Thought Leadership
状態監視に最適なシングルペア・イーサネット、設備の健全性に関する知見データと電力を2線式で伝送
スマート・インダストリにおける状態監視の重要性
現在、製造企業やプラント事業者は、リアルタイムかつ継続的な状態監視と予知保全を実現するための優れたソリューションを必要としています。それにより、設備(資産)のメンテナンスにかかるコストの低減、ダウンタイムの削減、スループットの向上を実現したいからです。状態監視を適切に行えるようになれば、設備の寿命を延ばし、製造の質を高め、製造プラントの安全性を向上することが可能になります。
予定外のダウンタイムによって発生するコストは、全製造コストの約1/4に達する可能性があります。このことを考慮すると、予知保全の導入によって、コストの大幅な削減と生産性の向上を実現できる可能性があるはずです1。
状態監視と予知保全に焦点を絞った市場レポートによれば、同市場の年平均成長率(CAGR)は2つの成長分野に牽引されて25%~40%に達すると予想されています。2つの成長分野のうちの1つはスマート・センサーです。設備の健全性を監視するために、スマート・センサーの設置台数が大幅に増加しているのです。もう1つの成長分野は人工知能(AI)です。製造分野においても、AIを活用して高度な分析を行うケースが増加しているのです。その目的は、設備の健全性を表すデータから、予知保全に利用可能な知見を生成することです。その結果として、新たなサービスをベースとする予知保全のビジネス・モデルを構築することも可能になります。以下のような多くの業界において、状態監視に関連する新たな市場が創出/成長することが期待されています。
- 廃棄物や廃水の処理
- 紙/パルプ
- 医薬品
- エネルギー
- 製造
- 食品/飲料
- 金属/鉱業
- 石油/ガス
従来、これらの業界ではポンプやコンプレッサ、ファンといった回転機器の状態監視に注目が集まっていました。ただ、現在ではそれ以外の様々な機器を対象として状態監視が行われつつあります。例えば、CNC(Computerized Numerical Control)機器、加工機器、エンコーダ、ベルト・コンベア、ロボット、計測機器などです(図1)。
既存の通信技術が抱える課題
状態監視アプリケーションには1つの重要な課題があります。それは、スマート・センサーを、その上位レベルに位置する管理システムにどのようにして接続するのかということです。これまで状態監視では、最終的なアプリケーションの要件に応じて有線または無線の接続ソリューションが使われてきました。無線の接続ソリューションには、配備の容易さという点で大きなメリットがあります。但し、帯域幅やバッテリ寿命などが課題になることが少なくありません。一方、有線の接続ソリューションもデータの帯域幅の面で制約が存在するケースがあります。また、過酷な産業環境において長距離にわたる接続が常に良好に維持されるとは限りません。加えて、電源用のケーブルが別途必要になるケースが多いと言えます。
既存の代表的なソリューションとしては、100BASE-TX/10BASE-Tをベースとする産業用イーサネットが挙げられます。このソリューションでは、最高100Mbのデータ帯域幅を利用できます。また、PoE(Power over Ethernet)に対応するカテゴリ5/6eのケーブルを介して電力を供給することも可能です。但し、ケーブルの長さは100mまでに制限されています。加えて、大きな電力を扱うので、危険な場所におけるユースケースには対応していません。状態監視アプリケーションでは、センサーが遠く離れたところに設置されることがあります。しかも、過酷な産業環境に配備されることから、センサーのノードはスペースと電力に制約があるIP66/IP67の筐体に収められる可能性があります。状態監視のアプリケーションでは、そうした条件に対応し、長距離にわたって堅牢な通信機能を維持しなければなりません。そのためには、次のような通信ソリューションが必要になります。まず、センサー・ノードの接続に使用するケーブル・コネクタは小型化されていなければなりません。また、低コストで敷設の容易なケーブルにより、電力とデータの両方を伝送できる必要があります。更に、消費電力が少なく、広いデータ帯域幅に対応していなければなりません。
シングルペア・イーサネットによる新たな接続ソリューション
