はじめに
前回、2020 年アナログ技術セミナー開催までの経緯をご説明いたしました。この技術ノート・シリーズは、そこで講演した「高い SNR の AD変換システムを実現するテクニックと理論」でご説明できなかったものだと前回ご説明しました。丁度その資料作成と前後して、動画コンテンツ
高速信号技術の「基礎の基礎の『超』基本」
https://www.analog.com/jp/education/landing-pages/003/rf_training/introduction.html
なるものを、コロナ禍のなか、延々と在宅で、昼夜・平日・週末を問わず制作していました。そこではこの技術ノート・シリーズで説明している「NF」についても解説しています。
昨今の動画プラットフォームである YouTube に、テスト動画をアップロードするまでが自分のタスクでした。やったことのない、動画撮影用アプリケーションや YouTube アップロード方法の習得、ライブ感を出すための書画カメラの購入と使用、気が狂うか(大げさ…)とも思えた長時間にわたる再編集(編集ソフトが機能不足でカットがうまくいかない…)と再録画、そして図 1 に示すような自宅の仮設スタジオでの低品質かつ劣悪な撮影環境…(クロマキー背景と中央下に書画カメラが見えるかと思います)。どれ一つ満足できるものでなく、YouTuberの皆様の技能・能力のすばらしさと、自らのレベルとの格差を思い知ったものでした…(それこそ、自分でやってみてこそ分かること)。
現在はアナログ・デバイセズのホームページと YouTube に(さらに編集担当によりタイトル追加や、仔細な編集と修正が施され)公開されています。よろしければご覧ください。
図 1 の劣悪環境で一番大変だったことは「ライティング」です。撮影している顔を一定の明るさ(照度)で照らすことができず(日中と夜間で、どうしても照度が変わってしまいます)、クロマキーもなかなか(どうやっても、が正しいかも)キレイに出ません。ちゃんとした光源を買えば?とご指摘をいただくところですが、自宅の狭い部屋では置き場所もありません(涙)。
前回そして今回は
前回はNFについて、50Ωで整合終端したケースでの考え方、そして整合していないケースでの考え方をそれぞれ説明しました。整合終端したケースであれば、考え方は複雑ではないことから、内容をご理解いただけたのではないかと思います。
一方でOPアンプ増幅回路など整合していないケースでは、なんだか七面倒な話しであることがお分かりいただけたかと思います。また NFは信号源抵抗の大きさに依存することも注意点でありました。
今回の技術ノートでは、反転増幅回路でNFをどう定義するのか、またアンプをカスケード接続したとき、各アンプ入出力が50Ω
で整合終端した系(この技術ノートでは「複数段の増幅システム」を「系」と表現します)の場合と、OPアンプ回路を代表する整合終端ではない系の場合で、全体のNFをどのように考えていくかを探究してみます。
ところで現場では dB で考える Noise Figureを用いますが、この技術ノートでは理論的なしくみを考えていくことから、真値である Noise Factor を用いていきますので、注意してください。
反転増幅回路では NF をどう定義するのか
前回はOPアンプ回路の NF を考える例として、非反転増幅回路の構成を検討してきました。
今回は入力インピーダンスが有限、またノイズ・ゲインの算出に注意が必要な、反転増幅回路ではNFをどう考えればよいのかについて踏み込んでみます。
さて、信号源抵抗のサーマル・ノイズ「以外」で、系で生じ付加される、ノイズ要素全体の入力換算ノイズ電圧密度を考えます。複数のノイズ源要素𝑉𝑁𝑥を
としてRSSで足し算します。ここで𝑉𝑁𝑥は𝑥番目のノイズ源要素から生じるノイズ電圧密度です。RSS は Root Sum Square(自乗和平方根)で、「電力の足し算」と同様です。RSS の考え方の根底は、それぞれのノイズ源がお互いにランダム、つまり相関が無い(無相関な)信号同士というしくみに立脚しています。
式(1)の入力換算量𝑉𝑁𝐴𝐷𝐷_𝐼𝑅(信号源抵抗のサーマル・ノイズ「以外」です)は、出力には「ノイズ・ゲイン」倍で現れます。ノイズ・ゲイン𝐴𝑁𝐺は前回の TNJ-075 でも説明しましたが、入力換算ノイズが出力に現れる増幅率です。
