TNJ-031
低周波アナログ回路の VGA ゲイン設定を上げるとなぜか実ゲインが低下する

2017年9月5日公開

はじめに

設計・評価が完了した時点では、本人としては「これでよし」として量産化(といっても、この技術ノートで説明するものは、そんな大げさなものではありませんでしたが)するものです。しかし往々にしてありがちなことが、「だいぶ時間が経ってから問題が見つかる」ということではないでしょうか。

この技術ノートでは、私が作ったアナログ回路プリント基板、それはLNA( Low Noise Amp)にAD8092、VGA(Variable Gain Amp)にAD603が用いられたものでしたが、そこで発生した「不具合」、それも作ってから何年か経過したあとにそれが露呈した話しと、それをどのようにトラブルシュートして修正を施したかという話題をご提供したいと思います。

 

まずは使用したICをご紹介

このプリント基板で使用したICをそれぞれご紹介します。まずAD8092は、

AD8092 :オペアンプ、高速、レールtoレール、低価格(デュアル)

【概要】
AD8091(シングル)とAD8092(デュアル)は、低価格、電圧帰還の高速アンプであり、+3 V、+5 V、±5 Vの電源で動作するように設計されています。これらのデバイスは、負側レールの下側200mVまで、かつ正側レールの内側1Vまでの入力電圧範囲を持つ真の単電源動作機能を備えています。

低価格にもかかわらず、AD8091/AD8092は全体に渡って優れた性能と多様性を提供します。出力電圧の振幅はそれぞれのレールの25mV以内と拡張されており、優れたオーバドライブ回復特性を備え、最大出力ダイナミックレンジを提供します。

(中略)

広帯域幅で高速スルーレートが備わっているため、これらのアンプは、最大±6Vの両電源や+3V~+12Vの単電源を必要とする、多くの汎用、高速アプリケーションにも適しています。

というものです。低電圧・低消費電流で低歪み、またセトリング時間も高速なので、ハイスピードな携帯用/バッテリ駆動の回路で多様に活用できるデバイスといえます。

つづいてAD603は、

AD603 : 可変ゲインアンプ、電圧制御、90MHz、低ノイズ

【概要】
AD603は、RFおよびIFのAGCシステム用のローノイズ電圧制御アンプです。ピン選択可能な高精度のゲインを提供し、90MHzの帯域幅で-11~+31dB、または9MHzの帯域幅で+9~+51dBです。外付け抵抗を1つ使用すれば、あらゆる中間ゲイン・レンジが得られます。入力換算ノイズ密度は1.3nV/√Hzで、消費電力は推奨電圧±5Vにおいて125mWです。

デシベルのゲインは「dB単位でリニア」で、正確に校正され、温度と電源に対して安定しています。ゲインは高インピーダンス(50MΩ)、低バイアス(200nA)の差動入力で制御されます。このとき、スケーリングは25mV/dBで、1Vのゲイン制御電圧で制御できるゲイン・レンジは40dBに及びます。いずれのレンジを選択しても、1dBのオーバーレンジとアンダーレンジが設けられています。ゲイン制御応答は、40dBの変化に対して1μs未満です。

(後略)

 

AD603の入力換算ノイズ密度はとても低い

AD603の1.3nV/√Hzの入力換算ノイズ密度はかなり低いです…。超ローノイズといわれているOPアンプ、AD797でも0.9nV/√Hz ですから、それからプラス3dB程度しか悪化していません!

AD603の入力端子から見た入力抵抗は100Ωなので、ハイ・インピーダンスの信号源を接続するには適切ではありませんが(減衰してしまうし、結果的にNFが低下するので)、その場合は、前段にOPアンプを使ってプリアンプを構成すると、最適なシステムが実現できそうです。AD603のブロック図を次頁の図1に示します。

AD603はdBで直線な連続可変減衰量が実現されている

AD603のアッテネータ・ブロックは7段構成のR-2Rラダー抵抗で構成されています。それによりラダーの1タップあたりで6.021dBの減衰が確保され、合計で-42.14dBの「ステップ可変」減衰量が得られます。この「ステップ」の間は、アナログ・デバイセズの特許取得技術により、アナログで内挿され、dBで直線となる「連続可変」減衰量を得ることができます。

また図1(次頁)から分かるように、ポストアンプは非反転構成となっており、VOUT端子とFDBK端子をショートすれば、トータル・ゲインを元々の+9dB~+51dBから、-1dB~+41dBに変更することができます。お気づきになるように、この端子間に適切な抵抗を挿入すれば、この2種類のゲイン設定の間となるゲイン可変範囲を実現できます(ゲインを変えることで、OPアンプのGB積により、動作-3dB周波数がそれぞれ変化します)。

