妥協を排した集積化光学モジュール

妥協を排した集積化光学モジュール

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Dr. János Pálhalmi (PhD)

Jan-Hein Broeders

Jan-Hein Broeders

フォトプレチスモグラフィ(PPG)は、血中酸素飽和度(SPO2)の測定に広く使われている技術です。光エミッタから体内に光を放出して、反射された光や吸収されなかった光の量を受光器で測定します。2つの波長の比率に応じて、酸素化ヘモグロビンの量を測定することができます。光学技術を使用した心拍数や心拍数変化の測定にも、同様の技術が使われます。

これらのシステムはすべて、1個または複数の光エミッタと1個の受光器を必要とします。光エミッタには制御が必要で、受光器は受け取った光の量を表すものとして光電流を測定します。この受信信号は、最終的に増幅、コンディショニング、デジタル化する必要があります。このような光学システムは単純なもののように聞こえるかもしれませんが、一定の光学的知識がなければ、必要な信号とはまったく関係のない光信号を取り出してしまう可能性が非常に大きくなります。

このような光学的目標を実現しようとする企業を支援するために、必要な機能をすべて内蔵した新しい光学モジュールが発表されました。このモジュールは、十分な実績を持つディスクリート光学システムを基準にテストと比較を実施済みで、非常に良好な結果が得られています。以下では、その結果の詳細と背景にある理論について説明します。

PPG測定の理論と概要

ホーム・ヘルス、ウェルネス、そして病気予防への関心の高まりと共に、各種のバイタル・パラメータ追跡用スマート・デバイスを中心とする新しい市場が生まれました。これは、生体電位技術を使って心拍数をモニタリングするチェスト・ストラップから始まりましたが、ここ5年から8年くらいの間に、フォトプレチスモグラフィ(PPG)を使用する光学システムへと大きくシフトしました。この技術の大きな利点は、身体上の1点で測定を行えることです。これに対し、生体電位システムでは心臓を測定する電極が少なくとも2つ必要です。これは決して使い易いとは言えません。このような理由から、光学式の心拍数モニタリング(HRM)や心拍数変動測定(HRV)への関心が大幅に高まりました。

このようなシステムの設計にあたっては、答えを出しておく必要のある問題がいくつかあります。最終的なアプリケーションはどのようなものか、どの身体部位で測定を行うのか、そして開発時間はどのくらいあるのかといったことです。これらの問題に対する答えに応じて、設計者は一定の設計ルートに従うことになります。

PPGの測定には2つの異なる原理が存在します。指や耳たぶなどの体の一部に光を当て、反対側で受け取った光の量、つまり吸収されなかった光の量を測定することもできますし、体の一方から光を当てて、反射された光を同じ側で測定することもできます。体を透過した光を測定する場合は、反射を利用する場合より概ね40dB~60dB大きい信号が得られますが、反射を利用する場合はセンサーの設置場所を自由に選ぶことができます。

図1. 光学式HRM/HRVシステムの標準的なブロック図

図1. 光学式HRM/HRVシステムの標準的なブロック図

ほとんどのユーザは性能よりもセンサーの付け心地を優先するため、反射測定がより一般的になりました。そのため、本稿では反射測定のみに焦点を当てます。

心拍測定時は、心臓系の血液の流れと量に時間変動があるため、受け取る反射光の量にばらつきが生じます。光学式HRM/HRV測定に使用する光源の波長は、身体上の測定部位だけでなく、相対的な灌流のレベルや組織の温度と色にも依存します。一般に、動脈が最上層に位置していない手首に装着するデバイスでは、皮膚表面直下にある静脈や毛細血管から拍動成分を取り出す必要があります。この場合は、緑色の光を使用すると最良の結果が得られます。上腕、こめかみ、外耳道のように血流量が十分な場所では、赤色光または赤外光のほうが組織の深部まで到達し、より強い受信信号が得られるので、これらの波長を使用するほうが効果的です。

