概要
JESD204インターフェースを採用するデータ・コンバータが増えたことに伴い、デジタル・インターフェースの性能と最適化には、より多くの注意を払うことが求められるようになってきました。焦点とすべきは、データ・コンバータの性能だけではありません。この標準の最初の2つのバージョン(2006年 のJESD204と2008年 のJESD204A)は、3.125Gbpsのデータ・レートを仕様として規定しました。2011年に公開された最新バージョンのJESD204Bには3つの速度グレードがリストされており、その中で最大のデータ・レートは12.5Gbpsです。これら3つの速度グレードは、OIF(Optical Internetworking Forum)が策定した3つの異なる電気的インターフェース仕様によって規定されています。3.125Gbpsまでのデータ・レートについてはOIF-Sx5-01.0に電気的インターフェース仕様の詳細が定められており、更にCEI-6GSRには6.375Gbpsまでのデータ・レート、CEI-11G-SRには12.5Gbpsまでのデータ・レートに関する仕様の詳細が定められています。高速データ・レートの場合は、JESD204Bインターフェースの物理インターフェース(PHY)部分を構成する高速CMLドライバ、レシーバー、および相互接続ネットワークの設計と性能に、より多くの注意を払う必要があります。
JESD204BトランスミッタのPHYの性能を評価するにあたっては、評価対象となる性能指標がいくつかあります。これらには、コモンモード電圧、差動ピークtoピーク電圧、差動インピーダンス、差動出力リターン損失、コモンモード・リターン損失、トランスミッタ短絡電流、アイ・ダイアグラム・マスク、ジッタが含まれます。本稿では、伝送信号の品質評価に通常使われる3つの重要指標、アイ・ダイアグラム、バスタブ・プロット、およびヒストグラム・プロットに焦点を当てます。レシーバーは信号を正しくデコードする必要があるので、これらの測定はレシーバーの視点から行われます。アイ・ダイアグラムは、出力データ遷移のデータを複数収集し、それを重ね合わせて作成したプロットで、リンク品質に関する多くの示唆が得られます。このプロットは、インピーダンスの不連続性や不適切な終端といった、JESD204B物理インターフェースの様々な特性を調べるために使用できます。ただし、これは物理層の評価に使用できる方法の1つに過ぎません。バスタブ・プロットとヒストグラム・プロットの2つも、JESD204Bリンクの品質評価に使われる重要な性能指標です。バスタブ・プロットは、単位間隔(UI)を基準に測定した所定のアイ幅開口部におけるビット・エラー・レート(BER)を、視覚的に表します。単位間隔はJESD204Bの物理層仕様に規定された時間で、1つのデータ遷移から次のデータ遷移までの時間を表す値です。3つめの測定がヒストグラム・プロットで、これは、測定されたUI変動の分布を示します。
この測定は、測定信号内に存在するジッタの大きさを示すものでもあります。このプロットは、アイ・ダイアグラムおよびバスタブ・プロットと合わせて、JESD204Bインターフェースの物理層の全体的性能を判定するために使用できます。ここでは、出力データ・レート5.0GbpsのJESD204Bトランスミッタを示します。このデータ・レートを備えたトランスミッタの性能は、OIF CEI-6G-SR仕様によって詳細に規定されています。
アイ・ダイアグラム
データ・レート5.0GbpsのJESD204Bトランスミッタのアイ・ダイアグラムを図1に示します。図では、理想波形と測定波形を重ね合わせて表示しています。理想的な遷移はほとんど瞬間的に行われ、オーバーシュートやアンダーシュートがなく、リンギングもありません。加えて、UIを決定する交点にはジッタがありません。図1からわかるように、実際のシステムで理想波形を実現することは不可能です。その理由は、伝送媒体が理想的なものではなく、損失や、正確に整合されていない終端が存在するからです。ここに示したアイ・ダイアグラムは、JESD204Bシステム内のレシーバーで行った測定の結果です。信号は、測定点に達する前に、コネクタと約20cmの差動伝送ラインを通過します。このアイ・ダイアグラムは、トランスミッタとレシーバーの間で妥当なインピーダンス整合が行われていること、およびインピーダンスの大きな不連続のない良好な伝送媒体が使われていることを示しています。ある程度のジッタは認められますが、JESD204インターフェースの仕様値を超えるものではありません。このアイ・ダイアグラムにはオーバーシュートは認められませんが、立上がりエッジにわずかなアンダーシュートがあります。これは、信号が伝送媒体を通過する際の信号速度の低下によるものです。ただし、これが生じるのは、コネクタと20cmの差動伝送ラインを通過した後です。平均UIは、わずかなジッタが生じているものの、この信号の場合に予想される、約200psのUIに一致しているように見えます。全体として、このアイ・ダイアグラムは、レシーバーに送られる信号が良好なものであることを示しており、組み込まれたデータ・クロックを復元してデータを正しくデコードするにあたって問題が生じることはないはずです。