ノイズ・ゲイン𝐴𝑁𝐺は非反転増幅回路の信号電圧増幅率𝐴𝐶𝐿に等しくなります。しかしたとえば回路構成が反転増幅回路や加算回路などだと、ノイズ・ゲイン𝐴𝑁𝐺は信号電圧増幅率𝐴𝐶𝐿と等しくありません。話しがややこしくなるわけです。
そこで今回はまず、反転増幅回路ではNFをどう考えればよいかを検討してみましょう。
反転増幅回路の NF を考える
図 2 のようなOPアンプ反転増幅回路を考えてみましょう。信号源抵抗𝑅𝑆がありますから、これにより信号電圧増幅率が
となります。一方でノイズ・ゲイン𝐴𝑁𝐺は(非反転増幅回路の信号電圧増幅率と同じなので)
信号源抵抗𝑅𝑆のサーマル・ノイズ電圧密度は
𝑉𝑁_𝑅𝑆は信号源抵抗𝑅𝑆と直列にモデル化されますので、図 3(前回の図 8 再掲)のように、信号源抵抗のサーマル・ノイズ源は、信号源と直列に接続されているものとして考えることができます。そうすると𝑉𝑁_𝑅𝑆は信号電圧増幅率𝐴𝐶𝐿で増幅されることになります。ここで前回の式(20)を再掲します。
反転増幅回路の出力全ノイズ電圧密度𝑉𝑁𝑂𝑈𝑇_𝑇𝑂𝑇𝐴𝐿の自乗値は
𝑁𝐼𝑁 = 𝑉2𝑁_𝑅𝑆 また式(2)~式(4)を用いて、式(5)に代入すると
と計算できます。ちなみに非反転増幅回路の場合は𝐴𝑁𝐺 = 𝐴𝐶𝐿 になりますから、前回の式(19)に示したように
と簡単になります。
ここで増幅率が小さいときを考えてみましょう。信号源から-1倍で出力される状態として、𝑅1 = 𝑅𝑆 = 𝑅2/2としてみます。そうすると式(7)は
と計算できますから、前回の式(19)
と比較しても第 2 項が意外と大きくなることが分かります。ここでは𝑅1 = 𝑅𝑆 = 𝑅2/2としてみましたので、信号源電圧の増幅率は-1ですが、Noise Factor は大きくなってしまうことが分かります。
カスケード接続した系全体の NF 計算を考える(まずは 50Ωで各アンプを整合終端した系)
カスケード接続した系の系全体の NFを計算してみましょう。まずは、50Ωで整合終端したケースでの系全体の NF計算を考えてみます。図 4 は前回の図 1 を再掲したものです。
この場合は系の入出力が50Ωで整合終端されていますから、「50Ωを負荷抵抗とした電力」で計算を進めることができます。
ここでのポイントは同図にもあるように、「1 段目(初段)のアンプの NFが支配的」ということです。少なくともここだけは覚えておいていただけるとよいです。
このしくみを考えてみましょう。この考え方を理解することで、以降に示す整合終端ではない系での系全体の NF計算の考え方も理解することができます。
アンプで生じ出力に現れるノイズ電力密度を求める
前回の式(12)を、図 4 の 1 段目(初段)のアンプの NF の式として(添え字を追加して)再掲します。合わせて図 5(前回の図 5 再掲)もご覧ください。
これは初段アンプ単独での NF の計算です。ここで𝑁𝐼𝑁は信号源抵抗のサーマル・ノイズ電力密度(𝑁𝐼𝑁 = 𝑘𝑇 [W/Hz])、𝑁𝐴𝑀𝑃1は初段アンプで生じ出力に現れるノイズ電力密度、𝐺1は初段アンプの電力増幅率です。
式(11)を変形して、「アンプ 1 で生じ」、アンプ 1 出力に現れるノイズ電力密度𝑁𝐴𝑀𝑃1を得てみると、
アンプ 2, 3 が単独で動作していると仮定したとき出力に現れる付加ノイズ電力密度
またアンプ 2、アンプ 3 が単独で動作していると仮定することで、それぞれのアンプで生じ、出力に現れるノイズ電力密度𝑁𝐴𝑀𝑃2, 𝑁𝐴𝑀𝑃3を同様に計算することができ、
𝐺2, 𝐺3は 2 段目、3 段目のアンプの電力増幅率です。それぞれ同じ𝑁𝐼𝑁(𝑁𝐼𝑁 = 𝑘𝑇 [W/Hz])が用いられているのは、それぞれが 「単独で動作している」と仮定していること、また入出力が 50 Ωで整合終端されているからです。
アンプ 1, 2, 3 を従属に接続したとき出力に現れるノイズ電力密度から NF を求める
上記の計算から、図 4 の 3 段のカスケード接続の出力 Sig out に現れるノイズは、図 6 のように信号源のサーマル・ノイズとそれぞれのアンプで生じ、付加されるノイズが足しあわされ、増 幅されたものとしてモデル化できます。
入力である信号源抵抗のサーマル・ノイズの「電力」密度を 𝑁𝐼𝑁、それぞれのアンプで生じ、アンプ出力に現れるノイズの「電力」密度を𝑁𝐴𝑀𝑃1, 𝑁𝐴𝑀𝑃2, 𝑁𝐴𝑀𝑃3とすると、これらが出力 Sig out に現れる大きさ(電力密度)はそれぞれ[式(13)と式(14)を用いて]、