革新的なADPD188

センサー位置とLED波長のようなトレードオフにおいては、最も適切な光学ソリューションを選ぶ必要があります。アナログ・フロント・エンドに関してはディスクリート・ソリューションにも集積化ソリューションにも多くの選択肢がありますが、選択できる光検出器とLEDも多岐にわたります。トランスミッタとレシーバーは、使用する送信電流1ミリアンペアあたりの受信信号量が最も大きくなるように配置することが重要です。これは電流伝達率と呼ばれ、通常はnA/mAで表されます。光学システムで同様に重要なのが変調指数で、これは光学的DCオフセットと比較したAC信号の量を表します。変調指数は、光センサーとLEDの間隔を広げると改善されます。光検出器とLEDの間には、その距離に沿って一定のスイートスポットが存在しますが、これもLEDの波長に依存します。機械システムの設計が不適切な場合は、LEDの光が組織内を透過せずに光センサーへ直接届いてしまう可能性があります。この場合は、変調指数に悪影響を与えるDCオフセットを生じる結果となります。これは光学的クロストークとして現れ、内部光害(Internal Light Pollution: ILP)とも呼ばれます。

最低限の光学的知識があれば、設計に要する労力を最小限に抑えて製品を市場へ投入するまでの時間を短縮できるように、アナログ・デバイセズは反射測定用の完全集積型光学サブシステムを作成しました。これがADPD188GGと呼ばれるデバイスで、光学測定を行うために必要なすべての機能を内蔵しています。このモジュールの写真を図2に示します。

図2. ADPD188GG光学サブシステム

図2. ADPD188GG光学サブシステム

ADPD188GGはまったく新しく設計された光学モジュールで、これより前の世代のモジュールとは異なるサイズを実現しています。形状は3.98mm × 5.0mmのほぼ正方形で、厚さは0.9mmです。最も大きな改善点は光検出器で、従来型から90º回転させた方向になっています。LEDに対する相対位置をこのように変更したことで、センサー感度が向上しています。光センサー自体は、0.4mm2と0.8mm2のサイズに分割されています。これにより、フォトダイオードの全体面積を増大して感度を向上したり、より小型の検出器を使用してセンサーの飽和を防止したりするなど、柔軟性がもたらされます。フォトダイオードはアナログ・フロント・エンド(AFE)の上に置かれます。アナログ・デバイセズでは、スタンドアロンのADPD1080 AFEを使用しています。このAFEには4つの入力チャンネルがあり、それぞれが選択式ゲイン(25k、50k、100k、200k)のトランスインピーダンス・アンプ、周囲光除去ブロック、および14ビットSARDACを中心に設計されています。周囲光除去はアナログ領域で行われ、市場の他のソリューションと比較して非常に優れた性能を備えています。最後に、2個の緑色LEDは、最大370mAの電流とわずか1µsのパルスを駆動できる内蔵電流源によって制御され、全体的な平均電流を削減します。パッケージは、放出されたLED光が組織内を透過することなく光センサーに到達することがほとんどないように設計されています。このため、ガラス製やプラスチック製のウィンドウの下にセンサーを置いた場合でも、光学的なクロストークを防いで最良の変調指数を実現します。これは、光学式反射システム設計時の大きな利点となります。透過光測定が望ましいアプリケーションでは、LEDを外付けして内蔵LEDをバイパスすることにより、ADPD188GGを使用することができます。

実績のあるソリューションとの比較

新しい光学設計を始めるときは、最終的な製品の目標市場と必要仕様を事前に決定しておくことが重要です。医療用の性能を備えた光学システムは、一般に、スポーツおよびウェルネス市場向けのデバイスよりも高度な仕様で設計されます。

ADPD107は、ディスクリート光学システム用に設計されたアナログ光学フロント・エンドです。このデバイスは市場に出回っている光学フロント・エンドを代表する存在として評価されており、その優れた性能によって多くの医療用製品に使われています。DataSenseLabs Ltd.は、ADPD107に関して豊富な経験を有する企業です。しかし、ユースケースによっては完全集積型モジュールのほうが有利なので、同社はそれらのデバイスの調査を開始して比較分析を行い、ADPD107の性能を、ADPD188GG集積化光学モジュールのそれと比較しました。以下では、そのテスト・セットアップ、構成、および結果について述べます。

テスト・セットアップとデータ収集

光学的な比較を行うために、ADPD188GGとADPD107を使って、2分間にわたり未加工のPPG指示値を同時に記録しました。ADPD188GGのセットアップには標準評価用ボードを使用し、ADPD107は、ウェアラブル・デモ・プラットフォーム(EVAL-HCRWATCH)内の光学システムに含まれているものを使用しました。どちらのシステムも、制御はアナログ・デバイセズのユーザ・インターフェース、Applications Wavetoolソフトウェアによって行いました。

