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なぜ、車載用のICはゼロから設計すべきなのか?
概要
現在の自動車は、「車輪の付いたコンピュータ」です。移動の最中には、複数のシステムが常に相互に通信を行っています。それにより、ドライバや同乗者に対して安全、快適さ、エンターテインメントを提供するためのインテリジェンスを機能させています。現時点では、完全な自律走行車が道路を走行することに対しては懐疑的な見方があります。その準備はまだ整っていないからです。しかし、レベル2/レベル3の自律走行技術は既にユーザに対してメリットをもたらしつつあります。そうした技術を利用することにより、一定の条件の範囲内で、ステアリング、アクセル、ブレーキの自動化が実現されているのです。このような状況を受けて、車載向けのIC製品に対する需要はより高まりました。しかし、もともとは他の目的を達成するために設計されたICを車載向けに転用するというアプローチは好ましくありません。そうではなく、車載専用のICをゼロから設計すべきです。なぜなら、その方が性能と安全性の面で優れた結果が得られるからです。以下では、その理由について考察してみましょう。
はじめに
現代の自動車では、スクリーンにタッチしたり、コマンドを音声として発したりすることにより、GPS、冷暖房、エンターテインメントなどの機能を実現する各種のシステムを制御することができます。それを可能にしているのは、数多くの電子デバイスです。自動車自体も、自律的に動作する多くのスマートな機能を備えるものへと進化しました。そうした機能の例としては、ハイビームの自動点灯、自動駐車、死角の検知、衝突の防止を実現するための予防ブレーキなどが挙げられます。これらすべての機能は、自動車に実装されている何百個ものマイクロコントローラやセンサー、アナログICなどによって実現されています。
米国国際貿易委員会(USITC:United States International Trade Commission)によれば、従来型の内燃エンジン車には平均で330米ドル(約4万5000円)に相当するICが実装されています。それに対し、ハイブリッド車(HEV)は、最高で1000米ドル(約14万円)に相当するICを搭載しています。また、HEVの部品点数は最大3500個にも上るとされています1。一方、KPMGのアナリストは、2040年の車載ICの市場は、2019年の400億米ドル(約5兆5000億円)から2000億米ドル(約27兆円)に成長する可能性があると見ています。それを後押しするのは、電動化、自動運転、ネットワーク接続、MaaS(Mobility as a Service)といったトレンドです。HEVや完全な電気自動車は、内燃エンジン車と比べて既に2倍の数のICを搭載しています。LiDAR(Light Detection And Ranging)方式のセンサーや、5Gの通信機能、画像認識システムなどから成る完全自律走行車は、非自律型の自動車と比べて8倍~10倍の数に達するICを搭載すると予想されています2。
以下では、自動車用の多くの機能を実現するために、ICに対して求められる固有の要件について説明します。また、車両に求められる安全性と信頼性について考慮すると、他の用途向けに設計されたICを転用するのではなく、車載アプリケーション専用のICを設計する必要があります。なぜそのような結論が得られるのか、その理由も明らかにすることにします。
世代ごとに、よりスマートになる自動車
代表的な最新の自動車には、様々なICを活用した様々なシステムが実装されています。代表的な例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 先進運転支援システム(ADAS:Advanced Driver-assistance System):ADASは、駐車の支援、車線の維持、衝突の防止といった機能を提供します。そうした機能を実現するためには、カメラ、レーダー、ソナー、LiDARなどによる監視機能が利用されます。また、複数のビデオ・カメラや画像処理のアルゴリズムを活用して警告やアラートを発します。
- パワー・マネージメント・システム:この種のシステムは、DC/DCコンバータや電圧レギュレータなどのICで構成されます。車両全体に分散配備されている制御用モジュール、センサー、アクチュエータなどに対し、POL(Point of Load)のパワー・マネージメント機能を提供します。
- 電気自動車のパワートレイン:完全な電気自動車(EV)やHEV、プラグイン・ハイブリッド車(PHEV)では、エネルギーの貯蔵用に大型のリチウム・イオン・バッテリ・パックを使用します。そうした自動車を高い安全性/信頼性で走行できるようにするには、堅牢性に優れるバッテリ・マネージメントICが必要です。そうしたICを使用することにより、状態の報告、充電の制御、バッテリ間のバランス調整といった機能が実現されます。
- インフォテインメント・システム:インフォテインメント・システムは、オーディオ/ビデオの再生機能に加え、ナビゲーション機能、民生用携帯電話へのアプリケーション・リンク機能、車両の性能に関するメッセージ、周囲の状況に関するデータなどを提供します。これらの機能を実現するには、様々なアナログICが必要です。その例としては、パワー・マネージメントIC、USBの保護用IC、ディスプレイ用の電源IC、低ノイズ・アンプ、RFチューナ/レシーバー、高速シリアル・リンクIC、センサーなどがあります。
- LED照明システム:車両の外装/内装で使用されるLED照明システムにはLEDドライバとコントローラが必要です。それにより、信頼性の高い給電を実現します。
- ボディ・エレクトロニクス:ボディ・エレクトロニクスは、制御機能を提供するシステム、診断と安全機能を実現するシステム、電力の管理を行うシステムで構成されています。それらのシステムには、電力のスイッチングや監視を担う回路、センサー、センサー用のインターフェース、通信用のICが不可欠です。
- ネットワーク接続システム:現在では、車載アプリケーションにもIoT(Internet of Things)の概念が導入されています。その結果、V2V(Vehicle-to-Vehicle)通信やV2X(Vehicle-to-Everything)通信などの機能の採用が進み、ドライバの安全性が高まったり、交通流の効率が向上したりする可能性があります。
