LTspice活用への第一歩

回路設計においては、そのスピードが鍵となって成否が決まるケースは少なくありません。回路の詳細、妥当性、制約について素早く理解することができれば、実験室で試作やテストを行う前に、設計に改良を加え、最適な部品を選定することが可能になります。「LTspice®」は、アナログ・デバイセズが提供する高性能の回路シミュレータです。このソフトウェアを利用することにより、回路図の作成、各種パラメータのプローブ、性能の解析を実施することができます。回路図エディタや波形ビューワといったツールを利用できるだけでなく、いくつかの基本的なコマンドを習得することで簡単に使用できる高度な機能が数多く用意されています。

LTspiceには、マクロモデルのライブラリと受動部品のライブラリが用意されています。前者のライブラリは、アナログ・デバイセズのパワー・マネージメント製品やシグナル・チェーン製品のほとんどを網羅しています。LTspiceでは、マクロモデルのモデリングにプロプライエタリな手法を採用しています。それにより、高速かつ正確なシミュレーション結果を生成できるようにしています1。この特徴は、スイッチング電源の設計において特に重要な意味を持ちます。LTspiceを使えば、他の多くのシミュレーション・ツールよりも早く適切な結果が得られるため、最小限の時間で設計作業を繰り返すことが可能になるからです。微調整を加えながら連続的にシミュレーションを実行することにより、回路に対する制約と性能の限界を確認することができ、回路に対する直感力を身に着けられるようになります。

LTspiceは、当社のお客様とエンジニアリング・コミュニティに対して無償で提供されています。ただ、無償のツールだからといって、見くびらないでください。LTspiceは、市場に提供されている多くのシミュレーション用のソリューションよりも高い性能を発揮します。恣意的な制約が設けられていて、結局使い物にならないなどということはありません。シミュレーションの対象となる回路の規模や階層を制限するのは、PCのリソースとユーザの時間だけです。複雑な回路の構築、カプセル化、抽象化なども問題なく実施できます。

LTspiceのインストールと更新

LTspiceは、Windows®またはMac® OS X上で動作します。インストール用のファイルは、analog.com/jp/LTspiceからダウンロードできます。

モデル、ソフトウェア、サンプルを最新の状態に保つためには、LTspiceのリリースとの同期を確立しておくことが重要です。これについては、LTspiceの「Tools」メニューで「Sync Release」を選択することで対応できます(図1)。

図1. 「Tools」メニューにおける「Sync Release」の選択。この操作を行うことにより、モデル、ソフトウェア、サンプルをアップデートし、最新の状態に維持することができます。
図1. 「Tools」メニューにおける「Sync Release」の選択。この操作を行うことにより、モデル、ソフトウェア、サンプルをアップデートし、最新の状態に維持することができます。

既存の回路の再利用

新しいシミュレーション・ツールを使用するにあたり、回路をゼロから作成しなければならないとします。そうすると、そのツールを導入すること自体、億劫に感じられてしまうかもしれません。白紙の状態から作業を開始するのではなく、既存の回路図を再利用したり、シミュレーションでその性能を確認したりすることで、LTspiceに慣れ親しみながら作業を進める方がはるかに楽です。LTspiceでは、回路図のデータは拡張子が「asc」のファイルとして保存されます。LTspice上で再利用できる回路図としては、主に以下の3つが挙げられます。

  • LTspiceで提供されているデモ用回路
  • LTspiceと共にインストールされるテスト回路
  • LTspiceと共にインストールされる教育用のサンプル

デモ用回路のダウンロード

特定のソリューションに興味がある場合は、LTspiceのページから「デモ回路集のページ」にアクセスしてください。このページでは、アナログ・デバイセズが提供する包括的なサンプル集を確認することができます。各サンプルは、製品や評価用ボードのページで「ツール」のセクションにアクセスすることでも入手できます。デモ用回路はアプリケーション・エンジニアリングによって検証済みであり、ほとんどの設計に対する確かな出発点となります。その多くは、評価用ボードに実装されている回路をベースにしています。

デモ用回路の使い方

自分が必要とするデモ用回路は、製品ページやデモ用回路のデータベースで製品やアプリケーションを検索することによって探し出すことができます。必要なものが見つかったら、拡張子がascのファイルをローカル・ディレクトリにダウンロードして展開してください。