ということで、それぞれ特徴のあるICです。

 

 

図1. Variable Gain Amp AD603のブロック図

 

 

 

図2. 以前作って今回問題が発見されたプリント基板の回路図

 

アナログ回路プリント基板の回路構成

この基板は、だいぶ前に作ったモノなのですが、とある日、知人がやって来て、この基板を使って遊んでいきました。図2の回路図をご覧ください。AD8092をLNAにして(LNAのクセになぜか謎のR81が入っている…。またAD8092自体もLNAとして適切なのか?という疑問も出てくる…。詳細は引きつづき!)、AD603をVGAとして可変ゲインを実現するというものです。

 

LNA前段の謎の抵抗R81

J2端子に入力された信号がR80で50Ωに整合終端され、LNAであるAD8092に加えられ、30dBのゲインで増幅されます。「LNA」とは「低ノイズなアンプ」という意味なのですが、ここでは「謎の直列抵抗」R81が11kΩとして接続されており、この抵抗で発生する熱ノイズ、OPアンプの電圧性ノイズ、そしてOPアンプの電流性ノイズがR81で電圧量に変換されたもの、これらが入力信号に加わりノイズ・レベルが上昇します。つまり「低ノイズなアンプ」というLNAの役目を果たしていません…。

といっても、これは意図的にノイズ・レベルを上昇させるために接続しているもので、「ノイズに塗(まみ)れた信号を観測してみましょう」という、これまた「謎の理由」により接続されているものです(笑)。

このR81の追加で全体のノイズ・レベルがどれほどになるかを見積もってみましょう。

まず、AD8092単体の電圧性ノイズは𝑉𝑉𝑁𝑁=16nV/√Hz(@±5V電源)です。この技術ノートの最初に、「AD603の入力換算ノイズ密度はかなり低く1.3nV/√Hz」「超ローノイズといわれているOPアンプAD797は0.9nV/√Hz」と説明しました。AD8092は電圧性ノイズがAD797に比較して25dBも高いものです。このように高いノイズ・レベルである理由は、バッファやビデオアンプ用として、低電圧でもスルーレートが高い(入力バイアス電流も1.4μA@±5V電源と大きい)ことなど、単電源用途でも性能が出るように構成されているからだと考えられます。

次にR81の11kΩで発生する熱ノイズを計算してみます。熱ノイズの式

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を用います。ここで𝑘はボルツマン定数、𝑇は絶対温度、𝐵は帯域幅で単位はHzですが、ここではノイズ密度で考えますので、𝐵=1とします。𝑅は抵抗の大きさです。

この式を用いて1Hzあたりのノイズ密度を計算すると、

𝑉𝑅𝑁=13.5nV/√Hzとなります。

回路で発生するノイズはこれだけではありません。OPアンプの電流性ノイズというものもあります。これはデータシートによると、𝐼𝑁= 900fA/√Hz (@±5V電源)となり、これがR81に流れることで電圧降下によりノイズ電圧が発生し、この量は11kΩ×900fAから𝑉𝐼𝑁= 9.9nV/√Hzと計算できます。なおR82とR83 でも同じように𝐼𝑁による電圧降下でノイズ電圧が発生しますが、並列合成抵抗が456Ωになるため無視できる大きさです(といっても一応計算してみると、456Ω×900fAより𝑉𝐼𝑁= 0.41nV/√Hzになります)。

これらから合計をRoot Sum Squareで計算すると、162+13.52+9.92= 23.2nV/√Hzになります。ということで「意識的にLNAにならないLNAを構成している」ことになります。

次段のAD603で構成されるVGAは、図2のSW5をハイ・ゲイン側に倒せば、AD603のGPOS、つまりゲイン設定端子に+0.3V~+0.7V位が加わり、最大ゲインのあたりで幅10dBくらい可変できるという回路です。SW5をロー・ゲイン側に倒せば、GPOSに-0.3V~-0.7V位が加わり、最小ゲインのあたりで幅10dBくらい可変できます。

 

来訪した知人が問題点を見つける

このアナログ回路プリント基板のJ2端子に加える入力信号は、キャリア周波数が625kHzというものです。スペクトラム・アナライザ(以降「スペアナ」)をAD603出力に接続し、その周波数の周辺だけを観測しながらボリュームのRV51を回転させると、「あれ?ボリュームでゲインを上げていくと、実際の出力ゲインが下がるよ?」「ゑ!(汗)」「ちょっと待ってね」

