短距離無線間のワイヤレス・システムの設計

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はじめに

短距離無線接続に関する規格が一般に普及したことは、過去数年間の半導体市場における注目すべき動向の1つです。Bluetooth、各種のWi-Fi、ZigBeeのほか、Wibree/Bluetooth ULPやUltra Widebandなどの新しい規格もあります。

無線で複数のデバイスを接続しなければならない状況に直面した場合、真面目な設計者ならこれらの規格を調べて解決策を探しますが、現在利用できる無線規格が必ずしもアプリケーションの要件に最適というわけではありません。

その理由の1つは、これらの規格が世界各国で使用可能で、2.4GHz(ライセンス不要)を使用しているからです。2.4GHz 帯域には、共存の問題や電力バジェットの割には伝播距離が低いといった欠があるため、低いUHF帯域への関心がますます高まっています。一般的な周波数は、欧州では868MHzと433MHz、アメリカでは902 ~ 928MHz、日本では426MHzです。これらは通常ひとまとめにサブGHz帯域と呼ばれ、その他にライセンス不要の1GHz未満の帯域も含まれます。1GHz 未満の無線規格は不足しているため、設計者は独自の物理層(PHY)と通信プロトコル・スタックを使用しようとしています。これらは、特定のニーズに合わせて作ることができます。

図1は、ライセンス不要のサブGHz帯域が利用されている地域を示しています。

Figure 1
図1. 世界のサブGHz帯域

サブGHzワイヤレス接続システムのシミュレーション

Wi-FiやBluetoothなどの無線規格を使用する利点は、規格の作業部会がすでにデータレート、変調タイプ、出力電力、周波数プランを定義しているため、設計者はその元になっている各国の法規定を考慮する必要がないことです。たとえば、Bluetoothの設計者は、標準リファレンス設計が最大許容放射パワー、最大変調帯域幅、エミッション・マスク、最小ホップ・チャンネル数を満たしており、2.4GHz ISM帯域を対象とするEN 300 440やFCC Part 15の規定に準拠しているものとして安心して設計ができます。

しかしながら、サブGHz周波数では問題は少し異なります。帯域が細分化されているため、サブGHzにおける規格は少なく、サブGHzで稼動するシステムの設計者のほとんどは独自の無線プロトコルを使用することになり、さまざまなシステム・パラメータを自分で自由に選択することになります。このような場合、一連の所定パラメータが国の法規定を満たさないというリスクがあります。そこで、ADI SRD Design Studioツールが開発されました。これによって、ユーザは実験をする前にさまざまなシナリオをシミュレートでき、基礎となる法規定を念頭に置きながら、ガイドに従って設計プロセスを進めることができます。このツールが行う主なタスクの概要を図2に示します。

Figure 2
図2. ADI SRD Design Studioの主なタスクの概要

開発プロセスで考慮しなければならないサブシステムの動作とパラメータには、PLLの最適化、RFフィルタ処理とマッチング、データレートと変調タイプ、復調プロセス、パケット・データのフォーマット化、平均消費電力などがあります。システム設計者は一般スプレッドシートを利用するツールと研究室での作業の繰り返しを組み合わせ、これらのパラメータの最適化に取り組みます。通常、時間領域解析はSPICEベースのシミュレータで実行できますが、周波数領域の正確な位相ノイズのシミュレーションは特別なソフトウェアを使用しなければ実行できません。それをしないで、各地の法定試験機関を何度も訪ねてシステムを最適化することも可能ですが、これにはかなり費用がかかります。

これらの問題に対処するため、アナログ・デバイセズはADI SRD Design Studioという無料ソフトウェア・パッケージを提供しています。これによって、ADF7xxxファミリーのトランシーバとトランスミッタを使用して、さまざまなシステム・パラメータをリアルタイムにシミュレートし最適化できます。この開発ツールは一般的なADIsimPLLソフトウェアをベースとしていますが、仮想スペクトル・アナライザを使用して時間領域と周波数領域の両方で変調を確認できる機能が付加されています。また、ADI SRD Design Studioは、開発プロセス全体を大幅に簡素化し、ガイドに従って操作可能で、また設計のワークフローを表1に示す複数のタスクに区分しています。

表1. ADI SRD Design Studioで利用できるタスクの一覧
  タスク名
説明
1 新規設計
ウィザード
各地域の法規定(FCC、ETSI、ARIBなど)に対応する
デフォルト設定が含まれています。
2 リンク・バジェット
さまざまな伝搬モデルと減衰マージンを使用して
通信距離を計算できます。
3 周波数
ワークシート
データレートと周波数のさまざまな組み合わせにより、
XTAL(水晶振動子)とPFD(位相周波数検出器)を選択できます。
4 トランスミッタ・
スペクトル
きわめてフレキシブルなスペクトル・アナライザです(FFTを使用)。
5 パケットの
フォーマット化
パケット構造を入力して、バッテリ寿命と
パケット・エラー・レート(PER)への影響を確認できます。
6 同期検出
誤ったトリガをできる限りなくすため、
十分な補正特性を備えた同期バイトを選択できるようにします。
7 消費電力
スリープ/ Tx / Rxのさまざまなシナリオが設定可能。
バッテリ寿命の計算に役立ちます。
8 回路図
システム・パラメータ(ループ・フィルタ、VCOインダクタ、
XTAL、マッチングなど)に基づいて外部回路図が得られます。

