非給電状態からのTPO機能を実現可能なマルチターン・ポジション・センサー

概要

本稿では、TPO(True Power-on)のマルチターン・センサー機能を実現するための最新の手法について説明します。それを通して、産業分野や車載市場の位置検出の方法を刷新する新たな簡素化されたソリューションを紹介します。そのソリューションを採用すれば、設計者が磁気システムの設計経験を有しているか否かに関わらず、サイズが大きくコストも高い旧来のソリューションを置き換えることが可能になります。

はじめに

車載アプリケーションや産業用アプリケーションでは、何らかのコンポーネントの位置を常に把握しておくことが求められるケースが頻出します。それを実現するために広く使用されているのが、ポジション・センサーやエンコーダです。しかし、従来のポジション・センサーやエンコーダでは、シングル・ターン、つまりは360°のTPO位置情報しか得られません。現実のシステムの中には、複数の回転、つまり、360°よりも広い測定範囲のTPO位置情報を必要とするものが存在します。通常、そうしたシステムでは、予期せず電源が停止した場合、その後にシングル・ターン・センサーの複数の回転を追跡して記録する必要があります。あるいは、キーオフ時や電源の停止時に生じる複数の回転(ターン)の動きを追跡するために、バックアップ電源が必要になることもあります。更には、ギアの減速機構をシステムに追加することによって、複数の回転を防止してシングル・ターンにとどめつつ、シングル・ターン・センサーを組み合わせることによってマルチターンのTPO位置情報を取得したりするといったことも行われます。そうしたソリューションはサイズが大きく、コストも高くなります。それだけでなく、バッテリ用のバックアップ・システムについては定期保守契約も必要になります。

回転エンコーダやリニア・エンコーダは、システム設計者にとって非常に重要なデバイスです。それらを利用することにより、正常な動作サイクルの一環であるのか予期せぬ停止であるのかに関わらず、電源が停止した後にも、クローズドループ制御のために機械システムの位置を常に既知の状態にすることができるからです。システム設計者にとっての課題は、電源が停止した後もTPO位置を把握できることを保証することにあります。システムの状態を見失うと、システムを既知の状態にリセットするために、時間がかかる複雑な作業を行わなければならなくなります。

現行のソリューション

現代の工場には、サイクル・タイムを短縮し、スループットを改善し、効率を向上させることが求められます。このことから、ロボットやコボットに、より一層依存する傾向が高まっています。ただ、標準的なロボットやコボット、その他の自動アセンブリ装置には、コストと効率に関わる問題が伴います。その1つが、システムの稼働中に突然電源が停止した後、リホーミングと再起動のために必要になるダウンタイムです。ダウンタイムの発生とそれに伴う生産性の損失は、コストと効率の両面で問題になります。そうした問題は、バックアップ電源、メモリ、シングル・ターン・センサーなどを活用すれば解決できます。但し、その種のソリューションにも限界はあります。例えば、バッテリ・パックの寿命には限りがあるので、バッテリの交換について管理するための保守/サービス契約が必要です。また、爆発の危険性がある一部の環境においては、バッテリ・パックに貯蔵できる最大エネルギーが制限されます。エネルギーの貯蔵量が低下すると、保守サイクルが短くなり、より頻繁にバッテリを交換しなければならなくなります。

バックアップ用のバッテリの代替策は、ウィーガント・ワイヤ(Wiegand Wire)を用いたエナジー・ハーベスティング・モジュールを使用することです。そうしたモジュールには、外側のシェルが内部のコアよりもはるかに高い保磁力を備える特殊な処理が施されたワイヤが用いられます。保磁力に差があることから、磁界の回転時には電圧スパイクがデバイスの出力に生成されます。このスパイクを利用して外部回路に電力を供給することにより、回転回数を強誘電体メモリ(FRAM、FeRAM)に記録することができます。アナログ・デバイセズは、磁気マルチターン・メモリを開発しました。これを使用すれば、外部電源を使うことなく外部磁界の回転数を記録することができます。そのため、システムのサイズとコストを低減することが可能になります。