図2に示したアイ・ダイアグラムは図1の測定と同じ伝送媒体を使って測定したものですが、終端インピーダンスが不適切である点が異なります。その影響は、信号内の交点に存在するジッタの量が増加している点と、遷移領域以外の部分に見て取ることができます。全振幅は多くの収集データで減少しており、アイ・ダイアグラム中央部の開口面積が小さくなっています。この信号品質の低下はレシーバーにおけるBERを増やす結果となり、この開口部面積の縮小がレシーバーの許容値を超えると、レシーバーのJESD204Bリンクが失われるおそれがあります。
図3に示すアイ・ダイアグラムは、データ伝送が理想的ではない場合のもう1つのケースを示しています。このケースでは、トランスミッタとレシーバーの中間点(この場合はオシロスコープ)にインピーダンスの不連続性が存在します。プロットに示す性能低下の様子からわかるように、アイ・ダイアグラムの開口部が上の図よりも狭くなっています。つまり、遷移点内側の面積が減少しています。データの立上がりエッジと立下がりエッジは、伝送ライン上のインピーダンス不連続部の反射によって、品質が大幅に低下しています。インピーダンスの不連続性は、データ遷移点に見られるジッタ量の増大にも影響しています。アイ・ダイアグラムの開口部が、レシーバーによるデータ・ストリームのデコード能力の限界を超えて狭くなると、データ・リンクが失われます。図3の場合は、多くのレシーバーがデータ・ストリームをデコードできなくなる可能性があります。
バスタブ・プロット
アイ・ダイアグラムに加えて、バスタブ・プロットも、JESD204Bデータ・リンク上でのシリアル・データ伝送の品質に関する有効な示唆を与えてくれます。バスタブ・プロットは、アイ・ダイアグラム内でサンプリング点を時間と共に移動させて、BERの測定値をサンプリング点の関数として示したものです。バスタブ・プロットは、アイ・ダイアグラム内でサンプリング点を移動させて、その場合の各点におけるBERを測定することによって作成します。図4に示すように、サンプリング点がアイの中心に近付くほどBERは小さくなり、サンプリング点がアイ・ダイアグラムの遷移点に近付くほどBERは大きくなります。特定のBERにおけるバスタブ・プロットの2つのスロープ間の距離は、そのBER(この場合は10−12)におけるアイの開口部の広さを表します。
バスタブ・プロットからは、信号上に存在する合計ジッタ(Tj)成分に関する情報も得られます。図5に示すように、測定点が遷移点上かその近くにある場合の曲線は比較的フラットで、主なジッタ成分は確定的ジッタです。アイ・ダイアグラムの測定と同じように、バスタブ・プロットはJESD204B 5.0Gbpsトランスミッタの測定から得られ、測定は、信号がコネクタと約20cmの伝送ラインを通過した後にレシーバーで行います。測定点がアイ開口部の中央近くへ移動するのに伴って、ランダム・ジッタが主なジッタ・メカニズムとなります。ランダム・ジッタは、通常は小さいプロセスが数多く集まった結果です。代表的な発生源としては、熱ノイズ、パターン幅の変動、ショット・ノイズなどがあります。通常、ランダム・ジッタの確率密度関数(PDF)はガウス分布になります。これに対して確定的ジッタは少数のプロセスから生じるもので、一般的に値が大きく、相互に関連する場合もあります。確定的ジッタのPDFは有界で、ピークtoピーク値が明確に定められます。形状は変わることがあり、通常はガウス分布ではありません。
図4に示したバスタブ・プロットの拡大図を図6に示します。この図は、BERが10−12の5.0Gbpsシリアル・データ伝送の場合に、レシーバーにおけるアイ開口部が約0.6UI(単位間隔)であることを表しています。
