はじめに
MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)をベースとする最新の加速度センサーは、多様な種類のマシン・プラットフォームの振動を測定できるレベルにまで進化しています。MEMS 加速度センサーは、サイズ、重量、コスト、耐衝撃性、使いやすさといった面で、従来型の振動センサーに勝る特徴をもともと備えていました。それに加え、性能の面でも大きく進歩したことから、CBM(Condition-based Monitoring)という新たな種類のシステムでの利用も検討されるようになりました。その結果、CBM システムの設計者(アーキテクト)、開発者、さらにはその顧客にまで、MEMS 加速度センサーの利用を検討する動きが広がっています。すなわち、個々のマシン・プラットフォームにおいて最も重要な振動の特性を測定するために MEMS 加速度センサーを採用するということです。このような状況で、よく遭遇する問題があります。それは、MEMS 加速度センサーの能力を評価する方法をどうやって迅速に習得すればよいのかというものです。その一連の作業は、最初は難しく感じられるかもしれません。MEMS 加速度センサーのデータシートには、最も重要な特性が、システム開発者にとって馴染みのない単位で示されていることがよくあるからです。例えば、振動を直線速度(単位は mm/s)で定量化することに慣れている人は少なくありません。しかし、ほとんどの MEMS 加速度センサーのデータシートには、その性能指標が重力加速度(単位は g)で示されているのです。そこで、まずは加速度を速度に変換する方法を理解しなければなりません。また、周波数応答、測定範囲、ノイズ密度といった加速度センサーの主要な性能が、帯域幅、平坦性、ピーク振動、分解能といったシステム・レベルの重要な性能に及ぼす影響を見積もる方法も理解する必要があります。ただ、これらの方法について理解するのは、それほど困難なことではありません。
基本的な振動特性
まずは慣性動作の観点から、直線振動についておさらいしておきましょう。ここで言う振動とは、平均変位がゼロの機械的な振動のことです。工場のフロア内で機械設備が知らぬ間に移動してしまうというのは大きな問題です。そのため、平均変位がゼロであるというのは非常に重要なことです。マシンの振動の最も重要な特性をどれだけ適切に表すことができるのかは、振動を検知するためのノードにおいてセンサーを使って測定した値に直接依存します。この種の用途への適性を調べるために特定の MEMS 加速度センサーの性能を評価するうえでは、慣性動作の観点から振動の基本について理解しておくことが重要です。図 1 は、振動の物理的な動作のプロファイルを表しています。灰色の箱は中心点、青色の部分は一方向の変位のピーク、赤色の部分は逆方向の変位のピークを表しています。また、以下に示す式(1)は、長方形の物体が周波数 fV、振幅 Armsで振動する際の瞬間加速度を表す数学的モデルです。
ほとんどの CBM アプリケーションにおいて、マシン・プラットフォームの振動は、式(1)のモデルよりも複雑な周波数特性を示します。それでも、このモデルは理解を進めるための出発点として適切なものです。このモデルを使えば、CBM システムで監視されることが多い振幅と周波数の値を特定できるからです。振幅と周波数は、振動の特性を決める一般的な要素です。また、この手法は、直線速度によって主要な振る舞いを表すうえでも役立ちます(これについては後述します)。図 2 に示したのは、種類の異なる 2 つの振動プロファイルのスペクトルです。青色の線で示したプロファイルでは、f1~f6の周波数範囲全体にわたって振幅が一定です。一方、緑色の線のプロファイルには、f2、f3、f4、f5という 4 つの異なる周波数に振幅のピークがあります。
システムの要件
測定範囲、周波数範囲(帯域幅)、分解能は、振動を検知するためのノードの能力を定量化するうえで一般的に使われています。図 2 の赤い破線は、最小周波数 fMIN、最大周波数 fMAX、最小振幅 AMIN、最大振幅 AMAXで囲まれた矩形によってセンサーの性能を表しています。振動を検知するためのノードで使用するセンサーとして MEMS 加速度センサーを検討する場合、システム設計者は、設計におけるかなり早い段階で周波数応答、測定範囲、ノイズの振る舞いについて分析したいと考えます。では、これらの性能を見積もり、加速度センサーが定められた一連の要件に合致するかどうかを予測するには、どうすればよいでしょうか。実は、そのための方法はそれほど難しいものではありません。当然のことながら、システム設計者は、最終的には実際の検証と適合性評価を通じてその予測の妥当性を確認する必要があります。それらの作業においても、加速度センサーの能力を初期段階で分析/予測した結果は尊重されるべきものになります。