図2. デモ用回路のダウンロード
図2. デモ用回路のダウンロード

関心のある製品に対応するデモ用回路が見つからなかった場合には、テスト回路を設計の出発点として使用するとよいでしょう。

テスト回路の表示

アナログ・デバイセズは、数多くのパワー・マネージメント製品やシグナル・チェーン製品を提供しています。LTspice用のモデルが用意されている製品については、ほとんどの場合、それに対応するテスト回路も提供されています。それらのテスト回路は「Jig」(治具)と呼ばれます。アナログ・デバイセズのモデル化チームは、そのJigを使って製品のマクロモデルのテストや評価を行っています。つまり、Jigは、モデルの作成作業の出発点として使用されているということです。但し、それらのテスト回路は、最終製品向けのものとして使用するべきではありません。テスト回路の主な用途は、マクロモデルにおいて特定の故障が発生する条件について評価することです。工場のアプリケーション・エンジニアによる検証は必ずしも行われていませんし、多くの場合、簡略化された回路や理想的な受動部品などが使用されています。それでも、ゼロからスタートするよりは、テスト回路から作業を始める方が楽でしょう。

デバイス/コンポーネントのJigファイルの使い方

テスト回路のデータは、Jigファイルとして保存されています。Jigファイルは以下の手順によって開くことができます。

  • LTspiceを起動します。
  • 「File」→「New Schematic」を選択するか、「ctrl」+「N」キーを押します。すると、白紙の回路図が表示されます。
  • 「Edit」→「Component」を選択するか、「F2」キーを押します。すると、そのコンポーネントに対応するダイアログが表示されます。
図3. 製品の検索方法。テキスト・フィールドに関心のある製品の品番を入力します。
図3. 製品の検索方法。テキスト・フィールドに関心のある製品の品番を入力します。
  • コンポーネントのウィンドウで、製品を検索するための最も簡単な方法は、その品番をテキスト・ボックスに入力することです(図3)。品番の文字列を入力していくと、リストに表示される候補は絞られていきます。リストの中で、探している製品を見つけたら、それを選択します。すると、無効だった「Open this macromodel's test fixture」ボタンが有効になります。
  • 同ボタンをクリックすると、マクロモデルのテスト回路が表示されます(図4)。もう1つ、「OK」をクリックしてモデルのシンボルを回路図に追加するという方法もあります。それにより、回路図を自分で作成することができます。
図4. マクロモデルのテスト回路
図4. マクロモデルのテスト回路

教育用のサンプルを利用する

LTspiceには、シミュレーションと回路設計の方法を学べるように作成された教育用のサンプルが含まれています。LTspiceをインストールすると、C:\Program Files\LTC\LTspiceXVII\examples\Educationalにそれらのサンプルが格納されます。

図5. 教育用のサンプル。LTspiceをインストールするとPC上に保存されます。
図5. 教育用のサンプル。LTspiceをインストールするとPC上に保存されます。

回路図エディタの使用方法

LTspiceは、回路図を迅速に作成できるように設計されています。ただ、どのような回路図エディタでも、使い方を習得するまでにはある程度の時間がかかります。LTspiceでは、基本的なメニューとショートカット・キーさえ覚えれば、非常に容易に回路図を作成/編集することができます。「Edit」メニューを選択するか、回路図の背景部分を右クリックすることにより、回路図を編集するためのすべてのコマンドとコンポーネントにアクセスすることが可能になります。

本稿では、回路図エディタを使用して回路をゼロから作成する方法については触れません。それについては、詳しい参考資料が用意されています。LTspiceで回路を作成する方法を学ぶ手段としては、教育用のビデオが最適でしょう。そのうちのいくつかを、後ほど「その他の参考資料」のセクションで紹介します。

コンポーネントの属性の編集

ほとんどのオブジェクトは、右クリックすることで属性を変更できるようになっています。回路素子によっては、エディタのウィンドウが表示され、そこでパラメータを変更できるようになっているものもあります(図6)。

図6. 抵抗のパラメータ
図6. 抵抗のパラメータ

抵抗、コンデンサ、インダクタ、ビーズ、ダイオード、バイポーラ・トランジスタ、MOSFET、JFETといったコンポーネントについては、モデルのデータベースが用意されています。そこから、必要なモデルを選択することができます。各種コンポーネントの包括的なモデル・ライブラリを利用することで、現実の製品に近いコンポーネントを使用した回路図を迅速に作成/編集することが可能になります(図7)。正確に一致するモデルが見つからない場合、当座は似たような仕様のモデルを代わりに使用しておき、使用したいモデルを後でコンポーネントのデータベースに追加するといった対応も図れます。

図7. ライブラリに含まれるコンポーネントの選択
図7. ライブラリに含まれるコンポーネントの選択

一部のコンポーネントには、より詳細な設定が行えるようオプションが用意されています。図8に示したのは、電圧源の基本的なパラメータについて設定するためのテキスト・ボックスです。

