要約
「錫ウィスカ」は、電子部品の製造に関わる架空の非現実的な用語ではありません。錫ウィスカは実在します。それは純錫の表面から成長した導電性のある微細な髭状の結晶で、あらゆるタイプの電子部品に深刻な問題をもたらします。これらのウィスカは、当該デバイスの動作に影響を及ぼす電気経路を形成することがあります。この記事では、電子部品から鉛を除去することによって生じる問題を検討し、錫ウィスカを抑制するためのいくつかの手法について述べます。
同様の記事が「EE Times」誌の2011年11月15日号に掲載されています。
はじめに
この記事では錫ウィスカを取り上げ、その定義、原因や、これまでの知見について説明します。電子部品から鉛を除去することによって生じる諸問題についても検討します。ここでの主題である錫ウィスカがその中で最大の問題というわけではありません。最後に、錫ウィスカを抑制する方法を提案します。
問題の概要
簡単に言えば、「錫ウィスカ」は電子部品の製造に関わる架空の非現実的な用語ではありません。錫ウィスカは実在します。それは純錫の表面から成長した導電性の微細な髭状の金属結晶で、あらゆるタイプの電子部品に深刻な問題をもたらします。錫ウィスカは、電子部品の鉛フリー化によって生じた新しい現象ではありません。実は、この現象は1940年代に書かれた論文で初めて報告されました。
鉛(元素記号Pb)は、特定有害物質使用制限(RoHS)指令によって禁止されています。RoHSは欧州が起源ですが、その指令は事実上、現在製造されている電子機器や近い将来に計画されている電子機器のすべての部品に影響を与えています。現在ではコネクタ、受動部品とアクティブ部品、スイッチ、リレーは、すべて鉛フリーでなければなりません。
なぜこのような制限が求められるのでしょうか。この動きは電子機器や半導体(IC)自体ではなく、公衆の安全を確保する目的から生じています。欧州の安全規制当局は、鉛が有害物質であるため、それを埋め立てごみ廃棄場から閉め出す必要があると判断しました。鉛は神経毒として認められており、ヘモグロビンの生成を妨げ、脳の発達にも影響を及ぼすことが知られています。子供は明らかに大人よりも大きな危険にさらされます。幸いにも、鉛が塗料やガソリンから除去されたことで、ある程度まで環境が改善し、特に子供にとって有益な結果が得られます。
ウィスカの詳細な観察
錫ウィスカは肉眼ではほとんど見えず、人間の毛髪より10~100倍も細いものです。錫ウィスカは電子デバイスのリード間のかなり長い距離をブリッジすることによって、短絡させることがあります。錫ウィスカはかなりの速度で成長します。NASAが作成したウィスカに関する解説記事1によると、その潜伏期間は数日から数年にも及ぶことがあります。錫ウィスカがいつ成長し始めるかについては、よくわかっていません。針状になった錫ウィスカの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を図1に示します。
ウィスカが2つの導体の間で成長すると、通常、「ヒューズ」(消失)となり、瞬間的な短絡を引き起こします。場合によっては、配線間で導電路を形成して信号不良を生み出し、装置の誤動作を引き起こすことがあります。非常にまれなケースでは、ヒューズリンクのように消え去るのではなく、ウィスカが200A以上の電流が可能な伝導性のプラズマを形成する場合もあります。
また、ウィスカが剥がれ落ちプリント基板(PCB)上の配線やその他の電子部品と接触し、電気的短絡をする場合もあります。光学システムでは、透過光を妨げたり、減衰させたりすることが考えられます。MEMSでは、ウィスカによって意図した機械的機能が損なわれる恐れもあります。
ウィスカは実在し、現実の問題を引き起こします。しかし、ウィスカはランダムでもあります。実際、問題の深刻さはどれくらいなのでしょうか。ここ5年ほどの間に、純錫メッキを施した電子回路が現代社会に広く普及してきました。これらの電子システムは、私たちの通信や金融システム、製造や輸送システム、そしてもちろん(原子力や通常型の)発電所の根幹をなしています。錫ウィスカによって、意図しない箇所の導電路やその他の損傷を引き起こしました。2005年、米国コネチカット州のミルストーン原発で発生したランダムな「全電源遮断(full turn-off)」信号は、錫ウィスカによって引き起こされたものでした2。
純錫は予測不可能な潜在的危険があるため、現在、医療機器には使用されていません。鉛の使用は、外部医療機器については2014年まで、内部医療機器については2021年まで許可されています。
ウィスカが成長する仕組みとその原因