マルチターン・センサー技術

磁気マルチターン・センサーの中核的な要素は、らせん状のGMR(Giant Magneto Resistance:巨大磁気抵抗)です。これは、GMR素子のナノワイヤを複数使用して構成されています(図1)。このセンサーの動作原理は、形状異方性と、外部磁界が存在する場合にドメイン・ウォール・ジェネレータの中に生成されるドメイン・ウォールに基づいています。外部磁界の回転に伴い、ドメイン・ウォール・ジェネレータに接続されたナノワイヤ(細いらせん状の経路)を通ってドメイン・ウォールが伝播します。

図1. マルチターン・センサーの概要
図1. マルチターン・センサーの概要
図2. マルチターン・センサーであるADMT4000のブロック図
図2. マルチターン・センサーであるADMT4000のブロック図

ドメイン・ウォールがらせん状の経路を移動するに従い、各らせん状経路素子の状態が変化します。これらの素子はGMR材料で形成されているので、各素子の状態はその抵抗値を測定することによって確認することが可能です。マルチターン・センサーは、外部磁界のみに依存し、回転数の計測には、追加のバックアップ電源やエナジー・ハーベスティングを必要としません。同センサーに電源が再投入されると、ユーザによる追加の操作やシステムのリセットを行わなくても、回転数の状態を把握することができます。

システム設計を簡素化する統合型の技術ソリューション

「ADMT4000」は、上述したGMRマルチターン・センサーに対応する統合型のソリューションです(図2)。同センサーに、高精度のAMR(Anisotropic Magneto Resistance:異方性磁気抵抗)角度センサーと、集積度の高いシグナル・コンディショニングICを組み合わせて構成されています。これを使用すれば、46回転、つまり1万6560°の動きを、±0.25°の精度(公称値)で記録することができます。集積度の高いシグナル・コンディショニングICを活用すれば、高調波のキャリブレーションをサポートするよう、システムの能力を強化することも可能です。高調波のキャリブレーションでは、磁気および機械的公差に起因する誤差を除去します。ADMT4000は、46回転(0°~1万6560°)に対応する絶対デジタル出力を、SPI(Serial Peripheral Interface)またはSENT(Single Edge Nibble Transmission)ベースのインターフェースを介して提供します。ここで、図3をご覧ください。ADMT4000は、回転軸に取り付けられた双極子磁石に対向する形で配置します。

図3. ADMT4000の標準的な使用方法

図3. ADMT4000の標準的な使用方法

アナログ・デバイセズは、磁気設計に関する知識がほとんどあるいは全くないユーザにも配慮しています。例えば、各種アプリケーションにADMT4000を簡単に導入できるよう、磁気設計に対応したリファレンス設計を提供しています。このリファレンス設計は、マグネット・ベースの設計を中核としています。また、この設計は浮遊磁界に対する耐性と堅牢性を備えているため、ADMT4000を過酷な環境に実装することが可能になります。浮遊磁界は、様々な要因によりワイヤに電流が流れることで生成されます。特にモータやアクチュエータの近くで使用する場合には、浮遊磁界が発生する可能性が高くなります。

ADMT4000は、多くの産業用アプリケーションにおいて有効に機能します。例えば、停電などの理由で電源が停止した際、ロボットやコボットのアームのジョイント位置をトラッキングする場合などに役立ちます(図4)。また、産業用オートメーション機器や機械ツール、医療用機器におけるXYテーブルの絶対位置やTPO位置をトラッキングする用途にも利用できます(図5)。それ以外にも、回転‐リニア変換を利用するアプリケーションでも活用できます。つまり、コイル、ドラム、スプール、リール、ホイスト、ウィンチ、リフトなどにおいて、通電時の回転の計数や、停電を含む電源停止時の動きのトラッキングといったアプリケーションで利用可能です(図6)。

図4. ロボット/コボット・アプリケーションにおけるADMT4000の利用例
図4. ロボット/コボット・アプリケーションにおけるADMT4000の利用例
図5. リニア・アクチュエータのアプリケーションにおけるADMT4000の利用例
図5. リニア・アクチュエータのアプリケーションにおけるADMT4000の利用例
図6. ドロー・ワイヤ・エンコーダのアプリケーション
図6. ドロー・ワイヤ・エンコーダのアプリケーション