IEEEは、新たなシングルペア・イーサネット(SPE:Single-pair Ethernet)の物理層に関する規格を策定しました。その規格は、状態監視アプリケーションにおいて設備の健全性に関する知見を取得するための新たな接続ソリューションとなります。10BASE-T1Lは、2019年11月7日にIEEEの承認を得たイーサネット向けの新たな物理層規格(IEEE 802.3cg-2019)です。現場に配備された設備がイーサネットによってシームレスに接続できるようになると、工場の運用効率が大幅に向上します。そうすると、オートメーション業界には劇的な変化がもたらされます。10BASE-T1Lを導入することにより、これまで現場の設備にイーサネットを適用するのを阻んでいた課題を解決することができます。代表的な課題としては、電力、帯域幅、ケーブル配線、距離、データ・アイランドが挙げられます。また、本質安全(Intrinsically Safe)のゾーン0でアプリケーションを稼働させることも課題の1つでした。10BASE-T1Lにより、ブラウンフィールドのアップグレードを行う場合でもグリーンフィールドの新規導入を行う場合でも、そうした課題を解決することができます。その結果、以前は入手できなかった設備の健全性に関する知見が得られるようになります。また、それらの知見に対応するデータを制御層やクラウド/プライベート・サーバーにシームレスに伝送することが可能になります。現場の設備からクラウド/プライベート・サーバーまでのコンバージド・イーサネット・ネットワークを介して新たな知見を活用することにより、データの分析、運用向けの知見の抽出、生産性の向上に役立つ新たな可能性を創出することができます(図2)。
10BASE-T1Lベースのイーサネット接続がもたらすメリット
10BASE-T1Lを導入した場合、旧来の通信方法において制御/管理ネットワークに接続するために必要だった複雑で消費電力の多いゲートウェイが不要になります。ゲートウェイを使うことなく、IT(情報技術)ネットワークとOT(運用技術)ネットワークの両方にまたがるコンバージド・イーサネット・ネットワークを実現できるのです。このコンバージド・ネットワークにより、配備の簡素化、デバイスの交換の容易化が図れます。また、ネットワークのコミッショニングと構成を迅速に実行可能になります。その結果、問題が生じた場合の根本原因の分析や、設備のメンテナンスに伴う作業が簡素化されると共に、ソフトウェアをより迅速に更新できるようになります。10BASE-T1Lの物理層とメッセージ転送プロトコルのMQTT(Message Queue Telemetry Transport)を組み合わせれば、設備において低消費電力のスマート・センサーに適した少ないメモリ消費量でメッセージ・プロトコルを利用できます。また、MQTTにより、クラウド/プライベート・サーバーに直接接続して設備の健全性に関する知見を伝送し、予知保全のための高度なデータ解析を実行することが可能になります。
10BASE-T1Lに対応した現場の設備との間で通信を行うには、MAC(Medium Access Control)機能を備えるホスト・プロセッサ、パッシブ・メディア・コンバータ、または10BASE-T1Lのポートを備えたスイッチが必要です。追加のソフトウェア、特別なドライバ、カスタマイズされたTCP/IPスタックは必要ありません(図3)。10BASE-T1Lに対応する機器には、以下に示すような明確なメリットがあります。
- 10BASE-T1L は非常に消費電力が少ない物理層の技術です。これを採用すれば、データ帯域幅が広い接続ソリューションを使って、非常に消費電力の少ないスマート・センサーを配備できることになります。10BASE-T1L で接続されたスマート・センサーには、ネットワークを介してアクセスすることができます。そのため、いつでもどこからでも更新を実施することが可能です。より高度かつ複雑なセンサーを使用する場合、ソフトウェアの更新が必要になる可能性が高くなります。その場合にも、高速なイーサネット接続を介して現実的な時間内で更新を実施できます。
- 問題が起きた際には、イーサネットをベースとするネットワーク向けの高度な診断ツールにアクセスし、根本原因を容易に分析することができます。
- 最長 1km を超える 1 対のツイスト・ペア・ケーブルによって、電力とデータの両方を伝送することが可能です。そのため、スマート・センサーの配備において高い柔軟性を得ることができます。
- 現場の設備上で稼働しているウェブ・サーバーを介して、設備の健全性に関する知見をリモートで入手することができます。メンテナンスを担当する技術者が設備の健全性を監視するために頻繁に歩き回る必要がなくなるので、大幅なコスト削減につながります。
10BASE-T1Lにおける2線式の電力/データ伝送
アナログ・デバイセズは、10BASE-T1Lに対応する物理層(PHY)デバイス「ADIN1100」と独自のMAC PHYデバイス「ADIN1110」を提供しています。これらを使用すれば、1本のツイストペア・ケーブルにより、1.7kmにわたってイーサネット接続を利用したデータ伝送が行えます。しかも、それぞれの製品を使用する場合の消費電力はわずか39mW、43mWに抑えられます。また、SPoE(Single-pair Power over Ethernet)などの高度なパワー・ソリューションを組み合わせれば、電力とデータの両方を1本のツイストペア・ケーブルによって伝送することが可能になります。データ帯域幅が10Mbの通信リンクでは、同じケーブルによって大きな電力容量を実現できます。その電源と接続帯域幅により、スマート・センサーを新たな状態監視アプリケーションに対応させることが可能になります。ADIN1110を採用すれば、業界で最も消費電力の少ないシステムを容易に設計することが可能になります。