要約
このチュートリアルでは、ミキサ、アンプ、および発振器のデータシートで使用されているRF用語を紹介して定義します。ここに記載した用語には、利得、変換利得、位相ノイズ、3次インターセプト、P1dB、挿入損失、出力電力、VCO周波数プル/プッシュ、周波数ドリフト、セトリング時間、チューニング利得、およびチューニング範囲があります。図式および概念図を交えて主要な概念を説明します。
このチュートリアルでは、ワイヤレスICのデータシートに共通して見られるいくつかの仕様について説明します。これらの仕様は、アンプ、ミキサ、および発振器についての仕様です。アンプとミキサの仕様はほぼ例外なく同じです。電圧制御発振器(VCO)には、独自の仕様セットがあります。
図1. アンプ、ミキサ、およびVCOで簡単なワイヤレスレシーバを構成
アンプおよびミキサに共通する仕様
利得とは、ワイヤレス構成要素(すなわちアンプやミキサ)の電圧または電力の利得です。利得の仕様はたいてい、データシートにおいてdBで表されます。利得、電圧利得、および電力利得の3つの表現は、置換えが可能です。入力と出力インピーダンスが同じであれば、利得の値(dB)は、電圧の利得と電力の利得で同じになるからです。たとえば、20dBの利得は、10V/Vの倍率の電圧利得と同じです。また、10V/Vの電圧利得は100W/Wの電力利得と同じで、やはり20dBになります。線形単位での電圧利得と電力利得は異なりますが、dBでは同じになるので、迷うことなく用語を置き換えることができます。
変換利得とは、ミキサまたは周波数変換デバイスのための仕様です。これを変換利得と呼ぶのは、入力周波数と出力周波数が異なるからです。入力信号は、ミキシング処理によって、より低いまたはより高い周波数に変換されます。
挿入損失もしくは減衰量も利得に関する仕様ですが、入力レベルに対して出力レベルが一般的に低減されるという点が利得とは異なります。すなわち、出力信号の振幅は入力信号の振幅よりも小さいということです。
出力電力は、通常50Ωの負荷を駆動する場合に利用可能なRFの電力量です。通常はdBmで表されます(ミリワット数をdBで表したもの)。たとえば、250mWは、10 × log10(250) = +24dBmとなります。
ここに電力をdBmであらわした例をいくつか示します。インピーダンスは50Ωと仮定しています。
+30dBm = 1W = 7.1VRMS
0dBm = 1mW = 0.225VRMS
-100dBm = 0.1pW = 2.25µVRMS
1dB圧縮ポイント(P1dB)とは、出力電力についての性能指数です。圧縮ポイントが高くなるということは、出力電力が大きくなるということです。P1dBは非常に低い電力における利得と比較したときに、利得が1dBだけ低下するような入力(または出力)電力です。図2の利得対入力電力のグラフを参照してください。入力電力を増加したときに利得が低下する状態がわかります。これは、出力が最大となって飽和し、それ以上電力が増大する可能性がないためです。1dB圧縮ポイントは、入力または出力で規定することができます。たとえば、出力のP1dBの仕様が+20dBmの場合、この部品の出力電力は約+20dBmになります。P1dBから出力電力を低減させると、歪みが低減します。
図2. ある部品(アンプまたはミキサ)の利得対入力電力のグラフ。出力が飽和するため、利得は高出力電力で低下する
3次インターセプトポイント(IP3)は、直線性または歪みについての性能指数です。IP3が高くなるということは、直線性に優れ、歪みが少なくなるということです。IP3は、通常、2つの入力トーンでテストします。図3に、周波数領域における2トーンのIP3テストを示します。アンプには2つの正弦波(基本波)を入力します。ここに示す例では、1つは900MHz、もう1つは901MHzです。アンプの出力端には、2つの所望信号が現れます。アンプの直線性は完全なものではないため、2つの3次相互変調(IM3)出力も生成されます。IM3はたいていdBmで表します。ここに示すように、所望の信号に極めて近い周波数にIM3歪みの生成出力が現れており、これらの出力をフィルタリングによって除去するのは容易ではありません。3次歪みの生成出力を低減するためには、IP3の仕様を増大する必要があります。