図6に示すようなバスタブ・プロットは補外された測定であるという点に留意してください。データ収集に使用するオシロスコープは、一連の測定値を使用してバスタブ・プロットを補外します。ビット・エラー・レート・テスター(BERT)を使用して、バスタブ・プロットを作成するのに十分な数の測定値を収集した場合、高速で動作する最新の測定装置を使用したとしても、プロットの作成には数時間、場合によっては数日間を要することがあります。
アイ・ダイアグラムの場合同様、システム内の不適切な終端やインピーダンスの不連続性は、バスタブ・プロットにも現れます。図6のバスタブ・プロットと比較すると、図7と図8のバスタブ・プロットでは両側のスロープが浅くなっています。BERが10−12のときのアイ開口部はどちらの場合も0.5UIに過ぎず、良好な条件時の0.6UIから10%以上減少しています。不適切な終端やインピーダンスの不連続性は、システムのランダム・ジッタの値を大きくします。これは、バスタブ・プロット両側のスロープが浅くなっていることと、BERが10−12のときのアイ開口部が狭くなっていることによって示されています。また、確定的ジッタもわずかに増加しています。これも、バスタブ・プロットのエッジ付近のスロープが浅くなっていることによって示されています。
ヒストグラム・プロット
3つめの有効な測定がヒストグラム・プロットです。このプロットは、データ送信時に遷移点間で測定した周期の分布を示します。アイ・ダイアグラムおよびバスタブ・プロットの測定と同じように、ヒストグラム・プロットは、JESD204Bの5.0Gbpsトランスミッタの測定値から作成し、測定は、信号がコネクタと約20cmの伝送ラインを通過した後にレシーバーで行います。5.0Gbpsで比較的良好な性能を持つシステムのヒストグラムを図9に示します。このヒストグラムはほぼガウス型の分布を示しており、測定された周期は185ps~210psの範囲になっています。5.0Gbps信号の理論的周期は200psです。つまり、分布は理論値の約−7.5%~+5%の範囲に広がっています。
図10に示すように、終端が不適切な場合はこの分布が170ps~220psの範囲に広がります。このため、変動のパーセンテージは−15%~+10%に増大し、これは図9に示す測定に示す値の2倍にあたります。これらのプロットはその形状がほぼガウス型なので、信号内に存在するジッタの大部分はランダム・ジッタであることを示しています。ただし、正確なガウス型の性質とはなっていません。これは、少なくとも少量の確定的ジッタも存在することを示しています。
図11のヒストグラムは、伝送ライン上にインピーダンスの不連続がある場合の結果を示しています。分布形状はガウス型とはまったく異なっており、小さい突起部分が新たに生じています。また、測定周期の平均値にも変化が生じています。図9と図10のプロットと異なり、平均値は200psではなく約204psになっています。この二峰性分布は、より多くの確定的ジッタがシステム内に存在することを示しています。これは伝送ライン上に存在するインピーダンスの不連続性とこれがシステムに与える予測可能な影響のためです。周期に対する測定値の範囲も拡大していますが、その程度は、終端が不適切な場合ほど大きなものではありません。この場合の範囲は175ps~215psで、これは、理論的周期の約−12.5%~+7.5%の範囲に相当します。範囲はそれほど大きくありません。しかし、繰り返しになりますが、分布は二峰性の傾向が強くなっています。
まとめ
JESD204Bトランスミッタの物理層の性能評価には、複数の性能指標を使用できます。これらには、コモンモード電圧、差動ピークtoピーク電圧、差動インピーダンス、差動出力リターン損失、コモンモード・リターン損失、トランスミッタ短絡電流、アイ・ダイアグラム・マスク、ジッタが含まれます。本稿では、伝送信号の品質評価に使用する3つの重要な性能指標について検討をしてきました。アイ・ダイアグラム、バスタブ・プロット、ヒストグラム・プロットは、JESD204Bリンクの品質評価に使われる3つの重要な性能指標です。不適切な終端やインピーダンスの不連続性といったシステム上の問題は、物理層の性能に大きく影響します。これらの影響は、アイ・ダイアグラム、バスタブ・プロット、ヒストグラム・プロットに現れる性能の低下によって確認することができます。システムの正しい終端や伝送媒体内のインピーダンスの不連続性を回避するには、適切な設計手法に従うことが重要です。これらの問題はデータの伝送にかなりの悪影響をもたらし、JESD204Bトランスミッタとレシーバー間のデータ・リンクに不具合を発生させる可能性があります。これらの問題を回避するための手法を採用すれば、システムを正しく機能させる助けとなります。