質問:
4~20mAの電流ループに対応するセンサー・システムを、性能を損なうことなく小型化したいと考えています。そのためには、どのようなソリューションを利用すればよいのでしょうか?

回答:
一般に、小型化を図るという目標に対してはSoC(System on Chip)の採用が有効な解になります。4~20mAに対応するセンサー・システムについて言えば、ミックスド・シグナル・マイクロコントローラと4~20mA対応のトランスミッタを組み合わせるとよいでしょう。そうすれば、小型化だけでなく、複数種のセンサーへの対応、柔軟性の向上、システムの信頼性の改善も図れます。
また、センサーのゲイン/オフセット誤差を補正したり、信頼性の高いデータ伝送を実現したりすることも可能になります。
はじめに
4~20mAの電流ループは、産業分野において製造プロセスに関する情報を伝送するための手段として広く使われています。例えば、センサーによって温度や圧力などを監視し、その測定結果を伝送するために利用するといった具合です。4~20mAの電流ループは、情報を遠くまで伝送する必要がある場合に特に有用です。なぜなら、その信号はノイズの影響を比較的受けにくいからです。また、遠隔から電力を供給することが可能である点もメリットになります。本稿では、まず4~20mAに対応するシステムの基本について説明します。次に、スマート化が進んだ現在のシステムについて概念レベルで解説を加えます。その上で、外付け部品の数を最小限に抑えてソリューション全体のサイズを縮小する方法を明らかにします。なお、その方法で使用するチップセットは、システムの信頼性の向上にも貢献します。
4~20mA技術の基本、進化した姿
図1に、4~20mAの電流ループを使用するシンプルな例を示しました。このシステムでは、センサーから出力される電圧がそれに比例する電流に変換されます。ここで、4mAの電流はセンサーの出力がゼロのレベルであることを表します。一方、20mAの電流は同出力がフル・スケールのレベルであることを表します。リモートに配置されたレシーバーは、トランスミッタから4mA~20mAの電流を受け取り、それに対応する電圧を生成します。その電圧をコンピュータやディスプレイ・モジュールに引き渡し、実用的に利用するための処理を施します。
図1に示した基本的なシステムは、業界のニーズに応える形で進化を続けています。例えば、トランスミッタとしては図2に示したようなものが使われるようになりました。このスマート・トランスミッタは、A/Dコンバータ(ADC)とマイクロコントローラ(MCU)を内蔵しています。それらを使用すれば、シグナル・コンディショニングを実現できます。そのためには、まずセンサーから出力されるアナログ信号をデジタル・データに変換します。また、ゲインとオフセットを正規化し、センサーの線形化を図ります。得られたデータに対しては、マイクロコントローラ上のアルゴリズムによる処理を適用します。その上で本来のアナログ信号(4mA~20mAの電流)に変換します。その結果をホスト・コンピュータに伝送します。
キャリブレーション済みの計測器(センサー・システム)が適切に動作している場合、その出力信号は4mA~20mAの間に収まっているはずです。しかし、プロセスの状態が通常の動作条件から外れてしまうこともあり得ます。そのため、トランスミッタはそのような状況にも対応できるように設計されます。例えば、最大20.5mAの電流を出力できるようにするといった具合です。その出力信号(電流)は、本来の対象範囲の外にある飽和領域に位置しています(図3)。同様に、測定範囲の下限側にも飽和領域(範囲は上限側よりも狭い)が設けられます。
よりスマートなシステムでは、センサーやADCの故障といった内部の障害を検出できるようになっています。そのような状況が発生した場合、その種のシステムが備えるマイクロコントローラは、ユーザが設定したフェイルセーフ・モードに対応する形で出力信号を3.6mAまたは21.0mAに設定します。
障害に対応する信号のレベルは、NAMUR NE43の勧告という形で標準化されています(前掲の図3)1。
上記の理由から、トランスミッタの電子回路に供給できる電流は約3.5mAに制限されます。アプリケーションで使用するデバイスを選択する際には、この点について慎重に検討する必要があります。
図2に示したトランスミッタでは更なる機能の強化が図られています。具体的には、デジタル通信機能が追加されています。この機能は、4~20mAの信号と通信用の信号がツイスト・ペア線を共有することによって実現されます。そのような形で、センサーによって取得したデータと共に、制御や診断に用いる信号を伝送します。
上記のデジタル通信には、HART(Highway Addressable Remote Transducer)プロトコルが広く使用されています。HARTでは、デジタル・データの1と0を、それぞれ1200Hzと2200Hzの周波数で表すFSK(Frequency Shift Keying)が使われます。センサーからのアナログ信号(DC信号)に各周波数の正弦波が重畳され、アナログ通信とデジタル通信が同時に実現されます(図4)。FSKの信号の平均値は常にゼロなので、4~20mAのアナログ信号はその影響を受けません。
