概要
様々な商用アプリケーションや産業用アプリケーションでは、電力変換のためにハーフブリッジのトポロジが広く用いられています。そのスイッチング動作において中核的な役割を果たすのがゲート・ドライバICです。同ICは、コントローラICから引き渡されたPWM(Pulse Width Modulation)信号に基づき、レベル・シフトされたクリーンな駆動信号をハイサイドとローサイドのパワーMOSFETに供給します。
本稿では、個々のアプリケーションにおいてゲート・ドライバICを選択する際に検討すべき機能/性能について説明します。言うまでもなく、電圧や電流の定格値は基本的かつ重要な要素です。ただ、本稿では、コモンモード過渡耐性(CMTI:Common-mode Transient Immunity)が高いことと、デッド・タイムを調整可能であることの重要性について詳しく解説することにします。また、一部のユース・ケースでは、ゲート・ドライバICとパワーMOSFETの間にガルバニック絶縁を適用することが求められます。このフローティング・グラウンド方式についても、具体的な回路例を示しながら詳しく解説します。
はじめに
一般に、電子回路を設計する際には、電力変換の機能について慎重に検討する必要があります。つまり、1つのDC電圧(例えば9V)から別のDC電圧(例えば24V)を生成する方法について注意を払わなければなりません。そうした変換は、損失を最小限に抑えて、できるだけ高い効率で行われるべきです。各種のアプリケーションでは、それぞれに異なる電圧、電流、電力密度が求められます。ただ、電力変換の手段はトポロジと呼ばれるいくつかのアーキテクチャに集約できます。例えば、DC/DC変換のトポロジとしては、降圧、昇圧、昇降圧、ハーフブリッジ、フルブリッジなどが挙げられます。また、入力電圧に対し、出力をガルバニック絶縁しなければならないケースが存在します。その場合には、非絶縁型ではなく絶縁型の変換方法を選択することになります。
モータの制御や太陽光発電用のインバータのように高電圧/大電流を扱うアプリケーションでは、ハーフブリッジやフルブリッジのDC/DC変換技術が一般的に使用されています。
ハーフブリッジによる電力変換
ハーフブリッジのトポロジでは、スイッチング動作を利用してDC入力電圧の昇圧/降圧を実現します。一般に、2つのスイッチング・デバイスとしてはMOSFETまたはIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)が使われます(以下、MOSFETの使用を前提として解説を進めます)。それらによって、絶縁型の場合はトランス、非絶縁型の場合には負荷に直接供給する電圧を切り替えます。そのスイッチング制御に向けて、ゲート・ドライバICはコントローラICからPWM信号を受け取ります。ゲート・ドライバは、その信号を増幅すると共に、ハイサイド/ローサイドのスイッチをオン/オフできるように素早くレベル・シフトを実行します。このような処理により、電力損失を最小限に抑えて電力変換の効率を高く維持します。アプリケーションに適したゲート・ドライバICを選択する際には、コンバータのトポロジ、電圧と電流の定格値、スイッチング周波数などについて検討します。最適な変換効率を得るためには、高精度かつ効率的なスイッチング性能を発揮するゲート・ドライバICを選択することが不可欠です。
ゲート・ドライバICの選択
上記のように、ゲート・ドライバICを選択する際には、いくつかの重要な機能/性能について検討する必要があります。一般的には、以下のような項目が重要になります。
- ハイサイドの電圧:アプリケーションによっては、ハイサイドのMOSFETに電源電圧がそのまま印加されることになります。その場合、ゲート・ドライバとしては、安全を確保できるだけの十分なマージンを備えているものを選択しなければなりません。
- CMTI(Common-mode Transient Immunity):高速なスイッチング動作が実行されると、高いレベルのノイズが生成されるケースが多くなります。また、ハイサイド/ローサイドのMOSFETの間に大きな電圧の差が生じる可能性があります。したがって、高いCMTI性能を備えるゲート・ドライバを選択することが非常に重要です。
