要約
超低入力電圧ブーストコンバータを使用して、燃料を素早く1回補給するだけで、直接メタノール燃料電池(DMFC)による補聴器への丸1日の給電を可能にする方法について説明します。
はじめに
今日、ウェアラブル技術について考える時にまず思い浮かぶものといえば、洗練されたデザインのイヤホンやスマートウォッチ、スマートグラス、フィットネストラッカーなどでしょう。昔ながらの補聴器はようやく仲間を得て、遠からずそうした多数のウェアラブル機器の1つに数えられることになりそうです。それどころか、補聴器は直接メタノール燃料電池(DMFC)という新技術の採用で再び一歩先を行き、従来のバッテリを捨ててこの新しい効率的な電源に乗り換えようとしているようです。今日、バッテリ駆動の補聴器は通常、充電に4~5時間かかります。これは就寝時などでない限り、かなり長くて不便なダウンタイムといえます。しかし、補聴器を30秒でオンラインに戻す必要がある場合はどうすればよいのでしょうか。それがDMFC技術の利点にほかなりません。これからは長時間の充電が不要になり、素早い電力供給が可能になります。
このデザインソリューションでは、燃料電池で補聴器(図1)に給電する際の課題と、1回の燃料補給で補聴器を丸1日動作させるために必要なエネルギーについて検討します。
400mVのセル電圧では、低すぎて後段の電子回路への給電には不十分です。ステップアップ電圧レギュレータでこの問題を解決することができますが、400mVで動作可能な電圧レギュレータは多くはありません。このデザインソリューションでは、非常に低い入力電圧で動作可能なうえ、極めて高効率で自己消費電流が非常に小さい、斬新なブーストコンバータを紹介します。低入力電圧動作によって燃料電池技術を補聴器に適用することができる一方、その低自己消費電流と高効率によって、1回の燃料補給による動作時間を最大限に延長することができます。
図1. 患者への補聴器の装着。
燃料電池の動作
直接メタノール燃料電池は、メタノールと空気を燃料として使用するプロトン交換型燃料電池の一種です。その主な利点は、エネルギー密度が高くあらゆる環境条件で安定した液体であるメタノールは容易に扱うことができるという点です。DMFCは、中央のプロトン伝導膜(高分子電解質膜(PEM))と、それを囲む燃料側のアノードと空気側のカソードで構成されます。メタノール燃料はアノードで触媒反応で酸化され、電流を維持する電子を提供します。プロトンは膜を通じてカソードに導かれ、そこで酸素および電子と結合して、気化した水とごく少量の二酸化炭素を生成します。
エネルギー密度が4466Wh/lであれば、270µlのメタノールのエネルギー含量Eは次のとおりです。
E = 4466 x 270µ = 1.2Wh
燃料電池の効率を10%とすると、有用なエネルギーは120mWになります。セル電圧が0.4Vの場合、相当する蓄積電荷は次のようになります。
補聴器のブロック図
図2は、標準的な補聴器のブロック図を示しています。メタノール燃料電池は、DC-DCステップアップレギュレータを通じて最大300mAhの電荷をオンボードのDSP、マイクロフォン、スピーカ、ADC、DAC、およびアンプに供給します。
図2. メタノール給電式補聴器のブロック図。
標準的なケースでは、平均消費電流が12mAのシステムは、1日より少し長い時間だけ動作を継続することができます。
課題
ブーストコンバータの低入力電圧動作は、DMFCベースのシステムには不可欠です。補聴器のような小型のウェアラブル機器では、小型サイズが必須です。また、エネルギー利用率を最大化し、燃料補給間の動作時間を最大限に延長するためには、高効率と低自己消費電流も重要です。しかし、これらは相反する要件です。電圧レギュレータの動作周波数を高めると、受動部品は小型化されるものの、損失が増大して効率が低下します。
また、差異化された補聴器製品を提供しようとすれば、特に入力/出力電圧および電流仕様に関して、カスタマイズされた複数のバージョンの電圧レギュレータが必要になります。それに伴い、補聴器メーカーは、各種のレギュレータや関連する受動部品について、コストのかかる相当な規模の在庫を維持することを余儀なくされると考えられます。
最先端のソリューション
一例として、MAX17220 nanoPower同期整流ブーストコンバータ(図3)は、非常に高い効率、400mV~5.5Vの入力範囲、225mAのピークインダクタ電流制限、および1%精度の標準抵抗1本で選択可能な出力電圧を提供します。斬新なTrue Shutdown™モードはリーク電流をnAレベルに抑制し、真のナノパワーデバイスを実現します。
