質問:
オペアンプICの中には、入力バイアス電流がfAのレベルにまで抑えられているものがあります。そのような微少な電流を測定するには、どのような方法を用いればよいのでしょうか?
回答:
容量性積分測定という方法を採用するとよいでしょう。その際にポイントになるのは、使用する装置を慎重にセットアップすることです。
はじめに
アプリケーションによっては、リーク電流を少なく抑えることが重要な要件になることがあります。その場合、オペアンプについても、入力バイアス電流が極めて少ないものを選択することが重要です。例えば、アナログ・デバイセズのオペアンプIC「ADA4530-1」であれば、入力バイアス電流の値が室温で±20fAに抑えられています。アプリケーション・ノートAN-1373「ADA4530-1を使用したフェムトアンペア・レベルの入力バイアス電流測定」では、ADA4530-1の評価用ボードを使用して、そうした微少なレベルの入力バイアス電流を測定する方法が説明されています。ただ、実際にfAのレベルの電流を測定するのは容易なことではありません。例えば、治具、シールド、ケーブル、コネクタなどで構成される測定環境も測定結果に大きな影響を及ぼすからです。
本稿では、一般的な手段で入手が可能な商用グレードの実験器具や、治具、素材を使用して、AN-1373に記された測定方法を再現することを試みます。また、最終的に50fAの入力バイアス電流を得るまでに行ったいくつかの改善策も紹介します。微少な入力バイアス電流を測定するためには、まず入力容量の測定を行います。次に、温度が125°Cという条件下で入力容量を充電する場合に、出力電圧がどのように変化するのか観測します。続いて、測定した出力電圧の値を基にバイアス電流の値を算出します。その上で、得られた測定結果に基づき測定環境の改善を図ることにします。
容量性積分測定
AN-1373によれば、容量性積分測定を行う際に最初にやるべきことは、ADA4530-1の入力容量Cpを測定することです。本稿では、ADA4530-1の評価用ボード「ADA4530-1R-EBZ-BUF」を使用し、同ボード上でADA4530-1をバッファ・モードに設定することにより測定を行います。
Cpの値を測定したら、入力バイアス電流IB+を計算します。その計算のベースとなるのは、図1に示す回路構成です。図中のテスト・ボックスが備えるスイッチSWをオン(グラウンドに接続された状態)からオフ(グラウンドから切り離されたオープンの状態)に切り替えることで、CpにIB+が流れます。それに伴って出力電圧が上昇するので、その振る舞いを観測します。得られた結果を以下の式に代入することで、IB+の値を算出できます。
直列抵抗を使用して入力容量を測定
ここではCpの値を測定(計算)するための手段として、オペアンプの入力に接続した直列抵抗を使用します。図2に示したのが、その回路構成です。直列抵抗RSの値は、AN-1373のp.6に記載されているガイドラインに基づいています。ここでは、同抵抗の値を8.68MΩに設定しました。また、後の測定に必要なものとして、テスト・ボックスの中にはSWも実装しました(図では、SWをオープンの状態にしています)。
続いて、ファンクション・ジェネレータによって信号を入力し、オペアンプ回路の出力を観測します。具体的には、出力振幅が-3dB減衰する周波数の値を取得します。そうすれば、以下の式によって入力容量の値を求められます。
図3に、測定環境の外観を示しました。ここでは、AN-1373のp.6に記載された「入力の直列抵抗を使用した合計入力容量の測定」に従って測定を行います。それによれば、温度制御チャンバの温度は125°Cまで上昇することになります。したがって、実験器具としては、その温度に耐えられるものを使用しなければなりません。そこで、同軸ケーブルとしては「RG-316/U」を使用することにしました。また、評価用ボード上のADA4530-1の非反転入力には3軸コネクタが用いられています。そこで、3軸‐同軸(2軸)の変換を実現するコネクタ「BJ-TXP-1」(アクシス製)を使用することにしました。なお、3軸側のガード端子はフロート状態のままにしておきます。