- 駆動用のピーク電流:大電力を扱う回路の場合、ゲート・ドライバは大きなピーク電流をMOSFETに供給することで、そのゲート容量に対する充放電を迅速に実施する必要があります。
- デッド・タイム(DT:Dead Time):どのようなハーフブリッジ回路においても、両方のMOSFETが同時にオンになること(シュートスルー)は避けなければなりません。そのためには、ハイサイド/ローサイドのMOSFETのオン/オフを切り替える際に短いデッド・タイムを設けることが不可欠です。最適な効率を得るためには、デッド・タイムの値を設定可能なゲート・ドライバICを選択すべきです。製品によっては、シュートスルーを防止するためのデフォルトのデッド・タイムが設定されていることがあります。
なお、アプリケーションによっては、注目すべき機能/性能の項目が多少異なるかもしれません。例えば、太陽光発電システムで使用するゲート・ドライバの場合、広範な入力電圧や電力需要に対応できることが重要になる可能性があります。
フローティング・グラウンドと調整可能なデッド・タイム
「LTC7063」は、高電圧/大電流を扱うアプリケーションに適したハーフブリッジ・ゲート・ドライバです。産業分野、車載分野、通信分野などの様々な電源システムでの使用に適しています。このICは、ハーフブリッジ構成のNチャンネルMOSFETを最大140Vの入力電源電圧で駆動できるように設計されています。一般に、高電圧に対応可能なMOSFETのゲート容量は値が大きくなります。LTC7063は、それを素早く充放電することが可能な強力なドライバ回路を備えています。また、シュートスルーに対する適応型の保護機能により、スイッチング・ノードの電圧を監視してドライバの出力を制御できるようになっています。それにより、2つのMOSFETが同時にオンになることを防ぎます。この機能は、シュートスルー電流の発生を阻み、電力効率を高めることにつながります。
LTC7063では、ハイサイド/ローサイドのMOSFET用のドライバ回路がフローティングの状態になっています。同ICと出力グラウンドの間では、最大10Vのグラウンド・オフセットを許容できます。このフローティング・グラウンドのアーキテクチャにより、ドライバ出力の堅牢性を高められます。具体的には、グラウンド・オフセット、ノイズ、トランジェントの影響を受けにくくなります。LTC7063は、このフローティング・グラウンド機能を備えていることから、MOSFETのリモート制御の用途や、高電圧/大電流のスイッチト・キャパシタ・コンバータに対する優れた選択肢になります。
また、LTC7063は安全性の確保や障害からの保護を実現するための様々な機能を備えています。具体的には、サーマル・シャットダウン機能、入力に対する低電圧/過電圧ロックアウト機能、ハイサイド/ローサイドのMOSFETに対応するドライバ回路の低電圧ロックアウト機能などを内蔵しています。それらの機能により、あらゆるハーフブリッジ・アプリケーションの長期的な信頼性と堅牢性を保証します。
なお、LTC7063は、効率的に熱を放散できるようにするために、熱強化型の露出パッド・パッケージを採用しています。
リモート負荷に対応する降圧コンバータ回路
図1に示したのは、LTC7063を使用する回路の例です。リモート負荷を対象とする2:1の降圧コンバータ回路を構成しています。最大80Vの入力電源電圧(VIN)で動作し、その1/2の電圧、最大5Aの電流を負荷に供給します。LTC7063のPWMピンは、外部のコントローラICからスリーステートのロジック信号を受け取ります。PWM信号の電圧が立ち上がりの閾値を上回ると、ハイサイドのMOSFETのゲートがハイに駆動されます。ローサイドのMOSFETは、ハイサイドのMOSFETに対して相補的な形で駆動されます。入力信号の立ち上がりの閾値と立下がりの閾値の間にはヒステリシスが設けられています。それにより、MOSFETが誤ってトリガされることを防ぎます。入力信号がヒステリシスの区間にある場合、ハイサイド、ローサイドの両MOSFETがローにプルダウンされます。EN(イネーブル)ピンがハイになると、入力されるPWM信号に応じてTG(トップ・ゲート)ピンの出力とBG(ボトム・ゲート)ピンの出力の両方が変化します。ENピンをローに設定すると、TGピンとBGピンの出力がいずれもローになります。