動作の主な概要

ADI SRD Design Studioの中心となるのは、ADF7xxxデバイス・モデルのライブラリです。ここには、VCOとシンセサイザの位相ノイズ、VCOゲイン、周波数範囲、利用可能なデータ・フィルタの種類、感度、ノイズ指数などのパラメータ化されたデータがデバイスごとに用意されています。これらのモデルを使用し、RFキャリアの変調に使用するベースバンド・データで非直線性時間領域解析を実行し、VCOの時系列出力を取得できます。ベースバンド・データは、疑似乱数パターン(PRBS)か周期パターン(010101)を選べます。従来の線形解析とは違い、VCOプリング、非線形VCOゲイン曲線、チャージ・ポンプの飽和のような非線形の影響を正確にモデル化します。次に、時間領域波形に対してFFTを実行してスペクトル・アナライザの出力を得ます。

さまざまな解析に利用できるスペクトル・アナライザは、市販のスペクトル・アナライザと同じく分解能帯域幅、ディテクタの種類、スイープ数を調整できます。分解能帯域幅は、100Hz ~ 300KHzに設定でき、1KHz ~ 3MHzの間でスパンを選択できます。また、ピーク・ディテクタか平均ディテクタのどちらを使用するかを選択し、各FFT領域でそれぞれ最大数または平均数を取得するようにアナライザを設定できます。法定規格によって分解能帯域幅、スパン、測定装置などの測定条件が異なるため、こうしたパラメータが調整できることは便利です。シミュレータは、スペクトラム・アナライザを使用するプリテストを考慮しています。これらの役に立つプリセット・テストを表2に一覧で示します。このようにして、ユーザは文献資料を調べなくても該当する規格に沿って簡単にテストすることができます。

表2. スペクトル・アナライザ・モードのプリセット測定の一覧
Test #
Regulation
Preset Measurement
1 ETSI EN 300 220
Modulation Bandwidth
2 ETSI EN 300 220
Adjacent Channel Power
3 ETSI EN 300 220
Occupied Bandwidth
4 FCC 15.231
–20 dB Bandwidth
5 FCC 15.247
–20 dB Bandwidth
6 FCC 15.247
–6 dB Bandwidth
7 FCC 15.247
3 kHz Power Spectral Density
8 FCC 90.210
Emission Mask D
9 FCC 15.249
–20 dB Bandwidth
10 FCC 15.231 (b)
Field Strength
11 FCC 15.231 (e)
Field Strength
12 ARIB STD-T67
Occupied Bandwidth (25 kHz)
13 ARIB STD-T67
Occupied Bandwidth (12.5 kHz)

トランジェント・アナライザ・モードとスペクトル・アナライザ・モードのほか、PLL周波数領域解析を実行してPLLループ・フィルタ部品を計算し、位相マージンとゲイン・マージンを評価します。シミュレーションでPLLループ帯域幅を調整することによって、送信変調スペクトルと位相プロットのアイパターンに対する影響を確認できます。これによって、ほんの一握りのベンダーのフィルタ・テーブルや基本ガイドラインだけに頼らずに、ループ・フィルタの適切な最適化ができます。この3つの主なシミュレーションは、いずれも標準セットアップ条件で約2秒で完了します。

伝播モデル

ADI SRD Design Studioパッケージが提供するもう1つの役に立つツールは、リンク解析ワークシートです。これは、さまざまな条件下でのリンク・バジェットと通信範囲を評価するために使用します。その他のすべてのタスクと同様、これも主要シミュレータに内蔵されています。エミッション・マスクに合わせたデータレートの変更により、受信感度が変化し、リンク・バジェットと最終的には伝播範囲に影響を及ぼします。この機能は、データレートなど、ある1つのパラメータの変更によってその他のワークシートにも影響が及ぶことから、個々のツールを複数使用するよりも役に立ちます。

リンク解析では、最初にリンク・バジェット、すなわち送信パワーと受信感度間の差をフィルタ損失やアンテナ損失を考慮に入れて計算します。このシミュレーション用のデバイスのセットアップを図3に示します。

Figure 3
図3. リンク解析ブロック

次に、シミュレーションでアンテナ間の距離を広げて範囲を算出します。パス損失がリンク・バジェットと等しくなるポイントが、リンク・マージンが0dBになる場所です。パス損失は、自由空間、地表、単純な屋内の3種類の伝播モデルからユーザが選択し、このモデルを元に計算します。