図8. 電圧源の基本的なパラメータを設定するためのテキスト・ボックス
図8. 電圧源の基本的なパラメータを設定するためのテキスト・ボックス

ここで「Advanced」をクリックすると、図9のようなウィンドウが表示されます。これを使用すれば、より詳細にパラメータを設定することができます。

図9. 電圧源のパラメータを詳細に設定するためのウィンドウ
図9. 電圧源のパラメータを詳細に設定するためのウィンドウ

単位の入力

LTspiceでは、ウィンドウのフィールドにパラメータの値を入力する際には、標準的な表記を使用します。例外として、106を指定する場合には、MEG(またはmeg)という表記を用います。また、10-3(ミリ)を表す場合には、mの代わりに大文字のMを使用します。詳細については表1をご覧ください。例えば、「1フラッド」と指定したい場合に「1F」と入力してはなりません。「1F」は「1フェムト・ファラド」を表します。「1ファラッド」を指定したい場合には、単に「1」と入力してください。

表1. LTspiceにおける単位の接頭辞
文字 意味
Tまたはt テラ(1012
Gまたはg ギガ(109
MEGまたはmeg メガ(106
Kまたはk キロ(103
Mまたはm ミリ(10-3
Uまたはu(LTspiceがμに置換) マイクロ(10-6
Nまたはn ナノ(10-9
Pまたはp ピコ(10-12
Fまたはf フェムト(10-15

回路図の表示の変更

回路図エディタにおける回路図の表示は、マウスやスクロール・ホイールによる回路図のパン、拡大、縮小によって変更することができます。また、「View」メニューのオプションを使用することでも表示の変更が可能です。例えば、回路図をクリックしてドラッグすると、パンが実行されます。「Space」キーを押すと、回路図の全体表示に戻ります。

シミュレーション用のコマンド

デモ用回路、テスト回路、教育用のサンプルのファイルには、シミュレーション用のコマンドがあらかじめ定義されています。したがって、編集を加えることなくシミュレーションを実行できます。LTspiceには、トランジェント解析、小信号AC線形解析、DCスイープ解析、ノイズ解析、DC動作点解析、小信号DC伝達関数解析などを実施するためのコマンドが用意されています。

コマンドの追加、編集

コマンドの追加、編集を行いたい場合には、「Simulate」メニューから「Edit Simulation Cmd」を選択します。すると、図10に示したダイアログが表示されます。このダイアログは、各種の解析に対応するタブで構成されています。各タブには、パラメータを設定するためのフィールドが用意されています。各種解析に関する詳しい情報は、「F1」キーを押すと表示されるヘルプ・ファイルで確認できます。

図10. コマンドの編集
図10. コマンドの編集

シミュレーションの実行

回路図を選択または作成したら、「Simulate」メニューの「Run」を選択します。すると、回路図エディタ上の情報を基に、同じファイル名で拡張子が「net」のネットリスト・ファイルが生成されます。LTspiceは、このネットリストに対してシミュレーションを実行します**。ネットリストの内容を表示するには、「View」メニューの「SPICE Netlist」を選択します。

波形の表示

回路図のプローブ

「Run」コマンドを実行した後に回路を解析するには、カーソルを使用して回路図のワイヤ/ノードを直接プローブするか、「Plot Settings」の下の「Add Trace」(または「Visible Trace」)を使用します。すると、波形ビューワにトレースが表示されます。

グラウンド基準の電圧のグラフを表示する

モニタしたいワイヤ/ノードにカーソルを合わせると、カーソルが赤色の電圧プローブの形に変わります(図11)。この状態で、ワイヤ/ノードをクリックすると、グラウンドを基準とする電圧が表示されます(図12)。

図11. 電圧プローブの形のカーソル
図11. 電圧プローブの形のカーソル
図12. 電圧プローブによる測定結果
図12. 電圧プローブによる測定結果

電位差のグラフを表示する

電位差のグラフを表示するには、カーソルが電圧プローブの形になった状態でモニタしたいワイヤ/ノードをクリックし、そのまま基準となるワイヤ/ノードまでカーソルをドラッグします。すると、赤色だったプローブのカーソルが黒色に変わります。

この状態でマウスのボタンを放すと、電位差が表示されます(図13)。

図13. 電位差の測定結果
図13. 電位差の測定結果

電流のグラフを表示する

2本のワイヤが接続されているコンポーネントの電流をモニタしたい場合には、以下のような操作を行います。

  • コンポーネント本体の上にカーソルを合わせます。
  • カーソルが電流プローブの形に変わります(図14)。
  • コンポーネント本体をクリックします(図15)。

3本以上のワイヤが接続されているコンポーネントにおいて、いずれかのピンを流れる電流をモニタしたいケースもあるでしょう。その場合、以下の操作によりグラフを表示することができます。

