SigmaDSPによる車載オーディオ・システムのノイズと消費電力の低減

今日の車載電子システムには、ますます多くのデジタル・シグナル・プロセッサ(DSP)が配備され、オーディオ信号のデジタル処理や車両のマルチメディアの利用に活躍しています。たとえば、カーラジオやCDシステムの代わりに車載マルチメディア・システムが使われるようになり、その場合ADAU1401SigmaDSP®プロセッサなどのDSPを使用することで、優れたオーディオ性能と柔軟性が可能になり、同時に乗員はパワフルなマルチメディアを楽しむことができるようになります。このようなDSPは、消費電力や、システム・ノイズによるリスニングへの悪影響を低減しようとするシステムエンジニアにとっても役に立つツールとなります。この論文では、SigmaDSPプロセッサとSigmaStudioグラフィカル開発ツールを利用して、ノイズと消費電力を最小限に抑える新しい方法をご紹介します。

ADAU1401は全機能内蔵型のシングルチップ・オーディオ・システムで、完全にプログラマブルな28/56ビット・オーディオDSPのほか、A/DコンバータとD/Aコンバータ、マイクロコントローラに類した制御インターフェースを搭載しています。信号処理では、イコライゼーション、バス・エンハンスメント、マルチバンド・ダイナミクス、遅延補償、スピーカー補償、ステレオ・イメージ・ワイドニング等を行います。この処理はハイエンドのスタジオ機器にも匹敵し、スピーカー、アンプ、リスニング環境で実際に発生する制約を補償することで、聴覚に伝わるオーディオ品質を大幅に向上させます。

SigmaStudioソフトウェアの操作は容易で、ユーザはバイクワッド・フィルタ、ダイナミクス・プロセッサ、レベル制御、GPIOインターフェース制御などのブロックを使用して、カスタム信号処理フローをグラフィカルに設定できます。

ノイズ・フロア

携帯機器とは異なり、車載オーディオ・システムには強力なアンプが備わっています。各スピーカーは最大40Wないし50Wの出力性能があり、各車両に少なくとも4個のスピーカーがあります。ノイズ・フロアは、静かな環境で人間の耳が認識できるレベルまで簡単に増幅できます。たとえば、4Ωスピーカーの1mV rmsのノイズから約24dBの音圧レベル(SPL)を生成できます(スピーカー感度を90dB/Wと想定)が、これは静かな環境において人間の耳が認識できるレベルに相当します。ノイズ源となり得るものはたくさんあります。図1に示すように、主要なノイズ源としては、電源ノイズ(VG)、フィルタ/バッファ・ノイズ(VF)、電源グラウンドの不適切なレイアウトによるノイズ(VE)があります。VOはプロセッサからのオーディオ信号で、VINはスピーカーのパワーアンプへのオーディオ信号入力です。

Figure 1
図1. 車載オーディオ・システムにおけるノイズ源の例

パワーオン/オフ時のポップ・ノイズ: 車載オーディオ・パワーアンプは12V単電源で動作しますが、DSPは低電源電圧(3.3Vなど)を必要とし、さらにフィルタ/バッファはスプリット電源(±9Vなど)で動作します。これらのさまざまな電源電圧で動作する回路とそれぞれのグラウンドの間を絶縁するには、カップリング・コンデンサが必要になります。パワーオン/オフ時にコンデンサのきわめて短時間の充放電によって生じるパルスは、シグナル・チェーンの後方に伝わって行き、最終的にはスピーカーのポップ・ノイズになります。このプロセスを図2に示します。

Figure 2
図2. スピーカーにポップ・ノイズが発生する原理

ノイズ・フロアとポップ・ノイズの原因が明らかであるにしても、優れた回路設計とレイアウト技術(さらには低ノイズの優れたデバイスを選択すること)によってノイズを発生源で最小限に抑えようといくら努力しても、設計のあいだに多くの不確実な要素が発生します。車載マルチメディア・システムの設計者は、複雑な多数の問題に対応しなければならず、高レベルのアナログ/ミックスド・シグナル設計技術を身につけていなければなりません。それでも、プロトタイプは予想通りの性能を発揮しないことがあります。たとえば、1mV rmsのノイズ・レベルでは大きな問題があります。ポップ・ノイズに関しては、既存の解決法によればMCUを使用してパワーオン/オフ時のパワーアンプのシーケンスを制御しますが、プロセッサがパワーアンプから離れている場合は、レイアウトと電磁干渉(EMI)が問題になる可能性があります。

消費電力

車両に組み込まれる電子機器の数が増えるにつれて、消費電力が大きな問題になります。たとえば、オーディオ・パワーアンプに最大200mAの消費電流がある場合、12V電源での消費電力は2.4Wにもなります。スピーカーを使用しないでよいときに、入力信号がないことを検出してリモート・プロセッサを使わずにパワーアンプをシャットダウンする方法があれば、この多くの電力を節約できます。

