フェーズド・アレイ・レーダーに最適なADCを選択する方法【Part 2】

2023年06月15日

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Figure 1

   

概要

フェーズド・アレイ・レーダーで使用するビームフォーミングには、いくつかの実現形態が存在します。具体的には、デジタル・ビームフォーミング、RFビームフォーミング(アナログ・ビームフィーミング)、ハイブリッド・ビームフォーミングの3つがあります。現在、それぞれの方式を採用した場合のシステム上のトレードオフや優劣について活発な議論が行われています1。本稿では、これまでの取り組みを踏まえて、DCの消費電力を基準とした場合のダイナミック・レンジ(直線性とノイズ)とサンプル・レートのトレードオフについて説明することにします。対象とするのは、RF信号からA/Dコンバータ(ADC)までがカスケードに接続されたマルチチャンネルのシステムです。DCの消費電力を基準とし、ADCのサンプル・レート、有効ビット数(ENOB)、RF/デジタルのチャンネル結合の最適な選択について評価を実施することにします。なお、ADCについては、Schreier FOM(Figures of Merit:性能指数)とWalden FOMが広く使用されています。これらは、マルチチャンネルのシステムにも拡張することが可能です。その手法を利用することで、システムのFOMを算出する方法を提案します。そのFOMは、DC消費電力に対して正規化された最適なダイナミック・レンジを表します。前回の記事「フェーズド・アレイ・レーダーに最適なADCを選択する方法【Part 1】」では、検討のベースとなるシステムのモデルを構築する方法について説明しました。今回(Part 2)は、得られた結果についての解析を行い、システムのFOMに基づいた結論を示すことにします。

システムのモデリングの結果

Part 1では、システムのモデリングを実施しました。今回示すグラフでは、表1にまとめた要素を指標として使用しています。

表1. モデルで使用した指標
性能の属性 掃引する変数
SFDR ADCのENOB、 RF加算とデジタル加算の比率(総数は常に64)
感度
チャンネルあたりのDC消費電力

システムのカスケード・モデルには、RFフロント・エンド(以下、RFFE)、RFチャンネルに対する加算処理(以下、RF加算)、ADC、デジタル・チャンネルに対する加算処理(以下、デジタル加算)が含まれています。本稿では、64チャンネルのサブアレイを使用するシステムを例にとっています。以下で示す多くのグラフにおいて、水平軸の最も左側はオール・デジタルの加算(64チャンネルのデジタル加算のみ。RF加算はなし)、最も右側はオールRFの加算(64チャンネルのRF加算のみ。デジタル加算はなし)を表します。両者の間では、デジタル加算とRF加算(アナログ加算)の両方を使用していることになります。これがハイブリッド・ビームフォーミングと呼ばれるものです。グラフでは、左から右に行くほどRF加算の比率が高まっていきます。以下では、ADCのENOBを掃引してグラフに表示するという解析手法を使用します。また、DC消費電力とスプリアスフリー・ダイナミック・レンジ(SFDR)/感度(SENS)を掃引し、それらのパラメータに関する傾向も解析します。

図1~図3に示したのは、システムのモデルを基にして各パラメータを変化させた結果です。これらのグラフのように、感度、SFDR、DC消費電力を個別に扱うと、性能と消費電力が切り離された状態で表示されてしまいます。これでは、良し悪しを簡単に判断することはできません。例えば、できるだけ少ないDC消費電力で最大限のSFDRを得ることが目標であったとします。その場合、ADCのENOBやRF加算/デジタル加算の比率はどのように設定すればよいのでしょうか。このような疑問に対する答えが、グラフを見比べるだけでは得られないということです。そこで、次のセクションでは、ダイナミック・レンジをDC消費電力に対して正規化した結果を示します。そのようにすれば、同一の条件で性能を比較して、より有用な結果を得ることができます。

Figure 1. System sensitivity vs. number of RF sum channels and ADC ENOB. 図1. システムの感度、RF加算のチャンネル数、ADCのENOBの関係
図1. システムの感度、RF加算のチャンネル数、ADCのENOBの関係
Figure 2. System SFDR vs. number of RF sum channels and ADC ENOB. 図2. システムのSFDR、RF加算のチャンネル数、ADCのENOBの関係
図2. システムのSFDR、RF加算のチャンネル数、ADCのENOBの関係
Figure 3. Overall system DC power per element vs. number of RF sum channels and ADC ENOB. 図3. システム全体のDC消費電力、RF加算のチャンネル数、ADCのENOBの関係
図3. システム全体のDC消費電力、RF加算のチャンネル数、ADCのENOBの関係

