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閉じるパーソナライズド・サウンドゾーン - インキャビン・オーディオの個別化
自動車のダッシュボードに初めてAMラジオ受信機が取り付けられたのは1930年のことです。それ以来、車載オーディオについては、ある暗黙のルールが存在し続けてきました。それは、「ラジオを操作する人がインキャビン・エクスペリエンスを決定する」というものです。それ以外の人は、その人が選んだプレイリストに身をゆだねることになります。あるいは、ヘッドフォンを装着して自分の世界に閉じこもり、車内の会話から離れるしかありません。しかし、この状況についに変化が生じつつあります。なぜなら、パーソナライズド・サウンドゾーン(Personal Sound Zone)という技術が登場したからです。
パーソナライズド・サウンドゾーンでは、音を整形(シェーピング)した上で、個々の座席に対する方向の制御(ステアリング)を実行します。それにより、各搭乗者に対してプライベートなリスニング・エクスペリエンスを提供することが可能になります。例えば、運転者がナビゲーション・システムの音声案内に耳を傾けているなか、助手席の人はハンズフリーで通話を行い、後部座席の子供たちは映画を観ているといった具合です。各人が自分専用の「サウンド・バブル」のなかにいながら、互いに会話を交わすことも可能です。1つの車内で同時に複数のエクスペリエンスが提供されるため、揉め事は起こりません。
しかし、自動車メーカーにとって、パーソナライズド・サウンドゾーンを量産規模で実現するのは決して容易なことではありません。パーソナライズド・サウンドゾーンでは、同じ車内の複数の搭乗者に対してそれぞれ異なるオーディオ・エクスペリエンスを提供する必要があります。そのためには、座席間の音漏れを最小限に抑えつつ、リアルタイムかつ継続的に音を整形/制御するための高度なアルゴリズムが必要です。真のブレイクスルーは、フル装備のコンセプト・カーによって技術を披露することではありません。コスト、ハードウェア、複雑さをできるだけ増大させることなく、標準的な量産車のアーキテクチャ上で必要な機能を実現することです。
なぜ、車載オーディオが自動車メーカーの競争優位性を高める切り札となるのか?
現在は、パーソナライズド・サウンドゾーンに対する関心が高まっている状況にあります。その背景には、消費者の期待がより広い範囲にわたって変化しているという事実があります。自動車がますますソフトウェア・デファインドなものになるにつれ、消費者は個人の好みやニーズに適応するエクスペリエンスに対し、より大きな価値を見出すようになっています。自動車メーカーにとって、そのパーソナライゼーションを実現する上で非常に目に見えやすく、効果の大きい手段の1つがオーディオ機能です。
同時に、自動車メーカーにとっては、プレミアム・オーディオが重要な差別化要因になっています。その音質は、聴き手に対して即座にインパクトを与えます。それだけでなく、プレミアム・オーディオは搭乗者に新たなエクスペリエンスを提供するためのプラットフォームとしても機能します。没入感のあるサウンド、強化されたコミュニケーション機能、個別化されたリスニング・エクスペリエンスなどは、自動車のクオリティや技術的なリーダーシップに対する認識をますます大きく左右するようになっています。
自動車メーカーにとって、上述したトレンドは、差別化されたエクスペリエンスから更なる価値を生み出す機会になり得ます。消費者の側では、技術を駆使したキャビン・エクスペリエンスに対して惜しみなくお金をかける人が増えており、オーディオ・システムはユーザの満足度を高めると同時に、高級車としてのポジショニングを支えることができる数少ない車載システムの1つになっています1。実際、業界の動向を表す最近のデータを見ると、自動車メーカーが次世代のオーディオ技術に対して巨額の投資を続けていることがわかります。例えば、以下のようなことが明らかになっています。
- 2026年4月の時点で販売されている自動車のうち55%以上は、プレミアム・オーディオ・システムを搭載しています2。
- プレミアム・オーディオの採用は、軽量自動車(ライト・ビークル)の生産台数成長率の8倍を超えるペースで増加しています。より具体的には、5年間の年平均成長率(CAGR)で見ると、ライト・ビークルの生産台数は約1%の増加にとどまっています。それに対し、プレミアム・オーディオの採用規模は年平均8%以上のペースで拡大しています2。
- アナログ・デバイセズは、人気のある27車種を対象とした分析を実施しました。その結果、プレミアム・オーディオを搭載し、それに関連する装備/機能も強化したグレードでは、それらを搭載していないグレードと比較して、平均で約4800米ドル(約76万円)高い価格が設定されていることがわかりました3。
なぜ車載オーディオが重視されるのか?