図3. ブーストコンバータのアプリケーション図
小型サイズ
MAX17220、MAX17221、MAX17222、MAX17223、MAX17224、MAX17225で構成されるブーストコンバータファミリの詳細仕様は、消費電力とソリューションサイズを最小限に抑えるように細部に至るまで慎重に選択されています。最大2.5MHzのスイッチング周波数、小型パッケージオプション、単一の出力設定抵抗、300ns固定のターンオン時間、および3つの電流制限オプションなどの詳細仕様によって、ユーザーは総ソリューションサイズを最小限に抑えることができます。
これらのICは、2mm × 2mmの6ピンµDFNと0.88mm × 1.4mmの6バンプWLP (2 × 3、0.4mmピッチ)の2つの小型パッケージオプションで提供されています。
低入力電圧と超低自己消費電流
このnanoPowerブーストコンバータは超低自己消費電流を備え、出力から電流を引き込み自らの出力でデバイス自体をブートストラップすることによって低入力電圧で動作するように設計されています。図4を参照すると、ICの入力自己消費電流(IQINT)は0.5nAで(起動後にイネーブルオープン)、出力自己消費電流(IQOUT)は300nAです。
図4. 低シャットダウン電流と低自己消費電流を備えたブーストコンバータ。
総入力自己消費電流を計算するには、出力電流(IQOUT_IN)を供給するために必要な追加の入力電流をIQINTに加える必要があります。出力電力は入力電力と効率の積に関係するため(POUT = PIN × η)、次の式が成り立ちます。
IQOUT_IN = IQOUT x (VOUT/VIN)/η
VIN = 1.4V、VOUT = 3.3V、効率η = 88% (小電流時)の場合は、次のようになります。
IQOUT_IN = 300nA x (3.3/1.4)/0.88 = 803.5nA
この803.5nAを入力電流0.5nAに加えると、総計の入力自己消費電流(IQINGT)として804nAが得られます。この自己消費電流は、前に説明した標準的なステップアップ電圧レギュレータの10µAと比べて12分の1です。
高効率
このブーストコンバータICは、低RDSONのパワートレインMOSFETトランジスタを内蔵しており、小型の総PCBサイズに求められる高い周波数で動作する場合でも優れた効率が得られます。(図5)。
図5. 低オン抵抗のパワートレインMOSFETトランジスタを内蔵した高効率ブーストコンバータ。.
イネーブル過渡保護モード
このブーストコンバータは、イネーブル過渡保護(ETP)モードのオプションも備えています。プルアップ抵抗の搭載によってアクティブ化されると、出力コンデンサで給電される追加の内蔵回路によって、入力が短い時間の間過渡的に乱れた時にENがハイに維持されます。この場合、上で計算した自己消費電流は数十nAだけ増大します。
部品数に関する利点とVOUTのスマート選択
MAX17224は、図4に示すように、出力電圧値の設定に使用される従来の抵抗分圧器をなくし、たった一本の出力選択抵抗(RSEL)を使用します。このICは独自の方式を利用してRSELの値を読み取り、起動時にのみ最大200µAを消費します。たった1本の1%精度の標準抵抗によって、1.8V~5Vの範囲で100mVずつ異なる33の出力電圧の1つを設定します。その結果、部品数が若干減少し(抵抗を1つ削減)、在庫が簡素化され(1つのレギュレータで複数のアプリケーションに対応)、自己消費電流が低減されます。
結論
直接メタノール燃料電池技術は、バッテリ駆動のウェアラブル機器の大きな短所の1つである長いバッテリ充電時間の問題を解決すると期待されています。メタノールをエネルギー源として利用することで、このタイプの燃料電池は燃料電池タンクの補給に対応することによって、バッテリの充電を不要にし、何時間もの充電をわずか数秒の燃料補給に置き換えます。しかし、燃料電池が生み出す低電圧は、広範な導入に際しては問題となる可能性があります。本稿では、DMFCの低入力電圧と補聴器の高電圧回路との隔たりを埋め、1回の燃料補給で丸1日切れ目のない動作を可能にすることができる、超低入力電圧、超低自己消費電流、高効率のブーストコンバータを紹介しました。
このデザインソリューションは、2020年3月26日にEE Powerに初めて掲載された同様の記事に基づいています。