図4~図6は、RFFE、ADC、デジタル加算/デジタル・インターフェースの消費電力の相対的な割合を示したものです。図4を見ると、ENOBの低いADCを使用し、全アンテナ素子に対してデジタル加算を行う場合には、デジタル加算/デジタル・インターフェースによる消費電力が全体の中で大きな割合を占めることがわかります。一方、RF加算の比率が高いシステムでは、デジタル・インターフェースによる消費電力の割合は低くなります。また、ADCのENOBが低い場合にはRFFEの消費電力が支配的になり、ADCのENOBが高い場合にはADCの消費電力が支配的になるという傾向も見てとれます。これらのグラフからは、ADCのENOBとRF加算/デジタル加算の比率が、DC消費電力に対する支配的な要素に大きな影響を及ぼすことがわかります。

Figure 4. Percentage of DC power from RFFE, ADC, and digital summation, every-element digital. 図4. RFFE、ADC、デジタル加算/デジタル・インターフェースがDC消費電力に占める割合(全素子に対してデジタル加算を行う場合)
図4. RFFE、ADC、デジタル加算/デジタル・インターフェースがDC消費電力に占める割合(全素子に対してデジタル加算を行う場合)
Figure 5. Percentage of DC power from RFFE, ADC, and digital summation, medium-sized RF subarray. 図5. RFFE、ADC、デジタル加算/デジタル・インターフェースがDC消費電力に占める割合(サブアレイのサイズが中程度の場合)
図5. RFFE、ADC、デジタル加算/デジタル・インターフェースがDC消費電力に占める割合(サブアレイのサイズが中程度の場合)
Figure 6. Percentage of DC power from RFFE, ADC, and digital summation, large RF subarray. 図6. RFFE、ADC、デジタル加算/デジタル・インターフェースがDC消費電力に占める割合(サブアレイのサイズが大きい場合)
図6. RFFE、ADC、デジタル加算/デジタル・インターフェースがDC消費電力に占める割合(サブアレイのサイズが大きい場合)

続いて、SFDRと感度の相対的な性能を、チャンネルあたりのDC消費電力に対して正規化します。それにより、ADCのENOBとRF加算/デジタル加算の比率に対してどのような結果が現れるのかを示します。上では、それぞれ感度、SFDR、DC消費電力と、RF加算/デジタル加算の比率の関係を表す3つのグラフを示しました。それらを再編成し、DC消費電力に対して正規化した場合の性能の傾向をよりわかりやすく視覚化します。図7、図8は、RF加算/デジタル加算の比率を一定にした3本のプロットにより、SFDR/感度とDC消費電力の関係を示したものです。トレース上のドットはENOBの値を表しています。図9、図10も同じデータを基に異なる形で再編成を行ったものです。各トレースは、ENOBが一定の場合に対応しています。RF加算/デジタル加算の比率については、左から右に向かってすべてRF加算の状態(以下、オールRF)からすべてデジタル加算(以下、オール・デジタル)へと変化していきます。

表2. 集約結果の比較
属性 掃引する変数 各トレース上のマーカー
SFDR、感度 チャンネルあたりのDC消費電力。RF加算/デジタル加算の比率(総数は 常に64) ENOB(左から右に向かって4b~12bまで2bステップで増加)
SFDR、感度 チャンネルあたりのDC消費電力。ADCのENOB RF加算/デジタル加算の比率(総数は常に64)。いちばん左側は 64:1でオールRF。比率は32:2、16:4、8:8、4:16、2:32と変化し、いちばん右側では1:64でオール・デジタルとなる。
Figure 7. SFDR vs. DC power/channel, traces are RF: digital sum, each dot is ENOB. 図7. SFDRとチャンネルあたりのDC消費電力の関係。トレースごとにRF加算とデジタル加算の比率が異なります。各ドットは ENOBの値を表しています。
図7. SFDRとチャンネルあたりのDC消費電力の関係。トレースごとにRF加算とデジタル加算の比率が異なります。各ドットは ENOBの値を表しています。
Figure 8. Sensitivity vs. DC power/channel, traces are RF: digital sum, each dot is ENOB. 図8. 感度とチャンネルあたりのDC消費電力の関係。トレースごとにRF加算とデジタル加算の比率が異なります。各ドットは ENOBの値を表しています。
図8. 感度とチャンネルあたりのDC消費電力の関係。トレースごとにRF加算とデジタル加算の比率が異なります。各ドットは ENOBの値を表しています。
Figure 9. SFDR vs. DC power/channel, traces are constant ENOB, dots are RF: digital sum. 図9. SFDRとチャンネルあたりのDC消費電力の関係。各トレースにおいて ENOBは一定です。各ドットはRF加算/デジタル加算の比率を表しています。
図9. SFDRとチャンネルあたりのDC消費電力の関係。各トレースにおいて ENOBは一定です。各ドットはRF加算/デジタル加算の比率を表しています。
Figure 10. Sensitivity vs. DC power/channel, traces are constant ENOB, dots are RF: digital sum. 図10. 感度とチャンネルあたりDC消費電力の関係。各トレースにおいてENOBは一定です。各ドットはRF加算/デジタル加算の比率を表しています。
図10. 感度とチャンネルあたりDC消費電力の関係。各トレースにおいてENOBは一定です。各ドットはRF加算/デジタル加算の比率を表しています。