「マルチメータで測ってみると、AD603のGPOS入力電圧はちゃんとスムースに変わっているねえ…。その電圧範囲をデータシートで確認してみると、たしかに10dBくらいの変化量だねえ」と彼。つづけて「スペアナで見てみると、6~7dBくらいまではゲインが上昇するんだけど、それ以上にボリュームを回転させると、ゲインが5dBくらいまで下がっていくんだよねえ…」

 

 

図3. AD603 のゲイン制御電圧と実ゲイン

 

「動作周波数も低いしねえ…。何が原因なんだろう?」
この基板自体はだいぶ前に作ったものなのですが、実動作としてはそのレンジのところは使わないので、これまで気が付かなかった(問題とはならなかった)のでした。

さて、何が悪かったのでしょうか?

 

なぜこうなるのか原因が分からない

AD603のデータシートのGPOS入力電圧v.s. ゲインのグラフ(図3)を見ていました。「おかしいなあ、どうみても下がるようには見えないなあ、当然だよなあ…」。あらためて電卓で、R53~R56とRV51の抵抗分割で形成されるGPOSのゲイン制御電圧を計算してみても0.3V~0.7V程度で、マルチメータで測ったとおり、なおかつ図3での目論見レンジのとおりです。

初段のアンプAD8092で30dB、AD603を最大ゲインにしたときに約30dBになり、全体で約60dBという増幅率になっています。

AD603を交換しても症状は変わりません(とほほ)。

「周波数低いしなあ…、こんなことは変だなあ」と二人で基板を眺めていました。

「ゲインが上昇し、出力が飽和したことが原因でないか?」という意見もありましたが、入力レベルが一定であるため、もし飽和したのであれば、ゲインを上げていっても出力で得られるレベルが低下することはありません。それも原因ではありませんでした。

 

予想から仮説をたてる

具体的情景は割愛しますが(汗)、そういえば…と、過去によくぶち当たった経験が思い出されてきました。「そうだ、これは異常発振しているのではないか?」と私。「でも625kHzっていう低い周波数だし、AD603自体もそんなに高周波対応のICではないし…」と彼。

私の「異常発振によって信号のレベルが低下する」という予想は、以下の根拠によるものでした。

  1. どこかで「入出力間が迷結合」していて、ゲインを上げていくと、あるところで異常発振が始まり、さらにゲインを上げていくと異常発振の強度が強まってくる
  2. 異常発振の強度が強まってきて、これが回路のリニアな動作範囲を超えて、飽和してきたことを考えてみる
  3. そうすると、この異常発振が回路動作の支配的な大振幅となり、希望信号(この状態では異常発振の振幅よりも小さい)が、本来増幅されるべきものが、異常発振波形の飽和により抑圧され、相対的に増幅率が低下する

この「迷結合」とは、寄生容量や寄生インダクタンスによりプリント基板上の想定外のところで想定外の経路(結合)が出来ていることをいいます。

ともあれこれらの予想から「どこかで迷結合ができていて、VGA AD603のゲインを上げれば、異常発振のレベルが大きくなり、より深い飽和となってきて、その結果として本来の信号の増幅率が低下してくる」という仮説を立てることができます。この仮説は正しいのでしょうか。

 

仮説を検証するため実験してみる

「それでは」ということで、これまでスペアナでの観測では、AD603出力で625kHzの信号周波数付近しか、狭いスパンでしか見ていなかったものを、スペアナの周波数掃引レンジを0MHz~8MHzくらいにして、またRV51のボリュームはゲイン最大の設定にして測定してみました。AD603出力に接続するプローブは、回路動作に影響をあまり与えないように、50Ωの同軸ケーブルに470Ωを直列に接続し、10:1のZ0プローブを構成して測定しました。

高いゲインで異常発振が観測された

図4のように、4.8MHzあたりでなんだか変なスペクトル(異常発振)が見えました…。ゲイン設定のボリュームRV51をゲインが低下する方向に廻すとスペクトルが消えました。

「これかぁ…」

「でも4.8MHzだなんて、低い周波数だよねえ、どんな経路で結合しているんだろう」と、今度はふたりでプリント基板の方を眺めて、しばし沈黙が続きました。

少なくともここで申し上げたいことは、「このような異常発振現象が実際に生じる」ということです。またこれは、OPアンプの帰還ループでの位相余裕不足による異常発振とは異なるものです。このことは、読者の皆様の今後のデバッグ時の「引きだし」として、ご記憶いただければと思うところです。