実のところ、業界では錫ウィスカの原因も形成の仕組みもよくわかっていません。ウィスカがおそらく純錫の上に形成されるものだという以外に、ウィスカを予測することはできません。模擬環境ではウィスカの成長は少しも早まらないため、加速寿命試験でウィスカを研究しても無駄であることがわかっています1。
錫ウィスカはランダムに成長してシステムやサブアセンブリの性能を損ないます。では、どうすればいいのでしょうか。ウィスカ抑制策を考案する際にまず必要なことは、錫ウィスカの原因を理解することです。残念ながら、ウィスカの形成の仕組みについて広く認められた説明というものはないのですが、理論は数多く存在します。
一部の理論では、ウィスカは錫メッキ内の残留応力を受けて形成され、メッキの化学的特性から生じるとされています。光沢(小粒径)電気メッキプロセス仕上げによる残留応力がウィスカを生じやすいと指摘されています。ただし、大粒径の(無光沢)仕上げでもウィスカが成長することが知られています。また、再結晶と異常な結晶粒の成長が格子面間隔に影響を与えてウィスカの形成につながると考える理論もあります。
応力はさまざまな原因が考えられ、「鉛」の世界では広く認められています。しかし、これらの同じ応力が、純錫の世界ではウィスカを引き起こしているように見えます。応力の源としては、締め金具を締めるなどの外部からの圧縮応力、リードの形成時に発生するような曲げや引き伸ばし、あるいは通常の取り扱いの中で生じた欠けや擦り傷などがあります。最後に、リードフレームの母材と錫メッキ材との間の熱膨張係数の差が、ウィスカ問題を引き起こす応力の原因である可能性が指摘されています1。焼鈍した無光沢の錫は応力低減に最も有効な処理と考えられているため、部品メーカーによって鉛フリーの仕上げによく使用されています3。
以上から何が言えるでしょうか。多くの実験が行われていますが、結果には整合性がありません。現在の合意点は、応力を増大させたり、拡散を促進したりする作用があるときにウィスカが形成されやすいということです。要するに、業界では実のところ、ウィスカが形成される原因がよくわかっていません。
鉛は本当に問題か
少し調子を変えて、鉛の問題を別の視点から考えてみましょう。実際、鉛は毎年どれくらい消費されているのでしょうか。国際鉛・亜鉛研究会によると、世界全体の鉛の使用量は2009年の896万6千トンから、2010年には959万5千トンへとわずかに増加しました4 (この増加は、2009年の経済の減速を考えるとうなずけます)。その鉛の使用量のうち、80%が鉛蓄電池で消費されています。また、RoHS指令以前には、電子はんだで0.5%しか消費されておらず、ICの電気メッキでの消費量はわずか0.05%でした。
これらの統計情報全体から何がわかるでしょうか。2010年の鉛の使用量は、すべてのアプリケーションを合わせて約210億ポンドでした。もしも電子部品に対してRoHS指令が課されていなければ、そのうち168億ポンドが電池で消費され、ICの鉛仕上げでの消費量は約1千50万ポンドにすぎなかったでしょう。ところで、鉛蓄電池の鉛はRoHS指令の対象外となったままです。
電子部品の鉛から想定される環境への害が、RoHS指令制定の動きを後押ししたことを思い出してください。鉛は地下水の汚染物質として恐れられていました。しかし、善意ある多くの人びとが1つの重要な事実を見落としていました。鉛は水溶性ではありません。次のような同様の意見もあります。「鉛は環境中で分解されません。鉛が土壌に落ちても、土の粒子に結び付くのが普通です。」5 屋外の焼却リサイクル処理で燃やしたときに、鉛を含んだ有毒な蒸気を吸入する危険性が指摘されていました。NASA6によると、事実は次のとおりです。
- 屋外での焼却温度は約1000℃ですが、鉛の沸点は1740℃です。
- このように、鉛の蒸気はごくわずかで、鉛の蒸気が中毒を引き起こす可能性はほとんどありません。
- 錫鉛ではんだ付けをする労働者の鉛の血中濃度は高くありません。
結局、電子部品の鉛によって健康上のリスクや環境への害がもたらされるという証拠はありません。一方、提案されている鉛フリー対策の多くが環境上の問題をもたらし、その多くは環境に対してはるかに有害です。
鉛フリー電子部品の選択肢
製品の鉛フリー化への動きは、電子機器業界が鉛フリーはんだや、それらに対応した端子の仕上げを開発しなければならないことを意味していました。さまざまな鉛フリー合金やいくつかの非常に高度な2元、3元、4元合金が試されました。これらの合金は高価で、扱いにくいものでした。さらに、錫-銀-銅、錫-銀-ビスマス、錫-銀-銅-ビスマス、その他のさまざまな組み合わせなど、いくつかの錫-銀合金についても調査が行われました。ビスマス209はわずかに放射性があるため、それ自体に多くの問題があります。鉛フリー電子部品への転換には深刻な問題が数多くありましたが、ここでそれらすべてについて批判を展開することはしません。しかし、取り上げる価値のあるソリューションが2つあります。