周波数応答
式(2)は、直線加速度 a に対する MEMS 加速度センサーの応答 y を表す時間領域のシンプルな 1 次モデルです。この関係式において、バイアス b は、直線振動がゼロの場合(直線加速度が存在しない場合)のセンサーの出力値を表します。スケール係数 KAにより、直線加速度 a の変化に対する MEMS 加速度センサーの応答 y の変化量が求まります。
センサーの周波数応答は、周波数に対するスケール係数KAの値を表します。MEMS 加速度センサーの場合、周波数応答としては 2 つの主要な要素があります。1 つはセンサーの機械構造の応答、もう 1 つはシグナル・チェーンのフィルタ応答です。式(3)は、MEMS 加速度センサーの機械的部分の周波数応答を近似する汎用的な 2 次モデルです。このモデルにおいて、fOは共振周波数、Q は品質係数(Q 値)を表します。
一般に、シグナル・チェーンからの寄与分は、アプリケーションに必要なフィルタに依存します。MEMS 加速度センサーの場合、製品によっては、共振周波数における応答のゲインを低く抑えるために単極のローパス・フィルタが使用されます。式(4)は、この種のフィルタHSCに伴う周波数応答の汎用的なモデルです。この種のフィルタのモデルでは、カットオフ周波数 fCは、出力信号の振幅が入力信号の 1 / √2 になる周波数を表します。
式(5)では、機械構造 HMとシグナル・チェーン HSCの寄与分を合算しています。
図 3 は、このモデルを直接適用し、3 軸に対応するMEMS 加速度センサー「ADXL356」の周波数応答(X軸)を予測した結果です。ここでは、公称共振周波数を5500 Hz、Q 値を 17 とし、カットオフ周波数が 1500 Hz の単極ローパス・フィルタを使用すると仮定しています。式(5)と図 3 は、センサーの応答だけを表すことに注意してください。このモデルでは、加速度センサーが監視用のプラットフォームとどのように結合されるのかは考慮していません。
帯域幅と平坦性
一般に、(式(4)のような)単極のローパス・フィルタを利用して周波数応答を確立するシグナル・チェーンでは、出力信号のパワーが入力信号の 50 % になる周波数を帯域幅の仕様として使用します。式(5)と図 3 の3 次モデルのような、より複雑な応答の場合、帯域幅の仕様に対応して平坦性の特性も考慮します。平坦性は、周波数範囲(帯域幅)におけるスケール係数の変化を表します。図 3 と式(5)による ADXL356 のシミュレーションから、平坦性は 1000 Hz では約 17 %、2000 Hz では約 40 % であることがわかります。
多くのアプリケーションでは、平坦性(精度)の要件に基づき、使用する帯域幅を制限しなければなりません。ただ、この点はさほど問題にならないケースもあります。絶対的な精度よりも、時間の経過に伴う相対的な変化を追跡することが重要なアプリケーションがその例です。他の例としては、デジタルの後処理によって最も関心のある周波数範囲のリップルを除去するケースが考えられます。そのような場合、特定の周波数範囲における応答の平坦性よりも、再現性と安定性の方が重要になります。
測定範囲
MEMS 加速度センサーにおける測定範囲とは、そのセンサーが追随して信号を出力可能な最大直線加速度のことです。直線加速度が、定格の測定範囲を超えたあるレベルに達すると、センサーの出力信号は飽和します。そうすると深刻な歪みが生じ、測定値から有効な情報を抽出するのが(不可能ではないにしても)非常に困難になります。そのため、採用候補の MEMS 加速度センサーがピークの加速度レベル(図 2 の AMAX)に対応するかどうかを確認することが重要です。
また、測定範囲は周波数に依存することに注意してください。センサーの機械的応答によって応答にゲインが生じ、そのゲイン応答のピークが共振周波数で生じるからです。シミュレーションによる ADXL356 の応答(図3)を見ると、ゲインはピークで約 4 倍にもなります。それにより、測定範囲は ± 40 g から ± 10 g に縮小されます。この値は、式(5)を出発点とし、式(6)によって分析的な方法で予測することができます。
スケール係数が大きく変化すること、また測定範囲が縮小することから、多くのCBM システムでは、発生する振動の最大周波数がセンサーの共振周波数よりもはるかに低いレベルになるようにすることが求められます。
分解能