となります。前回の式(12)[先に示した式(11)と同じ]
を用いてみます。まず図 4 の入出力の電力ゲインは
3 段アンプそれぞれで付加され、足しあわされ出力に現れるノイズ電力密度𝑁𝐴𝑀𝑃は(信号源抵抗のサーマル・ノイズは除き)
この計算はそれぞれ「電力量」であることから、そのまま足し算になります。Root Sum Square(RSS)で考えるのと同じです。これから式(19)の𝑁𝐴𝑀𝑃/𝐺は
さらに式(19)に代入すると
と計算でき、図 4 の式が得られることが分かります。繰り返しますが、これから分かることは、「1 段目(初段)のアンプの NF が支配的」ということです。𝐹2と𝐹3は前段の電力増幅率 𝐺1, 𝐺2で割られますので、影響度が低下します。それにより𝐹1が支配的になるということです。
カスケード接続した系全体の NF 計算を考える (整合終端ではない系)
ここまで説明してきた、50Ωで整合終端した各アンプをカスケード接続した系全体の NF 計算[式(23)]は、書籍などでもよく見かけるものでしょう。しかしOPアンプ回路を代表する、整合終端ではない系全体のNFはどう計算すればよいのでしょうか。
信号源抵抗のノイズと初段で生じるノイズ
図 7 のような 3 段構成でカスケード接続したOPアンプ回路を考えてみます。整合終端ではないので、まずは「電圧密度」で考えます。
式(4)の再掲ですが、信号源抵抗𝑅𝑆は図 3 が等価回路となり、そのノイズ電圧密度は
として計算できます。これを自乗したものは、
これが前回、そして上記で説明してきた𝑁𝐼𝑁に相当します。自乗するのは Root Sum Square; RSS の計算のためであり、𝑃 = 𝑉2𝑁_𝑅𝑆 /𝑅で負荷抵抗𝑅 = 1Ωとして考えて、電力値相当に変換するということです。
初段のOPアンプ 1 で生じ、OPアンプ 1 出力に現れるぶんのノイズ電圧密度は
ここで𝑉𝑁𝑥@1は 1 段目のOPアンプ増幅回路に存在する𝑥番目の要素のノイズ源(OPアンプの電圧性/電流性ノイズと帰還抵抗のサーマル・ノイズ)から、それぞれ生じるノイズ電圧密度で、そのOPアンプでの入力換算量になります。𝐴𝑁𝐺@1はOPアンプ 1 のノイズ・ゲインです(以降の目印とするため、赤色でハイライトしてみました)。図 7 は非反転増幅回路なので、各OPアンプの信号電圧増幅率𝐴𝐶𝐿@𝑥とノイズ・ゲイン𝐴𝑁𝐺@𝑥は等しくなります。式(25)を自乗したもの(電力相当量)は
2 段目、3 段目で生じるノイズそして全体のノイズを求める
OPアンプ 2 で生じるノイズ電圧密度は
これを自乗したもの(電力相当量)は
OPアンプ 3 で生じるノイズ電圧密度は
これを自乗したもの(電力相当量)は
繰り返しますが、各項のΣのなかは、各OPアンプで生じ、付加されるノイズの入力換算量になります。
これらから出力に現れる全ノイズ電圧密度は、図 8(この図では 1 段目と 2 段目のみを示しています)のように、それぞれのノイズ源が各OPアンプで増幅されたもの、そしてそれらが電力の足し算、つまり RSS で足し算されたものとしてモデル化できます。
あらためて個別にみていきましょう。まず信号源抵抗𝑅𝑆のサーマル・ノイズが出力に現れるノイズ電圧密度は
これは図 9 のように表されます(電圧表記)。つづいて 1 段目のOPアンプで生じ、出力に現れるノイズ電圧密度は
これは図 10 のように表されます(電圧表記)。2 段目のOPアンプで生じ、出力に現れるノイズ電圧密度は
これは図 11 のように表されます(電圧表記)。最後に 3 段目のOPアンプで生じ、出力に現れるノイズ電圧密度は
これは図 12 のように表されます(電圧表記)。ここで式(19)
を用います。3 段のアンプでそれぞれ付加され、出力に現れる合計のノイズ電力密度𝑁𝐴𝑀𝑃は(信号源抵抗のサーマル・ノイズは除き)、それぞれ Root Sum Square(RSS)の計算、つまり電力での足し算で
繰り返しますが、この RSS の考え方の根底は、それぞれのノイズ源がお互いにランダム、つまり相関が無い(無相関な)信号同士だというしくみのうえに立脚しているものです。
また
なので、式(19)の𝑁𝐴𝑀𝑃/𝐺を、各OPアンプで考えてみると