それによって、センサーにイーサネットを簡単に適用できます。また、プロセッサがMACを内蔵する必要がないので、その負担が軽減されます。アナログ・デバイセズ独自のMAC PHY技術により、超低消費電力のプロセッサにSPI(Serial Peripheral Interface)を提供することで、システム全体の消費電力を低減することが可能になります。これは、センサー・ノードにとっては非常に重要なことです。10BASE-T1Lで接続すれば、設備の健全性に関する知見をIT/OTのコンバージド・イーサネット・ネットワーク上で利用でき、そのデータへのアクセスがより容易になります。10BASE-T1Lは、プロセス・オートメーションの設備を問題なく配備できるようにするために、危険な場所(本質安全のゾーン0)で稼働するアプリケーションにも対応しています。また、10BASE-T1L(Ethernet-APLと呼ばれることもあります)を採用すれば、低消費電力のソリューションを実現可能です。加えて、設備の健全性を監視するスマート・センサーを上位レベルのデータ管理システムに接続することができます。その結果、AIや高度な解析システムを使って設備の健全性に関するデータから利用可能な知見を抽出し、新たな予知保全サービスを展開できるようになります。
状態監視の展開を加速するシステム・レベルのソリューション、AI対応のプラットフォーム
状態監視アプリケーションの成否は、システム・レベルの完全なソリューションにかかっています。そのようなソリューションがあれば、より質の高いデータと知見によって、製造プロセスを大幅に改善することができます。例えば、アナログ・デバイセズはAIを活用したリアルタイム対応のセンシング技術であるOtoSense™を提供しています。これを10BASE-T1Lと組み合わせれば、お客様のシステムのあらゆるレベルでAIを統合できることになります。OtoSenseは、様々な音や振動、圧力、電流、温度を検出して解釈する機能を備えたプラットフォームです。これを活用すれば、継続的な状態基準保全やオンデマンドの診断を実現することができます。OtoSenseは、エッジの設備においてオンライン/オフラインでリアルタイムに動作します。異常を検知する機能に加え、状態監視の専門家とのやり取りを通じて学習する機能や、設備の故障を特定するのに役立つデジタル・フィンガープリントを作成する機能も備えています。それらを利用すれば、コストがかかるダウンタイム、損傷、致命的な障害が発生する前に故障を予測することが可能になります。
センシング、信号処理、接続、機械的なパッケージング、エッジに適用できるAIといった技術が進化することにより、新たな状態監視ソリューションや予知保全サービスを実現することができます。その結果、コストの削減や生産性の向上を図ることが可能になります。
状態監視アプリケーション向けに提供される新たなシステム・レベルのソリューションは、次のような要素で構成されます。振動や衝撃を検出するためのMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)センサー、データ・アクイジションに使用する高精度のコンバータ、設備の健全性を表す質の良いデータをエッジで生成するためのプロセッサなどです。また、そうしたソリューションは、消費電力が少なく堅牢な有線/無線の通信機能によって設備の健全性を表すデータにアクセスできるよう構成されます。そうした無線通信ソリューションの例としては、SmartMesh®やWireless HART®などが挙げられます。一方、有線の通信ソリューションには、RS-485や、2線式で電力とデータを供給できる10BASE-T1LのSPEなどがあります。設備の監視に使用するソリューション(OtoSenseなど)には、これらの技術と高性能のパワー・マネージメント技術が統合されます。このようにして、完全なハードウェアと、AIによる分析機能を備えた監視ソリューションが実現されます。そうしたソリューションは、予知保全を実施するために設備に取り付けることが可能です(図4)。
設備の健全性に関する知見の質が向上し、高速な通信が行えるようになれば、設備の寿命の延伸、メンテナンス費用の削減、予定外のダウンタイムの回避を実現できるようになります。つまり、スマート・ファクトリによって、最高レベルの製造品質と安全性を維持することが可能になるということです。
状態監視アプリケーション向けに開発された完全なシステム・レベルのソリューションとAI製品の詳細については、analog.com/jp/cbmをご覧ください。アナログ・デバイセズは、お客様やパートナー企業が、監視/予知保全サービスをベースとするエンドtoエンドのソリューションを迅速に開発/配備できるよう支援します。
参考資料
1 「The Costs and Benefits of Advanced Maintenance in Manufacturing(製造設備の先進的なメンテナンスにかかるコスト、得られるメリット)」、U.S. Department of Commerce、2018年4月