しかし4.8MHzとは「とほほ」です。「こんな低い周波数でも異常発振するのねえ…」と彼はいいます。「同感だよねえ。とほほだよ」と私。

 

 

図4. 4.8MHzあたりでなんだか変な スペクトル(異常発振)が観測された

 

あらためて切り分けしてみる

プリント基板上で入出力が結合しているのか、それとも測定用のケーブル接続がおかしいのか、最初に確認してみました。

同軸ケーブルの接続もいい加減で、また同軸ケーブルの先端はミノムシ・クリップになっていたので、プローブ接続による電磁結合ループはかなり大きくなっていました。「コイツが原因だったらラッキーなんだが…」と、ミノムシ・クリップのグランド側の接続をいろいろ変えてみましたが、あまり変化はありませんでした。

数10MHzから数100MHzを超える周波数レンジに詳しい方、取り扱った経験のある方は知っていると思いますが、「魔法の指」というものがあります。「魔法の指」とは、プリント基板のパターンを指でなぞってみるというものです。指をパターンに近づけると容量変化や抵抗損の変化(もしくは指により形成される他のパターンとの迷結合)により、パターン上の電圧や流れる電流量が少し変化し、それにより異常発振が停止(もしくは迷結合により変化)する、それにより問題点がどこにあるかを探りだす、という技です。

この「魔法の指」でパターンをなぞってみても変化なし。「4.8MHzだもの、当然だよねえ」というところでした。

「出力あたりかねえ?」ということで、図2のAD603出力のR58とその後段のLPFの部品を外しても変化なし。

どうやらAD603から(謎のLNAの)AD8092の入力側に「迷結合」により直接戻っているような感じです。

AD8092とAD603の段間の結合コンデンサC51を切ると発振は止まります。AD8092のフィードバック抵抗R83をピンセットでショートしても(ゲインを低下させると)発振は止まります。入力をグラウンドにショートしても止まります。

これらから異常発振の原因は、LNA AD8092とVGA AD603の連鎖(ループ)だろうということが分かりました。

 

これはプリント基板のパターン・レイアウトが怪しい!

しかし図2の回路図上では回路的な帰還経路はありません。この迷結合はプリント基板が原因だろうと、「パターンが怪しい」とばかりに、P板.comで作ったプリント基板のCADデータのVIEWファイルをHDDの中から見つけだし、想定外の迷結合ができていそうな経路を追いかけてみました。

 

「いわくつき」な基板だからこそトラブルが生じていた

このプリント基板は「いわくつき」というのも変ですが、ある個人事業者にアートワーク設計をしてもらったもので、その設計品質があまりにもひどかった(さらに指示が全然通じない…)ので、それまでの設計データを引き上げてP板.comさんに転注して、以降の仕上げを行ってもらったものです。

図5のようにCADLUS VIEWERを使って、関係しそうなパターン(ネット)をひとつずつハイライトさせてみました。VGA AD603(IC51)の6ピンやLNA AD8092(IC57A)の6ピンであるマイナス5V電源あたりに、どうも怪しいニオイがします。

図5ではそのマイナス5V電源ネットをハイライト表示にしていますが、VGA AD603(IC51)の出力が7番ピンで、ここと隣の6ピン、つまりマイナス5V電源が結合し、それが謎のLNA AD8092(IC57A)の6ピンへの「迷結合の帰還経路」となり、連鎖(ループ)が出来てしまっているようです。しかし謎のLNA AD8092(IC57A)側はどうなっているのでしょうか。

 

 

図5. AD8092(IC57A)からAD603(IC51)の経路と並走するマイナス5V電源ラインをハイライトしてみた


回路自体が間違っているのではないか?

「いやいや、基板ではなくて、回路自体が間違っていないか?」という意見もありました。

ひとつは「AD8092(IC57A)とAD603(IC51)の段間の結合コンデンサC51を小さくしたらどうか」というコメントでした。

ここはAC結合のコンデンサですが、この容量を小さくすると、迷結合により出来た連鎖(ループ)のゲインを低下させることができ、異常発振の対策にはなります。しかし異常発振している周波数が4.8MHz、希望波の周波数が625kHzということで、希望波のゲインも低下してしまうので、そういう対策は(私もちらりとアタマにかすめましたが)できないのでありました。

もうひとつは「なぜAD603(IC51)の5番ピンFDBKに18pFのコンデンサC53がついているのか?」というコメントでした。

C53は、たしかに回路図を再確認し、そしてAD603のデータシートをよく見てみると、+9dB~+51dBのゲイン状態で高域ゲインをアップさせるために必要なモノで、なぜこのC53を最初の設計時につけていたのか良く分からないのでした(汗)。C53を取り去ってみましたが、異常発振のようすはほとんど変わりませんでした。

 

謎のLNA入力のパターンがマイナス電源のパターンに並走していた!

