はじめに
ハンドヘルド製品の設計者は、より小さなデバイスにできるだけ多くの「クール(Cool)」な機能を詰め込むべく努力を重ねています。実際、バッテリで動作する今日のポータブル機器は、次に挙げるような数多くの機能を搭載するようになりました。サイズが大きくて輝度の高いカラー・ディスプレイやタッチ・スクリーン、Wi-Fi/WiMAX/Bluetoothに対応する通信機能、GPS、カメラ、通話、映像プレーヤー、音楽プレーヤー、ラジオに対応する機能などです。しかし、これだけ多くの機能を小さなスペースに詰め込もうとすれば、いくつかの大きな問題が浮上することになります。その1つが、クールな機能を使用している間、常にクールな状態を維持しなければならない(温度の上昇を防がなければならない)というものです。実際、発熱量を最小化するというのは、ハンドヘルド製品において優先的に解決すべき課題です。ただ、その種の機器にはそれを阻む深刻な熱源が存在します。それがバッテリ・チャージャです。
多くのハンドヘルド製品は、必要なコンポーネントの1つとしてリチウムイオン・バッテリ(以下、Li-ionバッテリ)を使用します。Li-ionバッテリで使われる技術は、長年にわたってほとんど変化していません。同バッテリの容量は、ポータブル製品において拡張を続ける機能セットに対応するために、数百mAhから数Ahまで増加しました。ただ、Li-ionバッテリで使用される基本的な技術は、以前からほとんど変わっていないのです。Li-ionバッテリがこれほど長く使われてきた理由としては、次のようなことが挙げられます。すなわち、(質量と体積の両方で)比類のないエネルギー密度が得られる、高い電圧が得られる、自己放電率が低い、使用可能な温度範囲が広い、メモリー効果が生じない、セルの転極が生じない、セル・バランシングを必要としない、環境に及ぼす影響が少ないといったことです。このような性質を備えることから、Li-ionバッテリは高性能のポータブル製品にとって望ましい選択肢であり続けています。
しかしながら、大きな課題も存在します。今日の大容量のバッテリを実用性に優れる形で充電するのは容易なことではありません。合理性のある時間内に充電を完了するためには、特定のアルゴリズムを適用し、容量に応じたレートで処理を行う必要があります。例えば、1Ahのバッテリを約1時間で完全に充電するには、充電用の電流値として1Aという値を達成しなければなりません。例えば、USBを利用した給電によって充電を実施する必要があったとします。その場合、充電用の電流値としては500mAしか確保できません。したがって、充電に要する時間は2倍の2時間に達します。
充電用に多くの電流を使用する場合、もう1つの問題が発生します。それは、充電時の熱損失が増加するというものです。通常、ポータブル機器の充電はUSBポートやACアダプタから得た5Vの電圧によって行われます。このことは、電力損失がより多くなる要因になり得ます。充電中の大半の時間、3.7Vの適切な電圧を維持する健全なLi-ionバッテリがあったとします。その場合、リニア方式の充電による効率は、最大でも3.7V/5Vで74%となります。バッテリの電圧が3.7V未満になると、損失は更に多くなります。バッテリの充電時間の約1/3を占める4.2Vの最大フロート電圧においても、充電効率が84%を超えることはありません。
1Ahのバッテリを1Cのレートで充電する場合、充電サイクルにおいて最も長い時間を占めると考えられるのは、3.7Wの電力がバッテリに供給されて約1.3Wの電力が失われるという状態です。バッテリにはエネルギーが供給されますが、そのエネルギーは将来の利用に備えて蓄えられます。つまり、それによって温度が大きく上昇してしまうということはありません。充電を行う際、主たる熱の生成源はチャージャであるという点に注目する必要があります。このことを考慮すると、電力レベルの条件にもよりますが、スイッチング方式のバッテリ・チャージャを使用する方が理に適っているはずです。それにより、充電効率の向上、チャージャが生成する熱量の削減、充電時間の短縮を実現できるということです。