車載オーディオ・システムのノイズと消費電力の低減

SigmaDSP技術は、ハードウェアのコストを増やすことなく、ノイズを最小限に抑えると同時に消費電力を大幅に低減することができます。図3は、オーディオ・ポストプロセッサとしてADAU1401 SigmaDSPプロセッサを使用する4スピーカーの車載オーディオ・システムのブロック図です。SigmaDSPプロセッサは、オーディオ信号のサンプリング/変換/デジタル処理およびスピーカー・チャンネルの追加だけでなく、外部制御に便利な汎用入出力(GPIO)ピンも提供しています。マイクロコントローラ(MCU)はI2Cインターフェースを介してSigmaDSPプロセッサと通信し、アナログ出力はADA4075-2 高精度オペアンプを使用するローパス・フィルタ/バッファ段を駆動します。

Figure 3
図3. 4スピーカーの車載オーディオ・システム

SigmaDSPプロセッサとパワーアンプとの間の赤い線は、パワーアンプのミュート/スタンバイ・ピンを制御しています。通常のデフォルト動作では、オープン・コレクタのGPIO1ピンは、10kΩプルアップ抵抗を介してハイレベルに設定されます。ADAU1401のrms 信号検出機能を使用すれば、入力信号の有無を判定できます。入力信号がない場合は、GPIO1ピンがローレベルになり、パワーアンプがミュート/スタンバイ・モードになるため、スピーカーからのアンプ出力ノイズがなくなるだけでなく、スタンバイ消費電力が低くなります。設定した閾値(-45dBなど)を超える入力信号が検出されると、GPIO1ピンがハイレベルになり、パワーアンプの通常動作が可能になります。ノイズ・フロアはまだ存在しますが、高いS/N比(SNR)によって補償されることで人間の耳に認識できないレベルになります。

パワーオン/オフ時にパワーアンプのミュート/スタンバイを直接制御するのは、MCUではなくSigmaDSPプロセッサですが、MCUからも制御することができます。たとえば、パワーオン時には、MCUからのI2C信号がSigmaDSPプロセッサのGPIO1ピンを設定し、既定のコンデンサ充電プロセスが完了するまでこのピンをローレベル(ミュート)に保持します。その後、MCUがGPIO1ピンをハイレベルに設定することで、スタートアップ時の過渡出力に起因するポップ・ノイズが解消されます。パワーオフ時には、GPIOはすぐにローレベルに設定され、パワーアンプがミュート/スタンバイになり、パワーオフのポップ・ノイズが解消されます。MCUではなくSigmaDSPプロセッサがパワーアンプを直接制御するため、SigmaDSPプロセッサをパワーアンプの近くに配置することになり、レイアウトとEMI 制御が簡単になります。

前述のように、rms 信号レベルは、SigmaStudioソフトウェアのアルゴリズムを使用して判定することができます。図4の例に示すように、SigmaStudioグラフィカル開発ツールを使用すれば、rms 計算をセットアップしてGPIO状態を制御することは簡単です。

Figure 4
図4. rms検出、GPIO制御、圧縮用のSigmaStudio回路図

rms検出には、rmsセルと論理セルを使用します。信号の閾値には、小さな変化に対するミュート機能のチャタリングを解消するためのヒステリシスも含まれます。たとえば、RMS1閾値は-45dBに設定され、RMS2 は- 69dBに設定されます。入力信号が-45dBを上回ると、GPIO1はハイレベルになります。入力信号が-69dBを下回ると、GPIO1はローレベルになります。入力信号が2つの閾値の間にあるときは、GPIO1出力信号は以前の状態のままです(図5を参照)。

図4には、出力ノイズをさらに低減するための圧縮も含まれています。たとえば、入力信号が-75dBを下回るとき、スピーカー・システムへの出力信号は-100dBまで減衰し、それに応じてノイズ・フロアが低下します。

Figure 5
図5. rms閾値の設定と入出力の関係

要約

ノイズと消費電力は、車載オーディオ・システムの大きな問題になっています。アナログ・デバイセズのSigmaDSPプロセッサは、デジタル・オーディオのポストプロセッシング用の車載アプリケーションですでに広く使われていますが、そのrms検出機能とGPIO制御機能を利用してノイズを最小限に抑え、消費電力を大幅に減らすことによって簡単に一層の効果が得られます。SigmaStudioグラフィカル開発ツールを使用すれば、コード作成をせずに機能をグラフィカルにセットアップできるため、設計の作業が楽になります。さらに、パワーアンプ・モジュールをMCUよりもSigmaDSPプロセッサの近くに配置できるため、SigmaDSPプロセッサを使用してミュート機能を制御することで、レイアウト作業が簡単になり、EMI 耐性が向上します。

著者

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Ben Wang

Ben Wangは中国の湖南大学を卒業し、現在、深セン市でアナログ・デバイセズのフィールド・アプリケーション・エンジニア(FAE)の職務に就いています。2009年6月に当社に入社する前は、National Semiconductorに6年間在籍していました。