これらの式では、各OPアンプ回路の信号電圧増幅率とノイズ・ゲインを、別として取り扱っています。厳密に計算していくと、このように表されることになるわけですね。
簡単にしてみると見通しがよくなる
「もっとラフでいいじゃん」と、議論を簡単にするために(学術専門書ではこの言い方を「簡単のため(for simplicity)」と言いますが、その表現はキライなので…)
𝐴𝐶𝐿@1 = 𝐴𝑁𝐺@1
𝐴𝐶𝐿@2 = 𝐴𝑁𝐺@2
𝐴𝐶𝐿@3 = 𝐴𝑁𝐺@3
としてみると、式(37)、式(38)、式(39)は
これは図 13 のように表されます。これらから
が得られます。付加されるノイズの項のうち、OPアンプ2(第 3 項)とOPアンプ3(第 4 項)のノイズ(∑ 𝑉2𝑁𝑥@2, ∑ 𝑉2𝑁𝑥@3 ) はそれぞれ前段の「電力」増幅率(電圧増幅率の自乗)𝐴2𝐶𝐿@1, 𝐴2𝐶𝐿@2 で割られますから、ここまでの50Ωで整合終端した場合の話し同様、系全体のNFにはほとんど影響を与えないことが分かります。
初段の信号電圧増幅率が低くても次段の低減度は十分
普段のアナログ回路設計シーンでは電圧増幅率で考えます。しかしここで興味深いことは、たとえば初段のOPアンプ 1 の信号電圧増幅率𝐴𝐶𝐿@1が 2 であっても、次段のOPアンプ 2 で生じ、付加されるノイズ電力(∑ 𝑉2𝑁𝑥@2 )が、𝐴𝐶𝐿@1の自乗(×4)で割られますから、信号電圧増幅率が低めでも、後段のOPアンプの付加ノイズの影響度はかなり低減する(出力では見えない)ことです。
結局は整合終端した系(無線通信などの高周波システム)でも、そうでない系(一般的なOPアンプ回路)でも、「初段のノイズ特性がいちばん重要」ということなのですね。
ここの説明には各段の NF 値が入っていないぞ!
『50Ωで各アンプを整合終端した系』の節での説明は、各段での NF(Noise Factor; F)を定義したかたちで説明を進めてきました。しかしこの『整合終端ではない系』の説明では、各段での NF (Noise Factor; F)を定義していません。
各アンプを 50Ωで整合終端した系では、カスケード接続してもしなくても、各段の信号源側(前段の出力)インピーダンスは50Ωになっています。そのため信号源抵抗のサーマル・ノイズは 50Ωで決定することになります。
しかし整合終端ではない系では、初段においては信号源抵抗からサーマル・ノイズ電圧密度が決まり、それにより初段の NF (Noise Factor F)を定義することができます。しかし 2 段目以降の各段の信号源側(前段の出力)インピーダンスは、前段のOPアンプの出力インピーダンスに支配されているため、その段の NF(Noise Factor; F)を定義することはあまり意味がありません。
そのため、この技術ノートの『整合終端ではない系』の検討では、各段の NF(Noise Factor; F)を定義せず、上記のような式展開で説明をしていたのです。
それでも前段の出力ノイズ電圧を信号源ノイズ電圧密度として、基準とすることもできない訳ではありませんし、また信号源抵抗を定義して、というアプローチもあるといえばあります [1, 2]。
次回は
次回は、ここまで考えてきた理解をベースに、アナログ・フロントエンド(信号源の電圧・電流を増幅したりフィルタしたりする回路)と、その後段に AD コンバータが接続されたミックスド・シグナル・システムにおいて、NFをどう考えていけばよいかを示してみたいと思います。
最後におまけ「コロナ禍のなかミニ・サボテンに花が咲く」
コロナ禍環境下での外出自粛など、2020 年は初頭から大変な年でした。オリンピックも 1 年延期になりますし(この技術ノートが公開になる 2021 年にはどうなっているのだろうか!)。
外出することもなく、できるはずもなく、延々と動画コンテンツの録画と編集をやっていたころ、鉢植のミニ・サボテン(「さぼこ」と名付け、そう呼んでいます)が美しい花を咲かせました(図 13)。購入したときはホントにチッコいサボテンだったものが(今でもミニですが)、少しずつですが大きくなり美しい花を咲かせたのです。自粛と篭(こも)りで気持ちがマイナスになりそうな日々のなか、ほっとさせる一コマでした。
「植物も我々人間も、生きるというのは、同じなのかもしれないな」と、写真を撮影しながらぼんやり思いました。