計測器の分解能は、「計測器の表示に反映される、検出可能な変化を引き起こす、環境における最小の変化」と定義することができます1。振動を検知するためのノードでは、加速度を測定する際、振動の変化を検出する能力(分解能)に対して直接的な影響を及ぼす要素があります。それはノイズです。したがって、マシン・プラットフォームにおける振動の小さな変化を検出するためにMEMS 加速度センサーの利用を考える場合には、ノイズに関する振る舞いが重要な検討項目になります。式(7)は、MEMS 加速度センサーのノイズが、振動の小さな変化を検出する能力に及ぼす影響を定量化するためのシンプルな関係を表しています。このモデルにおいて、センサーの出力信号 yMは、そのノイズ aNと測定の対象となる振動aVの和として表されます。aNと aVに相関関係はないので、センサーの出力信号の振幅 |yM| は、ノイズの振幅 |aN| と振動の振幅 |aV| の二乗和平方根(RSS)になります。
では、ノイズの制約を受けることなく測定を行い、センサーの出力信号として対応可能な応答が得られるのは、どれだけのレベルの振動が生じている場合なのでしょうか。この疑問に対する解は、ノイズのレベルを基準として振動のレベルを定量化するという分析手法によって得ることができます。式(8)では、その関係を比 KVNとして表し、それを基準にしてセンサーの出力が変化する振動レベルを予測するための関係を導いています。
表 1 に、これらの関係を理解しやすくするための数値の例をまとめました。振動とノイズの振幅比 KVNを基準とし、センサーの出力がどのくらい増加するのか具体的な値を示しています。以下では、話をわかりやすくするために、センサーによる測定値に含まれるノイズの総量によって分解能が決まると仮定します。例として、表 1 における KVNが 1 である場合に着目します。つまり、振動とノイズの振幅が等しい場合に注目するということです。このとき、センサーの出力振幅は、振動がゼロの場合よりも 42 % 増加します。特定の状況における分解能を適切に定義するには、アプリケーションごとに、システムにおいてどれだけの増加が観測されるのか考慮しなければならない可能性があります。この点には注意が必要です。
KVN | lyMl/laNl |
増加量〔%〕 |
0 | 1 | 0 |
0.25 | 1.03 | 3 |
0.5 | 1.12 | 12 |
1 | 1.41 | 41 |
2 | 2.23 | 123 |
センサーのノイズの予測
図 4 は、MEMS 加速度センサーを使用して振動を検知するためのノードのシグナル・チェーンを簡素化して示したものです。ほとんどの場合、アンチエイリアシング(折返し誤差防止)のためにローパス・フィルタを使用し、デジタル処理によって周波数応答の境界を明確にするということが行われます。一般に、デジタル・フィルタは、帯域外ノイズの影響を最小限に抑えつつ、振動を表す信号成分は維持します。そのため、ノイズの帯域幅を見積もる際、デジタル処理はシステムで最も影響の大きい部分として検討する必要があります。この種の処理は、バンドパス・フィルタなどの時間領域の手法によって行うか、FFT(高速フーリエ変換)などの空間手法で行うことができます。
式(9)を使えば、MEMS 加速度センサーのノイズ密度φNDとシグナル・チェーンに伴うノイズの帯域幅 fNBWを使用して、MEMS 加速度センサーによる測定結果に含まれる総ノイズ量 ANOISEを簡単に見積もることができます。
式(9)により、ノイズの帯域幅が 100 Hz のフィルタを ADXL357(ノイズ密度は 80 μg/√Hz)に適用すると、総ノイズ量は 0.8 mg (rms) になると見積もることができます。
速度を基準として振動を見積もる
CBM アプリケーションの種類によっては、加速度センサーの動作(範囲、帯域幅、ノイズ)を、直線速度を基準にして見積もらなければならないことがあります。この変換を行うための方法の 1 つは、直線振動動作、単一の周波数、平均変位ゼロという式(1)のモデルと同じ仮定に基づき、図 1 のシンプルなモデルを出発点にすることです。
式(10)では、図 1 の物体の瞬間速度 vVに関する数学的な関係を使ってこのモデルを表しています。この速度の大きさ(RMS 値)は、ピークの速度を√2で割った値に等しくなります。
この関係から、式(11)では図 1 の物体の瞬間加速度の関係を導いています。
式(11)で表される加速度のモデルのピーク値を基に、式(12)では、加速度の大きさ Armsを、速度の大きさVrmsと振動周波数 fVで表しています。
ケース・スタディ
