高入力インピーダンス技術を活用し、ソリューションの消費電力とサイズを低減する方法

概要

マルチプレクサを使用した(多重化)逐次比較型A/Dコンバータ(SAR ADC)アプリケーションは、サイズと消費電力に制限があり、多くの場合、チャンネルごとに選択されたアナログ・シグナル・チェーンの設計によって決まります。本稿では、性能や精度を損なわずに、ソリューションのサイズと消費電力を大幅に削減するには、アナログ入力の高インピーダンス技術を備えた多重化SAR ADCが重要となる理由を説明します。

はじめに

はじめに多重化SAR ADCは、システム内の複数の重要な変数を常時モニタする必要があるアプリケーションで広く使われています。光通信アプリケーションであれば、レーザ・バイアスが光パワー測定によって監視され、電極からのEEG/ECGシグナルがVSMアプリケーションで監視されます。これらの多重化アプリケーションには以下のようないくつかの共通した条件があります。

  • モニタするチャンネルが多数あります。通常、ADCがすべてのチャンネルのシーケンスを行います。
  • 一般的に、各チャンネル電圧には相関関係がありません。
  • システム・レベルのフットプリントおよび消費電力には厳しい制限が設けられています。

これらの条件により、いくつかの課題が生じます。ADCが1つのチャンネルの変換を完了すると、ADC内のサンプリング・コンデンサはそのチャンネルの電圧まで充電されます。このサンプリング・コンデンサの電圧が、チャンネルの次のシーケンスの電圧と大幅に異なる場合、許容されたアクイジション時間内でサンプリング・コンデンサが新しい電圧に正確にセトリングするように、シグナル・チェーンを設計する必要があります。この問題の解決策として、これまでは広帯域ドライバ・アンプとRCフィルタを組み合わせて使っていました。代表的なシグナル・チェーンを図1に示します。

図1 従来の多重化SAR ADCのシグナル・チェーン

図1 従来の多重化SAR ADCのシグナル・チェーン

センサーは、電圧または電流を出力でき、センサー・インターフェース回路は計装アンプ、もしくはトランスインピーダンス・アンプのどちらかになります。コンデンサは通常、NP0/C0Gタイプです。他のタイプのコンデンサは大幅な歪みを引き起こす可能性があるためです。NP0コンデンサは、高い直線性を備えていいますが、密度が低めです。ADC内部サンプリング・コンデンサよりもはるかに大きな値にするためにも、NP0コンデンサが選ばれています。このコンデンサは、次の2つの重要な機能を果たします。

  • ADCサンプリング・コンデンサからのキックバックを低減
  • 必要なセトリング帯域幅を超えるノイズをフィルタリングし、シグナル・チェーンの広帯域ノイズを低減

従来のシグナル・チェーンでは、チャンネルごとにドライバ・アンプと大容量コンデンサを使用する必要があります。ドライバ・アンプはそれぞれ数10分の1mAから数mAの電力を消費します。各コンデンサは、クリアランスを含めてボード面積の約1mm2を占有する可能性があります。このシグナル・チェーンを多数のチャンネルにわたって複製することは、システムのフットプリントと電力消費に重大な悪影響を及ぼします。これは、現在の多重化SAR ADCアプリケーションにおける大きな問題の1つとなっています。 

高入力インピーダンス技術とは

アナログ入力における高インピーダンス技術とは、静的電力もしくは連続電力を消費することなく、ADCの実効入力インピーダンスを大幅に増加させる一連の回路手法を指しています。この手法により、ADCの入力が容易に駆動できるようになります。

例として、多重化ADCがチャンネルN – 1で変換を行っており、次に変換するチャンネルがチャンネルNであるとします。

変換開始(CNV)の立上がりエッジでチャンネルの電圧をサンプリングします。図2は、CNVの最初の立上がりエッジでは、チャンネルN – 1の電圧をサンプリングしています。次にADCは、チャンネルN – 1のサンプル電圧を変換します。変換後、高入力インピーダンスがディスエーブルの場合、ADCは続けてシーケンス内の次のチャンネルであるチャンネルNの取得に進みます。多くの場合、チャンネルNの電圧は、ADCコンデンサに現在充電されているチャンネルN – 1の電圧とは大幅に異なります。その結果、チャンネルN(紺青色の破線)に膨大な電圧キックが発生し、サンプリング・タイミング(CNVの2回目の立上がりエッジ)におけるチャンネル電圧に大きな誤差が生じます。これには、キックを吸収する大容量の外部コンデンサと、必要な電荷を供給するドライバ・アンプが必要です。

