ADALM2000による実習:負のリファレンス電圧を生成する方法

目的

今回は、負のリファレンス電圧を生成する方法について検討します。通常、リファレンス電圧の生成には、正の電圧を生成する電圧リファレンスやレギュレータなどが使われます。従来、そのようにして生成された正の電圧から負のリファレンス電圧を生成したい場合には、反転構成のオペアンプ回路が使用されてきました。ただ、そうした回路で優れた性能を得るためには、高い精度でマッチングした複数の抵抗が必要になります。

背景

以前、筆者らは「ツェナー・ダイオードで構成したレギュレータをADALM2000で評価する」という記事を執筆しました。図1(a)の回路は、そのときに紹介した回路を応用したものです。この回路では、抵抗RZとツェナー・ダイオードDZから成る単純な構成によって、正のリファレンス電圧である+VREFを生成します。多くの場合、正のリファレンス電圧を生成する回路には非反転オペアンプ回路(バッファ)が組み込まれます。それにより、必要に応じて出力電圧をスケーリングしつつ、負荷に対して必要な電流を供給します。ここで、負のリファレンス電圧を生成したい場合には、非反転オペアンプ回路の代わりに反転オペアンプ回路を使用することで簡単に対応できます。そのオペアンプ回路によって+VREFを反転し、オペアンプから-VREFを出力すればよいのです。ただ、この手法には精度の高い2個の抵抗R1とR2が必要になります。図1(a)の回路で言えば、オペアンプの電圧オフセットに加え、それら2個の抵抗のミスマッチ(例えば、精度や温度係数の違い)により、オペアンプ回路の出力(-VREF)の値に誤差が生じます。ただ、この反転オペアンプ回路を使用した構成には、潜在的な副次効果があります。それは、-VREFの絶対値は+VREFの値と同じである必要はないというものです。つまり、-VREFの値は、R1とR2の比を変化させることで増減させることが可能です。一方、図1(b)には負のリファレンス電圧を生成する別の回路構成を示しています。今回の実習ではこの回路について検討します。この場合、-VREFの値は抵抗値の比に左右されることはありません。つまり、より少ない部品を使うだけで、より高い精度を実現できる可能性があります。

図1. -VREFを生成するための回路。(a)は、マッチングのとれた2個の抵抗R1、R2を使用する標準的な手法です。(b)の手法では、抵抗比を使用しないので、より高い精度を得ることができます。
図1. -VREFを生成するための回路。(a)は、マッチングのとれた2個の抵抗R1、R2を使用する標準的な手法です。(b)の手法では、抵抗比を使用しないので、より高い精度を得ることができます。

ここで、図1の2つの回路について詳しく検討してみましょう。図1(a)の回路では、反転オペアンプ回路における仮想接地の性質から、R1の両端にツェナー電圧である+VREFが印加されることがわかります。R2とR1の値が高い精度で等しい場合、絶対値が同じくVREFの電圧がR2の両端にも現れます。但し、その符号はグラウンドに対して逆になります。R2の両端の電圧がツェナー・ダイオードの両端の電圧と同じであるということは、図1(b)のように帰還ループ内のR2をダイオードで置き換えても同じく-VREFを生成できるはずです。RZは、図1(a)の場合と同様に、単にツェナー・ダイオードのバイアス電流のレベルを設定するために使用しています。図1(b)では、IZはVDD/RZに等しくなります。それに対し、図1(a)の回路のIZは(VDD - VREF)/RZとなります。どちらの場合でもIZの値が同じになるようにするには、値の異なるRZを使用します。コンデンサC1は、グラウンドと出力端子の間でツェナー・ダイオードをデカップリングするためのものです。なお、多くの場合、電源のデカップリング用のコンデンサも必要になります。図1では省略していますが、オペアンプのすぐ近くで、+VDDと-VSSの間にインダクタンスの小さい0.1µFのコンデンサを接続します。

回路の説明

図1(b)と同等の回路は、理論的には一般的な3端子の電圧リファレンス回路と、低ノイズ/低オフセットのオペアンプを組み合わせることで構成できます。通常、バンドギャップの概念に基づいて負のリファレンス電圧を生成するには、高品質のPNPトランジスタが必要です。しかし、一般的なプロセスで製造されるPNPトランジスタは、NPNトランジスタほど品質が高くありません。そこで、本稿ではNPNトランジスタをベースとするバンドギャップ回路を取り上げることにします。その前に、ダイオードをリファレンス素子として使用する回路を紹介します(ステップ1)。その後に、NPNトランジスタをベースとする回路をリファレンス素子として使用する2種類の例を示すことにします。ステップ2では、NPNトランジスタをベースとする2端子の回路(シャント・レギュレータ)を使用する例を紹介します。ステップ3では、3端子の回路(シリーズ・レギュレータ)を使用する例を取り上げます。