ここまで「発振の原因」に関する物理的な確認として分かったことは、

  1. AD8092(IC57A)のフィードバック抵抗R83をショートしてゲインを下げる
  2. AD8092の入力をグラウンドにショートする

と異常発振が止まるということでした。

CADLUS VIEWERで図5のパターンをよく見てみると、この技術ノートの最初にお話した、謎のLNAを作るためにAD8092(IC57A)の入力に直列に挿入した、R81 11kΩのAD8092側のパターンが長く、かつ図5でハイライト表示しているマイナス5V電源ラインに近づいていることが気になりました!

このようすを写真撮影したものを図6に示します。ここでは(以降に説明するように)直列抵抗のR81は取り外して、入力(J2端子)のスルーホールから直結(抵抗の足でジャンパ)した状態にしてあるものです。

 

 

図6. 「いわくつき」のパターン・レイアウト。入力(J2端子)がR81の左側(謎のLNA AD8092の3ピン)側にレイアウトされ、R81を経由して右側につながり、マイナス5V電源ラインに並走して長いパターンになっており、それが3ピンに接続されている。この写真ではその長い経路をスキップして、抵抗の足でR81の左側と3ピンをジャンパしてある

図6の右下の抵抗のシルクがR81の部分です。入力(J2端子)からの接続が図中の抵抗R81の左側になっています。それがR81を経由して図中の右側につながり、そこから長いパターンを経由して、謎のLNAであるAD8092(IC57A)の3ピンに入力されるという構成でした。

他人に責任をなすりつけてはいけませんが(笑)「いわくつき」な基板であったこと、また使用する抵抗類は、とある理由により1/4Wのリード付きのもので、使用している表面実装のICやプリント基板のパターンと比較しても大きく長めになる制限があったのでした…。そ・し・て・検図も不十分(汗)…。

 

だんだんトラブルの原因が特定できてきた

図2のように、謎のLNA AD8092(IC57A)の3ピンは非反転入力端子でありハイ・インピーダンス、またR81の11kΩが接続されていることにより、3ピンからは11kΩが見え、経路のインピーダンスも高い状態になっていました。

入力経路のインピーダンスを下げると発振が止まった

このAD8092(IC57A)の3ピンの経路のインピーダンスを下げて、異常発振がどのように変化するかを実験してみました。あらためて図6をご覧ください。ここでは謎のLNA AD8092(IC57A)入力に直列に挿入してあるR81 11kΩを取り外し、R81の入力側とAD8092(IC57A)の3ピンをジャンパしてあります。なお問題と思われたパターンはそのままにして実験してみました。

ジャンパを施すことで、AD8092(IC57A)の3ピンからは25Ω(R80 51Ωと信号源抵抗50Ωとの並列)が見え、経路のインピーダンスが低下することになります。このときAD603(IC51)出力をスペアナで観測したスペクトルを図7に示します。異常発振は止まりました…。信号経路のインピーダンスを低下させることで止まるのです。「なるほどねえ」という感じでした。

R81の11kΩにより経路のインピーダンスが高くなり、外部から結合しやすくなっていたのです。普通のLNAとして設計する/考えるのであれば、このような高い直列抵抗R81は不要です、

 

 

図7. 入力経路のインピーダンスを下げると4.8MHzあたりで 観測された異常発振が止まった

 

 

図8. 問題と思われる長いパターンをカットして、R81の入力(J2端子)側のスルーホールからIC57Aの3ピンに11kΩを直結した。なんだかまだ発振気味になりそうな「盛り上がり」が見える(なおマーカは図4でのピーク点の位置のままなので、この図での盛り上がりの頂点は指していない)

というより付けてはいけません!でもこの用途では謎の理由により必要なのでした…。さてどうしたものでしょう…。

想定していた長いパターンだけが問題ではなかった!

