安全性を最重視するモータ・アプリケーション向けのデュアルAMR角度センサー

概要

現在は、準自動運転/完全自動運転の実現に向けて自動車の電動化が進められている状況にあります。自動運転車では、電動パワー・ステアリング(EPS:Electrical Power Steering)や電動ブレーキ・システムが使用されます。これらは、高い安全性/信頼性で制御されることを保証するために、所定の安全規格を満たさなければなりません。

アナログ・デバイセズは、EPSや電動ブレーキ・システムで使用されるブラシレス・モータ向けに、磁気抵抗(MR:Magneto Resistive)方式の位置センサー(角度センサー)とシャント・ベースの電流検出アンプを提供しています。これらを使用すれば、モータにおける高性能な転流と安全な動作を実現することができます。

はじめに

自動車の安全性に対しては、より高い注目が集まるようになっています。従来は、ドライバーと同乗者の安全を確保するための主な手段としてエアバッグが使われていました。つまり、受動型のシステムに頼っていたということです。最近では、それを補完する能動型のシステムとして、ADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)が導入されるようになりました。そうした新たなシステムは、安全を最重視するという考え方に即したものです。当初は、ドライバーが行う操作についての意思決定を支援することを目的としていましたが、長期的には、ドライバーに代わってシステムにより意思決定が行われるようになることを目指しています。また、このような技術の進歩により、準自動運転/完全自動運転の実現に向けた道が拓かれつつあります。ドライバーによる意思決定をECU(電子制御ユニット)に委譲し、自動車のハンドル(ステアリング)とブレーキの操作をアクチュエータに置き換えると、ドライバーからセンサーやECU、電動アクチュエータに責任が移行します。こうした傾向により、更に高い信頼性と性能を備える電動アクチュエータの実現が喚起されていると言えます。そうしたアクチュエータは、よりインテリジェントで、なおかつ冗長性を備えているものでなければなりません。また、リスクを基準とする安全規格であるISO 26262に準拠している必要があります。同規格では、危険な操作状況によって生じるリスクを定性的に評価しています。その上で、安全性を確保するためにコンポーネントやシステムが満たすべき基準が定められています。この規格に準拠することで、システマチックな故障を回避または制御することができます。加えて、ハードウェアのランダムな故障を検出または制御するか、その影響を軽減することが可能になります。一般に、電動アクチュエータ・システムでは、ブラシレスDC(BLDC)モータが使用されます。安全性を最重視するためには、システムがASIL Dに準拠するようにハードウェアとソフトウェアを設計しなければなりません。なお、ASIL(Automotive Safety Integrity Level)とは、自動車の安全水準のことです。ASIL Dは最高レベルの安全度を表します。

BLDCモータの転流と制御

BLDCモータには、その名前が示すとおりブラシが存在しません。言い換えると、ブラシと整流子の接触が発生しません。固定子(ステータ)と回転子(ロータ)の相対位置を計測し、適切なステータ・コイルにエネルギーを供給するシーケンスを保証するためには、モータ用の位置センサー(MPS:Motor Position Sensor)が必要になります。特に、逆起電力が利用できず、マイクロコントローラによってロータとステータの相対位置を判断することができない始動時には、MPSの存在が不可欠です。

従来は、BLDCモータのロータの位置を示すためにブロック転流が使われていました。この方式では、図1(a)のように、3個のホール・スイッチを使用します。しかし、最近では、転流/制御の性能向上が強く求められるようになってきました。特に、NVH(ノイズ、振動、ハーシュネス)の低減や、(EPSシステムを含む)BLDCモータの動作効率の改善が要求されています。そのため、ブロック転流から正弦波転流へと制御手法の移行が進みつつあります。図1(b)に示すように、正弦波転流では、ホール・スイッチをMR角度センサー(MPS)に置き換えます。同センサーは、モータのシャフトの端に取り付けた2極磁石の前に配置され、通常はECU内に実装されます。そのECUはモータのケースと一体化され、モータのシャフトの端に配置されることになります。

図1. BLDCモータの制御方式。(a)はブロック転流、(b)は正弦波転流を実現します。
図1. BLDCモータの制御方式。(a)はブロック転流、(b)は正弦波転流を実現します。

安全性を最重視するアプリケーションに向けた機能安全

ISO 26262は、電気的な安全性に関連するシステムの故障によって引き起こされるハザードに対処するための安全規格です。2011年に導入されましたが、その後2018年版に更新されています。

システムのASILを決定するためには、そのシステムの安全性とリスクについて分析しなければなりません。ASILは、動作中のシステムの潜在的なハザードを、シビアリティ(過酷度)、エクスポージャ(発生頻度)、コントローラビリティ(回避可能性)という観点から検討することによって決定されます(図2)。

図2. ISO 26262におけるASILの決定法
図2. ISO 26262におけるASILの決定法

例として、EPSシステムのリスクとハザードについて分析するケースを考えます。その場合、ステアリングのブロックやセルフステアリングといった重大な事象は、そのシビアリティ、コントローラビリティ、エクスポージャから、ASIL Dに相当すると結論づけられるでしょう。同様に、電動ブレーキ・システムについても、ブレーキ・ブロックやセルフブレーキといった回避が不可能な事象のシビアリティには、同じ論理が適用されます。