BST‐SW、BGVCC‐BGRTNのペアから成る各電源をブートストラップすれば、絶縁電源電圧を追加することなくハイサイド/ローサイド用のドライバ回路を効率的に動作させられます。その結果、コストとコンポーネントの数を削減することが可能になります。図2に、その場合の制御信号と平均出力電圧のプロットを示しました。
TG(BG)ピンがローになってからBG(TG)ピンが立ち上がるまでの間のデッド・タイムは、DT(デッド・タイム)ピンとグラウンドの間に抵抗を追加することで調整できます。DTピンをグラウンドに短絡すると、デッド・タイムはデフォルトの値である32ナノ秒になります。DTピンをフローティングの状態にすると、デッド・タイムは最大値である250ナノ秒になります。このデッド・タイムのプログラム機能により、高電圧を扱うアプリケーションにおいて非常に高い堅牢性でショートスルーに対する保護を実現できます。
高い効率を得るには、スイッチング損失を最小限に抑えることが重要です。ハイサイド/ローサイドのMOSFETに対応する各ドライバのオン抵抗は、プルアップ側が1.5Ω、プルダウン側が0.8Ωです。そのため、スイッチを素早くオン/オフに制御し、両MOSFETに同時に電流が流れるのを防ぐことができます。その結果、高い効率が得られます。図3、図4に、スイッチがオン/オフに遷移する際の電圧波形とデッド・タイムの関係を示しました。
オープン・ドレイン出力のFLT(フォルト)ピンは、LTC7063のジャンクション温度が180℃に達すると内部でローにプルダウンされます。電源電圧VCCが5.3Vを下回るか14.6Vを上回った場合にもローにプルダウンされます。図1に示した回路では、BGVCC‐BGRTNとBST‐SWのフローティング電圧が3.3Vよりも低くなると、フォルト状態がトリガされてFLTピンがローにプルダウンされます。フォルトに関するすべての条件が解消されると、100マイクロ秒の遅延時間が経過した後に、外付け抵抗によってFLTピンがハイに引き上げられます。
表1に、LTC7063と類似した機能を備える「LTC706xファミリ」の製品についてまとめました。
パラメータ | LTC7060 | LTC7061 | LTC7063 | LTC7066 |
最大入力電源電圧 | 100 V | 100 V | 140 V | 140 V |
入力信号 | スリーステート PWM | CMOS/TTL ロジック | スリーステート PWM | CMOS/TTL ロジック |
デッド・タイムの調整機能 | あり | あり | あり | あり |
適応型のシュートスルー保護 | あり | あり | あり | あり |
デュアルフローティング・グラウンド | あり | あり | あり | あり |
まとめ
LTC7063は、高電圧/NチャンネルのMOSFETに対応するハーフブリッジ・ゲート・ドライバです。LTC706xファミリの製品であり、2つのフローティング・グラウンドを備える独自のアーキテクチャを採用しています。それにより、グラウンド・オフセットを伴うアプリケーションやリモート負荷を対象とするアプリケーションに対応するドライバ出力が得られます。しかも、高い効率と優れたノイズ耐性を実現可能です。また、同ICは、シュートスルーに対する適応型の保護機能とデッド・タイムのプログラム機能を備えています。それらにより、シュートスルー電流が生じる可能性を排除します。更に、MOSFET用の強力なドライバ回路によって高速なスイッチングを実現します。それにより、高電圧/大電流のDC/DCアプリケーションにおいて電力損失を最小限に抑え、高い効率を実現することを可能にします。