図7~図10のグラフから、DC消費電力を基準とした性能に関する結論を導くことができます。表3は、それについてまとめたものです。

Table 3

一般に、SFDR/感度が同じ値という条件で比較すると、RF加算とデジタル加算のビームフォーミングを組み合わせたハイブリッド・ビームフォーミングを採用した場合、オール・デジタルのシステムと比べて、よりENOBの高いADCが必要になります。ただ、その場合、全体的な電力効率は高くなります。ここまでに示したグラフのニー(Knee:急な折れ曲がり)は、SFDR、感度、DC消費電力を総合的に評価した場合、その結果には性能のスイート・スポットが存在するということを表しています。すなわち、ニーを超えると、ENOBを高める効果は減少します。一方、ニーを下回れば、ENOBが低くなるにつれて性能は急速に低下します。では、どちらの状況においても、オール・デジタルを採用した方がよいのでしょうか。ダイナミック・レンジの効率という観点からは、DC消費電力の面でハンディがあるため、そうとは言えません。オール・デジタルのメリットは、ビームフォーミングをソフトウェア定義型で実現できることにより、柔軟性と適応性が得られることにあります。ただ、それを実現するためには消費電力の増加を受け入れなければなりません。

表4は、設計上の優先項目がそれぞれに異なるシナリオについて比較したものです。すべてのシナリオに適した単一の構成は存在しません。システムにおける目標が異なれば、性能の面で優先すべき項目も異なります。そのため、複数の属性の間で性能のトレードオフを行うことが不可欠になります。

表5は、実用的なIF帯域幅(処理帯域幅)を想定し、なおかつADCのENOBが8という一般的な値であるケースについてまとめたものです。ほとんどのADCでは、フル・スケールに近づくと直線性が低下します。したがって、ADCの信号レベルには留意しなければなりません。ADCの最適なRF動作領域は、処理帯域幅の拡大に伴って増大します。実際には、ADCはフル・スケールまで最適に動作することはありません。

システムのFOM

本稿では、RFからADCまでがカスケード構成のシステムのFOMを確立する方法を提案します。そのFOMは、システムの性能と消費電力のトレードオフについて比較するために使用できます。また、そのFOMを確立するためには、ADCのWalden FOMとSchreier FOMを利用します。目標は、各種のパラメータを掃引し、DC消費電力に対して正規化されたシステム・レベルの性能の「最高値」を特定できるようにすることです。

ここでは、以下の変化によってFOMの値がどのように変化するのかを明らかにします。

  • RF 加算/デジタル加算の比率を、オール・デジタルからオール RF まで変化させる
  • ADC の ENOB、直線性、DC 消費電力を変化させる
Table 4
Table 5
Table 6

本稿では、Schreier FOMは、SNDR(Signal-to-Noise and Distortion Ratio)をSFDRに置き換えることにより、2つのトーンに対する直線性性能を反映したFOMに変換できるという提案を行います。図11、図12は、システムのFOMとRF加算/デジタル加算の比率の関係をプロットしたものです。

数式 1

上の式において、温度は290K(16.85°C)を前提としています。また、Full Scalesystem,inputは、入力を基準としたフル・スケールです。

Figure 11. Walden system FOM (lower is better). 図11. Walden FOMをベースとしたシステムのFOM(低いほど良い)
図11. Walden FOMをベースとしたシステムのFOM(低いほど良い)
Table 7
Figure 12. Schreier system FOM (Higher is better). 図12. Schreier FOMをベースとしたシステムのFOM(高いほど良い)
図12. Schreier FOMをベースとしたシステムのFOM(高いほど良い)

上では、「最高値」という表現を使用しました。これは、所定のコスト(すなわちDC消費電力)を支払った場合に得られる最高の効果(すなわち性能)という意味です。本稿で提案するFOMは、DC消費電力に対して正規化された性能を表します。そのため、最高値に関する結論を導き出す上で役に立ちます(表7)。感度に関する所見はWalden FOM(図11、低いほど良い)、SFDRに関する所見はSchreier FOM(図12、高いほど良い)を基にしたシステムのFOMから導出しています。