以上のように環境を構築して実際に測定を行うことで、Cpの測定結果としては73.6pFという値が得られました。AN-1373によれば実際の測定値は約2pFになるはずなので、それよりも値が大きくなっています。その理由としては、テスト・ボックスから非反転入力までのケーブル長が挙げられます。なお、実際のテスト・ボックスは図3(b)に示すような形態で実現していました。
入力容量の値を基にバイアス電流を測定
続いて、入力バイアス電流の測定を開始します。回路の構成は図1のとおりです。テスト・ボックスは図4のようなものになります。ここでは、先ほどまで使用していたRSを取り外していることに注意してください。AN-1373のp.7に記載されているように、容量性積分測定では、SWを使ってオペアンプの非反転入力をいったんグラウンドに接続してからオープンにするという操作を行います。その後、数分間にわたって出力電圧の変化をデジタル・マルチメータ(DMM)によって観測します(ここでは、Keysight Technologies製のDMM「34401A」を使用しました)。最後に、式(1)のVOUTに測定値を代入し、IB+の値を計算します。
図5に示したのは、同じ条件下で3回測定を行った結果です。下段は、DMMで測定したADA4530-1の出力電圧、上段は式(1)を使って計算した電流値を表しています。ご覧のように、電圧の測定値には再現性がありません。そのため、電流値の波形(測定結果)も、AN-1373に図13、図14として示されている結果とは異なる形状になっています。
測定環境の改善
上述したように、入力バイアス電流の測定結果は、AN-1373に示された測定結果と同等のものにはなりませんでした。そこで、以下では、測定精度を高めるために環境の改善を図ります。
シールド・ボックスを使用すると共に、入力ケーブルを短くする
まず、以下の2つの改良を加えました。
- 温度制御チャンバに収める評価用ボードをシールド・ボックスで覆いました(図 6)。
- 非反転入力端子に接続する同軸ケーブルを短くすることで、Cp の値を抑えました(図 7)。
これらによって、外部からのノイズの影響を抑えつつ、ケーブルのわずかなリーク電流を低減することができます(Cpを再計算すると35.2pFになりました)。ただ、何度測定を繰り返しても、図5に示した測定結果と同様に、再現性は得られませんでした。電流値の波形は、期待していたのとは全く異なっていたということです。そこで、更なる改善を図ることにしました。
テスト・ボックスを取り除く
追加の改善策として、使用していたテスト・ボックスを取り除くことにしました。具体的には、SWの代わりに、グラウンドへの接続/オープンの切り替えを手作業で直接行うように変更しました(図8)。つまり、テスト・ボックスというコンダクタンスの成分を排除したということです。その結果、図9に示した波形を取得することができました。
DMMによって測定した出力電圧は、一定の傾きで増加し、何回測定しても約4.16Vに到達するようになりました。これに対応するバイアス電流の値は約50fAです。
また、赤色で示したのは、非反転入力端子に接続する同軸ケーブルをより短くして再測定した結果です。この場合のCpの値は26.5pFです。電圧が上昇する際の傾きは、理論的な計算値と同等になっています。これらの測定結果から、入力側のコンダクタンスの成分が測定精度に最も大きな影響を及ぼすことが判明しました。
まとめ
fAのレベルの電流測定は、一般的な実験器具を使うことでも実施できます。但し、オペアンプの入力側で生じるリーク電流のパスについて慎重に考察する必要があります。
測定精度を高めるには、テフロン端子ブロックを入力側に適用するか、評価用ボードと共に3軸ケーブルを使用することが推奨されます。
謝辞
本稿の執筆にあたり、技術的な助言を提供してくれたScott Hunt、Iku Nagai、Jun Kakinumaに感謝します。
参考資料
Vicky Wong「AN-1373 アプリケーション・ノート: ADA4530-1を使用したフェムトアンペア・レベルの入力バイアス電流測定」Analog Devices、2015年10月