3次相互変調の生成出力は、アンプやミキサの非直線性によって2トーンの入力が内部ミキシング(または変調)された結果として生じるものです。2つのIM3生成出力は、次のとおりです。
fIM3_1 = 2 × f1 - f2, | i.e., 900 × 2 - 901 = 899MHz |
|
fIM3_2 = 2 × f2 - f1, | i.e., 901 × 2 - 900 = 902MHz |
図3. 2トーンIP3テスト(左)。入力端での2つの入力トーン(右)。出力には2つの増幅されたトーン、つまりIM3の生成出力と高調波歪みが含まれる
数学的に見れば、IP3は、基本波および3次歪みの出力ラインがインターセプトされる、理論上の入力電力ポイントのことです(図4を参照)。ラインAは、基本波の(所望)信号の出力電力対入力電力の曲線です。またラインBは、3次歪みの出力電力対入力電力の曲線です。ラインBの勾配は、ラインAの勾配に対して3倍の傾き(dBで)を有しており、理論的にラインAと交差します。インターセプトポイントは、3次インターセプトポイントです。このポイントにおける推測の入力電力が入力IP3であり、出力電力が出力IP3です。
図4. IP3の定義。ラインAとラインBの交差ポイントが推測のIP3となる
高調波歪みは、もう1つの歪みの仕様です。高調波歪みは、基本周波数を整数倍した周波数で生成される歪みの出力を規定したものです(図3)。たとえば、2次高調波歪みを-60dBcと規定すると、基本周波数の2倍の周波数での歪みの出力振幅は基本波を60dB下回る値になります。このようにdBcは、基本波を下回るdB数を表すものです(dBcはもともと、キャリアから何dB下という意味です)。高調波歪みの仕様は、ケーブルTVなどの広帯域アプリケーションでは非常に重要ですが、電話機などの狭帯域アプリケーションではあまり重要ではありません。歪みの生成出力は周波数の大きな差によって分離されているので、容易にフィルタで除去することができるからです。
ノイズ係数は、アンプやミキサで生成されるノイズについての性能指数です。ノイズ係数は、部品が生成するノイズを、室温における50Ωの抵抗の熱雑音と比較したものです。たとえば、ノイズ係数が2の場合、アンプは50Ωの抵抗と同程度のノイズを有するということです。数学的には次のように表されます。
ノイズ係数 |
= (PA + P50Ω)/P50Ω | |
= 1 + PA/P50Ω |
ここで、PAはアンプまたはミキサによるノイズ電力、P50Ωは50Ω抵抗の熱雑音によるノイズ電力です。
ノイズ指数は、ワイヤレスデータシートによく登場します。これはdBで表したノイズ係数です。つまり、ノイズ指数は、10 × log10 (ノイズ係数)に等しくなります。標準的な低ノイズアンプ(LNA)のノイズ指数を1dBとすると、これは、アンプのノイズが、50Ω抵抗によるノイズの約26%になることを意味します。
標準的なレシーバにおいて、受信信号はおよそ-100dBm (2µV)程度です。また、1MHzの帯域幅における50Ω抵抗の熱雑音は約-114dBmです。これでわかるように、信号対ノイズ比(SNR)は非常に低くなっています。アンプにおけるノイズはSNRをさらに低下させることになります。したがって、RFレシーバのフロントエンドでは、ノイズ指数を最小限に抑える必要があります。
リターンロスは、信号反射についての性能指数です。リターンロスは、入射電力が反射して信号源に戻ってくる割合を表しています。たとえば、1mW (0dBm)の電力をアンプに挿入して、その電力の10%が反射して戻ってきた場合、リターンロスは10dBになります。数学的に表すと、リターンロスは-10 × log [(反射電力)/(入射電力)]となります。リターンロスは、ほとんどの場合、入力と出力の両方に対して規定されます。
