、4番ピンには-5V(Vn)を供給してください。なお、VpとVnには0.1μFのコンデンサを接続してデカップリングを施します。この回路は、反転構成で動作するオペアンプの測定に有効です。疑似サミング・ノード(ポテンショメータのワイパー)で観測されるError信号が、出力信号と入力信号の差をk倍した値に相当する誤差を表します。
この回路を確実に動作させるには、いくつかの工夫が必要です。まず、寄生成分による時定数を最小にするために、抵抗の値は小さく抑えなければなりません。また、ショットキー・ダイオードD1とD2をバック・ツー・バック接続したクランプ回路を設けています。これは、オシロスコープのオーバードライブを防ぎ、高い垂直感度で測定を行えるようにするためのものです。1N914など、ADALP2000に含まれている標準的なダイオードは、ショットキー・ダイオードと比べてかなり高い電圧でクランプします。また、容量が大きく、より多くの電荷が蓄積されます。図2の回路において、R1とR2がいずれも10kΩであれば、kは0.5となります。つまり、1Vのステップ信号を入力した場合に1%のセトリングが得られるのは、誤差範囲(Error信号)が5mV以内に収まったときだということになります。
ハードウェアの設定
任意波形ジェネレータ(AWGのW1)は、ピークtoピークの振幅が1V、オフセットが0V、周波数が60kHzの方形波を出力するように設定します。この方形波は、オシロスコープのチャンネル1によって観測します。同チャンネルは、スケールを500mV/divに設定し、トリガー・ソースとして使用します。一方のチャンネル2は、オペアンプの出力V2とポテンショメータのワイパーのError信号を交互に測定するために使用します。同チャンネルは、オペアンプの出力を観測する際には500mV/div、Error信号を観測する際にはそれよりも感度を上げて100mV/divに設定します。
手順
まず、オペアンプとしてはOP27を選択し、そのセトリング・タイムを測定します。ポテンショメータは、あらかじめ調整範囲の中央付近に設定しておきます。そして、ステップ信号のハイ区間、ロー区間の平坦な部分がほぼ同等で、中心がほぼ0Vになるように微調整します(図4)。Error信号は、ステップ信号の立上がりと立下がりにおけるセトリングを表します。この信号の出力波形をエクスポートし、実習レポートに添付してください。また、この出力波形は基準波形(REF1)として保存しておきます。それにより、後で他のオペアンプのセトリング波形と容易に比較することができます。
次に、OP27をOP37に置き換えます。OP27の場合と同様に、ステップ信号の立上がり/立下がりにおけるセトリングを表すError信号の出力波形をエクスポートし、実習レポートに添付してください。また、OP37のセトリング波形を先ほどREF1として保存したOP27の基準波形と重ねて表示します。それぞれのセトリング・タイムや全般的な特徴を比較してみてください。OP37で測定したError信号の出力波形も、後で比較を行いやすくするために基準波形(REF2)として保存しておきましょう。
最後に、OP37を、セトリングがそれよりもはるかに遅いOP97に置き換えます。ここまでと同様に、Error信号の出力波形を取得し、実習レポートに添付してください。その波形とREF1、REF2の波形と重ねて表示します。それぞれのセトリング・タイムや全般的な特徴を比較してみてください。
問題
- 高速なオペアンプでは、セトリング波形にリンギングが生じます。どのような回路素子を追加すれば、リンギングをなくすことができるでしょうか。なお、リンギングが生じなくなる代わりに、セトリング・タイムは長くなる可能性があります。
- R1とR2を1kΩといった小さい値に変更すると共に、ポテンショメータの値も5k Ω以下まで下げてみましょう。そうすると、セトリング波形はどのように変化しますか。
答えはStudentZoneで確認できます。
セトリング・タイムの測定方法に関する補足
Error信号を増幅することを目的とし、疑似サミング・ノードの後段に(非常に高速な)アンプ段を追加したいケースもあるはずです。ADALM2000が備えるオシロスコープ機能を含めて、最新のデジタル・オシロスコープの多くは、入力のオーバードライブに対する耐性が高く、Error信号を直接測定することができます。これについては、オシロスコープの取扱説明書をよく読んで確認しましょう。直接測定が行えるのならば、反転構成、非反転構成のどちらでもセトリング・タイムの測定が可能です。図4に示したのは、平坦なステップ信号に対するOP27とOP97の出力応答の例です。誤差1%に収まるまでのセトリング・タイムは、OP27の場合で約2.8マイクロ秒、OP97の場合で4.2マイクロ秒です。
セトリング・タイムの測定を行う場合、立上がりと立下がりが非常に高速で、ハイ区間、ロー区間が十分に平坦なパルスを生成できるソースを使用することが不可欠です。例えば、測定の対象となるオペアンプ(DUT)における0.1%までのセトリング・タイムが20ナノ秒である場合、印加するパルスは、5ナノ秒以内に0.05%までセトリングしている必要があります。ADALM2000に組み込まれているAWGには、そこまでの能力はありません。
そのようなソースは高価である可能性があります。ただ、図5に示す簡単な回路と適度に出力が平坦なパルス・ジェネレータを使うことでも、ハイ区間、ロー区間が平坦な信号を生成することは可能です。
図5の回路において、D1、D2、D3はいずれも容量値の小さいショットキー・ダイオードです。この回路は、接続に使用するすべてのリード長を最小にすることで最も良好に動作します。回路とパルス・ジェネレータの間は、短い50Ωの同軸ケーブルで接続することもできますが、パルス・ジェネレータの出力に回路を直接接続すると、最良の結果が得られます。パルス・ジェネレータは、図5のA点において5ナノ秒以内に約-1.8Vから+0.5Vに立ち上がるパルスを出力するように調整します(DUTのセトリング・タイムは20ナノ秒程度と仮定しています)。立上がり時間がそれよりも短いとリンギングが発生し、それよりも長いとDUTのセトリング・タイムが長くなる可能性があります。つまり、最良の性能を得るには、実際の回路での最適化が必要です。パルス・ジェネレータの出力がA点で0V以上になると、D1が導通し始めてD2とD3に逆バイアスがかかります。直列に接続したD2とD3のリーク電流と浮遊容量を無視すると、DUTの入力に相当するB点の信号では、0Vの領域は平坦になります。D1とそれに直列に接続された100Ωの抵抗により、A点においてパルスが正である間は、約50Ωの終端が維持されます。