世の中はセンサであふれ、わたしたちの身の回りのあちこちで使用されています。オフィスビルではセンサが温度、煙、火災、利用状況、セキュリティを監視しています。自動車には、数十個以上のセンサが搭載され、たとえば、エンジンの性能、ブレーキ、乗客用安全装置などを監視しています。製造業では、品質管理に欠かせない測定のためにセンサが必要です。製造段階において安全性、品質、効率の目標値を満たすためにも数多くのセンサが必要です。
ここ数十年で、センサは飛躍的に小型化、低価格化、省電力化されました。これはムーアの法則によるMEMSの革新に後押しされた結果です。ところが、設置工数の削減に関しては、進化からとり残されている状況です。電力とデータ用の配線にかかる費用がセンサ自体の費用を高止まりさせる主な要因です。最も手近な電気のスイッチを例に挙げると、1ドルのスイッチの配線に50ドルもかかる場合があります。ほとんどが人件費で、新築施設の場合でも同じです。このスイッチを隣の壁に移動したいと思ったら、改造費用はさらに高くなります。産業プロセス オートメーションでは、センサ1つの設置費用はたとえ単純なスイッチであっても1万ドルかかるという概算です。このような費用環境では、多くのセンサはローカルのコントローラにデータを送信するだけで、数百あるいは数千のセンサを設置した場合の「全体像」などないに等しいのです。必要なのは、低費用で信頼性の高いセンサのネットワークを構築する方法です。
無線通信の開発者であるマルコーニの時代あたりから、センサからのデータの通信には無線が利用されるようになりましたが、場合によっては期待した結果が得られないケースもありました。このような接続は従来、有線配電の2地点間リンクであったため、環境条件によって時間による信頼性のばらつきが多くありました。用途によっては問題ないこともありますが、このようなばらつきがあっては使い物にならない場合がほとんどです。
市場
ワイヤレス センサ ネットワーク(WSN)の対象市場は、ビル オートメーション、産業制御、ホーム オートメーション、スマート グリッド、スマート メーター(AMI)、産業プロセス オートメーション、環境モニタリング、駐車および輸送システム、電力モニタリング、在庫管理などです。
ほとんどの場合、これらのネットワークは双方向の非対称データ収集アプリケーションです。多数の検出ポイントからデータが中央のホストに転送され、中央のホストは収集されたデータを解析し、システムレベルの判断を行います。
技術 の選択肢
顧客が理想として求めるのは、低価格で、設置条件に制限がなく、データを定期的かつ安定的に短い遅延で受信でき、バッテリの交換が不要であるような技術です。最近の技術的進歩によってこのような機能を多くの市場に提供することが可能になりました。
この役割を果たす候補として競い合っている技術には、衛星、セルラ、Wi-Fi、IEEE 802.15.4 無線に基づく一連のソリューションがあります。これらの技術を利用することでセンサ データ収集用WSNを構築できます。
衛星とセルラは多くのアプリケーションに適していますが、パケット当たりの電力コストは最も高くなります。データ プラン料金も高額になりがちですが、キャリア各社が比較的まばらなデータ フローに適した課金モデルを開発することでこの傾向も変わりつつあります。カバレッジも課題です。衛星や携帯電話の信号が大きな障害物を迂回することが難しいのは明らかであり、センサは通常、左右に動いて受信可能かどうかを試してみる機能は備えていません。ただし、非常に低速なデータ レート(たとえば、1日当たり1データ パケット)で送信するアプリケーションの場合、衛星またはセルラが最適です。
Wi-Fi(IEEE 802.11b、g)センサは今や広く利用されています。Wi-Fi パケットは電力コストがセルラに比べてはるかに低く、データの経常費用もかかりません。接続性とカバレッジは重要課題として残ります。固定センサで信頼性の高い通信を実現するためには、アクセス ポイントの密度が、機器を携帯している人口に見合っている必要があるからです。
干渉やマルチパス フェージングがあるため、信頼性の高い無線システムの構築には周波数と空間の冗長性の利用が重要です。
OSI階層モデルに関して、802.15.4規格はワイヤレス センサ ネットワークに適した短距離用の低消費電力ネットワークの物理層(PHY)とメディアアクセス制御(MAC)層を規定しています。無線はデータ レートが比較的低速(最大250kbps)で、パケットは短く(128バイト未満)、省エネです。たとえば、数バイトのセンサ データをルーチング、暗号化、その他のヘッダ付きで送信しても1msとかからず、リンク層アクノリッジの受信を含め、消費エネルギーも30μJ未満です(図1参照)。センサは末端からの無線パケットを転送し、単一無線の範囲よりもはるか遠くまで届けることができ、ネットワークを無線リンク障害から守ります。