HARTにはコマンド・セットが用意されています。それらにより、すべてのフィールド・デバイスに対して一貫性のある統一された通信方法が提供されます(図5)。コマンド・セットには、ユニバーサル、コモン・プラクティス、機器固有の3つのクラスがあります。HARTのプロトコルを使用するすべてのデバイスは、ユニバーサルのコマンドをサポートしなければなりません。つまり、主変数や単位の読み取りなどに関するコマンドを認識することが求められます。コモン・プラクティスのコマンドは、キャリブレーション、セルフテスト、多くの変数の読み取りなどに使われます。このコマンド・セットは、多くのデバイスに実装されている機能に対応しています。機器固有のコマンドは、各フィールド・デバイスに固有の機能をサポートします。
HARTに対応するデバイスは、38ビットのアドレスを備えています。そのアドレスには、メーカーのIDを表すコード、デバイスの種類を表すコード、デバイスに固有の識別子が保存されます。
4~20mAのセンサーに対応する超低消費電力のトランスミッタ
「MAX12900」は、4~20mAに対応するセンサー向けに開発された超低消費電力のトランスミッタです。図6に示すような10種のビルディング・ブロックを内蔵しています。
このトランスミッタは、マイクロコントローラを介してセンサーからの信号を受け取ります。実際に受け取るのは、粗のPWM信号(PWMAP)と微のPWM信号(PWMBP)です。それらの信号にはバッファリングと加算の処理が適用され、ローパス・フィルタ(OP1のブロック)を介して電圧レベルで表現される信号に変換されます。図6の回路では、粗の信号向けのゲインは1(R5/R3)、微の信号向けのゲインは1/66(R5/R4)に設定されています。OP3のブロックでは、高精度の電圧リファレンスと外付けのMOSFET(Q1)を使用しています。それにより、高精度の電圧制御電流源が実現されています。この回路では、2つ目の汎用アンプ(OP2)を使用して電流ループの測定を行い、得られた情報をマイクロコントローラにフィードバックします。2つのコンパレータは、電源電圧と内蔵LDO(低ドロップアウト)レギュレータの電圧を監視するために使用します。電源用のシーケンサは正常な起動を保証し、LDOレギュレータの出力が最終的な値の90%(分圧器によって設定)に達するとパワー・グッド信号を出力します。
AFEとHARTモデムを内蔵するマイクロコントローラ
「MAX32675C」は、産業用アプリケーション向けのミックスド・シグナル・マイクロコントローラです(図7)。集積度が高く、消費電力が極めて少ない製品であり、浮動小数点ユニット(FPU)を備えるArm® Cortex®-M4をベースとしています。また、豊富なデジタル・ペリフェラルとアナログ・フロント・エンド(以下、AFE)も内蔵しています。
AFEには、低消費電力のHARTモデム、PGA(プログラマブル・ゲイン・アンプ)を備える12チャンネルのシグマ・デルタ(ΣΔ)ADC(2個)、分解能が12ビットのD/Aコンバータ(DAC)が統合されています。
MAX32675Cが内蔵するAFE
MAX32675CのAFEには、ΣΔ ADCが2つ実装されています(図8)。それらによって、多重化された12のアナログ入力に対応します。入力形式は、差動またはシングルエンドに構成することが可能です。各ADCの前段には、1倍から128倍までの8種のゲインを設定できるPGAが配置されています。PGAの出力には外部からアクセスできるので、必要に応じてフィルタを追加したりすることが可能です。また、複数のリファレンス入力を利用できることから高い柔軟性が得られます。加えて、精度が50ppmの電圧リファレンスを内蔵しており、その出力を1.024V、1.5V、2.048V、2.5Vにプログラムすることができます。更に、このAFEは16レベルのプログラマブル電流源や固定電圧源(VDD/2)も内蔵しています。それらによってセンサーをバイアスすることが可能です。
AFEが備えるADCの特徴
AFEが備えるADCでは、必要に応じて、内部のオフセット/ゲインの誤差とシステムのオフセット/ゲインの誤差を自動的にキャリブレーションできるようになっています。また、キャリブレーションに関する値を専用のレジスタに保存することも可能です。PGAについても、ゲインのキャリブレーションを実施するための8つの独立したレジスタが用意されています。
セルフ・キャリブレーションのルーチンには、入力ピンを駆動するソース信号など、システムのオフセットやゲインを変化させる可能性がある外部からの影響は及びません。
システムのキャリブレーションでは、選択した入力ピンにゼロ・スケールの信号とフル・スケールの信号を入力します。そして、システムのゼロ・スケール・キャリブレーションまたはシステムのゲイン・キャリブレーションのコマンドを実行します。それにより、システムのゼロ・スケール/フル・スケールのキャリブレーションが実現されます。
システムのキャリブレーションに使用する値を自動生成する代わりに、キャリブレーション用の内蔵レジスタに値を直接書き込むことも可能です。
キャリブレーションに使用する値は、以下の式に従って、ADC_DATAレジスタに格納された変換結果に適用されます。
ここで、各変数の意味は以下のとおりです。
ADC_DATA:ADCによる変換データの出力先レジスタ
Conversion: キャリブレーションの結果を適用する前のADCによる変換結果