EPSシステムや電動ブレーキ・システムなど、ASIL Dに対応するシステムについては、図3(a)、(b)、(c)に示すようにサブシステムに分解し、それぞれに対してASILのレーティングを実施することができます。

図3. ASIL Dに対応するシステムをサブシステムに分解した例
図3. ASIL Dに対応するシステムをサブシステムに分解した例

システムをASIL Dに準拠できるようにするためには、各システム・コンポーネントをASIL Dの規格やプロセスに適合する形で開発しなければならないわけではありません。システムの一部として、QMやASIL A/B/C/Dのサブコンポーネントを組み込むことは可能です。システム全体のレベルで見た場合に、ASIL Dの条件を満たしていればよいということです。

システムをサブシステムに分解して検討する際には、十分な独立性を確保するべきです。また、関連性のある故障や、共通する原因によって発生する故障の可能性についても考慮する必要があります。

EPSシステムのトポロジ

図4に示したのは、EPSシステムの典型的なトポロジです。EPS用のECUは、ドライバーがハンドルに加えるステアリング・トルク、ハンドルの位置、自動車の速度に基づいて、必要なアシスト力を算出します。EPSのモータは、加えられた力でステアリング・ギアを回転させることにより、ドライバーがハンドルを操作するのに必要なトルクを低減します。

図4. EPSの典型的なトポロジ
図4. EPSの典型的なトポロジ

EPSのモータの転流と制御には、MSP(Motor Shaft Position)の角度と相電流の測定結果を使用します。図5に、EPS用の典型的なモータ制御ループを示しました。アシスト用に求められるトルクは、走行状態によって変化します。その値は、車輪用の速度センサーによる測定結果と、ドライバー(または自動運転車のモータ用アクチュエータ)によってハンドルに加えられたトルクを計測するトルク・センサーの測定結果によって決まります。マイクロコントローラは、MSPのデータと相電流のデータを使用して、必要なアシストを提供できるようモータの電流負荷を制御します。

図5. EPS用の典型的なモータ制御ループ
図5. EPS用の典型的なモータ制御ループ

EPS用のMPSと相電流センサー

MPSの不具合や故障は、ステアリング・ロックやセルフステアリングといった重大なシステム障害を引き起こしたり、その一因になったりする可能性があります。このような理由から、MPSはEPSシステムにおいて非常に重要なコンポーネントだと位置づけられています。したがって、システムにおいては、センサーの不具合を高いカバレッジで診断できるようにしたり、内部を冗長構成にしたりすることによって、MPSに誤りや不具合が生じた場合でも、機能を継続できるようにします。重要なのは、深刻なシステム障害が発生する可能性を排除することです。また、誤りが発生した場合には、安全な方法で機能を停止させられるようにすることも非常に重要です。

通常、電流検出アンプは、モータの負荷を高い精度で間接的に測定するために使用されます。多くの場合、3相のモータの2つの相に対して適用されます。その情報は、システム全体の安全性を確保するための1つの要素として使用することができます。

モータの位置と相電流を高い精度で測定すれば、EPS用のモータ制御の性能を高めることができます。その結果として、システムのレベルで、非常に効率に優れ、静かで滑らかなステアリングを実現できます。ドライバーの総合的な満足度を高めることができるという意味でも、EPS用のMPSと相電流センサーは、システムの重要なコンポーネントだと言えます。

EPS用のモータ制御における機能安全

EPSのように安全性が最重視されるアプリケーションをASIL Dに準拠させるには、どのようにすればよいでしょうか。そのためのアプローチは複数存在しますが、以下では、アナログ・デバイセズのデュアルAMR(Anisotropic Magneto Resistive:異方性磁気抵抗)角度センサー「ADA4571-2」と電流検出アンプ「AD8410」を使用する例を示します。これらをシステムに組み込むことによって、ISO 26262のASIL Dにシステム・レベルで準拠するために必要な性能と冗長性を実現できます。

図6に、上述したシステムのブロック図を示しました。このシステムにおいては、デュアルAMR角度センサーであるADA4571-2をMPSとして使用しています。このMPSは、別の技術をベースとする補助センサーによって補完されています。ここで言う別の技術としては、ホール効果や、GMR(Giant Magneto Resistance:巨大磁気抵抗)、TMR(Tunnel Magneto Resistance:トンネル型磁気抵抗)などが考えられます。ADA4571-2は、1次(高精度)センシング・チャンネルとして使用されます。別の技術を使ったセンサーは、次の3つの目的を持った2次チャンネルとして機能します。

  • 他のシステム入力と組み合わせたとき、センサーのチャンネルのうちいずれかに不具合があるかどうかを確認するために、3チャンネルのうちの2チャンネル(2oo3: 2-out-of-3)を比較するプロビジョンを可能にします。
  • 可能性は低いものの、AMR角度センサーの両方のチャンネルが機能しなくなった場合に、位置の情報をフィードバックします。
  • モータが奇数個の極を持つ場合に、転流に必要な全象限の情報をマイクロコントローラに提供します。