性能測定基準
様々なWSNソリューションの評価は、主にデータ受信の速度とコストという2つの観点から下されます。WSNはリンク層パケット到達率(PDR)が約50%に低下した環境で機能するよう設計する必要があります。
無線データ収集システムを開発する際に達成すべき性能目標がいくつかあります。第1に、システムは最低信頼性目標を達成しなければなりません。産業用アプリケーションでは一般に最低でも生成データの99.9%を受信することが目標です。データを失ってしまうと、アラームを発生し、その処理にコストがかかる場合があるためです。第2に、システムは一定のスループット(1秒当たりのセンサ データ パケット数)をサポートする必要があります。第3に、これらのデータパケットは最大遅延時間以内に受信されなければ役に立ちません。多くのプロセスは最新のデータを必要としています。陳腐化したデータは制御にとって何の役にも立たないのです。第4に、多くのシステムは場合によっては過酷な温度変化のある環境や危険な環境で動作しなければなりません。これら4つの要件全てを満たすソリューションのみがさらなる評価の対象とみなされるのです。
要件を満たした多様なソリューションを検討する際に重要な選択基準は、所有コストと柔軟性です。所有コストには、製品開発、設置、ハードウェア、設備の耐用期間にわたって供給する電力など様々な領域があります。無線技術は有線ソリューションに比べて設置コストを大幅に軽減しましたが、バッテリ駆動型無線デバイスはネットワークの耐用期間中にバッテリの交換が何度か必要になる可能性があります。また、ハードウェアのコストを削減するために少数の高出力デバイスでネットワークを構築するか、多数の低出力デバイスを使用するかについて、トレードオフがあります。エナジーハーベスト(環境発電)セル(太陽光、熱電など)で駆動されるデバイスの場合、コンデンサのサイズによってコストの大部分が決まります。時分割多元接続(TDMA)などスケジュールをあらかじめ決める方式は、高電流イベントをできるだけ分離することでコンデンサ サイズに関する要件を軽減することができます。
最終的な配置状態が予測できないため、ネットワークの設計には柔軟性を残す必要があります。ネットワークはセンサの数や密度の増減に対応しなければなりません。多様な無線環境で堅牢性を保つには、ある程度の干渉があっても信頼性の高い通信ができ、個別のデバイスが故障してもネットワーク全体に支障を与えないように資源管理をする必要があります。無線リンクの追加、隣接するノードの追加、あるいは送信出力の増加など、さらにリソースを追加することで信頼性とレイテンシは改善されます。これらの追加はいずれも電力コストの増加につながりますが、これは動的割当によって最小限に抑えることが可能です。
規格に基づくソリューションは、単一ベンダからの部品の供給網の変動にも対応し、動作の主要原則に対してコンセンサスがあるという安心感を与えます。
課題
無線チャネルは本来、不安定なもので、いくつかの現象が原因で、送信パケットが受信機にまで到達しないことがあります。そのような現象の1つが干渉です。2つの独立した送信機が同じチャネルで送信すると信号が重なるため、受信機で互いの信号を破損する可能性があります。このため送信機は再送が必要となり、時間とエネルギーをさらに費やすことになります。
基盤となるメディアアクセス技術が衝突のない通信をスケジュールしないと、同じネットワークから干渉が発生することもあります。特に問題となるのは、2台の送信機が受信機とは通信できても送信機同士で通信できない場合です。これは「隠れた端末問題」として知られているもので、バックオフおよびアクノリッジ メカニズムによって衝突を防止する必要があります。
干渉は、同じ無線空間で動作する別のネットワークや、同じ周波数帯を利用する別の無線技術から発生する場合もあります。後者は「外部」干渉として知られ、特に発生しやすいのはWi-Fi、Bluetooth、802.15.4の機器がひしめき合う2.400GHz ~ 2.485GHzの産業科学医学用周波数帯(ISMバンド)のような免許不要の帯域です。
図2は、オフィス環境で45台の802.15.4ノードを配備し、802.15.4の16チャネルに均等に分配した1200万パケットを送受信して得られた結果です。これらのパケットの平均パケット到達率は、パケットを送信したチャネルの関数として示されています。Wi-Fiチャネルと重複するチャネルでは到達率は低くなっています。