自動車がよりソフトウェア・デファインドなものになるにつれ、自動車メーカーにとっての競争優位性は、ボンネットの下にあるもの(エンジンやモーターなど)から、各搭乗者にとってのキャビン・エクスペリエンスへとシフトしていきます。真の価値は、アルゴリズムそのものにあるわけではありません。アルゴリズムによって、個々の搭乗者に対し、よりパーソナライズされ、直感的で差別化されたエクスペリエンスをどのようにして創り出すのかが重要です。消費者はアルゴリズムに対してではなく、そのアルゴリズムによって得られるエクスペリエンスに対してお金を払うからです。
ソフトウェア・ファーストでアーキテクチャの変更が不要、ショールームでの実演も可能なソリューション
先述したように、自動車メーカーにとって、パーソナライズド・サウンドゾーンを実装するのは容易なことではありません。しかし、この課題に対応可能なソリューションは既に登場しています。そのソリューションでは、ソフトウェア・ファーストのアプローチを採用しています。つまり、コストのかかるハードウェアの再設計を実施することなく、車載オーディオ向けの既存のアーキテクチャ上で動作するように設計されています。この新世代のインキャビン・パーソナライゼーションにおいては、パーソナライズド・サウンドゾーン用のアルゴリズムが中核的な役割を担います。また、最適な遮音性を実現するために、ヘッドレスト内のスピーカやドア・スピーカ、サブウーファなど、車両内の既存のスピーカ・システムを活用します。独立したハードウェアやハイエンドのプロセッサをトランクに実装したり、車両に大がかりな改造を加えたり、何年もの時間をかけてハードウェアを開発したりする必要はありません。
数年前まで、パーソナライズド・サウンドゾーンの処理には専用のプロセッサが必要でした。現在では、高い演算効率を実現した車載グレードのDSP製品ファミリが新たに登場しており、パーソナライズド・サウンドゾーンの処理負荷全体にシングルコアで対応することができるようになっています。その際には、そのコアで利用可能な演算リソースのうちごく一部しか使用しなくて済みます。そのようなDSPを、オーディオ信号と電力の両方をスピーカに供給するレイテンシの小さいオーディオ・ネットワークと組み合わせれば、実装作業が劇的に簡素化されます。また、コスト効率も大幅に向上します。
このアプローチの戦略的な価値は、エンジニアリング効率だけにはとどまりません。パーソナライズド・サウンドゾーンは、ショールームで実演し、自動車の購入を検討している人に直に体験してもらうことができます。つまり、購入検討者は、運転者に向けてナビゲーション・システムからの音声案内が流れるなか、助手席に座ってお気に入りの音楽を聴くということを実際に体験できるのです。その際には、パーソナライズド・サウンドゾーンの驚くべき効果により、ナビゲーション・システムの音声案内が運転席に座った人以外に聞こえてしまうことはありません。このように、購入検討者が効果を実際に体感できるパーソナライゼーション技術は非常に限られており、差別化要因としても極めて価値があると言えるでしょう。加えて、パーソナライズド・サウンドゾーンは既存のハードウェア上に実装したソフトウェアによって実現できます。そのため、機能のアップグレードという形で提供することが可能です。言い換えれば、車両用の新たなプラットフォームを開発する必要はありません。そのため、自動車メーカーは、車両の販売後も、既存のアーキテクチャを利用して追加的かつ継続的に収益を生み出す方法を得ることができます。
高度なパーソナライゼーションを実現するADI LISTN®
