TNJ-095: アナログ・スイッチの注意すべき電気的制約と対峙方法(後編)

TNJ-095: アナログ・スイッチの注意すべき電気的制約と対峙方法(後編)

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石井 聡

はじめに

前回と今回は「アナログ・スイッチ」についての各種実験もふくめてのお話です。前回はとくにチャージ・インジェクションなるものを実験も含めてご説明いたしました。

今回は CMOS アナログ・スイッチにおける「サイリスタ動作とラッチアップ」について考えます。このふるまいは CMOS アナログ・スイッチのみでなくとも、CMOS ロジック IC や CMOS OP アンプなど、CMOS 構造の半導体で発生するものです。「スイッチなんて使わないよ」という方も知っておくとよい知識でしょう。

 

ひとの脳内にもスイッチがあるようで

もう、20年ほど前になるでしょうか。パソコン内にも何も残っていません。家族を引き連れて、大阪ツアーに行ったときのお話。すでに今は閉店しているのですが、「くいだおれ人形」で有名な、料理店「くいだおれ」[1]で、家族で関西風すきやきを食した記憶だけははっきりと覚えています。イナカモンの若造は、肉を焼いたあとにタレを「ジュジュー」と鉄板、いや肉のうえに注いでいく様子をみて、関東系と(いや自宅のと、か…)のすき焼きの作り方と違うことに大変驚いた覚えがあります。お店の給仕の女性の方も「関西はこうなんですよ」と説明してくれた記憶もうっすらと残っています。

妻と子どもたちは USJ にも行きました。そのとき私は年寄りをつれて、別のどこかに行ったような記憶しかありません。有名な市場だったような?

もうひとつ。全員で吉本興業の、なんばグランド花月(Namba Grand Kagetsu; NGK)[2]に漫才を見にいきました。ニッポン・ホウソウ・キョウカイも日本語そのままで NHK であり、同じロジックではありますが、なんばグランド花月も NGK と表記するあたり、「オモロイナー」と思った記憶があります。

当時はフィルム式カメラで。デジカメではなかったので、当時撮影した NGK の正面のようすの写真をご紹介することができません。相当量の処理しきれていない思い出のプリントから探し出すには、数ヶ月を要しそうです。そのため今回は思い出の写真の掲載はありません。

 

オール巨人師匠のスイッチ

演目の後半かトリでオール阪神・巨人[3]の上演がありました。「テレビで見るコンビが肉眼で見られてうれしいな」と思いつつお二人の漫才を拝聴していました。途中でオール阪神師匠が巨人師匠にまくしたてるように、すごい勢いでしゃべるパートがありました。

たぶん即興だったのでしょう。

そしてそれは吉本興業のホーム・グラウンドであるなんばグランド花月での公演だったからでしょう。

全国放送での配信ではなく、数 100 人の観客しか居ない劇場でのリラックスした公演だったからでしょう。[2]によるとNGKは収容数(固定席)が 858 席とのこと。

「ローカル」(電気・電子業界での用語として理解いただきたく。たとえば『手元で・地元で』という意図と理解いただきたく)という条件下で、オール巨人師匠の「スイッチ」が切り替わっていたのでしょう。

オール阪神師匠はすごい勢いで、興奮した演技でオール巨人師匠をまくしたてていました。それにオール巨人師匠は笑うばかりで、そう、数分のあいだ笑うばかりで。それこそ全国放送の地上波では見ることができない、オール巨人師匠の異なる「スイッチ」状態での漫才が繰り広げられていました。

このオール巨人師匠が笑うばかりで、オール阪神師匠に応答できかった素敵な公演のようすは、あまりにも気持ちを暖かくした素晴らしい思い出です。関西風すき焼きの「ジュジュー」という思い出以上に、深く記憶に残る「スイッチ」な思い出でした。

 

サイリスタ動作とは

そうです、今回の WEBラボの技術ノートのネタは「スイッチ」です…。それでは再度話題をスイッチして、アナログ・スイッチのお話に戻りましょう。アナログ・スイッチでは入力電圧が電源電圧以上になると、局部的にできる PNPN接合構造が「サイリスタ(Thyristor)」となり、その PNPN経路が常時オンになることで、スイッチが誤動作したり、素子が破壊に至る場合があるというものです。ここで PNPNの Pと Nは P形半導体の Pと、N形半導体の Nを指しています。