  • 対象となるピンの上にカーソルを合わせます。
  • カーソルが電流プローブの形に変わります。
  • 対象となるピンをクリックします。
図14. 電流プローブの形のカーソル
図14. 電流プローブの形のカーソル
図15. 電流プローブによる測定結果
図15. 電流プローブによる測定結果

波形ビューワ内の表示の変更

波形のズーム

波形ウィンドウでは、マウスによるズーム操作が行えます。波形ウィンドウの特定の領域を拡大するには、対象とする領域を囲む枠をドラッグ操作によって描きます(図16)。

図16. 波形の拡大
図16. 波形の拡大

測定値を簡単に取得する

対象とする領域を囲む枠を描いてマウスのボタンを押したままにすると、その枠のサイズが(X座標とY座標の単位で)波形ビューワの左下隅に表示されます。これを応用すれば、測定値を簡単に確認することができます。マウスのボタンを放す前に枠を最小化すれば、拡大表示は実行されません。

図17. 測定値の取得
図17. 測定値の取得

トレースの削除

波形ビューワにおいて、個々のトレースを削除したいケースもあるでしょう。その場合、波形ビューワの最上部で、削除したいトレースのラベルを右クリックして「Delete this Trace」を選択します。あるいは、波形ビューワ上をクリックしてウィンドウをアクティブにし、「Plot Settings」メニューの「Delete Traces」を選択します(または「F5」キーを押します)。カーソルがハサミの形に変わったら、波形ビューワの最上部で、削除したい任意のトレースのラベルをクリックします。右クリックするか「Esc」キーを押すことで、削除機能は終了します。

トレースを1本だけにしたい場合には、対象となるワイヤ、ノード、コンポーネント、またはピンをダブルクリックします。すると、それ以外のすべてのトレースが波形ビューワから削除されます。

ウィンドウをクリックしてアクティブにした状態で、「Plot Settings」メニューのオプションを参照するか、波形ビューワを右クリックすると、波形ビューワのその他の機能を確認することができます。

その他の機能

LTspiceには、高度なシミュレーション機能や高度な解析機能も用意されています。それらを使えば、定常状態の検出、電源をオンにした際の過渡応答やステップ応答の解析、効率や電力の計算といったことが行えます。波形ビューワや高度なシミュレーション手法の詳細については、次のセクションに示すリソースを参照してください。

その他の参考資料

LTspiceの詳細については、analog.com/jp/LTspiceからアクセスできる技術記事やビデオを参照してください。以下に挙げるビデオでは、回路図エディタと波形ビューワの基本的な使い方を詳しく紹介しています。

回路図エディタ

波形ビューワ

LTspice全般に関する疑問点については、「F1」キーを押すと表示されるヘルプ・ファイルを参照してください。それ以外にも、EngineerZone®のLTspice関連のオンライン・フォーラムや、LTspiceのユーザ・グループに参加することで情報を得ることができます。ディスカッションのスレッドや、チュートリアル、シミュレーションの例などにより、多彩な情報が得られます。ソフトウェアのバグやデバイスのモデルが抱える問題を見つけた場合には、ぜひLTspice@analog.comまでメールでご連絡ください。ご自身のアプリケーションについて、アナログ・デバイセズの製品をベースとしたシミュレーションを実施した際に疑問が生じることもあるでしょう。そのような具体的な質問については、担当のフィールド・アプリケーション・エンジニアに直接お問い合わせください。

ぜひ、シミュレーションの作業を楽しんでください。

自社製品の設計、プロモーション、デモ、開発、販売を行う半導体メーカーは、このプログラムの対象外です。半導体メーカーがそうした用途でLTspiceを使用したい場合には、アナログ・デバイセズから特別な許可を得る必要があります。

**アナログ・デバイセズの製品のマクロモデルは、LTspiceに固有のプロプライエタリな記述言語を使用して実装されています。そのため、他のSPICEプラットフォーム上では使用できません。

参考資料

1 Michael Engelhardt「SPICE Differentiation(SPICEにおける微分法)」Analog Devices、2019年

著者

Gabino-Alonso

Gabino Alonso

Gabino Alonsoは、アナログ・デバイセズのPower by LinearTMグループで戦略的マーケティング・ディレクターを務めています。アナログ・デバイセズに入社する前は、Linear Technology(現在はアナログ・デバイセズに統合)、Texas Instruments、カリフォルニア・ポリテクニック州立大学で、マーケティング、エンジニアリング、オペレーション、教育など、多岐にわたる業務に従事していました。カリフォルニア大学サンタバーバラ校で電気工学とコンピュータ工学の修士号を取得しています。