- 純錫(Sn)は安価ですぐ手に入り、化学的毒性もなく、扱いやすいものです。ほとんどの鉛フリー端子仕上げは、現在、焼鈍された無光沢の錫(大粒径の錫)であり、光沢のある錫または小粒径の錫ではありません。純錫について予想された既知の問題は上で説明したウィスカです。ウィスカは時間をかけて形成され、ランダムに成長し、最後には短絡やもっと深刻な事態を引き起こすことがあります。ウィスカの成長速度は地上ではかなりゆっくりですが、高度が上がると速くなります。抑制手段があり、それらについては後で説明します。
- ニッケル-パラジウム-金(NiPdAu)は、使用が拡大している一般的な鉛フリー仕上げ材です。マキシムでは、現在、5000種類以上の製品に対してこの仕上げを提供しています。NiPdAuは純錫よりも高価であり、高温の鉛フリーはんだが必要です。
部品の仕上げを考える際は、最終的に要求される信頼性とリスクのバランスを評価することも重要です。2010年にメリーランド大学の高度ライフサイクルエンジニアリングセンター(CALCE)で開催された錫ウィスカに関する国際シンポジウムで行われた報告は、最終的な信頼性を3つのカテゴリに分け、各種リード仕上げのリスクレベルを提案しています7。
- レベルI:製品の予想耐用年数が5年未満です。
- レベルII:製品には非常に高度な信頼性が要求されます。製品に冗長性が存在するか、あるいは故障した部品や組立部品を修理または交換可能であれば、障害が許容される場合があります。
- レベルIII:製品には超高度な信頼性が要求されます。部品や組立部品を修理または交換するための簡単な方法がないため、長い計画耐用年数を持たせる必要があります。
Finish Material | Level I | Level II | Level III |
SnPb > 3% | Low | Low | Low |
Pure Sn | Medium | High | High |
Sn Matte | Low | Medium | High |
Sn Matte/Ni Underlayer | Low | Medium | High |
Sn Matte/Ni and Annealed | Low | Medium | High |
SnBi | Low | Medium | High |
SnCu | Medium | High | High |
SnAg | Low | Medium | High |
NiPdAu | Low | Low | Low |
製造の問題と予想外の事態
もちろん、電子機器業界が鉛の使用中止に動いた時点で、錫ウィスカの影響などの問題が予想されていました。それにもかかわらず、まったく予想外の事態もいくつか発生しました。
電子機器の製造に携わる技術者たちは、組み立て時に鉛を含んだ部品と鉛フリー部品を混在させた場合、別々にはんだ付け機に通さなければならないことがわかっていました。なるほどそれは問題ですが、驚くには当たりません。しかし、鉛フリーはんだに必要となる高温で薄いPCBがたわんだ時には驚きました。技術者たちは錫ウィスカの可能性を認識しており、それは依然として大きな懸念事項です。しかし、高温の通過やリフローハードウェアのサイクル数によって生じる余計な熱負荷については、必ずしも考えていませんでした。
まったく予想外だったのは、高振動環境で鉛フリーはんだが破砕したことです。SnPbはんだは脆弱ではありませんが、その後に登場した鉛フリーはんだの多くには砕けやすい性質があります。たとえば、航空機は地表(だいたい+25℃~+40℃)から高度30,000フィート(-60℃)まで移動する間に、さまざまな周波数の振動とかなり急速な温度循環の両方にさらされます。鉛フリーはんだでは破砕が発生し、それによって回路の断続的な接触が引き起こされました。フライバイワイヤ式の航空機で使用するのが得策でないことはおわかりでしょう。
最後に、衛星ではウィスカが極めて急速に成長します(高度が上がるほどウィスカの形成が速くなることを思い出してください)。その結果、現在では、衛星に関わるさまざまな機関がリードの仕上げに3%以上のPbを要求しています。実際、大部分のICメーカーでは、より従来型に近い85/15のSnPb仕上げを提供しています。
抑制は可能だが除去は無理
まず明らかなことを言いますが、抑制と除去は違います。抑制とは重大さを引き下げるだけです。実は、亜鉛、カドミウム、インジウム、銀、アルミニウム、金、そして鉛も含む多くの金属でウィスカは成長します。しかし、最も有害で最も広範に存在するものは錫ウィスカです。錫ウィスカは10mmまで成長することもあります1。