図1 は前回に図2 として示した、アナログ・スイッチの基本的構造です [4]。しかしこれは 4 個(スイッチの経路としては 2 個)の MOS FET素子だけしか確認できません。

図 1. アナログ・スイッチの基本的構造 [4]
図1. アナログ・スイッチの基本的構造 [4]
図 2. サイリスタの基本構造
図2. サイリスタの基本構造
図 3. サイリスタの基本構造をトランジスタ・モデルで表した
図3. サイリスタの基本構造をトランジスタ・モデルで表した
図 4. 図 3 のサイリスタのトランジスタ・モデルを シミュレーションしてみた
図4. 図3 のサイリスタのトランジスタ・モデルをシミュレーションしてみた

これでどのように「サイリスタ」となる PNPN接合構造ができるのでしょうか。それには実際は、サブストレートと呼ばれる半導体を構成する各層の一番基底となる部分の構造を考える必要があります。

 

サイリスタ動作のトランジスタ・モデルとシミュレーションによる確認

図2はサイリスタの基本構造です。さきに示したようにPNPNという接合構造になっています。これをトランジスタ・モデルで表すと図3 のように表すことができます。サイリスタのゲートは 1個しかありませんが、以降で紹介していく CMOS構造でできるサイリスタ、PNPN接合構造では、図3 のそれぞれのトランジスタのベース位置から、それぞれゲートに相当する端子が出来上がります。つまり 2 個ゲートが出来上がります。

この図3 は LTspice のシミュレーション回路図です。シミュレーションしてみましょう。図4 はこのシミュレーション結果です。VACはピーク・ツー・ピーク 100V の交流です。TRIG入力にHレベルのパルスを加えると Q2 がオンし、それに伴って Q1もオンします。Q2 がオンすることで Q1 のベース電圧が下降します。

それにより TRIG 入力がなくなっても、Q1, Q2 はオン状態を維持します。このようすは TRIGパルスが加わってから LOAD端子の電圧が継続して出ていることからも理解できます。またQ1, Q2つまり PNPN接合構造に加わる電圧がなくなると、オン動作は終了します。これは VACが負となり、次の TRIGパルスが加わるまで LOADに電圧が現れていないことからも理解できます。

このようにサイリスタは「オン状態を維持できる記憶回路」とみることができるわけです。

 

アナログ・スイッチで生じるサイリスタ構造

図1 のアナログ・スイッチの基本構造では、これからご説明していく PNPN構造とかサイリスタ構造は判断することができません。図5 に[4]に同じく掲載してある(Figure 31)、アナログ・スイッチの半導体としての構造を示します。この例では基底材であるサブストレートは N型半導体になっています。なおP型半導体がサブストレートになっている場合もあります。

図 5. アナログ・スイッチの半導体としての基本的構造 [4]
図5. アナログ・スイッチの半導体としての基本的構造 [4]
図 6. 基本的構造をバイポーラ・トランジスタとしての 等価回路との関連性を示した [4]
図6. 基本的構造をバイポーラ・トランジスタとしての等価回路との関連性を示した [4]
図 7. 基本的構造とバイポーラ・トランジスタ等価回路の Q1 との関連性
図7. 基本的構造とバイポーラ・トランジスタ等価回路の Q1 との関連性
図 8. 基本的構造とバイポーラ・トランジスタ等価回路の Q2 との関連性
図8. 基本的構造とバイポーラ・トランジスタ等価回路の Q2 との関連性

この図を使って、さらに同[4]の Figure 32 に記載されているバイポーラ・トランジスタとしての等価回路との関連性を示したものを図6 に示します。矢印が多くて、分かりづらいと思いますので、つづいての図で分解していきたいと思います。図7、図8は図6 を Q1 と Q2 の部分に分解して説明してみたものです。

このように、もともとのというか、本来のN-CHとP-CHのMOSFET とは関係ない部分に寄生トランジスタが形成されていることが分かります。これらが「寄生サイリスタ」になります。

 

どのようなプロセスで寄生サイリスタがオンするのか

 

