ADALM2000による実習:MOSトランジスタで構成した差動ペア

目的

今回は、エンハンスメント型のNMOSトランジスタを使用して構成したシンプルな差動アンプについて検討します。

2021年6月の記事「ADALM2000による実習:バイポーラ・トランジスタで構成した差動ペア」では、ハードウェアに関する制限について説明しました。その制限は、今回の記事にも当てはまります。十分なS/N比を得るために、信号のレベルを高く設定し、任意波形ジェネレータ(AWG)の出力と回路の入力の間にアッテネータとフィルタを配置します(図1)。この回路は、以下の部品を使用して構成します(2つの入力に対応)。

  • 抵抗:100Ω(2 個)
  • 抵抗:1kΩ(2 個)
  • コンデンサ:0.1µF(2 個。印字は 104)
図1. アッテネータとフィルタ。11:1の減衰を実現します。

今回のすべての実験には、図1の回路を適用します。

準備するもの

  • アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000
  • ソルダーレス・ブレッドボード
  • ジャンパ線
  • 抵抗:10kΩ(2 個)
  • 抵抗:15kΩ(1 個。10kΩ の抵抗と 4.7kΩ の抵抗を直列に接続して使用)
  • 小信号 NMOS トランジスタ:「CD4007」または「ZVN2110A」(2 個)

説明

図2に、NMOSトランジスタを使用して構成した差動ペアの回路を示しました。トランジスタM1、M2としては、入手可能なものの中からVthのマッチングが最適なものを選択します。M1とM2のソースは、いずれも抵抗R3の一端に接続しています。R3のもう一端は、Vn(-5V)に接続してください。これにより、テール電流が供給されます。M1のゲートにはAWG1の出力(W1)を接続し、M2のゲートにはAWG2の出力(W2)を接続しています。M1、M2のドレインには、負荷抵抗R1、R2を接続します。両抵抗のもう一端は、Vp(5V)に接続してください。オシロスコープの差動入力(2+と2-)を使用し、R1、R2に現れる差動出力を観測します。

図2. NMOSトランジスタを使用して構成した差動ペア。テール抵抗を使用しています。
図2. NMOSトランジスタを使用して構成した差動ペア。テール抵抗を使用しています。
図3. 図2の回路を実装したブレッドボード
図3. 図2の回路を実装したブレッドボード

ハードウェアの設定

AWG1のW1は、ピークtoピークの振幅が4V、オフセットが0V、周波数が200Hzの三角波を生成するように設定します。一方、AWG2のW2は、ピークtoピークの振幅が4V、オフセットが0V、周波数が200Hzで、位相が180°の三角波を生成するように設定します。オシロスコープのチャンネル1については、1+をW1に接続し、1-をW2に接続してください。チャンネル2(2+と2-)は1V/divに設定します。オシロスコープ機能による信号の表示には、ソフトウェア・パッケージ「Scopy」を使用します。

手順

オシロスコープの表示については、X軸をチャンネル1(AWGの出力)、Y軸をチャンネル2(2+と2-)に対応づけます。R3の値を変更することによって、この回路のゲインにテール電流が与える影響(ゲインの線が原点を通るときの傾きなど)を確認してください。併せて、ゲインが線形になる入力範囲、回路が飽和したときに非線形に減衰する様子などを詳しく観察してください。

図4. 図2の回路の信号波形(XYプロット)
図4. 図2の回路の信号波形(XYプロット)

テール電流の制御用に電流源を使用する

テール電流を制御するために抵抗を使用するのは、最適な方法だとは言えません。そうではなく、電流源を構成して差動ペアにバイアスをかける方法を検討するべきです。2021年1月の記事「ADALM2000による実習:定電流源」で説明したように、数個のトランジスタと抵抗を組み合わせることによって、定電流源を構成することができます。具体的には、図5に示したようにトランジスタM3、M4を追加します。

追加で準備するもの

  • 小信号 NMOS トランジスタ:CD4007 または ZVN2110A(2個)。M3、M4 として使用
図5. テール電流を生成するための定電流源を適用した差動ペア
図5. テール電流を生成するための定電流源を適用した差動ペア