以下に、錫ウィスカのリスクを軽減するための提案をいくつか示します。
- 純錫を使用しません。それが非常に簡単な対策と考えられます。代わりに、3%以上のPbを含んだ錫-鉛合金を使用します。確かにSnPbでもウィスカの成長は見られますが、純粋な錫のウィスカに比べてはるかに小さいことがわかっています。
- 形式的な文書上の確認だけに頼りません。XRF (蛍光X線分析)を使用してすべての重要部品の仕上げを検証します。
- 純錫で仕上げた部品の表面を熱はんだ浸漬で再仕上げします。マキシムはすべての鉛フリーデバイスでこのオプションを提供しており、それらすべてのデバイスにマキシムの完全保証が付いています。
- ある種の封止やコンフォーマルコーティングを使用します。NASAによると、Arathane 5750 (旧Uralane 5750)を純錫の表面に公称厚さ2~3ミルで塗布すると、錫ウィスカによる短絡の防止に有効な場合があります。
コンフォーマルコーティングの利点
コンフォーマルコーティングは、名前が暗示するとおり、不活性な物質を使用したコーティングで、短絡、プラズマ放電、破片など、錫ウィスカの成長に関連した問題から電子回路基板を保護することができます。コンフォーマルコーティングの要件定義では、以下のことを考慮します。
- 錫ウィスカの形成を遅らせる必要があります。そもそもウィスカがどうして形成されるのかを解明するまでは、錫ウィスカの成長を止めることはできないと考えられます。
- 核となる錫ウィスカを一切外部に逃がさないことが必要です。
- コンフォーマルコーティングの外部に形成されたウィスカの貫通を防ぐ必要があります。
- コーティングされた回路基板を遊離したウィスカ片から保護する必要があります。
さまざまなタイプのコンフォーマルコーティングが、ボーイング、シュルンベルジェ、ロッキード、レイセオンの各社や国立物理学研究所(英国)、CALCE、NASAなどによって、長年にわたり研究されています。表2に示した研究7のまとめから、どのコンフォーマルコーティングも上に示した基準のすべては満たしていないことがわかります。しかし、十分に厚く塗布した場合、Arathaneコーティングが有望と考えられます。このコンフォーマルコーティングでは、破片による短絡を防ぐことができます。結局、どのコーティングも100%有効なわけではなく、ウィスカはなお成長します。動作時に放熱する必要がある部品にコンフォーマルコーティングを使用する場合は、熱の影響を考慮する必要があります。場合によっては、デバイスの定格を下げる必要があるかもしれません。
材料 | 相対厚さ | 時間 | 結果 |
Acrylic | 1, 2, 3 mil | 5 yr, 50°C/50%RH | 1 mil penetrated, tenting |
Silicone | 1 to 20 mil | 150 days | Whiskers penetrated |
Parylene C | 0.4 to 0.5 mils | Up to 5 yr, 50°C/50%RH | 0.4 mils penetrated |
Urethane (Arathane) | 1, 2, 3 mils | 5 yr, 50°C/50%RH and 11 yrs | Penetration of 1 mil; none of 2 mil at 11 yrs |
Urethane Acrylate | 1 and 3 mils | Ok after 150 days; 25°C/95%RH | Penetration of 1 and 3 mils |
結論
電子部品の仕上げ材を考えた場合、業界の取り扱い実績が最も豊富なSnPbが依然として最善のソリューションです。さらに、SnPbはウィスカの問題がなく、高振動環境でも優れた復元力を持つことがわかっています。
NiPdAuもウィスカが形成されにくいことが証明されているため、妥当な代替策といえます。ただし、NiPdAuが高振動環境に適しているかどうかについては、まだ評価の余地があります。そのはんだ材はより高温のはんだであり、実は従来のSnPbはんだに比べて延性が低いと考えられます。
錫を含んだ仕上げを使用した場合、コンフォーマルコーティングがある程度有効であり、また適しているとも考えられます。上記のSnPb以外のソリューションは、どれでも余分にコストがかかります。NiPdAu仕上げでは、ダイボンドや樹脂封止の前にリードフレーム全体に対してメッキします(それに対して、SnPbはプラスチック封止の後にリードフレームに電気メッキされます)。ウィスカは抑制されますが、コンフォーマルコーティングでは加工段階が増え、熱の問題も考えられるため、ウィスカの形成を完全に防ぐことはできません。