まずは CMOS インバータ/アンプの出力端子

つづいてふたつのケース・ストーリーとして CMOS アナログ・スイッチで生じるラッチアップについて考えてみましょう。最初は CMOS デジタル IC である CMOS インバータ/アンプのケースを考えてみます。

実は私も、CMOS アナログ・スイッチにおけるラッチアップの話題としてこの技術ノートを記述できるようになるまで、相当な時間を要しました(汗)。それは、CMOS アナログ・スイッチのラッチアップの動作は「意外と単純ではなかった」からでした。またどうも多くの WEB上の記事の解説も間違っているようで、というか、深く突っ込んだ解析がなされていなかったためということもあります。

そのため私は、その検討のとっかかりとして、CMOS インバータのケースを最初に解析してみました。

さて図9 は、[5]から CMOS アナログ・スイッチの構造を転記し、配線を追加した CMOS インバータ/アンプの断面図です。構成や考え方は図5 と同じですが、この構成では基底材であるサブストレートが P形半導体です。

この CMOS インバータ/アンプ接続に変更すると、ゲートはCMOS インバータ/アンプの入力(IN)となり、N-CH と P-CH MOS FET のドレインは出力(OUT)になります。図9 を MOSFET の回路に書き直したものを図10 に記載します。これは一般的に見る回路ではないでしょうか。しかしこの回路ではラッチアップ動作を表現できません。

図9 の半導体構造をバイポーラ・トランジスタ等価回路として表してみると図11 のようになります。ここで Q1 と Q2 がサイリスタとなります。Q1 の D と記載のあるエミッタ(図10 の P-CH MOS FET のドレイン)の電圧が電源端子電圧 + VF(VFはダイオードの順方向電圧)となるか、Q2 の D と記載のあるエミッタ(図10 の N-CH MOS FET のドレイン)の電圧がグラウンド電圧- VFとなると、Q1 もしくは Q2 が導通し(それぞれ S 側のエミッタ)、それにより Q2 もしくは Q1 が導通し(同じく S 側のエミッタ)、ラッチアップに至ることになります。

つまり CMOS インバータ/アンプの出力端子においては、電源電圧範囲を超える電圧がその出力端子に加わるとラッチアップが生じることになります。

 

つづいて CMOS インバータ/アンプの入力端子

私は IC の内部(IC 自体)を設計したことがありません。そのためネット上の記載を見たり、社内の IC 設計経験のある FAE(Field Application Engineer)にも聞いてみましたが以下の考察がすべての IC 内部レイアウトで成立するのか、自信がありません。「入力端子の場合はこういう構造だと寄生サイリスタがオンになるのだ」という理解をいただければと思います。

図 9. CMOS アナログ・スイッチに配線を追加して CMOS インバータ/アンプ接続としたもの(この構成では基底材であるサブストレートは P 型半導体)
図9. CMOS アナログ・スイッチに配線を追加して CMOS インバータ/アンプ接続としたもの(この構成では基底材であるサブストレートは P型半導体)
図 10. 図 9 を CMOS インバータ/アンプとして表記したもの
図10. 図9 を CMOS インバータ/アンプとして表記したもの
図 11. 図 9 の半導体構造をバイポーラ・トランジスタ等価回路として表記したもの
図11. 図9 の半導体構造をバイポーラ・トランジスタ等価回路として表記したもの
図 12. 図 9 の CMOS インバータ/アンプ接続に ESD ダイオードを追加してみた
図12. 図9 の CMOS インバータ/アンプ接続に ESD ダイオードを追加してみた

図12 は図9 の CMOS インバータ/アンプ接続に ESD ダイオードを追加してみたものです。MOS FET のゲートは ESD ダイオードに接続されることにより、IC のサブストレートと半導体構造として接続されます。

これにより、同図中から分かるように、ESD ダイオードの IN 側(P型)、N-WELL、P-SUBSTRATE、N-CH MOS FET のソース側の組み合わせで PNPN 構造の寄生サイリスタが形成されることになります。

ネットの記事や社内の FAE によると、ESD ダイオードはこの例のように IC 上に形成される回路のサブストレートとは別のサブストレートとは絶縁されているようで、それであれば ESD ダイオードを通して入力端子が寄生サイリスタの一部となる構造は生じないことになります。