次に問題と思われた図6の長いパターンをカットして、R81の入力(J2端子)側のスルーホールからAD8092(IC57A)の3ピンに、「11kΩを空中配線で直結」してみました。このときAD603(IC51)出力で観測されるスペクトルのようすを図8に示します。なんだかまだ発振気味になりそうな「盛り上がり」が見えます。なおマーカは図4でのピーク点の位置のままなので、この図での盛り上がりの頂点を指していません。

この図8のようすは、低周波のエンジニアの方はあまり見ないようなスペクトルかもしれませんが、RF系のエンジニアの方だとスペアナで良くみる、異常発振寸前の増幅回路の特性に「そっくり」なのです。まだ対策が完全でないことが分かります。

 

 

図9. 10pFをAD8092の入力とグラウンド間につけるとだいぶ安定する(マーカは図4でのピーク点の位置のまま)

 

 

図10. 10pFを6pFに変えてみる。あまり劣化しない(マーカは図4でのピーク点の位置のまま)

 

ここで分かることは、単純に長いパターンだけが問題の根本原因ではないということです(カットしても消えないから)。

AD8092(IC57A)の入力がR81の11kΩによりハイ・インピーダンスになっているので、周辺のパターン(当初想定していた、マイナス5V電源)からの迷結合も大きそうです。

コンデンサを対グラウンドに接続して無理やり対策してみた

ここまでで、マイナス5V電源ラインのパターンが不適切そうだということは分かってきましたが、すでに完成したプリント基板ですから、あらためて改版するわけにはいきません。

そこで目の前に転がっていた(他の実験回路から取り外した)10pFをAD8092(IC57A)の入力とグラウンド間につけてみました。これにより問題となっている信号経路のインピーダンスを交流的に下げてみます。

4.8MHzでリアクタンスが-j3.3kΩ程度になります。基板を改版できないための「苦肉の対策」です(汗)。

こうすると図9のようにだいぶ安定したスペクトルが観測できます。ちょっとピークが出ていますが、3dB程度ですし、問題なさそうです。しかし通すべきキャリア周波数の625kHzでの減衰が大きくなるため(10pF を接続することで-3dBの周波数が1.45MHzになってしまうので)、ちょっと問題です。

そこで10pFを6pFに変えてみました。この6pFというのも手持ちの都合ですが。本当に「苦肉な、とっかえひっかえ」です…。これだと逆に、問題の4.8MHzの減衰が不足するか?とも思われましたが、無事に図10のように10pFと同レベルのスペクトルが得られました。

この状態で図2のボリュームRV51をゲインが上昇する方向に回転させても、「実際の出力ゲインが下がる」という事態はなくなり、ボリュームの回転にあわせてスムースに出力ゲインが上昇するようになりました。めでたし、めでたし。

 

これらの実験的アプローチで仮説が検証でき問題を修正できた

最初に立てた仮説、「どこかで迷結合が出来ていて、VGA AD603のゲインを上げれば、異常発振のレベルが大きくなって、より深い飽和となってきて、その結果として本来の信号の増幅率が低下してくる」を実験的アプローチで検証し、問題を修正することができました。

驚いたことは、「数MHzという意外と低い周波数でも迷結合が出来て発振してしまう」ということです。このような周波数でも回路をなめてかかることなく、異常発振などに十分な注意が必要ということです。

この迷結合対策はラジオなど高周波回路の回路図でよく見るものだ!

そういえばラジオなどの高周波回路で、図11のような電源に直列に抵抗が挿入されている回路を見ることがあります。これはトランジスタ2段構成のアンプの部分ですが、各段のゲインが高いため、この技術ノートで説明したような問題(電源を経由して前段に信号が戻り、迷結合から発振に至る)が生じやすいものです。

そのため図中に破線で示すように、抵抗とコンデンサでLPFを構成してデカップリングし、迷結合の経路を排除します。これも今更ながら「なるほどねえ」ですね。

 

 

図11. ラジオの回路図などで見る段間のデカップリング

 

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著者

Satoru_Ishii

石井 聡

1963年千葉県生まれ。1985年第1級無線技術士合格。1986年東京農工大学電気工学科卒業、同年電子機器メーカ入社、長く電子回路設計業務に従事。1994年技術士(電気・電子部門)合格。2002年横浜国立大学大学院博士課程後期(電子情報工学専攻・社会人特別選抜)修了。博士(工学)。2009年アナログ・デバイセズ株式会社入社、現在に至る。2018年中小企業診断士登録。
デジタル回路(FPGAやASIC)からアナログ、高周波回路まで多岐の電子回路の設計開発を経験。また、外部団体主催セミナーの講師を多数務める。