準備するもの

  • アクティブ・ラーニング・モジュール「ADALM2000
  • ソルダーレス・ブレッドボード
  • ジャンパ線
  • 抵抗:4.7kΩ(1 個)、1.5kΩ(2 個)、20kΩ(2 個)、2.2kΩ(1個)、100Ω(1 個)
  • 可変抵抗(ポテンショメータ):10kΩ(1 個)
  • 小信号 NPN トランジスタ:「2N3904」(4 個。またはマッチングのとれた NPN トランジスタ・ペア「SSM2212」)
  • LED:2 個(何色でも可)
  • クワッドオペアンプ:「OP482」または「OP484」(1 個)
  • コンデンサ:1nF(1 個 )、0.01µF(2 個 )、0.1µF(2 個。5V/-5V の電源用のデカップリング・コンデンサ)

ステップ1

アナログ・パーツ・キット「ADALP2000」には、ツェナー電圧(逆方向のブレークダウン電圧)が6.1Vのツェナー・ダイオード「1N4735」が含まれています。ADALM2000の±5Vの固定電源を使用して回路を構成する場合、その6.1Vという値は高すぎます。LEDの順方向電圧は、その色に応じて1.6V~2.0Vの範囲になります。そこで、本稿ではADALP2000に含まれるLEDを使用して回路を構成することにします。LEDはリファレンス用のダイオードとして適切なものではありませんが、学習用途であれば問題ないでしょう。

ここでは、図2(a)、(b)のように回路を構成します。これらは、それぞれ図1(a)、(b)の回路に対応しています。2個のLEDについては、なるべく同じ色のものを使用してください。なお、緑色LEDの順方向の電圧降下は、赤色LEDや黄色LEDの電圧降下よりも大きくなります。ダイオードに流れる電流IDは、どちらの回路でも約1mAというほぼ等しい値になるようにします。図2(a)の回路では、IDの値は(5V - VD)/R3で決まります。一方、図2(b)の回路では5V/R4となります。したがって、R4として4.7kΩの抵抗を使用すればIDの値は約1mAとなります。そして、VDの推定値が2Vであるとすると、R3の値は約3kΩとなります。3kΩの抵抗は、ADALP2000に含まれる1.5kΩの抵抗を2個直列に接続することで実現できます。また、図2(a)の回路ではR1とR2の値も選択する必要があります。ここで、R1に流れる電流は、R3に流れる電流よりもはるかに少なく抑えなければなりません。この条件を満たすために、R1とR2としては、20kΩといったはるかに高い値の抵抗を使用することにします。

図2. -VREFを生成するためのより具体的な回路。(a)は、マッチングのとれた2個の抵抗R1、R2を使用する標準的な手法です。(b)の手法では、図1(a)、(b)のツェナー・ダイオードの代わりにLEDを使用しています。この手法では、抵抗比を使用しないので、より高い精度を得ることができます。
図2. -VREFを生成するためのより具体的な回路。(a)は、マッチングのとれた2個の抵抗R1、R2を使用する標準的な手法です。(b)の手法では、図1(a)、(b)のツェナー・ダイオードの代わりにLEDを使用しています。この手法では、抵抗比を使用しないので、より高い精度を得ることができます。

ハードウェアの設定

図3に示すように、図2の回路をブレッドボード上に実装してください。続いて、ソフトウェア・パッケージ「Scopy」が備える電圧源の制御用のウィンドウと電圧計のウィンドウを開きます。なお、DMM(デジタル・マルチメータ)を使用すれば、Scopyで制御可能な電圧計よりも正確に回路内のDC電圧を測定することができます。

手順

ADALM2000の正負両方の電源をオンにします。オペアンプの8番ピンと14番ピンに現れる-VREFの値を測定してください。また、LEDに現れる+VREFの電圧も測定してください。

図3. 図2の回路を実装したブレッドボード
図3. 図2の回路を実装したブレッドボード
図4. Scopyで制御可能な電圧計で測定した電圧の例
図4. Scopyで制御可能な電圧計で測定した電圧の例

ステップ2

ステップ1で作製した回路を図5に示すように変更します。ブレッドボード上で変更作業を行う際には、必ず電源をオフにしてください。ここでは、LEDをシャント・レギュレータ段に置き換えます。まずは抵抗R1とR2、トランジスタQ1によってゼロゲイン・アンプを構成してください。その上で、抵抗R3とトランジスタQ2を安定化された電流源として追加します。マッチングのとれたNPNトランジスタ・ペアであるSSM2212を使う場合には、トランジスタQ1、Q2として使用してください。更に、トランジスタQ3をエミッタ接地段として追加します。Q3のベースをQ2のコレクタに、Q3のコレクタをR1、R3、R4の共通ノードに接続してください。

図5. NPNトランジスタをベースとする2端子のバンドギャップ・リファレンス(シャント・レギュレータ)を使用した回路
図5. NPNトランジスタをベースとする2端子のバンドギャップ・リファレンス(シャント・レギュレータ)を使用した回路 