アナログ・デバイセズは「LTC4088」、「LTC4098」というチャージャICを提供しています。いずれも、シングルセルのLi-ionバッテリに対応した製品であり、スイッチング方式のバッテリ・チャージャならではの高い効率を実現します。それだけでなく、いずれの製品もPowerPath™技術を搭載しているという特徴を持ちます。PowerPath技術を採用した製品では、第3のノード(中間ノード)を使用することにより、バッテリが消耗した場合でも瞬時オンの動作を実現することができます。バッテリの電圧がシステムのカットオフ値を下回った場合には、システムに対して電力が供給されます。両ICは、スイッチング方式の降圧DC/DCレギュレータとリニア方式のバッテリ・チャージャを独自の方法で組み合わせることによって実現されています。それにより、システムの負荷とバッテリの両方に対して高い効率で電力を供給できることが保証されています。このような特徴を備える製品は他には存在しません。以下、両ICについて詳しく紹介する前に、まずは従来から使われてきた手法について説明することにします。
リニアPowerPathという従来の手法
中間ノードを設けるトポロジ自体は、新しいものではありません。図2に示したのはその一例です。このリニアPowerPathトポロジでは、入力コネクタからの電力が電流制限用のスイッチを介して外部負荷とリニア・バッテリ・チャージャの両方に供給されます。リニア・バッテリ・チャージャは、中間ノードからの電力をバッテリに供給するということになります。
負荷電流の値が入力電流の制限値よりも十分に小さく、一部の電流をバッテリの充電に使用できる状態にあるとします。その場合、中間ノードの電圧VOUTは入力電源電圧VIN(5Vなど)とほぼ等しくなります。このとき、VINからVOUTへのパスにおいて通過素子(pass element)の前後で大きな電圧降下が生じることはありません。そのため、効率が非常に高くなります。但し、リニア・バッテリ・チャージャの効率は低くなることに注意しなければなりません。その原因は、VOUT(約5V)とVBAT(3.5Vなど)の間で生じる電圧降下にあります。つまり、負荷に対する電力供給については高い効率が得られるものの、バッテリに対する電力供給の効率は低くなります。
次に、負荷電流の値が電流制限の設定値を上回るケースについて考えます。その場合、入力電流を制限するための制御が関与することになり、中間ノードの電圧VOUTがバッテリの電圧よりも低くなります。この条件下では、バッテリが追加の電流源として機能します。ここで、充電電流よりも負荷電流を優先するというのは望ましい動作です。但し、上記の場合とは異なり、パス上の通過素子における効率が低下することに注意してください。入力ピンの電圧(5V)と、出力ピンの電圧(このケースではおそらく約3.5V)の間に、大きな電位差があるからです。
リニアPowerPathのトポロジでは、あらゆる条件に応じて必要なPowerPath制御機能が実行されます。但し、上述したとおり、このトポロジには本質的に非効率な面が存在します。すなわち、様々な条件において、2つのリニア通過素子のうち一方で電力が無駄になる可能性が高いのです。このリニアPowerPathの課題を解消したものが、スイッチングPowerPathです。以下、どのような方法によって課題を解消しているのか詳細に解説します。
高い効率を実現するスイッチングPowerPath
図3に示したのが、リニアPowerPathの代替となるスイッチングPowerPathの構成例です。このトポロジでは、コネクタから入力される電圧をDC/DCコンバータで降圧して中間ノードVOUTに供給します。リニアPowerPathの場合、リニア・バッテリ・チャージャは中間ノードとバッテリの間に接続されていました。一方、スイッチングPowerPathでは、VINからVOUTまでのパスが、リニアなパスではなくスイッチング・パスとなります。この点に大きな違いがあります。それにより、スイッチングPowerPathでは電位差に依存することなく比較的高い効率が維持されます。
では、効率低下のもう1つの要因であるリニアなバッテリ充電パスはどのようになるでしょうか。これについては、VOUTとバッテリ電圧の間の電圧降下により、スイッチング・レギュレータがもたらす効率の改善効果はほぼ打ち消されてしまいます。そこで、LTC4088/LTC4098では、Bat-Track™という機能によってトータルの効率を高く維持します。Bat-Trackでは、スイッチング・レギュレータの出力電圧がバッテリ電圧よりも数百mV高い値にトラッキングするようにプログラムされます。出力電圧がバッテリ電圧を大きく上回ることはないので、リニア・バッテリ・チャージャによる電力損失はほとんど生じません。バッテリ・チャージャの通過素子による電圧制御の大半は、スイッチング・レギュレータが担います。通過素子は、充電電流を制御し、フロート電圧とバッテリの安全性を監視するという得意な処理のみを行います。
USBを介した定電力の充電