ここではケース・スタディとして、上記の理論をADXL357 に適用してみます。1 Hz ~ 1000 Hzの振動周波数範囲における測定範囲(ピーク)と分解能を直線速度で表してみましょう。図 5 は、このケース・スタディに関連する複数の特性の定義をグラフによって表したものです。まず、1 Hz ~ 1000 Hzの周波数範囲におけるADXL357 のノイズ密度が示されています。議論を簡素化するために、以下の全ての計算においては、周波数範囲全体にわたりノイズ密度は一定(φNDは 80 μg/√Hz)であると仮定します。図 5 において赤色で示した曲線は、バンドパス・フィルタのスペクトル応答です。緑色の縦線は、単一周波数 fVの振動の周波数応答を表します。これは、速度を基準として分解能と範囲を見積もる際に役立ちます。
まず式(9)を使用し、ノイズ帯域幅 fNBWがそれぞれ 1 Hz、10 Hz、100 Hz、1000 Hz の場合について、ノイズの振幅 ANOISEを見積もります。表 2 は、その結果を、g と mm/s2という異なる直線加速度の単位で示したものです。多くの MEMS 加速度センサーでは、g の単位を使用して仕様が記載されます。一方、振動に関する指標にはこの単位はあまり使われません。ただ、g と mm/s2に式(13)の関係があることは、よく知られています。
fNBW(Hz) | ANOISE | ||
(mg) | (mm/s2) | ||
1 | 0.08 | 0.78 | |
10 | 0.25 | 2.48 | |
100 | 0.80 | 7.84 | |
1000 | 2.5 | 24.8 |
次に、式(12)を変形し、(表 2 の)総ノイズの見積もり値を直線速度(VRES、VPEAK)で表すための簡単な式を導きます。その結果が式(14)です。式(14)には、この例の具体的な数値(10 Hz のノイズ帯域幅、表 2 に示されたノイズの振幅 2.48 mm/s2)を代入した式も示しています。図 6 の 4 本の破線は、振動周波数 fVに対する速度分解能を表しています。それぞれの破線は、異なる4 種のノイズ帯域幅に対応しています。
図 6 には、各帯域幅に対応する分解能に加えて、周波数に対するピーク振動レベル(直線速度)を青色の実線で示しています。これは式(15)の関係に基づくものです。式(15)も式(14)から導かれたものですが、ノイズの代わりに、ADXL357 がサポート可能な最大加速度を分子に使用しています。分子に√2をかけることにより、単一周波数の振動モデルを想定し、RMS レベルに対応した最大加速度を得ていることに注意してください。
赤色で示した範囲は、この情報とシステム・レベルの要件との関係を表しています。この範囲が示す速度の最小値(0.28 mm/s)と最大値(45 mm/s)には、機械振動に関する標準規格である ISO-10816-1 の分類レベルを採用しています。この要件を、ADXL357 の範囲と分解能のグラフに重ね合わせることで、次のような見解を直ちに得ることができます。
- 周波数が最も高い場合に、測定範囲の条件は最も厳しくなります。ただ、ADXL357 の ± 40 g という測定範囲によって、ISO-10816-1 で定められた振動プロファイルのかなりの範囲を網羅して測定を行うことができます。
- ADXL357 の出力信号をノイズ帯域幅が 10 Hz のフィルタで処理する場合、ADXL357 によって、1.5 Hz ~ 1000 Hz の周波数範囲で、ISO-10816-1 で定められた最小振動レベル(0.28 mm/s)に対応する測定が行えます。
- ADXL357 の出力信号をノイズ帯域幅が 1 Hz のフィルタで処理する場合、ADXL357 によって、1 Hz ~1000 Hzの周波数範囲全体で、ISO-10816-1 で定められた最小振動レベルに対応する測定が行えます。
結論
昨今の MEMS 加速度センサーは、振動センサーとして十分に成熟したレベルに達しています。最新式の工場に配備された CBM システムにおいて、完璧とも言えるレベルで技術の収束を促進するための重要な役割を担います。センシング、接続、ストレージ、分析、セキュリティについて、新たなソリューションで融合を図ることにより、振動の監視とプロセスのフィードバック制御を行うための統合型システムを工場の管理者に提供することが可能になります。このような素晴らしい技術的な進歩を目にすると、本来の目的を見失いがちです。重要なのは、センサーで取得した値を実際の条件に関連づけ、それが示唆する意味を理解することです。CBM システムの開発者とその顧客は、本稿で示した手法や洞察を利用することにより、必要な値を導き出すことができます。また、MEMS 加速度センサーの性能を表す指標を馴染み深い単位系に変換し、システム・レベルの重要な基準に及ぶ影響を明らかにすることが可能になります。