ハードウェアの設定

必要な設定はステップ1の場合と同じです。ブレッドボードは図6に示すように実装してください。

手順

ADALM2000の正負両方の電源をオンにします。その状態で、オペアンプの14番ピンに現れる-VREFの値を測定してください。また、バンドギャップ・リファレンス(シャント・レギュレータ)の両端(Q3のコレクタとエミッタ間)の電圧も測定してください。ポテンショメータR3の値を調整すれば、-1.25Vのリファレンス電圧を生成できるはずです。

電源のヘッドルームのテスト

続いて、+VDDのヘッドルームの要件についてテストしてみましょう。そのためには、ADALM2000の正の固定電源を+VDDから切り離し、デカップリング・コンデンサをすべて取り外します。ブレッドボードの変更/追加を行う際には、必ず電源をオフにしてください。続いて、+VDDに任意波形ジェネレータ(AWG1)を接続します。そして、AWG1から周波数が100Hzの台形波が生成されるように設定しましょう。ピークtoピークの振幅を5V、オフセットを2.5Vに設定し、0Vから5Vまでの範囲でスイングするようにします。オシロスコープのチャンネル1をAWG1の出力に接続し、同チャンネル2を最初の例の回路の-VREF(OP482の14番ピン)に接続してください。オシロスコープをXYモードに設定し、チャンネル1をXに、チャンネル2をYに割り当てます。AWG1を起動して、-5Vの固定電源をオンにしてください。そして、-VREFが-1.25Vという一定の値を維持し始める+VDDの最小電圧を記録します。

次に、-VSSのヘッドルームの要件についてテストを行ってみましょう。そのためには、ADALM2000の正の固定電源を+VDDに再度接続します。一方、負の固定電源は-VSSから切り離し、デカップリング・コンデンサをすべて取り外します。その上で、-VSSにAWG1を接続します。AWG1は、ピークtoピークの振幅を5V、オフセットを-2.5Vに設定して、0Vから-5Vの範囲でスイングする信号を生成します。この状態でAWG1を起動し、5Vの固定電源をオンにしてください。OP482の14番ピンの測定を繰り返し、リファレンス電圧が一定の値になる-VSSの最小値を記録しましょう。

図6. 図5の回路を実装したブレッドボード
図6. 図5の回路を実装したブレッドボード

ステップ3

続いて、図7に示すように回路を変更してください。ブレッドボードに変更を加える際には、必ず電源をオフにします。ここでは、ステップ2で使用した2端子のシャント・レギュレータを3端子のシリーズ・レギュレータに変更します。そのためには、トランジスタQ4から成るエミッタ・フォロワ段と補償用のコンデンサC1を追加します。

図7. NPNトランジスタをベースとする3端子のバンドギャップ・リファレンス(シリーズ・レギュレータ)を使用した回路
図7. NPNトランジスタをベースとする3端子のバンドギャップ・リファレンス(シリーズ・レギュレータ)を使用した回路

ハードウェアの設定

ハードウェアの設定はここまでの例と同様です。ブレッドボードは図8のように実装してください。

手順

ADALM2000の正負両方の電源をオンにします。オペアンプの14番ピンに現れる-VREFの値を測定してください。また、バンドギャップ・リファレンス(シリーズ・レギュレータ)の両端に現れる電圧(Q4のエミッタとQ3のエミッタ間の電圧)も測定します。

図8. 図7の回路を実装したブレッドボード
図8. 図7の回路を実装したブレッドボード 

問題

図2の回路において、緑色LEDを赤色LEDや黄色LEDに置き換えた場合、出力されるリファレンス電圧の値はどうなるでしょうか?

答えはStudentZoneで確認できます。

 

著者

Doug Mercer

Doug Mercer

Doug Mercerは、1977年にレンセラー工科大学で電気電子工学の学士号を取得しました。同年にアナログ・デバイセズに入社して以来、直接または間接的に30種以上のデータ・コンバータ製品の開発に携わりました。また、13件の特許を保有しています。1995年にはアナログ・デバイセズのフェローに任命されました。2009年にフルタイム勤務からは退きましたが、名誉フェローとして仕事を続けており、Active Learning Programにもかかわっています。2016年に、レンセラー工科大学 電気/コンピュータ/システム・エンジニアリング学部のEngineer in Residenceに指名されました。

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclaus

Antoniu Miclausは、アナログ・デバイセズのシニア・ソフトウェア・エンジニアです。Linuxやno-OSドライバを対象とした組み込みソフトウェアを担当。それ以外に、アナログ・デバイセズのアカデミック・プログラムやQAオートメーション、プロセス・マネージメントにも携わっています。2017年2月から、ルーマニアのクルジュナポカで勤務。クルジュナポカ技術大学で電子工学と通信工学の学士号、バベシュボヨイ大学でソフトウェア・エンジニアリングの修士号を取得しています。