A. 自由空間の伝播モデル

自由空間のモデルは、トランスミッタとレシーバの間に障害物や大きな反射物体(地面など)がないという想定に基づいています。トランスミッタとレシーバの間隔R、波長λ、パス損失PLを使用し、次の式によってほとんどの実用的なエミッタ/レシーバ配置で最高の伝播範囲が得られます。

Equation 1

B. 地表の伝播モデル

ここでは、トランスミッタは平坦な地面から高さhTにあり、レシーバはhR の高さにあり、これらの間隔をRとします。この式では、海岸や比較的広い道路など、見通しのよい(LOS)条件できわめて正確な結果が得られます。ADF7xxxデバイスを使用し、外部のパワーアンプ(PA)や低ノイズ・アンプ(LNA)を利用することなく、このシミュレーションから3km以上の伝播範囲を求めることができます。

Equation 2

C. 単純な屋内の伝播モデル

Equation 3

ここで、P0は1mにおけるパス損失、nはその値が環境に依存する指数です。参考文献3には、工場の床や高層オフィスビルなどさまざまな環境におけるnの値が示されています。ほとんどの設計者は、ただ経験的な結果に基づいてnの値を挿入します。

ADI SRD Design Studioのもう1つの役に立つタスクが、パケット・フォーマット化ワークシートです。ユーザは、所定のパケット・フォーマットを入力して、パケット長がバッテリ寿命にどれほど影響するかを確認し、誤ったトリガが生じる可能性が低いsyncワードを選択し、さらにパケット長に基づいてビット・エラー・レート(BER)を対応するパケット・エラー・レート(PER)に変換します。BERからPERへの変換は、ICベンダーによってBERで感度を規定していたり、PERで規定していることがあるため、便利です。

研究室でのシミュレーション・セットアップのテスト

シミュレーションが完了して、その結果が許容できるものであれば、ファイルを保存してシミュレーション設定をアナログ・デバイセズのADF7xxxプログラミング・ソフトウェアにエクスポートすることができます。次に、プログラム・デバイス・ユーティリティを使用してベンチ・テストを実行します。この機能は、周波数、データレート、変調タイプなどをADF7xxxプログラミング・ソフトウェアにエクスポートします。これにより、研究室でのデバイスの設定が簡単にできるようになります。図4に示すように、ベンチ測定値はシミュレートされた結果と合致します。868MHzの9.6kbpsGFSK信号に対してのシミュレート測定値とベンチ測定値は、きわめて近い結果となります。これらの比較を実行するときは、ボード上のPLLループ・フィルタと同じPLLループ・フィルタをシミュレータで設計する必要があります。さもないと、出力スペクトルの形状が変わってしまいます。

Figure 4
図4. シミュレーションと研究室での測定値の比較

まとめ

ADI SRD Design Studioは2007年7月にリリースされ、この記事を書いている時点で5000件を超えるダウンロードがありました。アナログ・デバイセズではソフトウェアの改善に取り組んでおり、ユーザはオンライン・フォーラムで怪しいバグや問題を報告したり、ソフトウェアの次回の改訂のために提案することができます。このフォーラムは、Radiolabウェブサイトにあり、ADI SRD Design Studioを経由してアクセス可能です。また、このウェブサイトを定期的にチェックしてソフトウェアのパッチやアップグレードがないか確認することができます。

アナログ・デバイセズの製品ポートフォリオの拡張に伴って、新しい無線デバイスがソフトウェア・ツールに追加され、さまざまな周波数のデバイスや異なる変調方式に対応できるようになります。ADI SRD Design Studioは、ワイヤレス接続設計者の使用するツールの中でも特に役に立つ道具となりますが、アナログ・デバイセズADF7xxxファミリーのトランスミッタやレシーバを設計する場合には必需品とも言えるでしょう。


参考資料

アナログ・デバイセズのウェブサイト: www.analog.com/jp/srddesign

Harney, A. およびC. O’Mahony 『Wireless Short-Range Devices: Designing a Global License-Free System for Frequencies < 1 GHz』Analog Dialogue.Vol. 40, No. 1. 2006年3月、pp. 18 ~ 22

Hashemi, H.『The Indoor Radio Propagation Channel.』Proc.IEEE.Vol. 81, No. 7. 1993年7月、pp. 943 ~ 968

著者

Austin-Harney

Austin Harney

Austin Harneyは、1999年に電子工学の学士号を取得してアイルランド国立大学ダブリン校を卒業し、2006年にリムリック大学でMBAを取得しました。アナログ・デバイセズでは12年間にわたってさまざまなRF業務に従事し、現在はPLLおよびVCO製品ファミリーのアプリケーション・エンジニアです。