今日のポータブル機器では、USBポートから簡単に充電できるということが重要な機能になります。LTC4088/LTC4098は、負荷とバッテリに供給する電力を最大化しつつ、USB対応のアプリケーションに対して入力電流の消費量を制限できる独自の制御システムを備えています。両ICは、USBの低電力(100mA)/高電力(500mA)の設定をサポートしています。それだけでなく、ACアダプタを使用するアプリケーションを対象としたより多くの電力(1A)の設定にも対応できます。
大容量のバッテリを搭載する機器において、USBの電流を制御する機能は、バッテリを充電するために供給される電力を制限する可能性があります。リニアPowerPathのトポロジでは、入力/出力電流が制限され、負荷電流とバッテリの充電電流の合計値が入力電流の値を上回ることはありませんでした。この点についても、スイッチングPowerPathにはリニアPowerPathに勝る大きな長所があります。スイッチングPowerPathのトポロジにおいても、入力電流は制限されます。ただ、それによって制限されるのは負荷とチャージャに対して供給される電力のみです。これは重要な違いだと言えます。ここで図4をご覧ください。LTC4088では、リニアPowerPathのトポロジを使用する場合と比べて最大40%も多くの充電電流が供給できることがわかります。
USBの電流は500mAに制限されますが、スイッチングPowerPathシステムの効率は高いので、500mAを上回る充電電流を供給できる点に注目してください。効率が高いほど、生成される熱量が減るだけでなく、充電時間も短くなります。
LTC4088/LTC4098に適用されている入力電流を制限するためのトポロジには、USBとの接続を可能にするために出力電流を制限するトポロジと比べて大きな長所があります。充電サイクルの全体にわたり電流が一定に保たれるとすると、バッテリの電圧の増加に応じてバッテリで消費される有効電力も増加します。出力電流を制御するシステムにおいてUSBとの接続を可能にするには、(効率は完璧であると仮定して)最も高いバッテリ電圧における電力が制限値までに抑えられるようにバッテリの充電電流を制限する必要があります。
例として、バッテリ電圧が4.2Vの場合の電力の供給量を2.5W(5VIN×500mA)未満に保ちたいケースを考えます。その場合、充電電流は595mAを超えてはなりません。しかし、バッテリ電圧が低い場合にはこの制限値では保守的すぎます。例えば、バッテリ電圧が3.4Vである場合、USBの仕様に反することなく735mAの電流を供給することが可能です。LTC4088/LTC4098では、USBの仕様に準拠することを特に重視して入力電流の制限機能が設計されています。そして、上記の追加の供給電流をチャージャで使用できるようになっています。では、出力電流の制御機能を備え、USBの仕様に準拠するように設計されたスイッチング・チャージャではどのようになるでしょうか。その場合、バッテリ電圧が高いケース(595mA)に対応して充電電流を制限するようにプログラムしなければなりません。そのため、バッテリ電圧が低い場合には無駄が生じます。まとめると、入力電流を制御するスイッチング・チャージャは、入力電源から常に最大限の電力を引き出すことが可能です。それに対し、出力電流を制御するチャージャでは、それと同等のことを実現することはできません。
バッテリ電圧が低い場合でも、システムの瞬時オンが可能
図5は、スイッチングPowerPathのトポロジで実現される瞬時オンの機能について説明するためのものです。バッテリ電圧が非常に低く、システムの負荷がプログラムされた許容電力範囲内にある場合、出力電圧は約3.6Vに維持されます。それにより、システムはバッテリ電圧の上昇を待たずに起動することが可能になります。つまり、電源を投入したのになかなか起動せず、エンドユーザがイライラしてしまうという状況を回避できます。
このことが、出力ノードとバッテリ・ノードを分離した3端子のトポロジを採用する最大の理由です。瞬時オンの機能は、低電力のモードにおいてシステムに電力を供給するために使用することができます。例えば、システムを起動して充電中であることをユーザーに示すために必要な最小限の電力を供給するといったことが可能です。
自動的に負荷への給電を優先する機能