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アナログ・デバイセズは、自動車業界がハイパー・パーソナライゼーションの方向に進んでいることを認識していました。そこで、更にパーソナライズされたインキャビン・エクスペリエンスを構築したい自動車メーカーを支援するための技術を開発しました。それが、音声/音響用のアルゴリズム・スイート「ADI LISTN」です。これには、通話時のノイズを低減したりビームフォーミングを実行したりするための音声用のアルゴリズムに加え、車内のノイズを低減するロード・ノイズ・キャンセリング(RNC:Road Noise Cancellation)を実現するためのアルゴリズムが含まれています。更に、最新機能の1つとしてパーソナライズド・サウンドゾーンも実現されます。それにより、自動車メーカーはインキャビンという共有環境において、座席ごとに個別化されたオーディオ・エクスペリエンスを提供し、より高いプライバシー、快適さ、操作性をもたらせるようになります。 高度なソフトウェア・アルゴリズムによって実現されたパーソナライズド・サウンドゾーンにより、車内には個別化されたリスニング空間が構築されます。それにより、運転者にはナビゲーション・システムの音声案内が聞こえるなか、同乗者はその音に邪魔されることなく、高音質で没入感のある音楽を楽しむことができます。つまり、より引き込まれるような、そして更にパーソナライズされたエクスペリエンスが実現されます。言い換えれば、搭乗者を中心とする車載技術に対する消費者の高まる期待に応えることが可能になります。 もう1つ重要なことがあります。それは、パーソナライズド・サウンドゾーンは車載オーディオ用の既存のアーキテクチャ上で動作するように設計されているということです。パーソナライズド・サウンドゾーンは、アナログ・デバイセズの最新のオーディオ処理用プラットフォーム「SHARC®」やコネクティビティ技術「A2B™」とシームレスに統合できます。A2Bに対応するオーディオ・バスを使用すれば、ヘッドレストのスピーカの接続と電力供給の両方を1本のケーブルで実現できます。そのため、実装コストが削減されます。自動車メーカーとしては、ハードウェアの大がかりな再設計を行うことなく、差別化されたパーソナライズ機能を導入できます。つまり、パーソナライズド・サウンドゾーンに関連するアナログ・デバイセズの技術は、次世代のインキャビン・エクスペリエンスを実現するための実用的でコスト効率の高い手段になります。 |
パーソナライズド・サウンドゾーン:ハイパー・パーソナライゼーションを座席ごとに同時に実現
パーソナライズド・サウンドゾーンは、本質的に単なるオーディオ機能をはるかに超えるものであり、自動車の設計方法とエクスペリエンスに根本的な転換をもたらす存在と言えます。ソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)が進化し続けるにつれて、消費者は車内のあらゆる要素が自分自身の好みに適応するようになることを期待します。その対象は、エンターテインメントから、通信、快適さ、情報伝達までに至ります。未来の自動車は、もはや車内の全搭乗者に対して一つの同じエクスペリエンスが提供される場所ではありません。それは、個々の搭乗者に対応するパーソナライズされたエクスペリエンスを同時に創り出す空間になります。
自動車メーカーにとって、パーソナライズド・サウンドゾーンは単なるプレミアム・オーディオの新機能ではありません。パーソナライズド・サウンドゾーンは、ソフトウェア・デファインド方式で実現されたエクスペリエンスにより、差別化、パーソナライズ、価値の創出を実現するための新たな機会になります。今後数年の間に注目を集めるようになるのは、単により多くの機能を搭載した自動車ではありません。そうではなく、搭乗者に対し、よりインテリジェントに適応する自動車が際立つ存在になっていくでしょう。
参考資料
1 Premium Audio Enters the Mass Market(量産市場に投入されるプレミアム・オーディオ)、2023年、Mobility Global
2 Analysis: Automotive Electronics Month in Review(分析 - 車載エレクトロニクスに関する月次レビュー)、2026年4月、TechInsights
3ADI internal analysis(アナログ・デバイセズによる分析結果)