図3は第2の現象であるマルチパス フェージングを示しています。この現象は送信したパケットが受信機に到達しないもので、影響が大きいだけでなく定量化も難しいことが知られています。「自己干渉」と言われることも多いマルチパスフェージングでは、受信機が送信機から見通し経路経由で送信された信号の他に、同じ信号が環境内の物体(床、天井、ドア、人など)に当たって反射した「エコー」も受信してしまいます。これらの信号のコピーは送信距離が異なるため受信機に到達する時間にずれが生じ、重大な干渉になる可能性があります。20dB ~ 30dBの減衰も珍しくありません。
図3は、送信機が1000パケットを5m離れた受信機に送信するという手順を35cm×20cmのグリッドの各点に配置した受信機に対して繰り返して得られた結果です。Z軸はそのリンクのパケット到達率を表します。リンクはほとんどの地点で良好ですが、一部の地点ではマルチパスフェージングにより全くパケットが受信されていません。
マルチパス フェージングは環境内の各物体の位置と性質に左右されるため、実際の環境では予測不能です。ただ幸いなことに、図3に示す地形は周波数によって変化するという特性があります。つまり、マルチパス フェージングのために受信されないパケットを別の周波数で再送すると高い確率で成功するということです。
環境内の物体は常に同じ場所に止まっているとは限らない(車が通り過ぎる、ドアが開閉されるなど)ため、マルチパスの効果は時間とともに変化します。図4は、2つの産業用センサ間の単一の無線経路での26日間にわたるパケット到達率で、システムが利用する16の各チャネルについて示したものです。1週間単位のサイクルで、平日と週末で明らかに違いのあることがわかります。どの時点でも良好なチャネル(高到達率)と不良チャネルがあり、さらに他のチャネルの状況は様々です。チャネル17は概して良好ですが、少なくとも1期間は到達率がゼロです。ネットワークの各経路は同じような状況を示しますが、チャネル性能は異なり、ネットワークのどの地点においても良好なチャネルは1つもありません。1
干渉とマルチパス フェージングがあるため、信頼性の高い無線システムの構築にはチャネルと経路の多様性を利用することが重要です。
解決策
前述のように、WSN問題の解決に適した技術にIEEE 802.15.4があります。802.15.4無線は低電力の低データ レート物理層を複数の免許不要帯域で提供します。このような帯域は、たとえば、北米で利用可能な915MHz帯域や世界中で利用可能な2.4GHz ISM帯域などです。2.4GHz帯域スペクトル拡散はノイズに対して強いのですが、これは特に高密度の免許不要帯域で動作する低エネルギー デバイスにとって重要です。この規格は信頼性が高い、アクノリッジ付きのパケットベースのMAC層を定義しており、暗号化と認証はオプションで指定されます。この柔軟なソリューションはいくつかのプロトコルの基本となっています。たとえばZigBeeプロトコルでは非同期の単一チャネルネットワークの構築に利用され、WirelessHARTプロトコル2 では時刻同期マルチチャネルネットワークの構築に利用されています。
ダストネットワークス社® が開発に協力した WirelessHART プロトコルは 802.15.4 の2.4GHz物理層と802.15.4ベースのリンク層を備え、さらに標準802.15.4 MACに同期、チャネルホッピング、優先度と時間ベースの認証を追加したものです。ルーチングとエンドツーエンドのセキュリティを提供するネットワーク層と、信頼性の低い/高いメッシュのシントランスポート層があります。WirelessHART規格はスーパーフレーム上で時間をタイムスロットに分割することで、タイムスロットのタイミング、デバイスの同期を維持する方法、デバイスが時刻とチャネルをスケジュールする方法を指定します。プロトコルは、産業プロセスの監視および制御アプリケーションに広く採用されている既存の有線HART設備と無線デバイスとのシームレスな統合を可能にするよう設計されています。WirelessHARTは無線リソースの管理とネットワーク正常性の監視のためのコマンドを追加して、HARTアプリケーション層コマンドセットを拡張します。WirelessHARTネットワークは、見通し経路がなく、数十から数百メートルも離れたところにある場合でも、それぞれのデバイスに隣接した複数のノードがあって、それらとの間でデータを送受することができ、経路の多様性を利用することで信頼性の高いメッシュ構造を実現しています。WirelessHARTネットワークは中央で管理され、大部分のネットワークインテリジェンスが1台のマネージャに存在しています。フィールドデバイス(ワイヤレス センサ)がレポートするステータス情報を利用してマネージャはネットワークの整備と最適化を行い、センサデータはゲートウェイと呼ばれるアプリケーションプロキシにレポートされます。