図2 高インピーダンスのイネーブル時とディスエーブル時におけるAD4696の各フェーズ

図2 高インピーダンスのイネーブル時とディスエーブル時におけるAD4696の各フェーズ

高入力インピーダンスがイネーブルの場合は、ADCの内部サンプリング・コンデンサは、実際にアクイジションを始める前に、取得するチャンネルの現在の電圧まで充電されます。チャンネルN – 1が変換されると、直ちに高インピーダンス・フェーズに入り、ADCサンプリング・コンデンサがチャンネルNの現在の電圧まで正確に充電されます。つまり、ADCサンプリング・コンデンサが外部入力に接続されていても、電荷を供給せず、キックバックが発生しないということです。実際には、内部スイッチのチャージ・インジェクションにより、通常はわずかな残余誤差が生じます(最初の電荷キック)。このわずかな残余誤差により、チャンネルNのサンプリング時に、セトリング誤差が生じますが、これは実質的には無視できます。高インピーダンスのイネーブル時におけるこの電荷誤差は、システムの動的セトリングの大幅な改善を可能にします。

チャンネルNのサンプリングが完了したら、ADCは変換に進む必要があります。つまり、内部スイッチがADCサンプリング・コンデンサを外部入力から切断します。これにより、スイッチがチャージ・インジェクションを開き、2回目の電荷キックとなります。通常、2回目の電荷キックはセトリングの時間が長くなるため、最初の電荷キックの大きさによって、チャンネルのセトリング誤差が決まります。したがって、最初の電荷キックの大きさは最小限に抑える必要があります。

高入力インピーダンス技術は、EasyDrive機能セットの一部として、AD4696(最新世代の多重化SAR ADC)に組み込まれています。その結果、AD4696は極めてスムーズにチャンネルのアクイジションを始めることができるようになり、チャンネルごとのキックバック吸収コンデンサやドライバ・アンプが不要になります。これにより、システムのフットプリントや消費電力の大幅な削減に加え、図3に示すように、シグナル・チェーンも大幅に簡素化することができるようになります。

図3 AD4696多重化SAR ADCのシグナル・チェーン

図3 AD4696多重化SAR ADCのシグナル・チェーン

AD4696ファミリに実装された高入力インピーダンスの重要な利点は、高インピーダンス機能を実行する回路はいずれも変換と同じ頻度で電源をオン/オフできるということです。したがって、高インピーダンス機能の電力消費は、コアSAR ADCと同様、ADCのスループットに比例して変化します。これにより、従来の比較的固定されたシグナル・チェーン設計と比べると、はるかに優れた柔軟性を実現します。

高入力インピーダンス機能は、AD4696のLTspice® modelにも搭載されています。1回目と2回目の電荷キックは、正確にモデル化されており、シグナル・チェーン設計のセトリング・アーチファクトを高い信頼性でシミュレーションすることが可能です。

細部の考察

NP0コンデンサは、シグナル・チェーンの広帯域ノイズ・フィルタリングも行うということは既に述べました。では、コンデンサを使わずに、別の方法でノイズのフィルタリングを行う方法を考察してみます。シグナル・チェーンの実効ノイズ帯域幅を同じにする簡単な方法は、外部直列抵抗を増加させることです。AD4696は、240Ωの標準内部抵抗に直列接続された60pFのコンデンサを内蔵しています。外部抵抗を設定することにより、シグナル・チェーンのノイズ帯域幅を任意の値に調整できます。

NP0コンデンサを使用しない場合、外部抵抗がシグナル・チェーンのノイズの性能、直線性、ならびに精度において重要な役割を果たします。抵抗値が低いと、サンプリングの電荷キックを素早くセトリングするため、直線性と精度を向上できますが、代償として実効ノイズ帯域幅が拡大され、全体のノイズが増加します。反面、抵抗値が高いとノイズのフィルタ効果は向上しますが、代わりに直線性と精度が低下します。