スイッチング・レギュレータにとってのトータルの負荷は、VOUTからシステムに供給する電流とバッテリの充電電流の和になります。スイッチングPowerPathのトポロジでは、このトータルの負荷が入力電流の制限回路によってプログラムされた電力レベルを上回らなければ、負荷に対する電流も充電用の電流も問題なく供給されます。しかし、トータルの負荷が許容可能な電力量を上回る場合、その超過分に対応するためにバッテリ・チャージャは充電電流の一部またはすべてを供給する動作を自動的に停止します。つまり、バッテリの充電が行われるのは余裕がある場合だけであり、常にシステムの負荷が優先されます。このアルゴリズムによって、システムの負荷向けの電力は停止することなく供給されます。システムの負荷電流だけで既に入力電流の制御回路によって制限される電力量を上回っている場合でも、入力電流が、プログラムされた制限値を超えることはありません。その場合、バッテリ・チャージャは動作を完全に停止し、理想ダイオードを介してバッテリから更なる電力が供給されます。
理想ダイオードが動作する場合、バッテリから出力ピンまでの導通パスの抵抗値は約180mΩとなります。アプリケーションに対してこれが十分な値であれば、外付けのコンポーネントは必要ありません。ただ、より大きなコンダクタンスが必要なケースもあるでしょう。その場合、理想ダイオードを補助するものとして外付けのMOSFETを使用しても構いません。LTC4088/LTC4098は、その外付けトランジスタ(オプション)のゲートを駆動するための制御ピンを備えています。それを利用すれば、理想ダイオードを補助するものとして抵抗値が30mΩ以下のトランジスタを使用することができます。
あらゆる機能を備えるバッテリ・チャージャ
LTC4088/LTC4098は、あらゆる機能を備えるバッテリ・チャージャ回路を内蔵しています。代表的な機能としては、充電電流のプログラム機能、異常なセルの検出/停止を実現するセル・プリコンディショニング機能、CC/CV(定電流/定電圧)の充電機能、C/10による充電終了の検出機能、セーフティ・タイマーの停止機能、自動再充電機能が挙げられます。また、温度規定充電に使用するサーミスタ向けのシグナル・コンディショナも搭載しています。
LTC4098の拡張機能
LTC4098は、LTC4088にはないいくつかの機能を備えています。まず、高電圧に対応する外付けのスイッチング・レギュレータを制御することができます。そうすれば、車載バッテリをはじめとする第2の電源から電力を受け取ることが可能になります。また、LTC4098は独立した過電圧保護モジュールを内蔵しています。それを外付けのMOSFETと組み合わせることで、低電圧の入力(USB/ACアダプタ)に対する厳格な入力保護を実現することができます。
高電圧に対応する入力コントローラ
LTC4098は、外部入力を制御する回路を備えています。その回路は、第2の電源入力が存在する場合、それを検知します。その第2の入力とUSB/ACアダプタからの入力の両方から同時に電力が供給されている場合には、第2の入力を優先します。また、LTC4098は、アナログ・デバイセズが提供する高電圧対応の様々な降圧スイッチング・レギュレータと接続することができます。そうすれば、車載バッテリなどのようなより電圧の高い入力に対応することが可能です。この補助的な入力コントローラは、先述したのと同じBat-Track機能を備えています。それにより、バッテリ電圧をトラッキングし、それを少し上回る電圧がVOUTで維持されるよう高電圧対応のレギュレータを制御します。この機能により、かなり高い電圧から充電する場合でも高い効率を実現できます。
過電圧保護
LTC4098は、過電圧保護を実現するコントローラも内蔵しています。このコントローラは、誤って高い電圧が印加された場合やACアダプタに故障が発生した場合に役に立ちます。つまり、USB/ACアダプタの低電圧入力を保護するため使用することができます。このコントローラは、高電圧に対応するNチャンネルの外付けMOSFETのゲートを制御します。外付けトランジスタを高電圧のスタンドオフに使用することにより、LTC4098のプロセス・パラメータからの制約を受けない保護レベルを実現することが可能です。得られる保護レベルは、外付けトランジスタの仕様に応じて決まります。
まとめ
LTC4088/LTC4098は、パワー・マネージメントとバッテリの充電に関する新たなパラダイムを具現化した製品です。いずれの製品も、入力電力を一定のレベルに制限する機能、高効率のスイッチング・レギュレータ、Bat-Trackに基づくバッテリの充電機能を内蔵しています。そのため、電力の供給を最適化することが可能になります。それ以外にも、瞬時オンの動作を利用したシステムの起動、自動的に負荷への給電を優先する機能、比類ない充電効率といった長所を備えています。より高度な製品であるLTC4098は、より高い入力電圧(車載バッテリなど)に対応するための補助入力コントローラや過電圧保護コントローラも内蔵しています。