今年これまでにリリースされた新しい802.15.4e修正案は、802.15.4 MAC層のWirelessHARTなどに利用されているような、タイム スロットのチャネル ホッピング機能を形式化しました。この規格は同期情報の提供メカニズムを定義してデバイスがネットワークと同期できるようにし、時間ベースのセキュリティを提供し、スロット化された通信とホップ シーケンスを定義します。これにより「情報要素」でのデータのカプセル化が広く利用され、規格の更新を待たずにMACのカスタム拡張が可能となります。これはマルチレイヤ プロトコルの開発を容易にすることを目的としており、特にIETF RFCs 4944および6282.3で定義された6LoWPAN圧縮IPv6ネットワーク層と連結するよう設計されています。3
アプリケーション
リニアテクノロジーのダスト ネットワークスSmartMesh™ 製品ラインにはWirelessHARTと6LoWPAN に準拠する IPv6製品が含まれ、802.15.4 準拠の市場において最も信頼性が高く、最も消費電力が低いWSNソリューションを提供します。ダスト ネットワークス社の Eterna™ モ ート(LTC®5800 製品群 )はCortex-M3マイクロプロセッサ、メモリ、周辺機器を集積した現在利用可能な無線の中で最も消費電力が低い802.15.4準拠のデバイスです(図5)。設計者はモートをセンサ パッケージに内蔵するだけで、モートが自動的にネットワークを形成し、センサーデータを最適な経路を使ってアプリケーションに届けます。ダスト ネットワークスのマネージャは、数十から数千のノード数の間でスケーラビリティを持っており、データの収集とネットワークの構成のインターフェースを備えています。いずれの製品群も、ノード単位で設定可能なデータ レートを持った、信頼性の高いマルチホップ メッシュ ネットワークを構築します。幅広いWSN問題の解決に最適です。Dust™ モートとマネージャを使用したアプリケーションには次のような例があります。
駐車場: Streetline4 は、都心でリアルタイムの駐車場空き情報を管理するスマート駐車場案内です。車両検知器が駐車スペースの下の舗装内に設置されています。この場合、センサ デバイスのアンテナが地下に設置され、駐車スペースが埋まると金属の車体で覆われてしまうという問題が生じます。車両の位置によってデバイス間の経路品質が変化するため、無線経路の多様性が重要です。Streetlineはリピータ デバイスを近くの街灯の上部に設置して駐車区画センサへの見通しを確保します。これらのリピータがマルチホップ メッシュを形成してローカル ネットワークマネージャへ駐車データを収集し、このデータが市全体のデータベースに集約され、顧客や警察に提供されます。各駐車スペースに電線を張りめぐらせるのは難しいため、無線技術はこのアプリケーションにとって不可欠です。さらに低電力の無線によってバッテリ交換の頻度も少なくて済みます。
精製所プロセス制御: シェブロン社は無線ネットワークを石油の抽出精製施設の監視に利用しています。これらのネットワークはたいてい有線センサの配線が不可能な過酷な環境(危険な温度、化学物質、爆発の危険性)に配備されます。さらに、無線によって回転する構造物やモバイル オペレータの監視も可能になります。ある配備例(図6)では、無線ネットワークが大規模な精製所の様々な場所に設置されています。中央コントロール センタにデータを集めるため、Cisco IEEE 802.11a 無線メッシュが各 IEEE 802.15.4ネットワーク マネージャのバックホール接続として使用されています。これにより低電力センサ デバイスからローカル マネージャにデータがレポートされ、ここで集約されて、安定的に送受信されます。このケースは2つの規格の強力な統合の例です。
電力監視: Vigilent5 はインテリジェントな電力管理システムを環境制御が不可欠なデータ センタなどの屋内環境に提供します。データ センタ内の温度上昇は機器の障害原因となるため、エアコンを継続的に最大出力で稼働することとなり、電力の無駄遣いになります。施設管理者は内部ネットワークに障害が発生するようなことはしたがらないため、Vigilentは機器の誤動作を引き起さない無線デバイスを採用しています。こうした施設はセキュリティも厳重であるため、無線プロトコルによって全てのパケットにエンドツーエンドの暗号化とネットワーク マネージャに高度のセキュリティが必要です。データ センタでは一般に検出ポイントの密度が高くなりますが、Vigilentは複数のネットワークを重ねて配置して必要な数のセンサを設置することに成功しました。
結論
802.15.4無線に基づくマルチチャネルの時間同期メッシュ ネットワークは、柔軟性と信頼性の高い低電力ワイヤレス センサ ネットワークの構築にからむ数多くの課題に対処します。