まとめ

フェーズド・アレイ・レーダーでは性能が非常に重視されます。このようなアプリケーションでは、サンプル・レート、ダイナミック・レンジ、DC消費電力の最適なバランスが得られるようにしなければなりません。いずれか1つを過度に優先すると、最適ではない(あるいは単に役に立たない)ソリューションになってしまいます。

ADC製品の中には、20GSPS、あるいは100GSPSを超えるサンプル・レートを達成するものもあります。しかし、そのような高速性能は、DC消費電力とダイナミック・レンジ(ENOB)という2つの重要な性能と引き換えに達成されています。つまり、FOMの3つの要素のうち2つを犠牲にしているということです。高いサンプル・レートは、技巧的な設計によって達成されているわけではありません。DC消費電力の増加とENOBの低下と引き換えにサンプル・レートを優先するという選択を行った結果得られるものです。多くの場合、フェーズド・アレイ・システムで使用するADCについては、ダイナミック・レンジとDC消費電力を優先すべきです。サンプル・レートは、周波数プランニングの効率とオーバーサンプリング・ゲインに対応できれば十分だと考えてもよいでしょう。

一般に、フェーズド・アレイ・レーダーでは、ダイナミック・レンジとサンプル・レートが高く、ENOBが8程度のADCが選択されます。それにより、ダイナミック・レンジとDC消費電力の間でバランスをとることができるからです。まずはSNDR(ENOB)の定義に注意してください。その上で、SNDRに加えて、2つのトーンに対する相互変調性能について必ず検討してください。フェーズド・アレイ・レーダーで使用するADCには、高い直線性も必要です。3次インターセプト・ポイント(IP3)は22dBm以上確保するべきでしょう。また、SNDRについて評価する際には、インターリーブ・スプリアスが含まれているかどうかを確認してください。加えて、スペクトル領域が都合良く選択されていないことを確認する必要もあります。

高いダイナミック・レンジを確保しつつオール・デジタルのビームフォーミングの採用を考える場合には、それが絶対に不可欠だという理由が必要です。オール・デジタルを選択すると、DC消費電力が大幅に増加するからです。フェーズド・アレイにおいて、各種の性能とDC消費電力の最適なバランスを得たいなら、ハイブリッド・ビームフォーミングを採用すべきです。ハイブリッド・ビームフォーミングでは、RFビームフォーミングが適用されるサブアレイの後に、ADCとD/Aコンバータ(DAC)を組み合わせたノードが分散配備されます。それらのノードによってデジタル・ビームフォーミングが適用されます。ビームの属性の面で許されるのならば、RFビームフォーミングを適用する小さなサブアレイを各ADCの前に配置すると、性能を高めつつ、DC消費電力を削減することができます。RFビームフォーミングを利用すれば様々な効果を得ることが可能になります。例えば、少ないDC消費電力でSFDRと感度を改善することができます。また、ビームのヌル・ステアリングを使用してブロッカを低減することも可能です。そのため、RFビームフォーミングは利用が推奨される手法です。一方、オール・デジタルのビームフォーミングであれば、ソフトウェア定義型の手法を導入して適応性を実現することができます。しかし、それには更に多くの電力を費やす必要があります。

今後5~10年の間に、オール・デジタルを採用したフェーズド・アレイはより高い性能を発揮するようになるでしょう。利用する技術の成熟度と実行可能性が向上することが期待できるからです。そのような状況を実現するためには、サンプル・レートとENOBを維持しつつDC消費電力を削減することに重点を置いた最先端のADCを開発する必要があります。ADCのサンプル・レートは引き続き向上し、世間の注目を集めることになるでしょう。しかし、そのメリットを享受するのは、フェーズド・アレイ・システムではなく、EW(Electronic Warfare)システムのような広帯域のアプリケーションかもしれません。フェーズド・アレイの市場では、サンプル・レートのスイート・スポットが見定められることになるはずです(恐らくは10GSPS~20GSPS程度)。その条件で、最も高いENOBを最小限の消費電力で提供できるICメーカーが勝者になるでしょう。

著者について

Benjamin Annino
Benjamin Anninoは、アナログ・デバイセズのアプリケーション・ディレクタです。航空/防衛ビジネス・ユニットを担当しています。2011年にHittite Microwave(現在はアナログ・デバイセズに統合)に入社。2014年にアナログ・デバイセズに転籍しました。それ以前は、Raytheonで様々なレーダー技術に従事。ダートマス大学で電気工学の学士号、マサチューセッツ大学ローエル校で電気工学の修士号、マサチューセッツ大学アマースト...

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