ADMT4000によるTPO位置の検出は、車載アプリケーションでも大いに役立ちます。その例としては、トランスミッション・アクチュエータ(図5)や、ステア・バイ・ワイヤ方式(図7)などの電動パワー・ステアリング(EPS)、パーキング・ロック・アクチュエータ、その他の汎用アクチュエータ、シートベルト・リトラクタ(図8)など、多くの用途が考えられます。

図7. ステア・バイ・ワイヤのアプリケーション
図7. ステア・バイ・ワイヤのアプリケーション
図8. シートベルト・リトラクタのアプリケーション
図8. シートベルト・リトラクタのアプリケーション

ADMT4000のサイズ、コスト、動作温度範囲は、広範なアプリケーションに対応できます。特に、車載分野や産業分野などにおける安全性が非常に重要なアプリケーションにも適しています。車載分野で安全が重視されるアプリケーションは、ISO 26262規格と、特定のASIL(Automotive Safety Integrity Level:自動車安全水準)に準拠しなければなりません。ADMT4000は、アプリケーションにASIL/SILの高度な機能が必要であるか否かに応じ、ASIL-QMまたはASIL-B(D)として提供されます。

まとめ

ADMT4000は、世界初の集積型TPOマルチターン・ポジション・センサーを搭載した製品です。これを採用することにより、システム設計の作業と複雑さが大幅に軽減されます。最終的には、小型、軽量、低コストのソリューションを実現することが可能になります。ADMT4000は、磁気設計の知識を有しているか否かに関わらず容易に使用できます。また、同製品を利用することで、既存のアプリケーションに新たな機能や改良を加えたり、数多くの新たなアプリケーションを創出したりすることが可能になります。

ADMT4000とリファレンス設計の詳細については、analog.com/jp/magneticsをご覧ください。あるいは、アナログ・デバイセズのセールス・チームにお問い合わせください。様々なアプリケーションや要件に関するご相談に喜んでご対応いたします。

Stephen Bradshaw

Stephen Bradshaw

Stephen Bradshawは、アナログ・デバイセズのプロダクト・アプリケーション・エンジニアです。10年以上前に入社し、アプリケーション・エンジニアとして、LiFeバッテリ、鉛蓄電池を対象としたバッテリ管理(バッテリ・マネージメント)製品群と磁気ポジション・センサーを担当しています。キャリアの初期には、STMicroelectronicsで、第1世代携帯電話で使用されるカメラ向けのレンズの設計と特性評価の業務に従事していました。その後、MaroniにおいてGbpsレベルの光トランシーバーに関する業務に携わりました。更に、Nanotech Semiconductorにおいては、ほとんどの光トランシーバー製品を担当していました。リーズ大学で電気工学の学士号、グラスゴー大学でオプトエレクトロニクスの理学修士号と博士号を取得しています。

Christian Nau

Christian Nau

Christian Nauは、アナログ・デバイセズのプロダクト・マーケティング・マネージャです。車載エレクトロニクスやセンサーに関連する業務に携わった後、2015年に入社しました。当時は、EMEA(ヨーロッパ、中東、アフリカ)地区で磁気センサーを担当するフィールド・アプリケーション・エンジニア/サブジェクト・マター・エキスパートとして業務に従事。2019年からは磁気センサー技術グループで、既存の製品を利用するお客様のサポートと、複数の市場を対象とした同グループの将来の方向性の検討に携わっています。

Enda Nicholl

Enda Nicholl

Enda Nichollは、アナログ・デバイセズのストラテジック・マーケティング・マネージャです。アイルランド リムリックを拠点とし、磁気センサーを担当しています。機械系技術者としてのキャリアを積んだ後、2006年に入社。車載分野、産業分野を含む広範な市場/アプリケーションを対象とし、センサーとセンサー用インターフェースに関連する業務に30年近く従事してきました。そのキャリアを通じ、プロダクト・アプリケーション、フィールド・アプリケーション/セールス、ストラテジック・ビジネス開発、マーケティングなどの職務を担当しました。