一般的に、反射電力を最小限に抑えることが望ましいとされます。より大きな電力を負荷に移動させるためです。通常、設計者が最低限の目標とするリターンロスは10dBです。この10dBというリターンロスの「経験則」は、システム内でより良好なノイズ指数、IP3、または利得を実現するために、守られない場合があります。
発振器(VCO)の仕様
位相ノイズは、発振器のスペクトルの純度についての性能指数です。理想的な発振器の出力は、1本の垂直線で表れる単一の周波数です。実際には、発振器にはノイズが存在するので、出力は単なる1本の垂直線にはならず、搬送(基本)周波数の近くに「スカート」のように広がったノイズが生じます。このノイズが位相ノイズと呼ばれるものです。位相ノイズは通常、搬送周波数からオフセット周波数だけ離れた点における1Hz帯域幅のノイズ電力と、キャリア電力との比として規定されます。たとえば、位相ノイズの仕様が、100kHzのオフセットで-100dBc/Hzだとすると、搬送周波数から100kHz離れたところでの1Hz帯域幅内のノイズ電力は、キャリア電力を100dB下回ることになります(図5)。
図5. 発振器の出力スペクトル。発振器の位相ノイズによって「スカート」が発生
相互ミキシングがあるため、ワイヤレスレシーバでは位相ノイズが低いことが重要となります。図6に示すように、ノイズの存在する局部発振器(LO)の出力は、所望の受信信号とミキシングされてIFにコンバートされます。干渉信号(別のトランスミッタからの)が存在する場合、この干渉信号もLOの出力とミキシングされ、IFの周波数範囲にダウンコンバートされます。干渉源は受信信号よりもはるかに強力なため、位相ノイズの広がりの「末端」がIFチャネルに侵入します。このノイズによって信号対ノイズ比が低下し、レシーバの性能が劣化することになります。低位相ノイズのLOは、強力な干渉源が伴うレシーバにとって重要です。
図6. 所望の信号と干渉信号の両方がIFにダウンコンバートされる。発振器の位相ノイズのため、ダウンコンバートされた干渉源のノイズの末端が所望のチャネルの上に重なり、フィルタ除去は容易でない
同調範囲とは、VCOが処理できる周波数範囲のことです。たとえば、VCOの公称周波数が900Hzであっても、同調入力での同調電圧を変えることによって、850MHz~950MHzに同調することができます。同調範囲は100MHzとなります。指定の電源電圧と温度範囲にわたる動作周波数の範囲に対応可能となるように、広い同調範囲が望まれることがあります。
同調利得つまりVCO利得は、同調入力の電圧変化に対するVCOの感度を測る目安です。たとえば、50MHz/Vの同調利得とは、1Vの同調電圧の変化に対して50MHzの周波数変動があることを表します。たびたび低い同調利得が望まれますが、これは、発振器のタンクとバラクタの結合が緩やかである場合は、通常VCOの生成する位相ノイズがより低くなるからです。
周波数プルは、負荷条件の変動に応じてVCOの発振周波数が変化することです。デバイスが示す周波数プル量は、VCOバッファの追加が必要かどうかを決定します。
電源プッシュは、電源電圧の変動に応じてVCOの発振周波数が変化することです。電源の変動は、VCOのアクティブデバイスの接合部に加わるDC電圧に影響を与え、つぎに全体のタンク共振に影響を及ぼすことによって発振周波数が変化します。電源のプッシュ量は、どれくらい電源電圧レギュレーション/フィルタリングが必要かを決定します。
周波数ドリフトは、VCO出力周波数の全般的な偏移のことです。このドリフトには、温度およびデバイス自体の経年変化のほかに、上記のようなすべての偏移源も含まれます。
セトリング時間は、VCOが最終周波数に到達するまでの時間のことです。セトリング時間はチューニング電圧が変化する瞬間から、出力が最終値の規定のパーセント値に到達するときまでの時間で測定されます(図7)。セトリング時間が小さいと周波数変化間の待ち時間が減り、より高速のチャネル切替えおよび周波数ホッピングアプリケーションが可能になります。
図7. 高い周波数へのVCOセトリングの出力