- セキュリティ・システム:車両に適用する部品は純正品であるべきです。このことは、車両とクラウドの間のデータ通信を保護したり、安全性を保証したりすることにつながります。セキュアな認証を実現するためのICを使用すれば、各種の部品が純正品であり、安全でセキュアであることを保証するのが容易になります。
車載環境で使用されるICについては、いくつかの固有の要件があります。自動車の寿命は長く、平均で11.6年にわたって走行することになります。また、極端な温度範囲(-40°F~-300°F、つまりは-40°C~150°C)に対応しなければなりません。民生用の製品などとは異なる条件の下でも、高い品質と機能を維持しなければならないということです。実際、自動車メーカーは安全係数を考慮し、ICについては15年間の故障率としてゼロppb(Parts per Billion)という値を求めています。また、交換用の部品が最大30年間供給されることを期待しています3。
ADASやディスプレイなどは、その性質上、車両の安全性を維持するために不可欠です。したがって、これらのシステムは車載向けの機能安全の要件を満たさなければなりません。車載電子/電気システムの機能安全に関する国際規格としては、ISO 26262が策定されています。同規格の重要な構成要素としては、ASIL(Automotive Safety Integrity Level)が挙げられます。これは、車載システムに内在する安全上のリスクを分類するものであり、4つのレベルが定義されています。どのレベルに該当するかは、重大性(傷害の度合い)、暴露(確率)、制御可能性という要素によって決まります。通常、ADASは最高レベルであるASIL Dを満たす必要があります。一方、ディスプレイはASIL Bに準拠していなければなりません。
このような要件が存在するのにもかかわらず、一部の半導体メーカーは、もともとは他の用途向けに設計したICを単に車載アプリケーション用に再構成して提供しています。そのようなICを採用すると、性能と品質の間のトレードオフに悩まされることになるでしょう。車載用のICが提供する重要な機能について考えれば、そのようなリスクを受け入れるべきではないことは明らかです。
より安全でスマートな自動車の実現を支援
アナログ・デバイセズは、これまで長きにわたって車載ICをゼロから設計してきました。実を言えば、当社も別のアプリケーション用に設計した回路ブロックを流用して車載ICを実現していた時期もありました。しかし、そのアプローチが最適なものではないことには、すぐに気付きました。例えば、もともとは民生機器向けに設計されたICを車載向けのものとして活用(または設計の再利用)しようとすると、何が起きるでしょうか。機能に関する要件は固まっているはずなので、ICの設計者は様々なパラメータを調整する作業に着手することになるでしょう。しかし、その段階で温度に関する問題に突き当たります。民生機器用のICであれば、0°C~70°Cに対応できれば問題ありません。しかし、車載ICは、それよりはるかに高い温度(最高150°C)でも確実に動作する必要があります。その民生機器用のICは、6σの電気的特性表の限界値で定義される車載環境において、求められる性能を発揮することはないでしょう。当社は、まずお客様がシステムのレベルで直面する特定の問題について理解するための取り組みを行いました。その結果、そうした特定の課題に対処するためには、車載専用のICを開発すべきであるということを早い段階で認識することができました。
アナログ・デバイセズのプロセス・フローは、製品の不良をゼロに抑えること(ゼロ・ディフェクト)を目標として構築されています。そして、AEC-Q100(Failure Mechanism Based Stress Test Qualification for Integrated Circuits from the Automotive Electronics Council)に準拠した何百種もの製品を提供しています。更に当社は、車載ICの設計/開発/製造に関して定めたISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)の品質管理システムの要件も満たしています。
アナログ・デバイセズは、性能と品質を重視する必要がある車載ICについては、独自の厳格な設計プロセスを適用しています。例えば、車載向けの独自のデジタル・ライブラリ、車載向けの独自の設計ルール、メタル配線やパッドの設計に対する独自の手法、冗長性を考慮して設計するメタル層の相互接続手法などを用いています。当社の車載ICは、放射線や電気的なノイズに対しても堅牢性を発揮するように設計されています。また、効率、放射、耐性、あるいはその他の要素を含むか否かにかかわらず、対象とするアプリケーションで求められる性能と固有の仕様のバランスをとった製品を提供しています。放射線が存在する環境における堅牢性を当初から重視していれば、もともと別の用途向けに設計されたICを車載向けに転用するのは、明らかに現実的な選択肢ではなくなります。自動車には、別の分野で生まれた技術が取り込まれることがよくあります。例えば、USB充電、ディスプレイ、音声/ジェスチャ制御、GPSといった機能は車載以外の分野に起源を持ちます。しかし、それらの機能を実現するICを自動車向けに提供する場合には、車載専用のICとしてゼロから設計し直します。もちろん、その際には上記の厳格なアプローチを適用することになります。
まとめ
自動車に固有の要件や過酷な動作環境を考慮すると、車載向けのICを開発する際には、同分野専用のICとしてゼロから設計することが不可欠であることがわかります。もともと他の用途向けに設計されたICを転用すれば、市場投入までの時間を短縮できるように感じられるかもしれません。しかし、そのアプローチを採用すると、車両の性能と安全性の妨げになる可能性があるトレードオフが生じることになります。アナログ・デバイセズは、より安全でスマートな自動車の設計を適切に支援することをお約束しています。そのため、そうしたトレードオフを受け入れることを、お客様に強いることはありません。