次のセクションで説明しますが、AD4696の高インピーダンス技術の大きな利点は、直線性や精度を低下させることなく、(より優れたノイズ・フィルタリングに向けて)高い抵抗値を使用できることです。これにより、ノイズ、直線性、精度、消費電力、およびソリューション・サイズといったシグナル・チェーンのあらゆるパラメータを最適化することができます。

測定結果

測定は、2kΩの外部抵抗を使用し、NP0コンデンサを使用せずに行われています。結果は、アナログ入力の高インピーダンスをイネーブルすると、ACおよびDC性能が大幅に向上することを示しています。実験ではAD4696のコアADCを1MSPSで動作させていますが、ラウンドロビン・シーケンスの一環として、チャンネル数の増加を選んでいます。データは1つのチャンネルから収集しており、シーケンス内の他のチャンネルの入力は0Vとなっています。

図4は、1kHz、–1dBFSのトーンにおける対象チャンネルの歪み性能を示しています。高インピーダンスをディスエーブルしてシーケンスを実行すると、サンプリング・コンデンサが後続のチャンネル電圧まで充電されないため、非線形セトリング誤差が生じます。その結果、大きな歪みが生じます。高インピーダンスをイネーブルすると、歪み性能は大幅に改善します。

図4 THDとシーケンス内におけるチャンネル数の関係。テスト・トーン:1kHz、–1dBFS

図4 THDとシーケンス内におけるチャンネル数の関係。テスト・トーン:1kHz、–1dBFS

図5は、高インピーダンス機能を使用する場合と使用しない場合における、DC定常状態のセトリング誤差を示しています。このテストでは、対象チャンネルにはほぼフルスケールの入力電圧を設定し、シーケンスの他のチャンネルは0Vで駆動します。シーケンスにチャンネル数を追加しながら、対象チャンネルで変換を実行すると、予想されるコードからの平均出力コードのシフトがプロットされます。

図5 16ビット・レベルのLSBにおけるDCセトリング誤差

図5 16ビット・レベルのLSBにおけるDCセトリング誤差

コアADCを1MSPS未満のスループットで動作させる場合、ユーザはアナログ・フロントエンド・ノイズのエイリアシングを制限するため、シグナル・チェーンの実効ノイズ帯域幅を更に下げる必要があります。これには、より高い抵抗値が必要となります。高インピーダンス機能は、このような条件下で性能を維持するのに大変有用です。 

まとめ

AD4696ファミリのデバイスに実装された高入力インピーダンス技術は、高水準のAD性能とDC精度を維持しながら、システム・レベルでの消費電力の削減、フットプリントの削減、部品数の削減など、多重化SARアプリケーションに比類のない利点をもたらします。チャンネルごとの専用ドライバ・アンプやキックバック吸収コンデンサが不要になります。高インピーダンス機能の消費電力は、ADCのスループットに応じて変化するため、システム・レベルの設計に優れた柔軟性と汎用性をもたらします。AD4696のLTspiceモデルを使用して、ユーザが設計するあらゆるシステムで電荷キックの影響をシミュレートすることができます。

謝辞

本稿の執筆にあたってはAsif Ahmad、Peter Hurrell、およびTyler Schmitt for theirの協力を得ましたことをここに感謝します。

Sanjay Rajasekhar

Sanjay Rajasekhar

Sanjay Rajasekharは、アナログ・デバイセズの電子テストおよび計測グループの首席アナログ設計エンジニアです。2008年にアナログ・デバイセズ社に入社しました。インドの国立工業大学カルナータカ・スラスカル校で電子工学および通信工学の学士号を取得しています。研究分野は、高精度SARおよびシグマ・デルタADCです。

Arvind Shankar

Arvind Shankar

Arvind Shankarは、バンガロールにあるアナログ・デバイセズのプロセス制御コンバータ・グループに所属するスタッフ設計評価エンジニアです。2013年にアナログ・デバイセズに入社しました。インドのビルラ技術科学大学ピラニ校、ゴア校で電気および電子工学の学士号、ならびに物理学の修士号を取得しています。