テストでは、最大限の信号品質が得られるように構成設定を最適化しました。更に、公正な比較を行うことができるように、特定範囲内におけるLEDパルス、タイミング、トランスインピーダンス・ゲインを含むAFEの構成を維持して、どちらのシステムでも消費電力が同じになるようにしています(表1を参照)。

表1. ADPD188GGと代表的デバイスであるADPD107の光学モジュールの比較
ADPD188GG ADPD107
消費電力(mW) 5.1 5.2
サンプリング周波数(Hz) 100 100
LED電流(mA) 130.02 64.89
AFE幅(µs) 3 3
パルス幅(µs) 2 2
パルス・オフセット(µs) 32 25
AFEオフセット(µs) 23 16
AFE精密オフセット(ns) 125 250

表1は、ADPD188GGのLED電流がADPD107セットアップのLED電流の約2倍であることを示しています。それは、集積化ソリューションのフォトダイオード表面積がディスクリート・ソリューションのフォトダイオード表面積よりも小さく、これを補正してやる必要があるためです。3V電源で駆動するLEDを2個使用すると消費電力は全体で156µW増加しますが、これは合計消費電力と比較すると、ほとんど無視できる値です。ADCのサンプリングは100Hzで行いましたが、これはウェアラブル・システムでは一般的な値です。更に500Hzのサンプリング・レートでも測定を行いました。これは医療用の性能を備えたシステムで多用されるレートです。

データの記録は、手首の表面に光学センサーを取り付け、通常のスマートウォッチやフィットネス・トラッカーと同じ状況下で行いました。微小循環と血管収縮の特性は、利き腕の皮下組織とそうでないほうの腕の皮下組織でわずかに異なることがあるので、両方の手首に両方のシステムを使用して記録を繰り返しました。また、位置による信号品質への影響を避けるために、左手首と右手首から収集したデータセットの分析と比較は慎重に行いました。PPGデータセットは11名の異なるユーザ(被験者)について記録しましたが、記録はいずれも着座姿勢、同じ周囲光条件下で行っています。

データの分析と統計

信号品質の評価はハード・サイエンスによる信号処理、データ分析、および統計処理だけを意味するものではなく、市場やユーザは何を期待しているのかという点にも関係するので、比較手法を用いることは非常に重要です。ウェアラブル市場での成功を実現するには、光学信号からどのような結果を得たいのかということについて、適切に定義されたユースケースと明確な目標が必要です 。

光学式心拍数モニタはフィットネス・トラッキングやウェルネス・モニタリング用のアプリケーションに使われることが圧倒的に多いのですが、医療用システムに使われている例も数多くあります。フィットネス、健康情報学、または医療関連のユースケースにおけるピーク検出アルゴリズムの精度は、主にPPG信号の極大値を中心とする未加工データの品質に依存します。正確なピーク値検出は心拍数測定やHRV測定の中心的要素であるだけでなく、PPGに基づく血圧の推定と検出にとっても非常に重要です。したがって、最終的に取り出されて計算されるPPG信号が健康関連アプリケーションを支える存在となることが予想される場合、設計者は最良の生体信号品質を実現するセンサー・プラットフォームを選ぶ必要があります。比較測定の構成およびデータ分析の設計と実行は、János Pálhalmiが保有する生体信号計測学特許1(出願ID:P1900302)に基づいて行いました。

最終結果

ピーク検出アルゴリズムをサポートするために、PPG未加工データ内のベースライン変動は容易に差し引いて除去することができます。これと並行して、未加工データ・レベルでは、上に目標として述べた結果を取り出すために、ピーク周辺で高い信号品質が求められます。この検討において、この分野の代表的デバイスであるADPD107と新しい集積化光学モジュールであるADPD188GGによって測定したPPG信号のピーク周辺における主要周波数帯の比較分析に焦点を当てている理由は、ここにあります。非常にゆっくりとしたベースライン変動(<0.25Hz)と高周波成分(>40Hz)は除去しましたが、それ以外の信号の主要成分は変更していません。

最も支配的な周波数の範囲内で2つの信号の安定性を比較するために、ウェーブレット・コヒーレンスと相関比較を計算しました。図3は、2つのPPGシステムの結果が、個々の波形とその平均値のレベルの点で、ほとんど同じパターンであることを示しています。 

 