ADC_SELF_GAIN [1:128]: 選択したゲインに対する内部ゲインの補正値
ADC_SELF_OFF: 内部オフセットの補正値
ADC_SYS_GAIN: システムのゲインの補正値
ADC_SELF_OFF: システムのオフセットの補正値
ADCと共に用いるデジタル・フィルタは構成が可能です。ノッチの周波数やデータ・レートを選択できます。
また、FIR(Finite Impulse Response)フィルタを使用すれば、50Hz/60Hzの成分を同時に除去することができます。その場合のデータ・レートは16SPSで、50Hzと60Hzの成分が90dB以上減衰します。加えて、それらの高調波の振幅も大幅に低下します。一方、FIRフィルタを50Hz、60Hzの成分を個別に除去するように構成した場合、それらの周波数における減衰量は小さくなります。ただ、50Hz/60Hzを同時に除去する場合と比べて変換時間が短くなります(データ・レートは40SPS)。
また、デジタル・フィルタはsinc4のフィルタ(4次SINCフィルタ)を実現するように構成することも可能です。その場合、24ビットの分解能では1989SPSまで、16ビットの分解能では15360SPSまでのデータ・レートで連続的な動作を実現できます。
MAX32675Cのシーケンサは非常に強力な機能です。シーケンス・バッファ・レジスタに、一連のコマンドをプログラムできるようになっています(図9)。シーケンスが完了すると、割り込みが発生するように設定することも可能です。
更に、ADCの変換出力を格納する8つのレジスタが用意されています。それらをシーケンサで使用することもできます。
8つの変換レジスタには、上限/下限の閾値比較を行うための8つのレジスタが関連づけられています。比較結果はステータスのレジスタに格納されます。
AFEを熱電対による温度測定用に構成する
ここでは、熱電対を使用して温度を測定するケースを例にとります。それに対応するためには、MAX32675CのAFEを図10のように構成します。熱電対の電圧は、高精度の電圧リファレンスを使用して測定します。ただ、冷接点の温度は別のセンサーによって測定する必要があります。例えば、RTD(測温抵抗体:Resistance Temperature Detector)を使用することでその温度を測定するといった具合です。
熱電対を使用した温度測定では、その種類に応じてPGAのゲインを適切な値に設定する必要があります。例えば、Kタイプの熱電対の場合、最大54mVの電圧が生成されます。そのため、PGAのゲインを32倍にすれば、約1.7Vの出力が得られます。熱電対は、AFEが備える電圧発生器を使用してVDD/2(AIN5)にバイアスされます。
RTDを使用した冷接点の温度測定に向けては、電流源IDAC0からAIN10に200μAの電流が供給されるように構成します。この電流は、RTDとリファレンス抵抗RREFに流れます。そして、RREFの両端では800mVの電圧降下が生じます。この電圧は、測定用のリファレンス電圧として使用されます。RTDとRREFには同じ値の電流が流れるので、ADCによる変換データはRTDの抵抗値とRREFの値の比になります。
HARTモデムの詳細
MAX32675Cは、1200Hz/2200Hzを使用するFSK信号の変復調機能も備えています(図11)。このHARTモデムは、非常に少ない消費電力で必要な信号処理を実行します。また、わずかな外付け部品しか必要としません。入力信号はADCによってサンプリングされ、その後段のデジタル・フィルタ/復調器に引き渡されます。一方、変調器は1200Hzと2200Hzの間で位相が連続的に切り替わるクリーンな信号を生成します。ペリフェラル用のレジスタの設定にはSPI(Serial Peripheral Interface)を使用し、通信にはUART(Universal Asynchronous Receiver/Transmitter)を使用します。
スマート・トランスミッタの実装
MAX12900とMAX32675Cを組み合わせれば、スマート・トランスミッタを実現できます(図12)。そのための外付け部品はほとんど必要ありません。したがって、ソリューション全体のサイズを抑えられます。MAX12900のパッケージのサイズは5mm×5mm、MAX32675Cのパッケージのサイズは8mm×8mmです。
まとめ
MAX12900とMAX32675Cを組み合わせれば、4~20mAの電流ループに対応するスマート・トランスミッタを構成できます。そのトランスミッタの特徴の1つは小型であることです。また、複数種のセンサーに対応可能なので高い柔軟性が得られることに加え、システムの信頼性を高められます。加えて、複数のリファレンス入力とデュアルADCを備えていることから、システムの冗長性を実現可能です。更に、コンパレータや予備のオペアンプにより、電源電圧や出力電流といった重要なパラメータの監視も実施できます。その結果、SIL(Safety Integrity Level)に対応する実装の簡素化を図ることが可能になります。
参考資料
1 NAMUR - User Association of Automation Technology in Process Industries(NAMUR - プロセス産業向けのオートメーション技術に関するユーザ協会)