ハードウェアの設定

AWG1は、ピークtoピークの振幅が4V、オフセットが0V、周波数が200Hzの三角波を生成するように設定します。また、AWG2は、ピークtoピークの振幅が4V、オフセットが0V、周波数が200Hz、位相が180°の三角波を生成するように設定してください。図1の回路の抵抗分圧器により、M1とM2のゲートに印加される信号の振幅は、200mVよりわずかに低い値まで減衰します。オシロスコープのチャンネル1については、1+をW1に接続し、1-をW2に接続してください。チャンネル2(2+と2-)は1V/divに設定します。

図6. 図5の回路を実装したブレッドボード
図6. 図5の回路を実装したブレッドボード

手順

オシロスコープは、測定した信号の数周期分が表示されるように設定します。図7に、XYプロットによって得られる波形の例を示しました。

図7. 図5の回路の信号波形(XYプロット)
図7. 図5の回路の信号波形(XYプロット)

コモンモード・ゲインの測

差動アンプには、同相ノイズ除去(CMR:Common-mode Rejection)という重要な性質があります。その性能は、M1とM2のゲートに同一の入力源を接続することによって測定できます(図8)。図10に示した波形は、抵抗または電流源でバイアスをかけた差動ペアの差動出力を表しています(これはLTspice®によって取得したものです)。コモンモード電圧は、W1により、グラウンドをまたいで3Vから-3Vまで掃引しています。コモンモード・ゲインは、トランジスタが飽和領域から三極管領域(抵抗領域)に移行する際に、最も大きな影響を受けます。正のゲート電圧がドレイン電圧に近づくからです。このことは、グラウンドを基準としてシングルエンド接続されている(つまり、オシロスコープの入力2-が接地されている)状態で、ドレイン電圧を観測することによって確認できます。AWGの振幅は、出力信号を観測して、クリップ/フォールド・オーバーし始めるまで調整する必要があります。

図8. コモンモード・ゲインを測定するための回路
図8. コモンモード・ゲインを測定するための回路

ハードウェアの設定

AWGは、ピークtoピークの振幅が6V、オフセットが0V、周波数が100Hzの正弦波を生成するように設定します。オシロスコープのチャンネル1は、1+をW1に接続し、1-をグラウンドに接続してください。チャンネル2(2+と2-)は1V/divに設定します。

図9. 図8の回路を実装したブレッドボード
図9. 図8の回路を実装したブレッドボード

手順

オシロスコープは、測定した2つの信号の数周期分が表示されるように設定してください。図10に、LTspiceによって取得した波形の例を示しました。

図10. 図8の回路の信号波形
図10. 図8の回路の信号波形

問題

  • 図 8 の差動ペアにおいて、トランジスタ M1 のゲートへの入力に対し、出力 2+ と 2- は反転するでしょうか。それとも非反転になるでしょうか。
  • 入力電圧(W1)が上昇したとき、各出力電圧(2+ と 2-)はどのようになるか説明してください。入力電圧が下降したときには、どのようになりますか。

答えはStudentZoneで確認できます。

著者

Doug Mercer

Doug Mercer

Doug Mercerは、1977年にレンセラー工科大学で電気電子工学の学士号を取得しました。同年にアナログ・デバイセズに入社して以来、直接または間接的に30種以上のデータ・コンバータ製品の開発に携わりました。また、13件の特許を保有しています。1995年にはアナログ・デバイセズのフェローに任命されました。2009年にフルタイム勤務からは退きましたが、名誉フェローとして仕事を続けており、Active Learning Programにもかかわっています。2016年に、レンセラー工科大学 電気/コンピュータ/システム・エンジニアリング学部のEngineer in Residenceに指名されました。

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclausは、アナログ・デバイセズのシニア・ソフトウェア・エンジニアです。Linuxやno-OSドライバを対象とした組み込みソフトウェアを担当。それ以外に、アナログ・デバイセズのアカデミック・プログラムやQAオートメーション、プロセス・マネージメントにも携わっています。2017年2月から、ルーマニアのクルジュナポカで勤務。クルジュナポカ技術大学で電子工学と通信工学の学士号、バベシュボヨイ大学でソフトウェア・エンジニアリングの修士号を取得しています。