図3. 個々のPPG波形(極大値周辺の±125データ・ポイント)を抽出し、互いに重ねてプロット(青い破線)。各波形のアンサンブル平均は赤線で表示。この図は、ADPD188GGとADPD107ディスクリート・ソリューションによって記録されたPPG信号が基本的に同じであることを示しています。

 

図3. 個々のPPG波形(極大値周辺の±125データ・ポイント)を抽出し、互いに重ねてプロット(青い破線)。各波形のアンサンブル平均は赤線で表示。この図は、ADPD188GGとADPD107ディスクリート・ソリューションによって記録されたPPG信号が基本的に同じであることを示しています。

図3. 個々のPPG波形(極大値周辺の±125データ・ポイント)を抽出し、互いに重ねてプロット(青い破線)。各波形のアンサンブル平均は赤線で表示。この図は、ADPD188GGとADPD107ディスクリート・ソリューションによって記録されたPPG信号が基本的に同じであることを示しています。

更に深いデータ・レベルで比較を行うために、相関関係に基づく2つの異なる方法を適用しました。連続して測定されるPPG波と、それに続くPPG波の間で、それぞれの相関係数とP値(R、P)を計算しました。また、個々のPPG波形を平均と比較することによって、異なる種類の信号変動もテストしました。

結論として、包括的な相関性テストに基づく限り、比較したこれら2つのPPGシステム間に大きな違いを見つけることはできませんでした。これは個々の波形のレベルについても、あるいは個々の波形と平均のレベルの比較についても同じです。

ウェーブレット法は、特定の周波数帯の違いに対して非常に敏感です。そのため、ウェーブレット・コヒーレンス関数を計算して2つのPPG信号を比較しました。11名の被験者すべてのケースを分析した結果に基づく比較では、周波数領域でも位相領域でも、2つの信号の間に大きな差は認められませんでした(図4を参照)。

図4. 比較した2つのPPG信号のアンサンブル平均間の振幅二乗コヒーレンスを、時間領域と周波数領域の色強度プロットによって示したもの。矢印の方向は信号間の位相差に比例しています。矢印が右向きの水平方向を指している場合は、信号間の位相差がないことを示しています1。

図4. 比較した2つのPPG信号のアンサンブル平均間の振幅二乗コヒーレンスを、時間領域と周波数領域の色強度プロットによって示したもの。矢印の方向は信号間の位相差に比例しています。矢印が右向きの水平方向を指している場合は、信号間の位相差がないことを示しています1

新製品の開発時は、仕様を最適化できるように、与えられた信号から取り出すことのできる特定の周波数帯に注目することも有効です。

このテストでは、図5に示すように、関連するすべての周波数範囲内で、比較した2つのPPGシステム間における振幅二乗コヒーレンスの基本的な統計特性を分析しました。分析は、スペクトル全体を6つの特定の周波数範囲に分割して、信号間の類似性の変化を見ることによって行いました。

 

図5. 0Hz~20Hzまでを4つの関連周波数範囲に分けて、振幅二乗ウェーブレット・コヒーレンス値の統計的特性を示した図1

 

図5. 0Hz~20Hzまでを4つの関連周波数範囲に分けて、振幅二乗ウェーブレット・コヒーレンス値の統計的特性を示した図1

図5. 0Hz~20Hzまでを4つの関連周波数範囲に分けて、振幅二乗ウェーブレット・コヒーレンス値の統計的特性を示した図1

11名の被験者全員について、PPG信号のピーク値付近のすべての周波数帯で、そのコヒーレンス値は0.95を超えています。これは、代表的デバイスであるADPD107と新しい集積化デバイスであるADPD188GGが、非常によく似たものであることを示しています。

まとめ

ADPD188GGは、心拍数、心拍数変動、酸素飽和度の測定と、連続血圧推定値のモニタリングを目標とした完全集積型の光学モジュールです。小型のパッケージに光学素子と電子回路を組み込んだこのモジュールは、十分な光学的な知識がなくても、全体的な設計サイクルを短縮することを可能にします。モジュールは、525nmの波長で反射測定法を使用するアプリケーション用に最適化されていますが、外付けのLEDを使用して異なる波長で測定したり、透過光測定の原理に基づく測定を行ったりすることもできます。本稿では、集積化システムは、病院の内外で使用する各種システムの様々なユースケースに必要とされる仕様を満たす妨げとなるものではない、ということを示しました。

より詳しい情報については、analog.com/jp/healthcareを参照してください。