ADA4571-2の両方のチャンネルにより、角度の測定は高い精度で継続して行われます。動作状態において、モータの負荷やシャフトの位置は、高精度の電流検出アンプから得られる逆起電力の情報により間接的に推測することができます。この推測は、追加のシステム診断に相当します。

図6. MPSと相電流センサーを組み合わせたアーキテクチャ。安全性を最重視するアプリケーションに最適です。
図6. MPSと相電流センサーを組み合わせたアーキテクチャ。安全性を最重視するアプリケーションに最適です。

このアーキテクチャにおいて、センサーで発生する可能性があるすべての故障モードについて考えてみます。すると、どのような場合でも、妥当性確認(plausibility check)に利用できる位置センサーの入力が2つ存在するはずです。極端な例としては、共通の原因による故障でAMR角度センサーの2つのチャンネルが同時に機能しなくなるケースも考えられます。そのような場合には、補助センサーのチャンネルで測定した位置情報(精度は高くありません)と、動作状態において電流センサーで取得した逆起電力の情報を照合します。それにより、システムの基本機能が継続して働くことを保証できます。

このようなシステム・レベルの診断機能を実現することにより、深刻な故障モードが発生する可能性を排除できます。その結果、システムをISO 26262のASIL Dに準拠させることが可能になります。何らの障害が発生した場合でも、システムの電源を安全な状態でオフにしたり、リンプ・ホーム・モードに移行させたりすることができます。その上で、自動車の販売店に修理を依頼することになります。

まとめ

自動車の安全性を向上するためのより高度なADASの導入と、準自動運転/完全自動運に対応する自動車の登場は、ほぼ同じ時期になると考えられます。そのため、より高い信頼性、インテリジェンス、性能を備え、冗長化が実現された電動アクチュエータが強く求められています。その電動アクチュエータは、機能安全規格であるISO 26262に準拠している必要があります。アナログ・デバイセズは、効率的で滑らかなモータ制御を実現するための高精度のMPSと相電流検出センサーを提供しています。それらの製品は、EPSや電動ブレーキ・システムなど、安全性を最重視するアプリケーションにおいて高いASILを達成するために必要な冗長化にも対応しています。

デュアルAMR角度センサーであるADA4571-2は、安全性を最重視するアプリケーションに向けて設計されています。これを採用すれば、独立した2つのチャンネルを使用して冗長化を実現できます。ADA4571-2は、シグナル・コンディショニング用のアンプとA/Dコンバータ用のドライバを内蔵した2チャンネルの製品です。2個のAMRセンサー(Sensitecの「AA745」)とシグナル・コンディショニング用のアンプとして機能する2個のASICを内蔵しています。通常、角度の測定誤差は0.1°程度に抑えられ、ヒステリシスは無視できるレベルです。帯域幅は広く、遅延は小さく、優れた線形性が得られます。このような特性を備えることから、リップルやノイズの小さいトルクを得ることができ、BLDCモータを効率的かつ滑らかに制御することが可能になります。また、同製品は、30mT以上で飽和状態で動作します。磁気のレベルについては上限はありません。強磁界で同製品を動作させることで、図6のソリューションは、過酷な環境下に存在する浮遊磁界に対して高い堅牢性を示します。

電流検出アンプであるAD8410を使用すれば、EPS用のBLDCモータ制御システムにおいて、シャント抵抗を流れる双方向の電流を測定することができます。非常に高精度な測定が求められる厳しい条件下でも、安全性を最重視するアプリケーション向けの診断機能を提供できるだけの性能が得られます。リップルやノイズの少ないトルクを得ることが可能になるので、EPSやブレーキで使われるBLDCモータを効率的かつ滑らかに制御できます。AD8410は、ドライバーの総合的な満足度を高めるために設計された高電圧、高精度、広帯域幅に対応する製品です。

参考資料

ISO 26262-1:2018」、International Organization for Standardization、2018年12月

Isshi Koyata「Approach About the Fail Operational to the Future of EPS-System in JARI Activities(JARIの取り組み:将来のEPSシステムにおけるフェイル・オペレーショナルに関するアプローチ)」Japan Automobile Research Institute(JARI)、2019年

著者

Enda Nicholl

Enda Nicholl

Enda Nichollは、アナログ・デバイセズのストラテジック・マーケティング・マネージャです。アイルランド リムリックを拠点とし、磁気センサーを担当しています。機械系技術者としてのキャリアを積んだ後、2006年に入社。車載分野、産業分野を含む広範な市場/アプリケーションを対象とし、センサーとセンサー用インターフェースに関連する業務に30年近く従事してきました。そのキャリアを通じ、プロダクト・アプリケーション、フィールド・アプリケーション/セールス、ストラテジック・ビジネス開発、マーケティングなどの職務を担当しました。