ともあれ図12 の条件であれば(と仮定すれば)、入力端子がゲートとなる寄生サイリスタが出来上がってしまうことになります。

 

CMOS アナログ・スイッチの寄生サイリスタがオンするようす

図5 や図6 に示したアナログ・スイッチの半導体としての基本的構造から、どのように CMOS アナログ・スイッチの寄生サイリスタがオンするのかを考えてみました。これを図13 に示します。とはいえこれも、よくよく考えてみると正しいのかどうか、実は自信がありません(汗)。

前出の IC 設計経験のある FAE によると、「図9 であれば Pサブストレートの RS、もしくは N-WELL の RW に電流が流れることで寄生サイリスタがオンする」とのことでしたが、CMOS アナログ・スイッチにおいては具体的にどのような条件であれば、これら RS、RWに電流が流れるのかに気がつくことができませんでした(汗)。

それでも一応、ご説明してみましょう。図13 に沿って示してみます。

Source 側が過電圧(+VDD より+0.3V 以上)になると

② Q1(左エミッタ)がオン

② Q1 E-C 間がオンで Q2 ベースがハイ。Q2 にベース電流が流れる

③ Q2(左エミッタ)はオフのまま③ Q2(右エミッタ)がオン

④ Q2(右エミッタ)E-C 間がオンし、D 電圧が引き上げられる

④ Q1 B から Q2 C に Q1 ベース電流が流れ、N-は電圧が低下

⑤ Q1 オンが継続

図 13. どのように CMOS アナログ・スイッチの寄生サイリスタがオンするのか
図13. どのように CMOS アナログ・スイッチの寄生サイリスタがオンするのか

このように CMOS アナログ・スイッチの寄生サイリスタがオンするプロセスを説明できるかと思います。とはいえ、先に示したように、よくよく・よくよく考えてみると、これが正しいのかどうか、実は自信がありません(汗)。

 

寄生サイリスタが形成されない CMOS アナログ・スイッチ

Analog Devices では、図15 のような構造をもつ、寄生サイリスタが形成されない CMOS アナログ・スイッチをラインナップしています。

これ以外の寄生サイリスタ対策としては、[4]や[5]にも記載があります。しかし現代の回路設計においては、現実的ではないものでしょう。そのためこの構造をもつ CMOS アナログ・スイッチを使用することが最適と考えられます。

これらの CMOS アナログ・スイッチは、同図のようにふたつのMOS FET の間に TRENCH(溝)と呼ばれる酸化シリコンによる絶縁領域が形成されており、この絶縁部により寄生サイリスタが形成されない構造が実現されています。これにより過電圧がいずれかの端子に入力された場合でもラッチアップが生じないことになります。

 

アナログ・デバイセズのラッチアップ対策された製品群

図15 にアナログ・デバイセズにおける、上記のような寄生サイリスタが形成されないようラッチアップ対策を施した製品群を示します(そのうちとくに強靭性の高いもの)。このような ICをご使用いただくことで、ここまで説明してきたようなラッチアップによる素子の破壊から回避することができます。

 

まとめ

この技術ノートで、CMOS アナログ・スイッチにはその基本構造上、寄生サイリスタが構成され、そこに電圧的ストレスが加わることによりサイリスタがオンして過大な電流が流れることを示しました。その外部回路としての対策も考えられるわけではありますが(詳細はこの技術ノートでは示しませんでしたが)、現実解としてはトレンチ(溝)アイソレーションが施されている CMOS アナログ・スイッチを用いることだとご説明しました。余計な異常動作や故障を避ける意味からも、これらのCMOS アナログ・スイッチのご使用を推奨するところです。

図 14. TRENCHI(溝 = 酸化シリコンによる絶縁膜)構造により寄生サイリスタが形成されないCMOS アナログ・スイッチ
図14. TRENCHI(溝 = 酸化シリコンによる絶縁膜)構造により寄生サイリスタが形成されないCMOS アナログ・スイッチ
図 15. ラッチアップ対策を施した CMOS アナログ・スイッチ製品群(とくに強靭性の高いもの)
図15. ラッチアップ対策を施した CMOS アナログ・スイッチ製品群(とくに強靭性の高いもの)